超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──禁域の森をハンティングホラーで駆け抜け、エヌラスは日が傾きつつあるゲイムギョウ界へと戻ってきた。荒れ果てた道を走り、アクセルを踏み込む。
向かった先はラステイション防衛軍極東支部。その門前に立つのは、オルタ。柄頭に両手を置いて何人たりとも通さぬ不動の門番となっていた。事実、拠点防衛を引き受けてからはただの一度もアラガミの侵入を許していない。それと引き換えに周囲に刻まれた剣の爪痕は凄まじいものとなっているが。
「誰かと思えば、貴様か」
「よう、なにしてんだ。ここで」
「一宿一飯の恩義代わりに、防衛を引き受けている。何用だ」
相変わらず魔人らしくない律儀な態度に、鼻で笑った。狩人の鐘を取り出してオルタに手渡す。怪訝な表情で受け取り、指先で軽くつついていた。
「これは、なんだ?」
「ゴッドイーターに渡しておいてくれ。狩人連盟の鐘だ」
「わかった」
ポケットにしまいこむと、金の瞳でじっとエヌラスを見つめる。その目は憐憫の情に満ちて、哀れんでいた。
「……随分と覇気も神格も堕ちたものだ」
「それに加担しておきながらよく言う」
「何が貴様をそこまで駆り立てる。今ではアイツに勝ち目もないぞ」
「んー? まぁ、そうだわな……」
今、ヌルズと交戦すれば間違いなく敗北する。だが、相手は姿を隠したままだ。静観していたとしてもエヌラスは近い内に消滅する以上、もはや邪神の脅威ではなくなってしまった。ならば、最優先なのは守護女神対策だろう。その下準備に注力しているとすれば、ヌルズは安全な場所で作業に取り掛かっている。
──機神召喚のために。
アレは、存在してはならない。喚び出してはならない。例え、神であろうと止められない。
次元世界を消滅させる為だけに。誰もが望む明日も未来も消し去る。
だからこそ、その名を語り継ぐものも呼ぶ者もいなくなった。忌み嫌われた。
邪神ヌルズも。その断片である魔人、エヌラスも。
その機神に、名前はない。だから、ただ一言──“D”とだけ。
セロンが大いなる“C”であるように。その先を行く者として。
「肝心要の機神も無くなった今となっちゃ、俺はただの魔人だ。変神もできなくなったしな」
ゼロクリスタルの損耗から、信仰の力に耐えられるだけの強度も確保できていないことは確信している。
「今の俺に残ってるのは、もうこいつだけだ」
自分の左胸を軽く叩いた。そこにあるのは、ちっぽけだが、なくてはならない勝利の鍵。
最初から、ずっと自分を支えてきてくれた無限の魔力貯蔵庫。銀鍵守護器官。だが、これだけあれば十分だ。まだ戦える。どれだけ自分の身体が壊れようと、立ち上がらせてくれる。
戦うための力がまだあると言い張るエヌラスに、オルタは呆れていた。
「貴様の辞書に諦める、という言葉は載っていないのか?」
「悪いが一番最初に破り捨てた。俺にはいらねぇ言葉だ。お前はこれからどうするんだ、オルタ」
「私か。さて……どうするかな。あの男からの命令がない限りは、特に、なにも」
自分がやりたいこともない。不意に視線を外したオルタの目に映るのは、黄金の頂。
目を細めて、ふと思い返す。自分が生まれた意味は、この剣だけだ。贋作にして模倣、形だけを借りた自分の存在が成すべきことはただ斬ること。
脳裏に蘇るのは、一度刃を交えて蹂躙した少女のこと。同じ名前、同じ剣を手にした相手のことだけが気がかりだった。
「そうだな……最後に戦う時は、己の存在意義をこの剣で語らうとしよう。幸いなことに、私は貴様よりも時間に余裕があるからな」
「そうか。んじゃあな、変な真似すんなよ」
エヌラスはただ一言だけを残して、ハンティングホラーで反転するとラステイションへ向けて走り始める。土煙を残して去っていく後ろ姿を見送って、オルタは受け取った狩人の鐘を見つめた。
自分が本当に渡すと思っているのだろうか。そこまで余裕が無いのか、はたまた頭が回っていなかったのか。だが、不治の怪我人に鞭打つのもまた自分には似つかわしくないと思い、オルタは剣を手にして極東支部へと戻る。
「ゴッドイーター、いるか」
「は、はひ!? なんれふか!?」
食事中だったようだが、おかまいなしにオルタは鐘を置いた。カップ麺をすすりながら見つめ、スープを飲み込むと古ぼけて錆びた鐘を手にして軽く鳴らしてみる。
カラン、と。なんとも物寂しげな音が鳴るだけだった。
「なんですか、これ?」
「エヌラスから渡された。狩人連盟の鐘らしい。確かに渡したぞ」
「はぁ……」
「私も小腹が空いたな。少し席を共にさせてもらうぞ」
問答無用でオルタはゴッドイーターの前の席に陣取り、食事を始める。
妙に礼儀正しい魔人は、特に誰かと交流をしているわけでもなく、かといってとっつきにくいというわけでもなく。自然に馴染んでいた。
「……やらんぞ」
「い、いえ欲しいわけではなくてですね……その、オルタさんは不思議な人だと思って」
「人ではない以上、そういうものだ」
「マガツビは、あれから一度も目撃されていないそうです」
「ああ、アイツもだいぶ消耗したからな。もうしばらくは休んでいるだろう」
「……いつか、倒さなきゃいけないんですよね」
「なぜそんな顔をする?」
「だって、オルタさんが飼っているんじゃないですか?」
「懐かれているだけだ。倒すなら好きにするがいい。倒せるとは思えんが」
神をも喰らう魔獣。いつか討たなければならない相手に遠慮するゴッドイーターに、オルタは一言で切り捨てた。そこは魔人らしく感情が込められていない。
「アイツは、生きているだけで周囲の生命エネルギーを吸い尽くす。神機で捕食しようにも、その牙が届かなければ意味がない」
「それでも、逃げるわけにはいかないんです」
「殊勝な心掛けだな。気張るが良い」
いずれ、このゲイムギョウ界も滅び去る。
ヌルズを止めることができなければ、これまでのように。アダルトゲイムギョウ界のように。
コンティニューなど、決して許されない。
(……まぁ、私にはどうでもいいことだが)
世界の終わりも、絶望の邪神の暗躍も。自分がこの先どうなるのかも、興味がなかった。
──ケーシャは一通り夕飯を買い込み、女子寮への帰路に着く。
時間がずれ込んだせいで特売品セールに目移りしてしまって予想より時間がかかってしまった。
「ちょっと、買いすぎちゃったかな……」
夕飯と傷薬の在庫と買っていたらすっかり日が落ちてしまっている。急いで帰ろうとするケーシャの前に、建物の影から数人の兵士達が姿を現した。
「……な、なんですか。わたし、先を急いでいるんですけれど」
「見つけたぞ、ケーシャ。お前を探すのにだいぶ苦労させられた」
「────」
男の声に、ケーシャの顔色が変わる。逃げ腰だったが、いつでも銃を抜けるように踏み止まる。
「なんの用ですか。わたしはもうあなた達とは何の関係も……!」
「昨今のラステイションがどうなっているか知っているだろう。誰のせいでこうなっているかは言うまでもないな、ケーシャ」
「わたしは、ただ普通の生活がしたくて」
「組織が守護女神によって壊滅させられたドサクサに紛れて上手く隠れたようだが、我々の情報網を侮ってもらっては困る」
「…………組織には、戻りませんよ」
「ならばどうするつもりだ? 我々が動けばお前の平穏な生活を壊すことなど容易いぞ」
「っ……」
自分だけならば、逃げ切れる。この場をしのぐことも容易だが、それからどうする。
「取引をしよう。我々に協力するなら、今は見逃してやる」
「……なにをすれば、いいんですか」
「教会を襲撃してきたあのメイド達を何とかしてくれないか? 今のお前ならばできるはずだろう──ゴールドサァドのケーシャ」
「…………」
「何か必要な物があれば言ってみろ」
「いりません。失礼します」
男たちの横を早足で通り過ぎるケーシャを見送り、傭兵組織の兵士は肩を落とした。
優秀な人材だっただけに、手放すのが惜しい。何とか組織に復帰してもらいたいものだ。そのためならば手段は選ばない。
「隊長、よろしいのですか?」
「構わん。撤収だ」
「しかし相手はあのキテレツメイド隊ですよ? あの子に勝てるとは」
「ラステイションの信仰を一手に担っているゴールドサァドの一人なら問題はあるまい」