超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
天然の露天風呂。秘湯に浸かりながら、大魔導師は深く息を吐いた。効能はさておいて、湧き出した温泉の湯加減と開放感は筆舌に尽くしがたい。疲労感も寒さも吹き飛ぶというものだ。
「……風呂はいいな」
ポツリと、しみじみ呟く。タオルを頭に載せ、お湯にアヒルさんを浮かべながら大魔導師はリラックスしていた。もともとこの一帯を縄張りにしていたモンスター達も新顔の脅威がなくなったことで戻ってきて今は大魔導師とミナと一緒に秘湯を満喫している。
「疲労も抜け落ちることだろう。そうではないか、ルウィーの教祖」
「は、はい……」
お互いに背を向けて、その間には無数のモンスター達を挟んでミナは温泉に浸かっていた。大魔導師の言う通り、疲労回復だけでなく魔力快復効果もあるのか身体の芯から温まる。
「まさかこんな辺境で裸になるなんて……」
「ここには私くらいしかいない。気にすることもないだろう。周囲一帯に人間もいない」
「それはそうですけれども……絶対に振り向かないでくださいよ」
「カリギュラ効果というのを知っているか。人間というのは見てはならないものを見たくなる」
「こっちを向いたら魔法撃ちますからね!」
「それは勘弁してほしいものだ。せっかくの湯船が台無しになる。いやしかし、風呂はいい……」
そもそも女性の裸に微塵も興味もない。
「大体、なんであなたはそこまでお風呂に執着してるんですか」
「気になるか」
「答えたくないなら別にかまいませんけれど」
「九龍アマルガムは痩せ細った土壌だ。汚染地域と言っていい。魔術汚染、呪術汚染、環境汚染。神に見放された土地だ。プロヴィデンス・ロストワンが、元はその地域の名前であった。だがある時を境にして、その地域に人が集まるようになった。人の身でありながら、神に値する力を得られるという代物が見つかってからな」
「……」
「“シェアブラッド”と呼ばれるものだ。固体化した信仰のクリスタルではなく、液状の信仰体を求めて様々な者たちが集まった。醜いものだったよ、力に執着した人間たちの争いは」
大魔導師の口から語られるのは、まるでその情景を見てきたかのような歴史だった。犯罪国家が形となる前の、神に見放された土地のお話。ミナは言葉の続きを待つ。
「神となれば不老不死となる。いつしかソレは、シェアブラッド等と呼ばれることはなくなった。“信仰の血”など誰も口にしなくなったが不老不死の薬の原料とだけ語り継がれ、いつしか人々はそれをこう呼ぶようになった──銀の水、と」
「…………」
「あらゆる奇跡を起こす原材料だ。だが他に行く宛もない人々がとどまり、いつしか国が出来た。それが地下帝国九龍アマルガムであり、その上層都市こそが犯罪国家としての顔だ」
「そして、あなたはその国王。ですが、それがなぜお風呂好きの理由に?」
「地下に存在する以上は、異常に恵まれた源泉が湧いて出るものだ。だが元は汚染された土地から湧き出た温泉だからな。それを巡り歩いているうちに極上の風呂を探すくらいしか退屈しのぎがなくなってしまった。だからルウィーの風呂は特に気に入っている。過酷な環境下にあって、この恵まれた温泉の数々は至宝とも言える。褒めてるぞ?」
「ええ、まぁ……わかりますけど」
言葉の端々に何か引っかかる思いをしながら、大魔導師の話を聞き終えたミナは息を深く吐き出した。浮いたネコルーが目の前を通過する。
全てに飽いた諦観者。人生の総てが暇と退屈で塗りつぶされた絶望者。魔導を極めたからこそ辿り着いてしまった神理に希望を打ち砕かれてしまった。
「──大魔導師。シェアブラッドは結局、どうなったのですか?」
「言っただろう。人の記憶からなくなった」
「そうではありません。信仰の血は、今どうなっているんですか。国の統治者であるあなたが把握していないはずはないでしょう」
「さて、私も人間のひとりだ。どうだったかな。
「そんなはずは」
「もう一度だけ言うぞ──知らん、忘れた」
背後から漂ってくる死相を思わせる寒気に身体を震わせてミナは口を閉ざす。きっと、この人はその真実を知っておきながら口にすることはない。だが、同じ魔術師としての経験が。自分の中で糸を紡いでいく。それはまるでパズルのピースがはめ込まれていくかのように答えを形作っていった。
「銀の、鍵……?」
不意に、口からこぼれた。そうでもなければ、辻褄が合わない。
──
エヌラスの身体に触れた時に見た。傷だらけの身体に、左胸の魔術刻印。全身に施術された魔術回路。
もしもそれが、あの魔人の拘束具であったのなら。信仰の血に濡れた魔人であるのなら、それは永劫に続く拷問のようなものだ。だが、彼の歩んでいる道は地獄そのもの。アダルトゲイムギョウ界が再生と輪廻を繰り返している回帰世界ならば……。
「────大魔導師、あなたは……ッ!!!」
思わず振り返ったミナの眼前に突き出されたのは、大魔導師の指だった。顔を覆うような五指に息を飲んだ。その奥にある金色の瞳が抱いている感情は、明確な殺意に他ならない。
「それは、いらない答えだな」
西沢ミナを背負い、大魔導師は下山していた。足元のネコルーは頭に風呂桶を載せてついてきている。
いくらか踏み鳴らされた道を歩きながら、古龍種を引きずってルウィーの温泉街に戻ってくるとちょっとした騒ぎになった。
「ふみゃー!」
「お、お前は……!」
ネコルーが突如、街の中を歩くハンターの一人を見かけて駆け寄る。感動の再会に強く抱きしめあっていた。
そんな温泉街の盛り上がりを見て、ちょうど狩りから帰ってきていたハンターが大魔導師の肩を軽く叩く。
「や、おかえり。今回の温泉巡りはどうだったんだい、観光大使様?」
「いい湯だったぞ? こっちの古龍はお前に任せる」
「はいはい。おーい、誰か手を貸してくれるかい! それで、背中の御婦人は?」
「拾い物だ」
大魔導師はそれだけを告げると、ベレー帽をかぶったハンターから遠ざかった。しかし思い出したように立ち止まり、振り返る。
「シーシャ」
「ん、なんだい?」
「たまには仕事をしたらどうだ?」
「……仕事してきたばっかりだよ、アタシをこれ以上働かせる気かい」
「ふむ。言われてみればそれもそうか」
気さくに交わされる言葉とは裏腹に、二人の視線は歩み寄る姿勢が感じられなかった。不干渉を貫くかのような距離感に、しかし大魔導師もシーシャもそれ以上言葉を交わさない。
ルウィー温泉協会の観光大使として活動している大魔導師が宿泊しているのはハンター協会の宿場だった。ミナを一室に預け、今回の秘湯巡りで得られた情報をできるだけ文章にまとめる。地形や地図だけでなく生息モンスター、いくつかのルート候補を挙げて温泉協会に提出予定だ。
宿に戻ってから一段落して大魔導師はルウィーの町並みを見下ろす。それから、ルウィー教会に視線を向けて、最後にそびえ立つ黄金の塔を見上げた。天を衝かんばかりに現れたそれに対して大魔導師は何一つとして感情を揺さぶられることはなく、ただ冷徹な瞳を向ける。
「……ああ全く。世界というのは、退屈に塗れているものだな」
何か驚きがあったかと思えば、それは見慣れたもので。結局は神の掌の上だ。それがどうしようもなく不快だった。
アダルトゲイムギョウ界であっても。ゲイムギョウ界であっても。世界を変えるのはいつだって神の意思で。守護女神だけは、受け入れがたい存在だった。しかしそれは必要不可欠な存在として常に自分の上に君臨している。
剣姫は自分の国を守るためだけに剣を振るう。世界を救う気も、変える気もない。ただそこにある人々の笑顔を守れさえすればいいと信じて止まない。
それが造り物の笑顔であるのなら。ジオラマの世界に溢れる笑顔も人々も、結局はその全てが何一つ変わらない舞台装置だ。機械と変わらない。だからこそ、壊してしまいたかった。
そうしたら、何かが変わるはずだと。
「いっそのこと、私がゲイムギョウ界を破壊してしまおうか……」
だが、まだ。
まだその時ではない。
時は来ない。その時は、来るべきではない。
待つのは慣れている。結局は退屈しのぎをするだけで、何一つ変わらない色褪せた日々だ。
「さて。いつものことだが……私がなにかをしでかす前にどうにかしたらどうだ、エヌラス? お前にはもう、立ち止まっていられる時間などどこにもないぞ」
タイムリミットは刻一刻と容赦なく近づいてきている。
だからこそ、願って止まない。
嗚呼どうか──