超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
獣狩が追い詰めた相手をすれ違いざまにエヌラスは血液を凝結させた刀で胴を凪ぐ。解毒剤探しと神機修復のための素材収集にヤーナム・シティへ繰り出したはいいものの、モンスターが多い。それに合わせて人とも獣とも区別のつかない獣人も無数に現れている。敵意を持って近づいてくる相手を蹴散らして進んできたが、小休止を挟んだ。
さびれたベンチに腰を下ろしてエヌラスはドラッグシガーを一服する。隣に腰を下ろした獣狩も輸血パックにストローを刺して喉を潤していた。
不意に、左眼が痛みを訴える。痛覚など消えているはずなのに。霞んだ視界に、エヌラスが顔を覆った。
「大丈夫か」
「……ああ」
左眼と右腕。自壊していくクリスタルを維持するためにも魔力のリソースを割いている。だが、壊れた器の傷を無理やりくっつけて形だけを留めて保っている状態。
こうして黙って身体を休めている間にも崩壊は進んでいる。それほどまでにあの“右腕”は自分の存在理由だった。
絶望の二文字が重くのしかかる。嫌という程、自分自身に刻み込まれた言葉だ。
「……なぁ、獣狩。ひとつ相談を聞いてくれ」
「なんだ」
「どうしようもなく自分が追い込まれている時、どうしたらいいと思う」
「全てを忘れて寝る」
「おまえ正直すげぇな……」
「追い込まれている、追い詰められていると理解しているのならそれはまだお前を追い詰めていない証拠だ。狩人は獲物を追い詰めた時には既に狩っているものだからな」
まだ勝機がある、と。獣狩は言う。だが、エヌラスには勝算が見出だせなかった。ゴールドサァドを相手に自分がどれほど戦えるか不安を感じている。目の前の敵を倒して、その先にいるヌルズに勝てる算段など、とてもではないが思い浮かばなかった。
「……俺は一人で狩りを続けてきた。お前は違うのだろう」
「俺も独りだよ。ずっと独りで戦ってきた。誰も頼らないし、頼れなかったからな」
限界が近づいてきている。今こうしている間にも。輸血パックを差し出してきた獣狩から、それを受け取ってストローを刺して同じように飲み始める。ずぞー。
今日まで、自分がどうやって生き残ってきたのかすら記憶が曖昧だ。
それほどまでに戦いに明け暮れてきた。地獄を渡り歩いて、奇跡の綱渡りを繰り返して……ようやく終わりが見えてきた。それは自分が願って止まないハッピーエンドではないけれど。
せめて、一目見たかった。笑顔で終わる世界というものを。
まだ、立ち止まれない。まだ終わっていない。自分自身と決着がついていない。
「……一目でいいから、見たいものがある」
「なんだ。言ってみてくれ」
「夜明けだ。もうずっと見ていない……この悪夢に囚われてから、もうずっと、長い間」
血と獣と薬液の臭いがこびり付いたようなヤーナム・シティにどれほど獣狩は囚われ続けてきたのか。ただの人間だったはずの、狩人ですらなかった彼は帽子を目深に直して、一度だけ深く息を吐き出した。
「案外、俺達は似た者同士かもしれないな」
「そうだな。俺も一度でいいから見てぇな……ハッピーエンドってやつを」
二人は同時に腰を上げて再び歩き出す。
「終わりなどない。どこで立ち止まるかだ」
「……それもそうか。ならもう少しだけ歩くとするか」
解毒剤を確保するために診療所に向かっているのだが、森の中から地下洞窟を抜けてはしごを登り、さらに墓地を抜けた先に出てからエヌラスは疑問を口にした。
「お前普段からこんな道通ってるのか?」
「いいや、いつもは灯りの使者達を使って目の前まで運んでもらっている」
「わざわざ遠回りさせて悪かった……」
「気にするな。たまには狩りたくなる」
町外れの診療所。明かりも点いていない、人気のない不気味な閑散とした診療所に辿り着いて扉を開ける。中は荒れたまま放置されていた。気のせいでなければそこら中に血痕やら血溜まりが見える。
「ここ、営業中か?」
「年中無休だ」
「衛生管理なってねぇな」
「初めて来た時から何も変わってない」
「なんでお前ここに来たんだよ……」
むしろここで病気が治せるのかと甚だ疑問だ。階段を上がると、何か聞き慣れない足音が聞こえてくる。軟体動物が二足歩行したらこんな足音なのだろう。“ぽよぽよ”とした、なんとも言えない音に千景の鯉口を切りながら。
「あら、あなた……来てくれたのね」
「解毒剤が切れた。用意してくれるか」
「…………」
獣狩は、診察台に腰を下ろしていた看護師に声をかけている。その隣には、なんと形容したらいいだろう。クラゲ人間……、全身をぬめらせた二足歩行生物がいた。肥大化した頭部を左右に揺らしながら獣狩に近づいて両手を上げている。挨拶かそれは。
「おい、獣狩。おい」
「なんだ」
「そこの、その、なんだその宇宙生物みたいなの」
「ゆるキャラだ」
「百人中百人が首を傾げる返答やめろや。ゆるくねぇよ、こえーよ」
「よせふかちゃんだ」
「ひらがな四文字で全て許されると思うなよ!? ぶった斬るぞ!」
「…………」
獣狩は顎に手を当ててよせふかちゃんと見つめ合い、首を傾げる。看護師は薬品棚を調べ、白い丸薬が入った瓶を手渡すと、一緒に紙切れを渡した。
「今回はこれを頼めるかしら」
「……わかった、すぐに準備する」
「お願いね。あら? あなた……変わった狩人ね。お名前は?」
「エヌラスだ。訳あって邪魔してる」
「そう。私はニセフカ、この診療所の看護師なの。何か入り用だったらいつでも来て頂戴。よかったら診察していかないかしら、あなた……とても興味深いわ」
「謹んでご遠慮申し上げる」
衛生管理見直してから言ってくれ。何をされるか分からない。
エヌラスによせふかちゃんが寄ってくると、ぺちぺちと手で叩く。痛くも痒くもないのだが、それが何を訴えているのか全くわからない。とりあえずタコのように大きな頭を叩き返した。すると無数の光る触手を生やす。
「あら、だめじゃない。よせふかちゃんはか弱い女の子なのよ?」
「メスなのかこれ!?」
「俺の連れが失礼をした、よせふかちゃん」
「大丈夫かお前ら。主に頭」
診療所を後にすると、ニセフカとよせふかちゃんが見送ってくれた。両手を振って見送ってくれる気遣いはありがたいが、二度と近づきたいと思わない。獣狩が言うにはヤーナム・シティで唯一機能している診療所がそこしかないようだ。背に腹は代えられないとはこのことか。
「さっき何か紙切れ渡されてなかったか?」
「ああ。薬と引き換えに材料を調達している」
「何を頼まれたんだ」
「目玉と蛇と死体」
「本当に診療所かあそこ!?」
「そちらは俺一人で問題ない。武器の材料を探しに行こう」
「心当たりはあるか?」
「そうだな……神機の素材と言えば、火薬庫の狩人が頼りになりそうだ。また少し歩くことになるが、大丈夫か」
「なら、先にケイに解毒剤を渡してきてくれ。灯りの使者を使えばひとっ飛びなんだろ?」
獣狩もそれに頷き、道端のランタンにコインを投げて使者達を呼び出した。そのまま手をかざすと、明かりに包まれて獣狩が姿を消す。その間にエヌラスはヤーナム・シティの景観を見て時間を潰していた。
観光に来たわけではないが、こうして街並みを見下ろしてみると中々広いようだ。しかし、遠景になるとぼんやりとした境界から先が霧に覆われて見えなくなっている。恐らくはそれこそが悪夢の霧と呼んでいたものだろう。そうなると、街一帯が飲み込まれたということか。
ゲイムギョウ界にとってしてみれば、辺境の都市が丸ごと消えたという話なのだが誰も気に留めない。今はそれどころではないから仕方ない話かもしれないが。
不意に、風が街を撫でていく。血の臭いをのせた不吉な香りにエヌラスが眉を寄せる。
千景を振り向きながら抜刀して一閃。確かな手応えに、首が宙を舞った。ヤーナム・シティに蔓延している獣の病に侵され、正気を保てなくなった住人達によって囲まれていたエヌラスは、鼻で笑い飛ばす。
「確かにこりゃあ、気が狂いそうにもなるわな」
うつろな瞳。口腔から漏れる人とも獣ともつかぬうめき声。肌を覆う体毛は、人ですらない。群衆に囲まれたまま、倭刀を手元に手繰り寄せて二刀流で構える。
──血刃を携え、血風と共に街を駆ける姿を遠眼鏡で観察する狩人がいた。獣狩が新顔を連れて歩いていたという話を小耳に挟んだ老練の男性は、静かに頬を綻ばせる。
よい狩人だ、と。隣に並ぶ狩人が呟いた。