超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
禁域の森での戦いは、ヤーナム・シティで待っている連盟長達の耳にも届いていたが彼らは動こうとはしなかった。
自分たちが動くほどではないと、しかし各々の武器だけはしっかりと肌身離さず持っている。
「……鴉羽達は狩りを始めたか」
「しかしあの数。武装勢力がこちらへ乗り込んでくるのも時間の問題では?」
「その時は、我らの番だ。状況はどうなっている?」
遠眼鏡を片手に、教会の屋根から大弓を構えているみすぼらしい服装の狩人が静かに告げた。
「ああ、変わらんよ。上手くやっている、流石は狩人狩りと名を馳せただけはある」
「ならいいのだが……」
「何か気になることでもあるのか、連盟長」
やつしの狩人が歯切れの悪い口ぶりを気にかける。
「今日は、嫌な霧だ」
「いつもと変わらない霧だろう。街を覆っているのは」
「いいや」
狩人連盟の長は、禁域の森へ視線を向けた。
「──なにか、良くないものを招いたようだ」
大弓を構えたまま、やつしは鼻で笑う。だが、その視線の先で不意に悪夢の霧が揺らいだ。
禁域の森が騒がしくなる。狩人達の勘が獣の気配を不意に察した。これまで対峙したことがないような強大な存在の接近に、武器を手にして立ち上がる。
「……武装勢力ではないな」
「ああ。獣だ。獣の臭いだ」
「ならば我らの時間だ」
連盟長達が狩人教会の扉を押し開けた。そこへ時計塔の狩人とケイが戻ってくる。
「と、時計塔……珍しいことがあるものだ。貴方が街に下りてくるとは」
「ラステイションの教祖とあれば、これくらいの礼は尽くさなければな。それで、この気配はこれまでの獣とは一味違うようだが?」
狩人帽子を押さえながら、時計塔の狩人は短く鼻を鳴らした。
「連盟長。獣が一匹紛れ込んだようだ。だがなんだ、アレは……」
武装勢力も鴉羽達も関係なく、手当たり次第に暴れている。黄金の毛並みを持つ魔獣が一頭、禁域の森へ侵入を果たしていた。
「我らのまだ見ぬ獣がいたということか、ははは。それは結構! 大いに狩り甲斐があるというものだ!」
今夜もラステイションへ向かおうとしていた獣狩と禁域の森の前で合流すると、連盟長達が見つけた獣の気配を獣狩も感じていたらしい。使者達も脅威を感じ取り、硬貨を指で弾いても足元から出てくる気配がなかった。
「ああ、貴公。ちょうどいいところに……これからラステイションへ向かうのだろう? ならば、教祖様を頼んだぞ」
「そちらは」
「我らは狩人だ。獲物がいれば狩るのみ」
「大丈夫なのかい?」
「無論。我らは死ぬことはない。悪い夢の一幕で済まされる」
ゆえに、寝ても覚めても狩るしかない。幾度となく死を迎えて、しかし夢のように醒める。悪夢に囚われたまま。
「どちらにせよ、我々が出られるのは禁域の森までが限界だ。夜明けを望むのなら、行くがいい獣狩よ」
「……わかった」
「よい返事だ。やつし、済まないが大至急狩人を招集したまえ。アレは我らでも手に余るだろう」
まだ刃を交えてもいなければ、姿を目の当たりにしたわけでもない。しかし、連盟長は一切の油断なくヤーナム・シティの総力を挙げてかかるべき大敵と判断した。長年の経験と死闘の最中で培われた直感から、そうすべきだと。
頭を包帯でぐるぐる巻きにしたやつしの狩人は額に手を当てて息を吐き出す。
「ああ分かったとも、連盟長。だが俺が行くまでに狩らんでくれよ」
「保証はない」
「まったく人使いの荒い長だ」
チリン、と輝く硬貨を石畳に投げてやつしは姿を使者達とともに消した。
獣狩が護衛を引き受け、ケイと共に連盟長達とは別な道から禁域の森へ入る。
相変わらず暗い森の中を走り、時折響いてくる轟音を気にかけながらケイは倒木を飛び越えた。
報告書にあった神蝕種、個体名マガツビだろう。だが、暗闇を裂く光線のような軌跡は報告になかったはずだ。
獣狩は脇目も振らず走り続けている。だが、二人の前に木々を薙ぎ倒しながら転がり込んでくる人影に足を止めた。神父は何度も咳き込み、吐血しながらも笑って立ち上がる。
「はは、っはっはっは……! ガハッ、ゴフッ……!」
「大丈夫か?」
「ああ獣狩か。勿論だ、あのような獣は初めてだ。血が騒ぐ。腕が鳴るというものだ」
おびただしい出血に骨折をしながらも笑みは崩さない。神父の肩を叩き、獣狩は短く告げた。
「……すぐ戻る」
「かまわんよ」
「急ごう」
ケイはなんと言葉をかけるべきか考え、月並みな言葉をその背中に投げる。
「ご武運を」
その言葉は聞こえただろうか。しかし、神父は斧を携えて再び負傷した身体を引きずって駆け出していた。
爆ぜる光弾や兵士の悲鳴を置き去りにして二人が禁域の森を抜けると、そこは武装勢力が待ち構えていたのだろう。見る影もなくマガツビの被害に遭って壊滅していた。これ幸いにと先を急ぐ。
ケイは懐からビジネス用の携帯電話を取り出すとすぐにエヌラスへ電話をする。
「もしもし。こちらケイ、エヌラスかい?」
《ああ、どうした》
「今ボクと獣狩はヤーナム・シティを抜けてラステイションへ向かっているところだ。そちらに合流しようと思うんだけど、どこにいるんだい」
《俺の家》
「……家、持ってたのかい? 住所は」
《あー……廃工場区画の一部買い取って改造したから家というか工房だな。ユニも一緒だ。バカメイドも揃ってるし、ノワールもいる》
「わかった。ボクもそちらに向かおう。獣狩もいいかい?」
「構わん」
通話を切り、ケイはただひたすら走ることに集中した。獣狩は息一つ乱さずに先を行っている。
二人がラステイションにたどり着き、人目を避けながらエヌラスと合流したのは日付が変わろうとしていた時間だった。
エヌラスの魔術工房へ入ると、薬品の独特な匂いと見慣れない道具などが並べられていることに獣狩は興味津々な様子で見渡している。ケイも肩で息を整えていたが、深呼吸を繰り返すとノワール達に挨拶をした。
「ケイさん。身体は大丈夫なの!?」
「ノワールこそ。シェアエナジーを奪われて災難だったね。元気そうで何よりだ」
「ええ、まぁね。わたしもここに来たのは今日のお昼くらいからなの」
それからは不用意に外へ出歩けないのでずっと作戦会議をしている。エヌラスは装備の整備と点検をずっと飽きもせずにやっていた。寝る暇も惜しんで作業に没頭してはドラッグシガーを一服して、たまに黄金の蜂蜜酒を含みながら。不健康極まりない生活態度に呆れられながらも手を止める気配はなかった。
「ま、掛けてくれ」
「わかりました」
「ふー、流石のボクも走り通しだったから疲れたよ。獣狩は?」
「問題ない、マラソンは慣れている」
ソファーに腰を落ち着かせる獣狩が珍しいのか、ユニがまじまじと見つめる。視線の先にあるのはアンティーク調のウッドストック製散弾銃。
「じー……」
「ちょっと、ユニ」
「あ。ご、ごめんなさい。珍しくて……」
「まったくもう、ユニ様ったらはしたない。見たいのならば仰ってくださればいくらでも見せて差し上げますよ? 思う存分御覧ください、どうです、綺麗でしょう?」
「発言がやべぇんだよテメェは、勘違いすんだろうが粛清」
「大変申し訳ございませんでした速やかに即刻訂正致しますので頭部ユニットを鷲掴みにして爆熱ヒートエンドだけは勘弁いただき申し上げたくおもいます、はい」
ロングスカートに手を入れたままスピカはエヌラスに頭を粉砕されそうになっていた。何はともあれ、無事に全員が合流できた。本格的にラステイション教会奪還作戦を計画することにした。
銃を持ち替えて、獣狩はユニに差し出す。
「……いいんですか?」
「見るだけならな」
「ありがとうございます。わ、すごい使い込まれてる……なのに整備は隅々まで行き届いてて年季を感じさせる……」
「ふふ、鉄製では味わえないこのウッドストック独特の使い込み……ワインのように味わい深いですね」
「テメェはこっちに戻って作戦会議に混ざれスピカてめぇコラ。アキレス腱集中的に蹴るぞ」
「あの、ご主人様。執拗なローキックはおやめください、困りますご主人様あーご主人様いけませんご主人様困ります。っていうかなんで私の足が蹴られてるんですか!?」
「近くにいたテメェが悪い。三回だぞ三回、わかるかこの罪の重さ。三回も教会襲撃して失敗しやがってテメェこら。おかげでどんだけ作戦の難易度上がってると思ってんだおぉん?」
「お願いします許してください何でもはしませんけど」
「爆弾抱えて教会突っ込んで死んでこいカルネ」
「それ以上いけませんエヌラス様、自爆テロは色々と」
「テロリストに教会占拠されてんだから手段選んでられっかバーカ! 畜生めぇ!」
「…………」
「えー、と。うん。言いたいことは何となく分かるわ、獣狩。でも大体こんな調子なのよ、慣れてちょうだい」
「……努力する」
「それと、遅れたけれど……ケイさんを助けてくれて、ありがと。大したお礼できなくてごめんなさい」
「いい、気にしていない」
目の前で執拗なまでのローキックをメイドに繰り出しているエヌラス達の騒動から一歩引いて眺めていた獣狩は、できるだけ深く考えないことにした。ノワールはなんだか懐かしい空気に自然と頬が緩む。
アダルトゲイムギョウ界の戦いに巻き込まれた時を思い出して、思わず笑ってしまった。