超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──闇の中で、ふと目が覚める。それが何処なのかは、既に経験していたから覚えていた。忘れるはずがない。自分の生まれ故郷だ。
光の差し込まない闇の中で、妹が泣いている。膝を抱えて、寂しさに身体を震わせながら。
もう少しだけ、待っていてくれ。すぐに戻ってくるから。
「兄さま……」
右手を差し伸べて、頭を撫でる。髪に触れた感覚もわからないけれど、昔とずっと変わらないまま妹はそこで待っていた。
長い長い間、ずっと独りぼっちで。
「……ごめんな」
もう少しだけ待っていてくれ。きっと、遠くない未来にこの孤独に帰ってくるから。
今は、愛する女神たちのために戦わせてくれ。くだらない意地を通すために。
「俺に世界は救えないけれど。それでもやっぱ、黙って見ていることなんかできねぇんだ」
誰かが泣いて。誰かが苦しんで。
どうして誰もが笑って日々を過ごす世界が許されないのだろう。自分が見てきたものは、そんな世界ばかりだ。それもそのはず、なぜなら──それは絶望の魔人が存在するから。
生きていてはいけない。存在してはならない。平和を崩壊させる呼び水となる。全てを塞ぎ込んで、いっそ自決してしまえば世界は丸く収まるのだろう。
それは、大魔導師が許さない。あの人は自分に世界の破壊を託したのだから。
「……兄さま。お願い。私に、願って」
「なにを」
「世界の破壊を。だって、そうでしょ? そんなに苦しんで、痛い思いをして、耐えて、涙も堪えて歩いてきた。なのに戦いしか残らなかった。私は、そんな風に兄さまを苛める世界を許さない。だから……だから、お願い……兄さま」
目を真っ赤に腫らしながら、枯れない涙の跡を拭うことも忘れて最愛の兄に手を伸ばす。頬に手を添えて、呟くように願う。どうか、その一言を。願いさえしてくれれば、愛してさえくれれば。
「──私の、なまえを、呼んで?」
「…………」
開きかけた口から、名前を呼ぼうとして。エヌラスは我に返って口を閉ざす。
それは、いけないことだ。ゲイムギョウ界に呼ぶわけにはいかない。そんなことをしてしまえば全てが無駄になってしまう。
今日まで戦ってきた女神たちが。
今日まで戦ってきた神格者たちが。
今日まで犠牲にしてきた全てが、無駄になる。それだけは許容できなかった。
自分はどれほど罪のない人達を巻き込んできただろう。どれだけ罪のない人達を泣かせてきただろう。数えきれないくらいに背負い込んできた。その重荷で押し潰されようともこの足を止めるわけにはいかない。
立ち止まってしまえば、もう二度と歩き出せないと知っている。
絶対に、諦めない。何が起ころうとこの足は止めない。自分が消えるその日まで。
「……帰ってきたら、名前を呼んで。抱きしめてやるから、もうちょっとだけ我慢できるか?」
目を潤ませて、静かに頷く妹の赤い髪を撫でる。
「約束する。必ず──帰ってくるから」
「ほんとうに? 兄さま……帰って、来てくれる? この絶望に」
「なに言ってんだ。俺は、ただの一度もお前から目を背けたことなんかない」
目を逸らしてしまえば誰かが悲しむから。誰かが苦しむから。誰かが傷つくから。
そんなのは耐えきれなくて。全部自分一人で背負うことにした。
大丈夫。そうすれば、誰も悲しむことはない。誰も傷つくことはない。誰も苦しまない。
傷の痛みも慣れている。涙も堪えられる。
こんな自分を受け入れてくれる、他の優しい誰かが傷つくのだけは黙って見ていられない。
「やくそくよ、兄さま……必ず、帰ってきてね」
鼻をつく嗅ぎ慣れない匂いにエヌラスは咳き込んだ。寒気に身体を震わせて、目を覚ます。
「お目覚めですか」
「ほぉぁっ!?」
顔を覗き込んでいた人形の顔に思わず情けない声を上げて、ベッドから転がり落ちた。灯りの使者達も様子を見ていたのか、身体にペタペタと這い寄っている。だが目を覚ましたことで一斉に姿を消した。
獣狩が拠点としている館だが、賑やかさがなくなっている。騒音担当のメイドが二人とも姿を消していたからだ。
「……俺、どれくらい眠ってた?」
「狩人様が数えたかぎりでは、七日ほど」
「そんな寝てたのか……」
自分の左胸に手を当てて、整息する。ハッキリとは覚えていないが、まるで飲み明かして迎えた朝のような気分だ。あまり心地よいとは言えない目覚めにエヌラスは眉間を押さえる。
一週間も眠っていた自覚がない。これは気を緩めたら安楽死コースも可能性に入る。この先、寝る間も惜しんで駆け抜ける他にないだろう。
「スピカとカルネはどうした?」
「はい。ラステイションの教会奪還作戦を決行されました。狩人様も夜の間だけ、同行しております。ゴッドイーター様は自身の拠点へお戻りになられました」
立ち上がり、部屋の様子を見渡せばケイが布団にくるまって眠っていた。ゴッドイーターの探していた第一部隊隊長である神咲ユウも寝苦しそうにしている。不治の病に冒された身で、見えない戦いをしていた。
装甲の破損した神機を見て、そこでようやく思い出す。修復するための素材を探していた時に狩人連盟から襲撃を受けて、そこで自分は気絶した。なんとも情けないことに。
「それで、どうなったんだ」
「狩人様からのお話によれば、ゲリラ戦法で打撃を与えているそうです。だいぶ戦力を削いだようですが……おや?」
人形の足元に出現した灯りの使者が便箋を手にしていた。その封を切ると、内容に目を通す。
「エヌラス様。連盟長様より、お手紙です……狩人の教会で待つ、と」
「わかった。しかし、俺が目を覚ますのを知ってたみたいだな」
「ええ……そういったことに詳しい方がいらっしゃいますので……」
ひとまず、手紙通りにエヌラスは初めて顔を合わせた教会に足を運ぶ。灯りの使者達が先導してくれるおかげで道に迷うことはなかった。
──連盟長の待つ狩人の教会へ辿り着く。重い扉を押し開けて、獣除けの香に包まれながら中へ足を踏み入れた。
外部からの来訪者に、狩人連盟が一斉に振り向く。
「おお、手紙は届いたかね」
「おかげさまで。それで、なにか用なのか?」
「うむ。此度の件について、我らの間でも話し合いをしていたところだ。神機使いの彼とも、彼女とも。どうやら、外のゲイムギョウ界がおかしくなった影響で我々のヤーナム・シティもまた変貌してしまったと考えるのが妥当と見た」
「……それで?」
「結論から言おう。我ら狩人連盟もまた、獣狩同様にゲイムギョウ界の脅威へ立ち向かうことにした。しかしながら……」
言葉を詰まらせて、濁らせるように唸る連盟長の声がバケツの下でくぐもる。
「外に出れない?」
静かに、深く頷いた。外部への脱出手段を彼らは持ち合わせていない。
壁際で折れた柱に腰を下ろしながら二枚の歪んだナイフを研いでいた鴉羽が立ち上がり、懐から鐘を取り出した。
「これを持っていなきゃあたしらは協力しちゃならないことになっている。だから、ゲイムギョウ界の誰かがこの鐘を持って、鳴らしてくれなきゃ外に出れないのさ」
「俺が持っていったらダメなのか?」
「もう一つ条件がある。夜だけさ。アタシ達の狩りは月が出ている時じゃないとできない掟になってる。こればかりはどうしようもないさ」
「……難しいな」
そうなると、自分が持ち歩くよりも他の誰かに渡した方がいいだろう。誰が適任だろうか考え込むエヌラスの顔を覗き込む、檻をかぶった男性。粘つくような笑みを貼りつけた気味の悪さに思わず拳を叩き込んでしまった。しかも顔面。どストレートに殴りつけられて地面を転がる学徒服の男性は、しかし頬を腫れ上がらせながらも笑って立ち上がった。
「素晴らしい! 夢の中でも狩人とは!」
「俺狩人じゃねぇよなんだおまえ気持ち悪い!? 説明!」
「あー……彼は、学派の狩人。正確には狩人ではないが、我らの連盟に名を連ねている以上はそう名乗ってもらっている。決して悪人ではない」
「アタシらの中でも類稀なる奇人変人だよ」
「おぉ……おぉぉぉ……! 外で起きている出来事は当然このワタシも把握しているとも! 夢の中で眠りについてどんな夢を見たかどうかお聞かせ願いたい。或いはそれが我らの夢に繋がっているかもしれん!」
「連盟長、もう一発コイツぶん殴っていいか」
「許可する」
「オラァッ!!!!」
「アァァァメンドォォォズッ!」
なにか奇怪な絶叫と共に学派の狩人は再びエヌラスに殴り飛ばされる。檻が柵に引っかかり、一瞬だが首が曲がってはいけない角度に曲がったような気がしたが。
「で、なんなんだアレ」
「ふむ。なにかと聞かれれば我らの仲間としか」
「認めたくないけどね」
「なぜゲイムギョウ界から我らの夢が切り離されたのか、それは当然だとも。信仰の光が照らす大陸においてこの街はあまりに不浄極まれる。つまるところ此処は地底なのだ。光射す世界に闇が棲まう場所はなく、しかし水底にこそ淀みが生じる。プラネテューヌに存在するギョウ界墓場のように、ここはラステイションの悪夢を一手に担う。だが我らは信仰の光を諦めぬ。宇宙はソラにあるという格言を知らぬかね、きみは?」
「とりあえずこいつの下顎粉砕していいか?」
「多分黙らないよ、ソイツは。こんな調子だから誰も寄り付かないのさ、学生棟には」
「こんなイカれた街に学校あんのか」
「随分と失礼だね。アタシらに学がないとでも言いたいのかい」
鉄檻をかぶった奇妙なファッションの学派の狩人はとりとめのない言葉をその後もつらつらと語り続けるが、エヌラス含めた狩人連盟はできるだけ無視した。
「エヌラス。君に、この連盟の鐘を渡しておこう」
「……なぁ、この鐘であの神機使いの隊長は呼び出せるのか?」
「む? 不可能ではない。彼をこの街に留めているのは、症状の進行を止めるためだからな」
「わかった。なら、この鐘はゴッドイーターに渡しておく。俺よりも助けが必要になるはずだ」
「采配は君に一任する。役に立てるといいのだが……」
「胸を張ってくれ、狩人連盟。あんた達の狩りの腕は本物だろう」
「気をつけたまえよ。何やら外には不穏な気配が広がっている」
連盟長からの忠告を背に、エヌラスは狩人の教会を後にする。
影の中からハンティングホラーを呼び出し、その背に跨ってハンドルを握ると、一度だけエンジンを吹かした。
身体の調子は万全とは言い難い。だが、目を背けることはできなかった。
自分に残されたものは、もうこれしかないのだから。
「──行くぞ、ハンティングホラー」
目の前に絶望の闇が広がっていたとしても目を逸らして逃げることだけはできない。
友達を助けたい一心で、戦ってきたのだから。