超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
頭部を弾丸で撃ち抜かれた獣狩は即死だった。幸いにもそれが獣狩であったことにスピカとカルネは安堵するのも束の間、狙撃手の観測に即時対応した。
相手に目星はすでにつけている。だが、問題はその行動だ。ラステイションを支配していた武装勢力へ加担してなにか得があるのだろうか。
夜間の狙撃は弾丸もさることながら対応が困難となる。しかし、二度も同じ手を食らうほど二人もだてに修羅場をくぐり抜けていなかった。
「ワルキュリア様、エヌラス様をお願いします」
「はい!」
「スナイパーはこちらでなんとかしますので、バカルネ」
「はいさー!」
ハンティングホラーに乗ると、カルネがアクセルを吹かして夜空に向けて騎手を上げる。
弾道から、相手がビルの屋上に陣取っていることは既に把握済みだ。ラステイション教会前は開けているものの、狙い撃てる場所は決まっている。ビルの隙間を縫うようにして狙撃したにしてもそう多くはなかった。
スピカとカルネが高度を取り、自動人形として義眼の性能を十二分に発揮することでその狙撃手の姿と位置が露わとなる。直上からマスケット銃でカウンタースナイプを試みたスピカの弾丸は、しかし躱されてしまった。
場所を変えようというのか、相手はすぐさま駆け出している。隣のビルからビルへと飛び移り、路地裏へ逃げ込んだ。
「スピカ姉、どうする?」
「私が追います。カルネはエヌラス様を」
「りょーかーい」
コントラバスケースを担ぎ上げて、カルネははるか上空から身を投げる。眼下のビルの非常階段を蹴り飛ばし、逃亡したと思われる路地へ向けて転がるように受け身を取ると走り出した。
「ごーしゅじんさまぁー! 大丈夫ですか、怪我してませんか、撃たれてませんか、ハートブレイクしてませんかどうですか生きてますか元気ですかー!」
「どぉらっしゃあああぁいっ!!」
「いのっぷ!!」
「てめぇに鬼哭掌叩き込んだらどうなるか身をもって教えてやろうか?」
八つ当たり気味な拳を顔で受け止めながら、カルネは満面の笑みと共にエヌラスの身体を支える。口ではいつもの調子だが、その不調は隠しきれていなかった。
「だぁめですよご主人様、無理してるってわかってるんですから」
寝ていないのも知っているし、魔術回路の調子が悪いのも目に見えている。
「また施術してあげましょうか?」
「麻酔抜きでな。寝たら死ぬ」
「またまたご冗談をー」
ケラケラと笑うカルネとは逆に、ワルキュリアはどうすればいいかわからず狼狽えていた。
「こ、この場合私はどうしたら……微妙に立つ瀬がないといいますか」
「あー……周囲の警戒しててくれ。相手がいなくなったわけじゃないしな」
「わかりました! 警戒に当たります!」
言うなり、紫電と共に姿がかき消える。
深く息を吐き出して、エヌラスは壁によりかかって整息した。気の巡りを少しでも良くしようとその場に腰を下ろす。
「……スピカ一人に任せて、大丈夫なのか?」
「んー。なにか考えがあるみたいですし、いいんじゃないですか。むしろ今回持ってきた物量で言えば相手の心配した方がいいかと」
「アイツ、何持ち込んできた?」
「バンカーバスター」
「一人で戦争でも始める気かアイツは」
鏡を見てくれ、とは流石のカルネも言えなかった。
──先の見えない路地を走る。肌を撫でる夜風が冷たい。ラステイションの工場から吐き出されるガスが鼻につく。パイプから吹き出す水蒸気が肌にまとわりつく不快感も置き去りにするようにひたすら彼女は走った。
その背を追う、銀髪のメイド。自動人形である彼女にとって、人間の足に追いつくのはさほど困難な話ではなかった。だが、前方を走る相手が不意に手を懐に忍ばせて何かを足元に転がす。外れたピンに、黄色のラベルが巻かれた手のひら大のソレは、閃光手榴弾だった。
すかさずコントラバスケースを背中に当てて反転する。次の瞬間、白く焼き付けるような閃光と爆音が響き渡った。数秒だが、身動きを封じられる。
スピカが目を開けると、すでに相手は姿を消していた。だがそれでもまだ追跡を再開する。
自動人形の義体は、九龍アマルガムでは企業の規格品或いは専属技師による特注品の二つに別けられる。スピカとカルネは後者だった。だが、自我が芽生えた頃には完成品として九龍アマルガムに出品されている記憶しかない。そのため、自分を作ったのがどこの誰なのか、なぜ自分達が人形になる前の記憶がないのかも定かではない。名前も、エヌラスが名付けたものだ。
不思議と、不快感はない。むしろ主と仰ぐべき相手と出会ったことを、運命だと信じて止まなかった。カルネだって同じ。
自分達の無尽蔵に極めて近い魔導機関である「無間心臓」も「ALハザード・ランプ」も、誰がどのようにして製造したのだろう。大魔導師に尋ねてもはぐらかされるばかりだ。そこに何か違和感を覚えながらも、努めて考えないようにしていた。
しかし、最近はおかしい。エヌラスと共に行動する時には、決まって既視感に襲われる。
この人の横顔を何処かで見た。
この人の寝顔をいつか見た。
この人の姿をどこかで支えた。
自分はもしかして、前世からこの人に仕えていたのではないのか? そう思うことが少なからずある。だから、敬称で呼ぶことになんの不満もなかった。主と呼んで仕えて然るべき人のはずなんだろう。
スピカは轟音と共に加速した。相手が人間であるならば、体力に限界が訪れるはずだ。自動人形にそんなものはない。耐久性能だけだ。
重量級のコントラバスケースの内部倉庫を組み替える。内蔵した銃器の再装填、取り出す重火器の選択。補強して修理した取っ手を握り直してスピカが猟犬の如く駆け出す。
曲がり角を抜けた瞬間、眼前に閃く刃を見た。気がつけば、身体が動いている。コントラバスケースを手放し、その場でバク宙をしていた。勢いの乗った態勢から身体を宙に浮かせたもので、前方に滑るように着地する。
「ッ」
相手の短な驚愕と不意打ちの失敗を悔やむ舌打ちに、スピカは同情の余地もない。ロングスカートのパッチを外し、スリットを覗かせると太ももに巻きつけていたホルスターから拳銃を取り出して振り向きざまに発砲する。乾いた銃声に、しかし相手は銃口から身を翻していた。
眼前に向けられるコンバットナイフにスピカはあくまでも冷静に対処する。バレルでナイフを弾き、前腕部を展開して内蔵していた隠しナイフを取り出すと相手へ突きつけた。だが、同様に狙撃手も後ろ腰のホルスターからハンドガンを引き抜いて同じように構えている。
火花を散らし、同時にその場から飛び下がった。そこでようやく、スピカの手放したコントラバスケースが地面に落ちて派手な音を立てる。
「…………」
「やはり、貴方でしたか──ケーシャ様」
「っ……」
今にも泣き出しそうな顔で、歯を食いしばりながら月明かりに照らされたケーシャはナイフとハンドガンを同時に構えて腰を落としていた。それは少女が取る戦闘の意思にしては堂に入り、年季すら感じさせる。だが、スピカは嘆息すると油断なくファイティングポーズをとった。
銃口と切っ先を相手に向けるように腕を交差させた構えから、スピカはナイフを振るうケーシャの動きを観察しながら身を引く。銃撃もナイフで弾き落としながら。
「ええ、実は初めてお会いした時から奇妙だなと感じていたのです」
淡々と、しごく淡々と、人形らしい感情を欠いた声で。
「貴方は人間にしては、少々波長がおかしいな、と。そう思っていましたよ。私とカルネは少々、いえ、多々人間に比べると目が良いものでして」
ほとほと困る時がある。義眼の性能があまりに良すぎて、見たくもないものを見る時がある。気づいてはならないことに気づく時もある。だから、その都度見て見ぬふりをしてきた。素知らぬ顔で流すことにした。同じ性能のカルネは多分見ても理解していないだろう。
常人であれば気が狂うような九龍アマルガムの真実も、知らぬ顔で過ごしてきた。だがそれも大魔導師はとっくに見抜いている。末恐ろしく底知れない人であることに違いはないが、必要以外は些事と切り捨てていた。
「私、なんと仰ったらいいか。目聡く、ずる賢いメイドなのです。霊的波長とでも言えばいいのでしょうか。そういった類は、特に。サーモグラフィーカメラのように
刃物は嫌いだ。余計なものがまとわりつくから。
刃物は嫌いだ。いらないものまで斬ってしまうから。
刃物は嫌いだ。手が汚れるから。
刃物は嫌いだ。手に残るから。
だから──銃は大好きだ。何も感じなくて済むから。少しだけ反動を堪えれば何も残らない。
銃は大好きだ。何も言わないから。
手に馴染んでくると、自分のモノになっているんだと感じさせてくれるから。色々な化粧が出来るから。自分だけのモノになってくれるから。刃物のように、折れたり、曲がったり、壊れたりしないから。替えがきくから。
長く使えば使うほど、自分だけのモノになってくれるのが大好きで大好きで堪らない。
古臭い銃が良い。最新型も好きだが、味わい深さは木製に敵わない。特にウッドストックは良いもので、一つ一つ丁寧に丁寧に丁寧に磨き上げて自分に馴染ませるのが、物凄くイイ。
ケーシャのナイフ捌きも素早く、隙がない。銃口だけはこちらをピタリと見据えている。スピカも照星は合わせているものの、極力引き金は引きたくなかった。付け加えて、ナイフなんて手放してしまいたいくらいで。
二度、三度、刃が衝突する。襟首に手を伸ばし、ナイフで引っ掛けながらこちらの姿勢を崩そうと足を掛けながら引き倒そうとするが、スピカは逆に身体を捻り、その勢いを助長させた。予想以上の重心移動にわずかに姿勢がぐらつく。
自動人形としての性能ならば規格品とは比べ物にならない運動性に、足だけで身体を支えながら上体だけでケーシャを投げ飛ばす。壁に激突して小さくうめき声を漏らす少女の額に銃口を突きつけるが、スピカの左胸にも銃口を突きつけていた。
近接格闘術ならば互角──、ケーシャがそこに勝機を見出す。が、しかし。その淡い希望は目の前で無残に打ち砕かれた。
ナイフを取り出した前腕部とは逆の腕が開き、無数の鋼糸を見せている。思わず息を呑む。忘れてはならない。目の前にいるのは人であって人ではない存在だった。
「……変身なさらないのですか。女神様達のように」
「それに何の意味があるんですか」
「もしかすれば、私に勝てるやもしれませんよ」
「この状況では私が一手遅れを取ることになります」
「その通りですね」
表情を一切変えず、スピカはあくまでも淡々と事実を認める。動けば撃つ、それだけだ。完全に身動きを封じられたケーシャは、互いに銃口を突きつけたまま押し黙っていた。
「なぜ、このようなことを」
「…………」
「ご安心ください、獣狩様は存命です。街に強制帰還させられただけですので」
「…………」
「むしろ、私がお聞きしたいのは──なぜ、エヌラス様を狙ったのかという点だけです。それ以外は、ええ、
「それは……」
「どういった理由であるかもわからず主を危機に晒されるというのは、メイドとして恥ずべき点ですので。ええ。お聞かせいただけますか。でなければ……少々“おいた”をさせていただきます、それでもよろしければ」
「…………、」
「これは困りましたね。仕方ありません、拘束させていただきます。ご安心を、身の安全は保証しますよ」
そんなことはケーシャにとって、どうでもよかった。任務失敗であると同時に、自分の正体がバレてしまったのだから。