超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「……そう。ヤーナム・シティで」
「はい。ケイ様もご無事です。エヌラス様も……まぁ、おおむねいつもどおりです」
「ならいいんだけど」
ワルキュリアは空にしたグラスをカルネに突き出し、おかわりを要求。
これまでの情報を交換したノワールもグラスを揺らしていた。
「それにしても、たった三人で教会を襲撃なんて。また随分と無茶やるじゃない」
「ポッキリと壊さないだけあって難航しておりますけれど」
「そもそも辿り着くための防衛ラインがまた一段と強固になってまして」
「当然でしょ、わたしの国だもの。ハァド大戦から防衛費に多く回してたし」
胸を張りながら帽子とメガネを外す。ケーシャもどこか落ち着かない様子だ。
「ケーシャ様も先程は失礼いたしました」
「いえ、わたしこそ」
「何やらただならぬ気配を感じてしまいましたので、つい。ノワール様のご友人に大変なご迷惑をおかけしたお詫びと言ってはなんですが……何かご用命はありますか? 大抵のことならばこなしてみせます」
「えっと……」
横目でノワールを盗み見るが、カルネと何か話し合っている。
「そんなお気遣いいただかなくても大丈夫です」
「そうですか。何かお困りの際はお呼びくださいね。こちら、連絡先です」
「ありがとうございます。それじゃあわたしも」
「──ねぇ、三人はこれからどうするの? まさかまた教会襲撃するとか言わないわよね……」
「想定外に守りが固いので流石にこれ以上は厳しいですね。そもそもどこからあんなに武装を引っ張ってきているのか疑問でなりません」
「元々ラステイションは重工業が主産業なの。だからそれ相応に技術力もあるし、反女神派や武装組織、犯罪者も装備は整っているのよ」
例外なく違法だが。それを相手にする以上はノワールの装備も相応の物をケイが用意してくれていた。ユニは自分の手でカスタマイズするのが楽しくて自腹を切ってパーツを買い集めたりしている。最近は手入れをしている暇がなかった。
「武器の手入れしてもいいかしら。最近やってなかったから」
「では、お預かりしますよ? それくらいならこちらで出来ますので」
「本当? 助かるわ。じゃあこれ、お願いね」
ノワールの剣を受け取ったスピカがカルネに手渡す。刀身を眺めて、損傷の具合を確認するとすぐに手入れを始めた。ワルキュリアもその様子を眺めている。
「そういえばあなたも剣を使ってたわよね。よかったら見せてくれないかしら」
「こちらですね」
「ありがと。もう一本は使わないの?」
「これを使う時は、彼がいないと不安定になりますからね。できるだけ」
「そう」
エヌラスのことを口にされた瞬間、ノワールが少しだけ頬を膨らませた。
「ふふっ。ノワール様、嫉妬ですか」
「だ、誰が! 大体エヌラスが今更一人や二人、女の子連れたところでどうとも……」
「極東支部の神機使いの女性とも仲が良さそうでしたよ?」
「…………」
「ヤーナム・シティの人形様と気が合うようでしたが、本当になんとも?」
「ぐっ、ぬぬっく……!」
しかめっ面になっていく様を見つめてニヤニヤと笑うスピカとワルキュリア。やけ酒ならぬやけジュースでグラスを一気に煽ると、グラスをカウンターに叩きつける。
「いいから、おかわり!」
「ええ、はいはい。ふふ、本当に素直ではありませんね。大丈夫ですよ、ノワール様。エヌラス様が本当に大切にしてるのは女神様ですから」
「……わたしだけでいいじゃない」
「そこは御本人に聞いてくださいね、はいどうぞ」
「ありがと」
ぶっきらぼうにお礼を言いながら注がれたジュースを口に含む。
頬を赤らめるノワールにケーシャが少しだけつまらなさそうな顔をしていた。
「エヌラスさん……って、もしかして。黒い髪の、悪そうな顔した人ですか?」
「ケーシャ、知ってるの?」
「ハァド大戦の時、わたしリーンボックスに友達と旅行に行ってて……その時に助けてもらったんです。あの人が、ノワールさんと懇意にしてる方だったなんて」
「はぁ……女性関係ならゲイムギョウ界制覇してそうな勢いね」
「それはもう。あちこち飛び回って振り回されてますから」
そう考えてみればなるほど、とは思うもののもう少し加減というものを──と、まで考えたノワールがケーシャの横顔をまじまじと見つめる。
「……変なことされてないわよね?」
「い、いえ。まったく全然……少し自己紹介とかしただけで」
「そう。ならよかったわ」
胸を撫で下ろすと、気を取り直してノワールは今後どうするかを話し始めた。
「それで、これからどうするの? そっちも手詰まりじゃないかしら」
「ええ、困ったことに」
「幸いなことに、スピカ姉も私もご飯いりませんし。ここでじっとしてればいいんですけど」
「私も幽霊なのでお腹は減りませんね。ご飯は食べたいですけど」
「どっちなのよ……わたしも指名手配されているけど、なんとか動けるわね。ケーシャもいることだし。ごめんなさい、巻き込んだりして」
「い、いえ! 乗りかかった船です、気にしないでください! わたしもノワールさんの力になりたいですし」
「ありがと、ケーシャ。でも、あなたも学校があるんだから無理しないでね」
「気にかけてくれてありがとうございます」
「そういえば、スピカ姉。ご主人様置いてきちゃったけども大丈夫かな」
「何を言っているんですか、カルネ。意識不明の状態なら仕方ないではありませんか」
カルネが仕上げに刀身を払うと、ノワールに剣を返す。それを受け取りながら、首を傾げた。
「……意識不明? 気絶してたってこと? 何があったのよ」
「正確には仮死状態ですね。心臓も軽く止まってましたし」
「ちょっと。縁起でもないこと言わないでちょうだい! こんな状況のゲイムギョウ界でエヌラスが黙ってるはずないでしょ!? 目を覚ましたらそれこそ暴れだすに決まってるわよ!」
「それもできないほど弱っていると言いますか。一周回って今は安全では?」
「自分のこととなると無頓着極まりないズボラが自分の命計算できるはずないでしょ!」
「凄まじい説得力に何も言い返せませんね」
それこそラステイション軍を相手に一時期大暴れしていたくらいだ。これまでの無理が祟って本当に限界が近づいてきている。ただでさえ死闘に次ぐ死闘の連戦だったのだ。
魔人連合。カオス化女神達。絶望の邪神にハァドライン。今は機神も喪っている、それこそが致命傷だったのだが。絶妙なバランスで存在を保っていただけに、ひとつ崩れるだけでこうも呆気なくエヌラスは消滅の危機を迎えている。
それでも、戦うだろう。自分の身体が動く限り。他の全てを捨ててきた。それだけが自分が選んだ正しいと思う道で、見ることの叶わなかったハッピーエンドの道だと信じて。
「……なんとか会えないかしら」
「そうですね……隠れ家ならもしかすれば。合鍵がございます、ノワール様。こちらを」
「ありがと、スピカ」
「今夜、獣狩様と合流する予定です。そちらから話を通していただければ、或いは」
「お願いね」
ノワールはケーシャと共に閉店した裏駅バーを後にする。重苦しい吐息をこぼし、落ち込んだ様子を見せる横顔に胸を痛めていた。
「ノワールさん……」
「……いつものこととはいえ、今回ばかりは流石にね。わたしがもっとしっかりしてれば、こんなことにならなかったのに」
「──……、そんなこと、ないです。今は傷を癒やすことに集中しましょう。まだ完治したわけじゃありませんし」
「そうね。なんとかしないと……エヌラスが手遅れになる前に」
「……ノワールさんは、その。エヌラスさんのことが、好き、なんですか?」
「へぇあっ!? あ、あー……えーっと……放っておけないというか、無視できない相手というか……まぁ、悪くは思ってないけど……」
「…………」
自分の胸の中に、何か黒い感情のようなものが生まれた気がして。ケーシャはその泥のような気持ちを飲み込んだ。
こんなに側にいるのに、近くにいるのに。ノワールの心はエヌラスに向いている。自分を見てくれていない。──ほんの僅かに、それはつけ入る隙を与えた。
「あ、いけない……ノワールさん、先に戻っていてくれますか?」
「どうかしたの?」
「はい。今日の夕飯、準備してなかったので買ってきます。それに、傷薬も残り少なかった気がするので」
「ならわたしもついていくわよ」
「ダメですよ、まだ調子出ていないんですから。少しでも休んでいてください」
「そう? そこまで言うなら、先に戻ってるわよ? あんまり遅くならないようにね、ケーシャ」
「はい。それに、ブランちゃんのご飯も買ってこないと」
「あ、あはは……そういえば、そうね……」
自分が拾った白い野良猫の名前を知り合いにだけは絶対に教えられないと思いながら、ノワールは夕焼けに染まるラステイションを一人歩く。
嫌な夕陽だ。血に染まったような景色に、少しだけ気が滅入る。
(……こんな風に、いつも真っ赤になってたわね。エヌラスは)
返り血ではなく自分の血で真っ赤に染まりながら、いつも戦っていた。誰かの為に。誰かのためにと。自分のためにではなく。
出会った時から、ずっと変わっていない。自殺願望のように死に場所を求めながら、誰かの優しさを振りほどこうとして、結局見捨てられずに背負ってばかりで。どんなにボロボロになっても前を向いて歩く。世界の敵として生まれて、造られて。
それでも希望だけは捨てきれずに、何も諦めきれない魔人に。どうしてこうも心をかき乱されてしまったのだろう。
自分の今を思い返せば、納得してしまった。
味方なんて誰もいない世界でも。そこに優しい人達がいて──それを失いたくないから。
守護女神と魔人という真逆の位置にいながら、戦う理由はまったく同じだからだ。
ケーシャの部屋に一足先に戻ったノワールは借りていた帽子とコートを脱いでハンガーに掛けておく。ベッドに腰を下ろして帰りを待っていたが、夜になっても戻ってこなかった。