超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──マジェコンヌは、憤っていた。憤慨していた。怒りを覚えていた。腕を組み、落ち着かない様子で指を叩いている。目の前の邪神と名乗る男は一切何もしていないからだ。
「おい、ヌルズとやら」
「なんだ」
「貴様は、一体、何をしている?」
「話を聞いていなかったか? 下準備だ」
「下準備とやらは、瓦礫に日がな一日座り続けているだけでできることなのか?」
「なにぶん、手間が多くてな」
ゲイムギョウ界でなにかと仕込みをするのは自分か、シロトラ。
「例の歴史書、イストワールだったか。あれが構築している次元ネットワークとくれば、あまりに広大でな。その痕跡を辿るので今は手一杯だ」
これほどの規模で下準備を執り行うのは初めてだ、そう付け加えてヌルズは頬杖をつく。その姿に忌々しそうにマジェコンヌは舌打ちをもらした。
「でかい小娘はどうした」
「リーンボックスに向かった。シロトラは待機している。お前は何をしている?」
「ふん! 貴様に言われたくないわ!」
「ルウィーに向かう、と言っていなかったか?」
「ああ、そうだ! ルウィーに行ったはいいが、なんだあのでたらめな魔法使いは!」
温泉協会観光大使と名乗る浴衣の男性に返り討ちにあったマジェコンヌは渋々撤退してきたはいいものの、肝心のヌルズも主犯格も右から左にと聞き流している。これでは何のためにこちらがやる気を出しているのかわかったものではなかった。
「拳一つで魔術は相殺する! 手ぬぐいでモンスターは吹き飛ばす! 挙句の果てに人を露天風呂に叩き込もうとする! なんなんだアレは一体!」
「地上最強の暇人だ」
「やっていられるかっ!!!」
魔術、という一点にのみおいて。大魔導師を超えられるものはそう多くない。ルウィーは元々魔法が栄んな国だ。土地柄もあってか、自分に有利な陣取りをしているのだろうとは容易に想像できる。だからこそ厄介極まりないのだがヌルズ自身も動けないのは事実だ。
「魔人の一人くらい動かせんのか!」
「そうだな……アイツは今ラステイションにいるようだが問題はないか。少しだけ演算を中断してやる」
「ほう、少しは手を貸す気になったか?」
「暇を持て余している魔人を一人“喚んでやる”から、うまく使ってやれ」
「……それで、貴様は?」
「演算の再開だ。それが?」
こめかみに青筋を立てて、マジェコンヌが拳を震わせる。
「ふざけているのか……?」
「大真面目だとも。少なくとも、ゲイムギョウ界を終焉に導く、というのは少し違うな。それはお前の役目だ。世界が終わるぞ、と吹聴して回るのは」
「なら貴様の役目はなんだ」
「それを実行すること。少なくとも、ここの居心地が良いのは終わっているからだろうな。何もない、とは言い難いが」
ヌルズの言葉に、わずかに違和感を覚えた。
周囲を見渡せばは居と瓦礫ばかりが目に入る。この次元を辛うじて繋ぎ止めているのか、シェアクリスタルが宇宙空間にぽつんと漂っているばかりで。
「何もないではないか」
「
「終わらせた後、どうするつもりだ」
「別になにも。俺は本来生まれていない邪神で、存在しないはずの邪神だからな」
「……?」
「考えてもみろ。絶望、または終焉。エンディングを向かえた後、なにか残っていると思うか? ましてやそれが、誰もいなくなった世界から。俺は本来そういった集合体であったはずだ。ところが──恐れ多くも、それに手を伸ばしただけでなく、手をつけて、手がけてしまった救いがたい愚か者がいた。それはお前も知っている相手だぞ」
「まさかとは思うが、あのふざけた観光大使か?」
「そのまさかだ。アイツは相手するのが特に面倒でな」
一度とはいえ神の禁忌にすら触れた魔術の使い手だ。マジェコンヌに勝算があるとはヌルズも露ほど考えていない。だが、大魔導師の魔力を削ぐにはうってつけの相手だ。
ラステイション教会を武装勢力から取り戻したノワール達は、教会から盗まれたものがないかどうか徹底的に調べ回る。特に、自分の部屋と女神の執務室を。
盗み出されたものはないが、どうやら教会で保管していたデータ資料の一部が不正に閲覧されていた履歴が残っていたとケイは言っていた。それは過去にブラックハートが戦ったエネミー情報であり、特に苦戦したであろう敵の情報。他にもシェアクリスタルに関する情報、アンチエナジーに関する情報にアクセスしていたことから、女神専用兵器の完成を急いでいたとケイは考えた。
そして、それは軍部への聞き込みで確定的となる。
ほとんど徹夜でケイは教会内部の現状把握のために動き回っていたが、ノワールとユニの二人は先に休憩を摂るように言われた。その言葉に甘えて何週間ぶりかの自室へ戻り、ベッドに身体を預けると深く息を吐き出す。
ふと、思い出したようにノワールは鍵のついた引き出しを開けた。その中にしまっていたのは、当時は自分でもよくわからないまま大切に保管していた指輪。
「…………」
背中を預けて戦ったから、つい思い出してしまった。アダルトゲイムギョウ界の塔争に巻き込まれた時のことを。その時に渡されて、返すのをすっかり忘れてしまっていたシェアリング。クロックサイコから渡されたものだが、それは彼のなけなしの理性が託したものだったのだろう。神すら欺いた狂気の道化は、今も九龍アマルガムで静かに息を潜めている。
左手薬指にはめこむと、サイズは変わらなかったことに少し安心した。あの時と変わらないままの白い輝きの指輪に、少しだけ嫉妬する。こっちはこんなに大変だというのに。
(そういえば……エヌラスは指輪、どうしたのかしら?)
もうつけていないようだが、壊れてしまったか。あるいは、戦闘の邪魔で捨ててしまったのか。どちらにしろ、それは少し寂しい気持ちになった。
(次に会ったら聞いてみようかしら。もしも無くしたなんて言ったら……)
その時は承知しない。何が何でも作り直させてやる。そう固く誓いながらノワールは疲労からくる心地よい眠気に身を任せ、ベッドに身体を投げ出した。
──眠りに落ちてから、どれほどの時間が経っただろう。
それが夢であると自覚できたのは、憎たらしい顔を見てからだ。
次元神セロンは相変わらず左眼に眼帯を付けたまま読書に勤しんでいる。ノワールはこれみよがしに深く息を吐き出す。それに気づいてか、それとも気づいていないのか分からないが、セロンはページをめくる手を止めて顔を上げた。
「……お前はよく来るな」
「来たくて来てるわけじゃないわよ。ここに来る条件だってわからないんだから」
「だろうな」
しかし、目聡く左手薬指の指輪を視界に入れると静かに唸る。
「ほぉ……また随分と懐かしいものをつけているな。そのせいか?」
「そうかもしれないわね。セロン、貴方はゲイムギョウ界で起きている事件を把握しているの?」
「当然だとも。一応、管轄内だからな」
「それなら、どうしてわたし達守護女神がゲイムギョウ界の人々から忘れられたのか教えてもらえないかしら」
「過去からの歴史改ざん、それだけだ」
「過去……?」
「それすら忘れ去られるほどの存在なのだろうよ。詳しくは知らん」
事態は把握している。だが、詳細は不明。結局は自分達の力でどうにかしなければならないようだ。それにノワールは嘆息する。いつもどおりの次元の狭間で、無間に続く暗闇の中でセロンは読書に勤しむ。
「……ねぇ、セロン。もうひとつ聞いてもいいかしら?」
「かまわんが? どうせ暇を持て余している」
「エヌラスは──」
「ああ、あれはもうダメだ。ヌルズとの決着まで保たんだろうな」
非情に突きつけられる現実に、夢の中であるはずなのに息苦しくなった。他ならぬ、次元神の口から放たれた言葉はノワールの心を突き刺すのに十分過ぎるほど冷酷だった。
なんとかできないの? ──そう聞こうとして、それが徒労に終わることを知っている。
この次元神は、あくまでも“管理者”として君臨しているからだ。アダルトゲイムギョウ界ならまだしも、ゲイムギョウ界。或いはそれ以外の次元への干渉は一切関与していない。
平等、かつ理不尽に、徹底している。感情や人情などそこには存在しない。それらしい振る舞いはするが、それだけだ。怒りも悲しみもなく、求めるのはただただ自らの退屈を紛らわせる娯楽だけ。次元世界を股に掛けた
その結末に。その果てがまだ見ぬ未知であれば、それだけで良い。
「……なにか方法はない? ほら、例えばシェアを集めるとか」
「無理だ。今のアイツはシェアエナジーにすら耐えられない」
「なら……他に、なにか」
「お前たち守護女神がシェアを失った、というだけならまだ救いがある。だが、その根幹であるクリスタルが崩壊したら消滅する他にない。つまりはそういうことだ」
「……何とか、救えないの?」
「報われない最期になるかは、お前たち次第だがな」
「あなたはそうして、俯瞰者でいつづけるつもり」
「そうだが? お前たちに加担すれば、私はヌルズにも加担しなければならない。ここで問答を繰り返すだけならかまわんが、それ以上は相応の対価が必要になる。
女神ですら盤上の駒として見ている。だが、それだけ。
「……わかったわ。ありがとう」
「感謝されるほどのことなど、特にはしていないはずだが」
「ネプテューヌ達がどうかは知らないけれど、そういうことならわたしも黙っていられないわ」
「その健闘を楽しみにするとしよう。それでは、
まるで。
それは、まるで。未来を見透かしたかのような最後の一言だった。