超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ヤーナム・シティの時計塔には、古くから一人の狩人が居座っていた。
天高くそびえる摩天楼。街を見下ろすほどの高所で、その花は咲いている。誰が植えたのかも育てているのかも定かではない、夜明けの訪れない街には似つかわしくないヒマワリは、半ば枯れ落ちていた。
白い花弁が風に舞い上がり、開け放たれた扉の中へ吸い込まれていく。
大時計の裏側。本来なら整備されて然るべき道具や構造となっているはずの部屋は、閑散としていた。ただぽつんと、小さな丸テーブルとアンティークの椅子が置かれているばかり。ワイングラスと一輪の花が花瓶に差されているだけだった。
しかし、今はその室内に幾度となく金属音が響き渡っている。刃が激突する度に火花が散って消えていく。
神宮寺ケイが、この時計塔を訪れたのは腕に覚えがあり、かつ街の管理者としての権限を持つ者がいるという話を連盟長から聞いたからだ。解毒剤の効能で身体の倦怠感も拭われ、体調も良好。ラステイション教祖という立場でありながら敗走の一手しかなかったことは悔やんでも悔やみきれない。機を見て自分も教会奪還の為に動く前に、剣の腕が鈍っていないか確かめるためにきた──のは建前。本音は、このヤーナム・シティがゲイムギョウ界と隔離された状況を解決して何とかラステイションの利益に持っていけないかという考えからだった。
それゆえに、こうして街の管理権限を持っている相手と顔を合わせにきたのだが、それがなぜこうして剣戟を鳴らしているのか。
時計塔の狩人は、女性だった。狩人とは思えない儀礼的な衣装に身を包み、手にした得物もまた柄頭に短刀を取り付けたもので疑問に思ったが、しかしてその腕は確かに狩人そのものだ。
愛用のメカニカルソードで薄い反りの刀身を防ぐ。切っ先を逸らすように流して反撃に転じるが柄頭の短刀を逆手に持ち替えて事も無げに防いで見せた。
二刀流の連撃をしのぎ、捌き切ったケイはその場から大きく飛び退く。室内に入り込んだ白い花びらが舞い上げられた。
左肩の短い赤マントを翻すと、時計塔の狩人は右手の長刀を水平に構える。
一寸、静寂を挟み──床板が撓むほど強い踏み込み、姿がかき消えた。しかしこれをケイは垂直に構えていたメカニカルソードで防ぎ切る。狩人の膂力とは獣じみているものだ。
後方へ吹き飛ばされるが、そのままバク宙で威力を流すと受け身を取る。
互いに踏み込み、再び刃を交わす。二刀流の連撃を捌き、防ぎ、躱し、反撃の機会を窺う。
さながら騎士の決闘。舞踏会のように二人は刃を交えていた。
決着はつかず、互いの首元に刃を押し当てて終わりを迎える。
呼吸を乱さない時計塔の狩人は、柔らかく微笑んだ。ケイもまた、わずかに乱れた呼吸を悟らせまいと平静を取り繕う。顔に出るようではビジネスで渡り歩けないからだ。
不意に刃を外し、時計塔の狩人は鞘に収めると踵を返して椅子へ腰掛ける。刀を抱くようにして体重を預けた。
「……流石は、というべきか」
「ラステイションの教祖だからね。これくらいはできなくちゃ」
守護女神仕込みの剣術の腕はラステイションでも随一だ。そうでなければ教祖は務まらない。ルウィーでも、リーンボックスでも。プラネテューヌに関しては古くからイストワールが務めているため、他とは少々事情が違う。
時計塔の狩人は狩人帽子を直し、顔を上げる。その顔立ちは、獣狩の館にいた人形と瓜二つだった。
「ヤーナム・シティは興業的価値が大いにある。だけど問題も多く抱えている。獣の病に、ここに辿り着くまでの道のりも険しいものだ。地方都市にしても、少し難しいかもしれない……いや、でもモンスターの危険度で言えば腕比べとして売り出せば……?」
「ふふっ……。いや、失礼を。何を言い出すかと思えば、おかしなことを。私達狩人連盟は元よりそんな輩の集まりだったのだ。もう長いこと忘れ去られてしまっているが。みな、おかしくなってしまった。競い合っているうちに、狩人が獣となってしまったのだ」
「では、あなたは?」
「私は疲れた。だからこうして、ここで見守っている」
「連盟長が言うには、あなたはとても優れた狩人だったと」
「ああ。だから、疲れた。獣を狩ることに。終わらない夜に。私は弱いから、もうこれ以上は耐えきれないんだ。どうか理解いただきたい」
だからこうして、街を管理する者として時計塔に居座っている。そもそもこの時計塔に来るのですら案内がなければたどり着けなかったほどだ。
患者が多く収容された医療棟を抜けるのですら難所極まりなかった。
「とはいえ、あなたにお礼を言わなくちゃ。ありがとう、時計塔の狩人。ボク個人の用事であなたに手間を取らせてしまって」
「ああ、かまわない。此処に来るのは、新米の獣狩か、あなたくらいのものだ」
「随分と彼はこの街で慕われているみたいだ」
「おかしな男だ、この街では。いいや、外ではアレが普通であったかな。まぁどちらでも詮無いことさ……今頃外は日が傾く頃合いか」
カチリ、と大時計の針が動く。この街の時計は狂っていない。だが夜が明けないのは、あまりに異常極まりない現象だった。
狂気に包まれた街。狂っているのは世界の方だと言わんばかりに。
灯りの使者達が時計塔の狩人の足元に現れると、羊皮紙を差し出した。受け取り、封を紐解くと目を通す。
「……ほう?」
「なにかありました?」
「どうやら、招かれざる客が禁域の森に侵入を試みたようだ。命知らずな」
「……もしかして」
「教会を占拠している武装勢力だろう。なるほど、そうか。それが彼らの流儀なら、こちらも狩人なりの礼儀を尽くそう」
羊皮紙の文字をかき消し、時計塔の狩人は羽ペンを懐から取り出すと新たに文を書き綴る。そして灯りの使者へ手渡した。文を受け取ると何処かへと消えていく。
「さて、そちらもここから戻るのは難しいだろうし。私も同行しよう」
「ご厚意に甘えるとします」
「なに、気にすることはない。私も興が乗った、今回は手を貸そう」
時計塔なりの冗談のつもりだったが、ケイは会釈に留めておくことにした。
陰鬱にして鬱蒼とした禁域の森は日が差し込まない夜の世界。だが、明るく照らされては蛇団子が苦悶の声を上げて黒焦げになって息絶えていく。
ラステイション教会から派遣された武装勢力は火炎放射器を手にして森を焼き払いながらヤーナム・シティを目指していた。不気味な森の中を進む鋼鉄の歩兵団には、戦車も混じっている。
倒木を踏みしめながら眼前の狂気を焼き捨てていくが、やがて霧が濃くなっていく。視界不良に毒づくが、人肌のように生ぬるい風が吹くと霧が収まる。
「くそ、薄気味悪い森だ……」
「さっさとこんなところ抜けちまおう」
「まったく、なにがヤーナム・シティの獣狩だ。猟友会の間違いだろうに」
愚痴をこぼす一団の前に、不意に人影が浮かび上がった。いつからいたのか、初めからいたのか定かではない。まるで霧から現れたように、それは立っていた。
鴉のような羽を広げて、懐から歪んだ刃のナイフを取り出す。
「なんだい、アンタら。ここから先はヤーナム・シティだよ。悪いことは言わない、引き返しな」
「ラステイション教会から派遣されたものだ! 反抗勢力のリーダー、神宮寺ケイを匿っているのは知っている。おとなしく身柄を引き渡せば良し、さもなくば──」
「さもなくばどうだっていうんだい。狩場に踏み込んだ獲物が口を聞くんじゃないよ」
左手で小さな骨を握りしめると、鴉羽の狩人の姿がかき消える。咄嗟に銃を構えるが、狩人の前では遅すぎた。兵士の首筋に刃を当てて、背筋が凍るような声色で短く告げる。
「アンタら、運がなかったね」
「う、撃て! 反逆者共だ!」
銃撃の合間を縫うように、闇に紛れながら姿を消しながら鴉羽は兵士を一人、また一人と葬っていく。だが、後続の戦車が砲塔を動かしてその姿を捕捉していた。
主砲が放たれ、爆風に煽られながら一気に距離を離される。兵士が銃を向けるも、今度は横殴りの一撃に薙ぎ払われた。
「ハッハッハ……いい臭いだ、狩りの臭いがする……!」
「そら、どこで見てるんだい火薬庫! アンタ好みの獲物がいるだろうに!」
「もとより承知!」
木の枝から飛び降りてきた火薬庫の狩人が戦車にとりつくと、右腕を大きく振りかぶる。火薬式の射突型ブレードを打ちつけると、衝撃を利用して離脱した。強烈な一撃を受けて戦車の砲身が歪んでしまっている。車輪に時限式の爆弾を仕込まれ、後退しようとするが二度目の衝撃で脱輪していた。
「教会の意向がどうとか、アタシらには関係ないんでね! 悪いね、狩らせてもらうよ」
「き、貴様ら!? 我々がここに来た理由を知った上でか!?」
『狩られにきたのだろう?』
鴉羽、火薬庫、神父服の狩人が声を揃える。話し合いの余地などない、侵入してきた相手に慈悲などない。そこは狩場だ。狩るか、狩られるかだけ。言葉が通じる相手など、喋る獣と変わらないのだから──。