超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
武装勢力から教会を奪還できたことは、すぐに教祖ケイの口からラステイションに報道された。同時に、指名手配されていたノワールについても反社会的勢力による私怨によるものだと。そして今後、政治的中枢である教会が占拠されることがないように尽力すると繰り返し伝える。右肩下がりになったラステイションのシェアは一時的に止まり、水準を大きく下回る結果となったがそれは今後の回復に期待する他にない。
ノワールはすぐに行動を起こした。まずギルドに向かい、クエストを片っ端から片付けていく。次に街で聞き込み調査。何か最近変わったことはないか。怪しい人物を見かけていないか、等。たまに声にあがるエヌラスと思わしき人物の悪評は聞かぬ振りをした。
これまでの悪評を右から左に聞き流し、ひたむきにラステイションのために頑張るノワールの甲斐あってかすぐにその噂は広まる。
その話題を魔術工房で耳にしながらも、エヌラスは不眠不休で作業に没頭していた。ひとまずラステイション教会を奪還することに成功したことでアダルトゲイムギョウ界との行き来が可能になったのは大きい。スピカとカルネに九龍アマルガムの様子を見てくるように命令して、そのついでに必要な材料を仕入れてくるように頼んで、早二日。
《おほほご主人様。ちょっとやべぇことになっておりまして少々帰るのが遅れそうですわ。具体的にはあと96時間ほどかかる見込みかと》
「何が起きてる」
《大魔導師不在で教会から脱走した神性生物が街で大繁殖中です》
「……そっかー」
マリーはというと、そんな神性生物を手懐けているらしい。無敵かお前は。今ではすっかり教会に住み込んで世話係となっていた。人体が耳にしてはいけない奇怪音も鼻歌交じりに聞き流して世話をしている、とのこと。
《ぎえぴー》
「なんだ今の音」
《ああ、申し訳ございません。たまたま捕まえた陸ナマコが鳴いてしまいまして。おーよしよし》
「なぁスピカ。マリーは大丈夫か?」
《全然余裕そうでありますよ? 今はちょっと触手と戯れてホールの掃除中でありますが》
「通常運転だな、安心した」
《むしろ自在に操っておりますね、ブリーダーの才能があるかと》
「神性生物のブリーダー資格とか聞いたことねぇよ」
とにかく。スピカは手が離せない状況になっているようだ。カルネが後日荷物を持って戻ってくるそうなので、それまでエヌラスは魔術工房に籠もりっきりである。
ケーシャについても、ワルキュリアが監視中だ。今のところは特に怪しい動きはなく、普通の学生生活に戻っているらしい。
エヌラスは椅子の背もたれに体重を預けて、天井を仰ぐ。
身体の不調は変わらず、自分の身体の輪郭がぼんやりと感じられる。だが意識だけはハッキリとしていた。
魔術工房の作業場にはドラッグシガーの濃密な魔力の気配が漂い、そこでようやく換気しようと思い立つ。柑橘の爽やかな香りで不快感はないが、衣服に付着する違法薬物の魔力反応というのは常人に何かしらの支障をきたす。例えば……潜在的な意識の解放、本能的な情緒が現れる。
さらにそこへ黄金の蜂蜜酒も入れるという命知らずなドラッグ療法。二つを組み合わせて服用するだけでも高品質の麻薬じみたトリップ現象を体験できるが、十中八九、精神が帰らぬ人になる。だが、エヌラスはそこまでしてようやく、やっとまともな感覚が戻ってくる状態だった。
全身の神経が五感に至るまで、六感まで感じ取り始めたのを認識してから作業を再開する。
いつからこんな不自由な身体になってしまったのだろう。それはきっと、生まれた時からだ。
人の形でしかなかった、人ではない生き物として“造られた”時から。
ただ漠然と。曖昧に。ずっと有耶無耶にしてきた。自分は人間であるのだと。
「……」
無心で手を動かす。魔術弾頭の量産と、倭刀に細工を施していた。
ユニのライフル弾に、獣狩が扱う散弾の二種類。それと自分が使用する分だ。単純作業は流れを掴んでさえしまえばあとは手を動かすだけ。機械のように同じ作業を淡々と繰り返す。
目釘を外し、茎に魔術文字を刻む。元々無銘だっただけに、加工がしやすい。
手に馴染んだ糸巻きを握り、長く愛用してきた倭刀を見つめる。
大魔導師の下で修行を始めた頃からずっと使ってきた一品だけに、愛着があった。他にいくらでも逸品はある。例えば、天下に数えて数振りしか数えられない国宝。あるいは、人心惑わす魔剣妖剣の類。聞き齧った限りでも三十六本はある。だが、それでもあえてエヌラスがこの無銘の、どこにでもあるような倭刀を選んでいる理由があった。
それは単純に思い入れがある、というのもある。しかしそれ以上に、使い勝手が良い。気構えることなく扱える得物は精神的にも心地よかった。そこらで拾った木の枝を振り回しているような気楽さだ。
折れる度に、打ち直してきた。それは偃月刀の魔刃鍛造の術式の応用で、簡素的なものとして。そのため刀身はあってないようなものだ。
無銘の倭刀に刻む魔術文字は補強程度の簡素なもので済ませる。日本刀と大太刀の二振りは最初から完成されたもので手の加えようがない。大魔導師が用意したものなので当然だが。
──ふと、そこで気がつく。
自分が戦うために使っている力は、ほぼ全てが大魔導師からの贈り物だと。
この全てを失った後に、自分に何が残るというのか。なにもない、そう、なにも残らない。
(…………全部、借り物だ)
魔術弾頭も。倭刀も。こうして奇跡的にまだ命を繋いでいる銀鍵守護器官でさえも。精密機械のように量産を続けていた手が鈍る。
コト、と弾丸を置いて。百数発を並べた作業机に、エヌラスが拳を叩きつける。その殆どは倒れて、いくつかは床に散らばり、何発かはバランスを保っていた。痛みすら感じなくなっている身体に不甲斐ない気持ちで一杯だった。
不意に、胸の内からこみ上げてくるものが溢れ出しそうになる。視界が滲み、嗚咽を漏らしそうになるのを堪えた。
自分がこれまでしてきた戦いも、約束も、全てが無意味であったのなら──きっと自分は忘れられているのだろう。それでいい、それがきっと幸せなはずだ。
虚無感、喪失感に苛まれるエヌラスは顔を覆う。立ち止まってしまった。身体ではなく、心が、魂が敗北を認めそうになる。
絶望感というものは、こういうことを言うのだろうか。何も感じることはなく、何かができるような状態ではない。限界状況に追い込まれた今の自分を縛りつけることを。
──普通であるならば、誰もがそこで塞ぎ込むだろう。だが、エヌラスは普通ではない。人ではないし、魔人として作られた。
“だからこそ”前を向いた。
自分に意味がなかったとしても、自分がこれまで出会ってきた人達を否定などさせない。
共に過ごした日々を無駄だとは言わせない。
どこかで立ち止まって、挫けてしまったら今までの全てが本当に無駄になってしまう。
誰も助けてくれないだろう。誰も救ってはくれない。それでいい。
絶望も魔人も、本当は笑顔のある世界にいてはならない。ましてや救われるなんて以ての外だ。
生まれた時から間違っていた。ならその最期は、惨たらしく、惨めであるべきだ。これまで犯してきた数えきれない罪がそれで償えるわけではないが、それぐらいがお似合いだ。
再び作業に没頭しようとするエヌラスだったが玄関のチャイムに席を立つ。
(……誰だ?)
涙の跡がついていないかしっかり顔を拭って、ワルキュリアが戻ってきたのかと思って玄関を開ける。
そこには、思いもよらない来客が笑顔で立っていた。
「どーもー、ゲイムギョウ界ライターのデンゲキコです! 取材、いいですかエヌラスさん!」
「……なんでやねん」
「え、なんでわたし出会い頭にツッコミ入れられてるんですか!? まだなにもしてませんよ!」