超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ケーシャを拘束したスピカは、そのままエヌラスの魔術工房へと向かう。
ラステイション教会も指揮系統が崩壊したことで、ケイが武装勢力に取って代わって指揮権を引き継ぐ。元々そういった形で収まっていただけに事態の収集はすぐに済んだ。
ノワールとユニに関しても、教祖関係者として教会に滞在する。エヌラスだけはどうしようもないのでワルキュリアと共に魔術工房へと戻ってくるようにというスピカの提案を受け入れる。
そして。
椅子に拘束されたケーシャを見下ろして、エヌラスはゴールドサァドと対面した。
「……」
何を言うでもなく、ただ黙って見つめる。ノワールに正体を明かさなかったのはスピカの粋な計らいだ。カルネはケイの護衛として教会に置いてきている為、魔術工房には四人だけである。
「ケーシャ」
「…………」
「確認のため、聞きたいことがある。お前本当にゴールドサァドか」
「……はい」
静かに、沈痛な面持ちでケーシャが肯定した。
聞きたいことは山ほどある。事と次第によっては全員手にかけることも辞さなかったが、そういうわけにもいかない。スピカの話によれば、ノワールの命の恩人らしい。
「どうされますか、エヌラス様。ご命令とあれば全力を尽くさせていただきますが」
「やめとけ。どうせこの手のやつは死ぬまで口を閉ざす」
「扱いに手慣れてますね」
「そりゃあ。教会占拠なんてかわいいものだ」
九龍アマルガムで大魔導師が臨床実験に、物は試しと反抗勢力に教会を襲撃させたことがある。
結果、どうなったか。正面ホールに足を踏み入れただけで半数が発狂。二割が即死。残る三割は辛うじて正気を保っていたものの、執務室に辿り着く前に絶命していた。その一件以来、廃病棟の教会を襲撃しようという輩は名乗り出ない。街中で騒動を起こそうものなら散歩ついでに吹き飛ばされる。
「ラステイション平和だな……」
「そうですね、思い出してしまいました……」
「後始末やばかったな」
「ええ、本当に。壁に張り付いた死体を剥がすところから掃除まで、死んでからも手間を増やすなんて厄介極まりないです」
一般常識からかなりズレているが。それはそれとして。
「とりあえず。最優先で聞きたいことはひとつだ。どうしてこんなことをした」
「……」
「守護女神の存在を歴史から抹消なんて、とんでもねぇことしてくれたもんだ」
歴史修正なんて、それこそセロンくらいのものでなければ出来ないと思っていた。だが、それがこうして現実に起きているとなればゴールドサァドの力も侮れない。エヌラスはそう考えていたものの、ケーシャからの返答は否定だった。
「わたしは……こんなことになるなんて思っていなくて、それで」
「……」
「エキシビジョンマッチに乱入した時のことも、よく覚えていないんです。女神様達に勝てたのも本当に、なんでなのか……」
「……どう見る、スピカ」
「本当のことでしょうね。エキシビジョンマッチはゲイムギョウ界中に放送されていました。守護女神の敗北が転換期も相まって信仰が下限値を回れば、何か起きても不思議ではないかと」
「その、何かの部分が一番気になるんだよ」
「そうですね。ケーシャ様。他に何かございますか?」
「…………」
そもそも不思議な点ばかりが思い当たる。守護女神が敗北しただけでこうも歴史が変わるものなのか、と。仮に、そこへヌルズが介入していたとすればそもそも存在そのものが抹消されている。しかし、そうはならなかった。あくまでも守護女神の功績だけが歴史から消えている。言ってしまえば回りくどいのだ。となれば、黒幕は何か意図があるのだろう。例えば──私怨、復讐の類。それにゴールドサァド達が利用された。そう考えれば納得はできる。
「お前たちゴールドサァドに、何か悪意があってやったって言うなら容赦しなかった。頭吹っ飛ばしてるところだが」
「っ……」
「どうも、そういうつもりはなかったみたいだしな。ラステイションがこんな風になったのもあの武装勢力共のせいだし。あいつらどこ行った」
「取り逃がしたのが悔やまれますね」
「事後報告で取り逃がしたと言ったのはテメェだろうが……!」
「ひゃいへん申し訳ごびゃいまべん」
頬を思い切り抓るが、スピカは表情一つ変えずに謝罪した。
「これから、わたしをどうするんですか」
「別に、どうもしない。ラステイションのゴールドサァドだっていうなら、統治くらいしっかりしてほしいところだが……そこはケイ達がなんとか舵を切ってくれるだろうし。目下の目的はあの武装勢力共だ」
「そうですね。防衛ラインに設置されていた部隊はいずれも正規軍。教会内部は傭兵組織で固められていましたし、実際の被害はラステイション軍くらいでしょう」
「そうとわかっていながらよく暴れやがったなテメェェェ……!!!」
「ひょういうご命令でひたので、おほほ」
再びスピカの両頬が思い切り引っ張られるが、表情一つ変えていない。
「で、どこに雲隠れしたのか心当たりあるか。ケーシャ」
「…………」
静かに首を横に振る。こうなってしまってはこちらからも打つ手なし。
エヌラスはソファーに腰を下ろし、スピカにコーヒーを淹れるように頼んだ。ワルキュリアも椅子に座る。
「最初、俺はゴールドサァドを皆殺しにする予定だった」
「────」
「実際のところ、こうして目の前にするまではそのつもりだったが……此処が、ゲイムギョウ界だってことと、ノワールの恩人ってこともあって、行き場がなくなっちまった」
天井を仰ぐと、深く息を吐き出した。睡眠不足はこの先ついて回るものだ。はけ口が見当たらない憤りにエヌラスも辟易している。
「他のゴールドサァドは、誰だ。リーンボックスはエスーシャって話は知人から聞いてる」
「それは……言えません」
「そうか」
最初から答えを期待していなかったのだろう。一言で切り捨てた。
「あの黄金の塔について、なにか知ってるか?」
「あれは……」
──おっと、それはダメだ。
ケーシャが口を開こうとした瞬間、まるで記憶に蓋がされたかのように言葉が詰まる。泥の中に思考を潜らせたような、頭が動かなくなる感覚。
押し黙る相手に、エヌラスは視線を逸らした。スピカが淹れてくれたコーヒーを受け取り、ケーシャの拘束も一時的に外す。
「どうぞ、ケーシャ様」
「……いいんですか?」
「ええ」
言外に、何をしようが、どうにでもなると。全幅の信頼を主に置いていた。カフェオレを受け取って、ケーシャはじっとその湯気を見下ろしている。
ワルキュリアにはホットミルク。なぜミルクという問いに、コーヒー豆を切らしたと返答。
「黄金の塔、ね……嫌な記憶しかねぇからな」
「そうなのですか? 私は伝聞のみでしたが」
「アレがあるってことは、そういう状況なんだろうよ……」
コーヒーを飲みながら苦い記憶と共に飲み干していく。
キンジ塔。最後の一人だけが次元神の謁見を許される。手にするのは輪廻の記憶と世界の再製。地獄の入り口のようなものだ。結局は全てセロンの退屈しのぎでしかなかったというのに。
もう二度と見ることはないと思っていた。もう二度と、誰もあんな塔を目指さなくていいのだと思っていた。もう二度と、誰も殺さなくて良いのだと思っていた。
それが四本。ゲイムギョウ界に出現した。おあつらえ向きに各国で。
ゴールドサァドと守護女神のどちらか選べ、というのなら迷わず守護女神を選ぶ。だが選ばれなかった方は? 共存できるのならば、そうするべきだろう。
思考の坩堝にハマりかけていたエヌラスは、ドアをノックする音に引き戻された。こんな夜更けに来客とは珍しい。だがなんとなく心当たりがあったスピカは、ドアを開ける。
そこには獣狩が立っていた。片手を上げて軽い挨拶を交わすと中へ招きいれる。
「災難だったな」
「問題ない。慣れている。それで、彼女がゴールドサァドか」
「らしい」
ケーシャのことを物珍しそうにまじまじと見つめる獣狩はマスクを弛めて何度か鼻を鳴らした。
「な、なんですか!?」
「……禁域の森に来た魔獣について、何か知らないか」
「知りません……わたしには、関係ないです」
「そうか。少し、似たものを感じたのでな。すまない」
「狩人の勘ってやつか?」
「そんなところだ。忘れてくれ」
「獣狩様は何かお飲みになりますか?」
「いや、かまわない」
懐から野菜ジュースを取り出すとストローを挿して飲み始める。
「禁域の森に来た魔獣はどうなったんだ?」
「ああ。狩人連盟が討伐に向かうも全滅した。街では歓喜に打ち震えていたな」
相手が強ければ強いほど狩人達は沸き立つ。全身の血が沸き、肉が震える。身体を満たす高揚感に本能が闘争を求めて止まない。ヤーナム・シティはこれまでにないほど狩人達が盛り上がっていた。どう立ち回るか、どんな挙動をするのか、どんな攻撃をしてくるのか。どんな習性を持っているのか、その全てを自らの命を持って検証するために何度死んでも立ち向かう。
悦んで死にに行く。笑って死ぬ。まるで悪夢を忘れるように。そうでもしなければ気が狂ってしまうとでも言うように。
「今は禁域の森から立ち去ったようだ。どこに逃げたのかまでは分からん。そのせいでひどい剣幕で連盟長に捕まった……」
“何が!! なんでも!! あの獣を探すのだ!!! 我ら狩人のために!!!”
肩の骨をへし折らんばかりの怪力で、獣狩は二つ返事で頷くしかなかった。そのせいで仕事が増えたと少しだけ愚痴をこぼす。
「今夜のところは教会を武装勢力から奪還できただけでも大収穫ではないですか。ひとまず今日のところはお休みになられてはいかがでしょう。ケーシャ様も学業がありますし」
「こんな騒ぎ起きていながら学校とか行きたくねぇな」
「エヌラス様、そもそも学歴が存在しませんよね?」
「職歴もな……」
「自分から地雷踏まなくても……おーよしよし。大丈夫です、勉強なんかできなくても私がついていますから!」
ワルキュリアの根拠のない慰めに、どう安心していいのか分からないが頭を撫でられてエヌラスは悪い気はしなかった。