超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ヌルズ・エクス・モルテスは各国の情勢を気だるげに眺めていた。
いずれのゴールドサァドも目的通りには動かない。とはいえ、それで問題はなかった。肝心なのは守護女神から信仰を奪ったという点だ。人々に忘れ去られるだけで女神というものは大幅に弱体化する。健気にもめげずに奮闘しているようだが、その効果が出るのはまだ先の話だろう。だがヌルズはこれも静観に務める。
守護女神は自分の取り分ではない。あくまでも協力者というスタンスを崩さない。ゆえに、不要な動きも戦闘も控えている。問題はアダルトゲイムギョウ界の神格者達だ。
なんともタイミングの悪いことに、現地入りしていた相手が戻る手立てを失っている。たかが四人と鼻で笑うところだが、その中のひとりがこの上なく厄介だった。自分が姿を見せれば大陸の反対側からでも狙撃してくるだろう。
それならばセロンの箱庭である壊次元はどうか。左目を押さえ、思案に耽る。いいや、それは必ず何かしらアクションを起こしてくるだろう。
この左眼はあくまでも“借り物”だ。もしも、その力を傲り、自分の物として扱えばペナルティを与えてくる。
エヌラスにとっての銀鍵守護器官であるように、自分もまたこの神眼によってランクを引き上げているに過ぎない。そうでもなければ守護女神を存分に相手できないだろう。
言ってしまえば、敗北の確定している結末を書き換えるほどの代物だ。ありとあらゆる次元世界を巡り渡ってきたが、それは出来損ないの魔人と存在できない邪神の泥仕合というだけのこと。
嗚呼、忌々しい。世界の総てが消えてしまえばいいものを。呼吸すら煩わしい。胸を打つ鼓動が鬱陶しい。自己が存在すらしている現実が受け入れがたい苦痛だった。それもそのはずだ。
絶望の邪神。そんなものは“存在しない”のだから。
望まれないもの。名前のない怪物。名前がなければ存在しないも同義。
バッドエンドとデッドエンドの集合体、終わってしまった物語に幕を下ろすための黒子。それを一体、誰が観測して名を付けるというのか。
世界の全てが消えてしまえば、自分の名を語ることなどできやしない。誰一人、自分の名前を呼ぶことなどできないというのに──あの男が生まれたせいで。
「…………ちっ」
忌々しい、煩わしい、鬱陶しい。
右腕を押さえて深く息を吐き出す。
──機神。機械仕掛けの神。ご都合主義なシステムの存在。言うなれば、そちらが自分の本体と言ってもいいくらいだ。かつて大魔導師が到達したのは、そこだ。
たかが右腕一本が高くついたものだ、ヌルズはそんなことを他人事のように考える。だがもう誰にも奪わせない。誰にも触れることはできない。
次は四女神も。ゲイムギョウ界も。超次元も。一切合切を絶望で塗り潰して消し去ろう。それまでの辛抱だ。こちらの下準備は少々時間が掛かる。
「うーん、これは少し困ったかな」
黒尽くめの少女は、言葉とは裏腹にそれほど困っていない。顎に手を当て、肩をすくめるとやれやれと首を振った。
「どうした」
「このままじゃジリ貧、と言いたいところなんだけどやっぱりイレギュラーの存在が気がかりなんだ。思った以上に介入してくるものだから、こちらの計画に支障が出てる」
「そちらは俺の管轄だが、放っておけ。どうせルウィー以外の連中は大したことがない」
「おや、ルウィーの相手は高く評価してるみたいだけど……やっぱり一度手間取った相手だからかい?」
「ハッ、お前には分かるまいよ。アレも一度はお前と同じことをしようとした相手だ」
次元神の箱庭を、多次元と衝突させることで消滅させようと試みている。次元連結装置などという代物を設計したほどだ。結果は、守護女神との邂逅という形で全てが失敗に終わったが。──それを果たして、本当に失敗の一言で片付けてしまえるかは一抹の不安がよぎる。
同じ絶望から生まれた魔人が、大魔導師にとっての全てだ。だがそれもどうせもうじきいなくなる。もう長くない。それもそのはずだ、存在の根幹である機神を失ったのだから。その一点については、クロギアの活躍は大金星と言っても過言ではない。
今のエヌラスは銀鍵守護器官で自己崩壊を食い止めながら現界している。ゼロクリスタルも自壊現象が起きているだろう。止める手立ては無い。
女神が力を失えば、人間に戻る。だが、元々が魔人だ。人ですら無い、人としての形すらない魔人は消えるしかない。黙っていてもそのうち消滅する。しかし、エヌラスの行動の動力源となっているのは、熾烈なまでの激情だ。
ハッピーエンド、などという陳腐なものを求めてさまよう地獄の求道者。はたから見ているだけで滑稽な道化にも程がある。いっそここらで幕を引いてやるのが情けか。
「まぁいい。俺は今しばらくは動けん」
「何をしているのか教えてもらえるかい? こちらとしても邪魔だけはしてほしくないからね」
「俺の機神召喚は少々特別でな」
機神召喚──その言葉に、離れた場所で座り込んでいたクロギアが反応した。
「コイツを使うのに、次元世界ひとつ壊さなきゃならん。燃費が悪いことにな」
「…………」
「召喚した時点で全部終いだ。そこから先の未来が消滅する。この次元のようにな」
なにせ、誰にも望まれない終焉だ。破壊の化身、と言ってしまえばそれだけの話だが。その機神を召喚した時点で消滅する。だがそれだけのものをどうやって扱うのか。
「機神を俺が使うためには、大掛かりな魔術の準備が必要不可欠になる」
「というと?」
「なに、仮想した次元世界を用意すればいいだけだ。簡単な話だろう?」
「…………」
「この左眼を使うだけだ。しかし少々難儀なことにな、ゲイムギョウ界には歴史書が存在するんだろう? そこのクロワールのように。だから、俺もこうして手間取っている」
記憶の共有部分がある、みっか掛かるが他次元の自分自身とアクセス可能となるイストワールの存在がヌルズの足を引っ張っていた。そも、他の次元世界を観測できるというだけでも驚愕だ。だからこそ、そのネットワークシステムが最も厄介だった。
「言っただろう? 仮想した次元世界を用意する、と。今回ほど手間取ったことはない」
盗み見るのは、クロギアにニコニコと笑顔で話しかけている大人ネプテューヌの姿。
閉鎖している次元世界ならば良い。例えば、以前の壊次元。だが今は違う。超次元、神次元とも連なることで繋がりが出来ている。その拡大された次元ネットワークの全てを把握してこそ、初めてヌルズ・エクス・モルテスの機神召喚は成立する。
「まぁ、だから? 今の俺に何かができるというわけではないさ。そいつらを上手く使うがいいさ──お前の狂信者もいることだ」
崩れ落ちたプラネタワーの前に佇む白い騎士を一瞥して、黒尽くめの少女は嘆息した。
「仕方ない、こちらからも何か動きを見せることにしよう。あまり気乗りはしないんだけどね」