超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──女神の執務室。
ノワールは、慣れ親しんだ執務机に突っ伏していた。ここ数日、信仰を取り戻そうとラステイションの端から端まで飛び回っていた。だが、シェアのない状態での戦いは苦戦を強いられ続けている。ユニの助けがなかったら厳しかった。
「お姉ちゃん、大丈夫? 無理、してない?」
「ありがとうユニ……わたしはだいじょうぶよ……」
「はい。最近大変だったから、栄養ドリンク買ってきたの」
「助かるわ……はぁ……」
懸命な努力の甲斐があってか、ケイが言うには信仰が少しずつ上向きになっている。この調子ならそう遠くないうちに以前のように持ち直せる、とだけ告げて自分はさっさとビジネスに戻ってしまった。
栄養ドリンクを机に置いて、指先で弄びながらノワールはため息をつく。
(……エヌラス、会いに行ってないけど大丈夫かしら?)
守護女神としての権力を失って、今はそれを取り戻そうと躍起になっているが──今でしかできないこともあるのではないか。例えば、普通の女の子の生活。
人目を気にせず、体裁や世間体を考えないで、好きな時間を過ごしても罰は当たらない。と、思いたい。日々の激務激務怒涛のクエスト東西奔走。ラステイションのために身を粉にして働く守護女神。それも全て世のため人のため。ゲイムギョウ界トップシェアは常にこのブラックハート、ナンバーワンに輝くのは自分だ。
(ケーシャも……いつも通りの生活を過ごせてるかしら。そういえば、あの子猫も預けたままね)
身体を伸ばし、空気を入れ替える。今なら少しくらい余裕があるはずだ。ろくに睡眠を摂っていなかっただけにあまり顔色は良くない。
「これじゃ、あんまりエヌラスのこと叱れないわね」
「少し休んだ方がいいんじゃないかな。お姉ちゃんが休んでいる間はあたしががんばるから」
「……そうね、それなら少しだけ休むわ。エヌラスにこんな姿見せられないもの」
シャワーを浴びて、ノワールは早めに仮眠を摂ることにした。
ケイも教会を空けている。またあの武装勢力が押し寄せてきたら自分が守れるだろうか、少しだけ不安を抱きながらも教会を歩く。
拘置所には武装勢力のメンバーが囚えられ、エヌラスが一撃で機能停止させたフォクシーについても現在早急に修復作業が進められていた。なにせケイ曰く大枚金をはたいた最新鋭兵器だ。幸いにして駆動系を除いてほとんど無傷らしい。ただし搭載されていた電子頭脳含めて総入れ替え。その予算も頭を悩ませる。
教会のエントランスホールに姿を現したのは、スピカだった。教会職員達が顔を引きつらせている。コントラバスケースを持って正面から正々堂々と殴り込んできた挙げ句無数の銃火器を笑顔でぶっ放していたのは記憶に新しいトラウマだ。
「あれ? スピカさん。どうかしたんですか」
「ああ、ユニ様。どうも、おはようございます。本日のラステイションも快晴でこちらの心も晴れ渡るようでありますね。教会に来る途中、散歩がてら見回りをしましたが特に異常なしでした」
「業務連絡、ありがとうございます」
「これもメイドの務めです。本日のご用件のほどは、なんと言えばいいか。そうですね、はい。ケイ様はいらっしゃいますか?」
「少し前にビジネスに行っちゃいました」
「相変わらずご多忙な方ですね。護衛もつけず大丈夫でしょうか」
「はい。今回の一件で、ちゃんと自衛権を行使すると言ってましたので」
つまり“襲ってくるなら容赦しない”ということ。今までは教祖、という立場もありビジネスに集中するために護衛を付けていたようだが。
「そうでしたか……」
「ケイさんに用事があったんですか? なら、あたしが伝言を預かりますけど」
「少々お暇をいただこうかと思いまして。カルネも含めて」
「? なにかあったんですか」
「そうですね──まぁ多少身の回りの事情が変わった、とだけ。ご安心ください、すぐ済ませますので」
「はぁ……わかりました」
「では、ユニ様。失礼いたします」
カーテシーで頭を下げてから、スピカは踵を返して教会を後にした。
──傭兵組織ヘイヴン・拠点アーセナルシェルター跡地。
指導者亡き後も彼らはその意志を継いで奮戦してきた。反女神派と繋がり、横のパイプを広げながら力を蓄え続けてきた。千載一遇の好機を手にし、一度は守護女神から国を奪った──はずだったのだが、結果は語るまでもない。
見るも無残な拠点は武装の数々を無力化された残骸が積み上げられている。武器庫も破壊され、火薬の誘爆によって自壊した倉庫やむき出しの内装。雨露を凌ぐ程度の、申し訳ない屋根。一部の資金援助でなんとか修理にこぎつけたものの、まるで巨大なプレハブだ。防衛設備がまだ整っていない無防備を、少ない人員を監視におくことで補っている。
対女神専用兵器を確保して格納庫に眠らせているが、昔に逆戻りしていた。あるいは、三歩進んで二歩下がっている。教会を奪還し、再び信仰を集めて守護女神が追撃してくるのではないかと怯える始末だ。
「くそ……!」
毒づくも、それしか出来ない歯がゆさがある。
自分達を扇動した謎の人物は姿を見せない。旗色が悪いと見るやいなや雲隠れ、なんて卑劣な──そう思っていた矢先だった。
空間が歪む。黒い渦から姿を見せたのは、黒尽くめの邪神。顔を仮面で覆っているために表情は窺えない。
「首尾はどうだ?」
「見てわからないか!」
「ただの社交辞令に怒鳴り散らすところを見るに、ひどい敗走だったようだな? そんなことだろうと思って少しばかり贈り物だ」
「……何のつもりだ?」
「なに。座ってばかりで眺めていたが、退屈なだけだ。後は知らんよ。既にルウィーでも協力者が動いている。ラステイションで失敗に終わるというなら、どうでもいいが」
敵ではないが、決して味方と安堵してはならない。それは傭兵達の身に染みている。
「貴様が直々に手を貸すと?」
「まさか。俺は忙しいんだ。余興程度には、楽しませろ」
のっそりと、邪神の背後から姿を現したのは黒い体毛を持つ人狼だった。青い瞳で、しかし輪郭がどこか曖昧な獣に、只者ではないことは一目でわかる。
「魔人の端くれだ。多少は善戦できるだろう、このままでは踏み潰されるだけだろうからな」
「なに……?」
怪訝な表情で聞き返そうとするが、しかし。すぐに鳴らされた警報に傭兵達は襲撃に備えた。だが邪神と魔人だけは、それを予期していたかのように外へ出る。
黒煙が上がり、すでに監視塔は破壊されていた。ロケット弾がさらに一発、左右の監視塔を破壊する。隔壁で強固に防御していた外壁をやすやすと飛び越えて見せる漆黒のバイクに、寒気立つ。
「相手は!? 数は!」
「四人! 例のメイド隊だ!」
メイドが二人。そして、黒衣の青年と軍服の女性。教会を奪還しただけに飽き足らず、拠点を突き止めて根絶やしにしようという魂胆か。だが、邪神は相手の顔を見た瞬間に鼻で笑った。
「はっ……なんだ、あのざまは。俺が手を下すまでもないな」
不意に、横に立っていた傭兵の肩を掴んで無造作に突き出す。邪神めがけて放たれていた魔弾と銃撃を受け止めて、傭兵が苦悶の声と共に吹き飛ぶ。
「貴様、何のつもりで!?」
「近くに立っていた、お前らが悪い。後は好きにしろ」
黒い渦の中へと姿を消すと、黒い体毛の人狼だけが残された。だが、その人狼もまた、扉と床の隙間へ身体をかき消す。どこに消えたのかと見渡せば、すでに相手へと殴りかかっている。
──せいぜい散り様で楽しませてくれよ。
邪神の背筋が寒くなるような声がどこからともなく聞こえてきた。やはり、耳を貸すべきではなかった。助力など求めるべきではなかったのだ。だが今更もう遅い。
エヌラスは、突如として目の前に現れた黒い体毛を持つ、どこか輪郭のぼんやりとした人狼の爪を倭刀で受け止める。どこか懐かしいような、親近感のようなものがあった。相手もそうなのだろう。わずかに微笑んだ気がする。しかし、出会った場所が悪かった。
「……ハンティングホラー」
自らが駆る鋼鉄の魔獣。その化身形態の一つ、猟犬。
何も最初からその変形機構を搭載していたわけではない。無機物魔導生命体とはいえ、そこに宿る命の源がある。形ばかり大型自動二輪車ではあるが、その原動力となるのはガソリンではなく魔導書だ。当然生命体なので“生きている”し、死ぬこともある。目の前に立つこの魔人は、姿形こそは違うが、同じ名を関する獣だ。
おそらく──どこかで、救われなかった最期を迎えたのだろう。悲劇を踏みにじって己のために利用するのは、あの邪神の得意技だ。クロギアのように。
同情する余地などない。情けをかけるつもりも毛頭ない。エヌラスは倭刀を閃かせ、整息する。
困ったことに、手の内が読めるだけ厄介だ。
「エヌラスさん、ひとりで大丈夫ですか」
「一撃で仕留めねぇと、死ぬ」
「えっ」
言うなり、エヌラスは倭刀を収めて影にしまい込む。無手で構え、気を練り上げると意識を研ぎ澄ませた。
“角度”のついた得物は、格好の的だ。対策があるとするならば、完全な球体に閉じ込めることでその能力は対策できる。例えば、無限熱量の結界──論外だ。制御できるだけの余裕がない。
足と地面の隙間であろうとも、一度空間の隙間に潜り込んだらどこからでも追ってくる。
背を預けていたワルキュリアが銃弾を細剣で一発残らず弾き落とす。自分がいては邪魔になるだろうと考え、周囲の露払いへと動き出した。
「…………っ」
内勁を練り上げて、魔人ハンティングホラーと向かい合う。
すり足で徐々に距離を詰めてくる。自分が一息に飛びかかれる距離まで接近しようというのだろう──だが、エヌラスはさりげなく足で落ちている弾丸を弾いた。もしもそこに潜り込まれたらこちらの喉笛を掻き切るのは容易い。だからこそ、初手で仕留める必要がある。
脂汗がにじみ出る。自分の身体がそこまで保たないことに寒気すら覚えながら、エヌラスは自ら動き出した。焦りが生んだ一撃に、人狼は素早く反応する。
怪力でもって、初手を捌く。続く連撃を難なく受けきると、反撃に転ずる──爪が肉を引き裂き骨を砕くはずだった。しかし侮った。
絶望に抗ってきた魔人のカウンターは、爪が身体を引き裂いても止まらない。この身を裂く痛みも慣れている。溢れ出る鮮血も見慣れていた。ただ恐ろしくなるほど、痛みを感じない。
拳が魔人ハンティングホラーの胸を叩く。それは優しく添えるように。
「──じゃあな。絶拳無式」
魔導発勁。外道外法、武の極致からは掛け離れた殺人拳。あらゆる外法を持ってしても、対敵を絶命せしめる魔拳。
貫手が肋骨の隙間に突きこまれる。その勢いのままに発勁、肉を穿ち肋骨を広げながら内臓に届いた。激痛などと生易しいものではない。苦しみ悶える人狼に、
身体の内部から生える偃月刀を鍛え上げる熱に焦がされ、身体を突き破る魔刃。震脚、貫手が臓腑を抉り破りながら頚椎を掴む。
「戴天絶華」
──魔人の身体が、絶命を持って華開く。内側から胸骨を押し開けられて、天を仰ぐように“ぐらり”と首を傾けながら一歩、二歩と後ずさった。
返り血に塗れ、右手に人狼の頚椎を握りしめたままエヌラスは氷のような身体でその最期を見届ける。一撃、あまりに呆気ない最期ではあるが──手向けの華に名残り惜しさなどいらない。
生気を失う人狼の瞳が、空を駆ける鋼鉄の魔獣を捉えていた。
嗚呼。“此処”の自分はあんなにも楽しそうに疾走っているのか──、赤黒く汚れた牙をむき出しにして魔人ハンティングホラーは絶命し、消滅していく。
「……さて」
右半身が返り血に塗れたまま、エヌラスは倭刀を再度構える。残党狩りの時間だ。