超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ヘイヴン地下、緊急搬出路。
大型輸送車両に載せられた対女神専用兵器を護衛する傭兵達の銃撃を斬り落とす。無数の銃弾が迫るが、しかしカルネは意に介さない。太刀を閃かせながら前方の列車を追撃する。
通常の脚力では走っても追いつかない、それどころか銃撃を受けているはずだがカルネはその両方どちらにも当てはまらなかった。
尋常ではない脚力で、銃弾を斬り落としながら列車との距離を詰めていく。徐々に、確実に。
最後尾車両で警備に当たっていた傭兵達は逃げ出したい一心だった。
おかしい。確実におかしい。
「待ぁてやこらぁぁぁぁあああああ!」
「こちら第八車両警備部隊! もっと速度を出せ、追いつかれる!」
《無理を言うな、今何キロ出してると思ってるんだ! 大体追いつかれるって、相手はどんな手段で追ってきてるんだ!》
「ダッシュだよ! 走って追いかけて来てんだよ、バカな話だと思うが目の当たりにするとメチャクチャこえーんだよ! やべぇんだよ、何なんだあのメイド!」
《またメイドか!? 昨日メイドに追われる夢を見たんだよ、もう嫌だ!》
泣き言を言いながらも車両を加速させる。だが、やはりその距離は縮められていた。
「……お、おい。なにかおかしくないか?」
「なにがだよ、今以上におかしいことなんてないだろう!? 手を休めるな!」
「そうじゃなくて、あのメイド……なんか、赤くないか?」
傭兵の一人が追跡してくるカルネを顎で指す。
恐ろしく足が速い、だけではなかった。肩にした緋太刀が摩擦で赤く燃え上がっている。口腔から吐き出す吐息が白い。蒸気機関車のように、体内の熱を吐き出す。
──笑っていた。
カルネは笑っている。
目の前を走る列車を追う。傭兵達の銃撃は気にしなかった。瞬きするまでもない。
何故かは知らないが、手が届かないものは追いかけたくなる。姉にはいつも言われた。
まるで犬のようだ、と。自分の尻尾を追いかけて走るバカ犬とも言われたが、その通りだ。
走るのが好きで、追いかけるのが好きで、それ以外はどうでもよくて。
この気持ちはきっと恋と呼ばれるものだ。届かないから欲しくて欲しくて堪らない。
「──ふへ……えへへへ、ひふっ、えへへへへへあはははははアハハハハハハハハハ!!!」
頬を紅潮させて、体内の魔導機関が燃焼していく。炉に焚べる燃料は恋心、燃え上がるほどの魔力がカルネの全身から吐き出されて身体機能を上昇させていた。
骨格から筋肉だけでなく人形として作られた自分の耐久値を限界まで生かして、駆ける。ひた駆ける。自分から逃れようと車輪を駆動させる列車に届くまで。
地下坑道に響くカルネの無邪気な笑い声、それが却って傭兵達には恐ろしくて堪らなかった。
もしも運命と呼ばれるものがあるのなら、あの人との出会いがそうであってほしいと願ってやまない。それは、きっと、とても素敵なものだから。
恋が叶わなくてもいい。違う、叶わなくていい。
愛されたいわけじゃない。一方的で迷惑で押しかける津波のように恋情を向けているだけで、どんなにあしらわれても嫌われたって構わない。届かなくなるほどに、追い求めたくなる。
燃えるような恋がしたい。身を焦がして止まらない恋をしたい。そんな夢を見て、そんな夢を追いかけて、追いかけて、追い続けて、走り続けて。
心の底から、主と敬愛出来る人に出会った。だから死ぬまで走ると決めた。どこまで追いかけると誓った。どんなに遠くに行ってしまっても、この恋を追い求めると。
体内の魔導燃料の燃焼効率、その排熱に耐えきれずカルネの身体に異変が起きた。銀の髪が緋色に染まっていく。頬は赤く、吐息は白く、まるで恋の病に冒されたように足は止まらない。
常軌を逸し、人ならざる足で駆ける人形は、遂に輸送車両へと追いついた。足技で傭兵達を蹴り落として、最後尾の車両へ乗り込む。
「待っててくださいご主人様! このカルネが必ずや対女神専用兵器などという不埒な兵器を破壊してみせます! これもメイドの務め、主の恋心に尽くして仕えてこその従者です! なので帰ったら褒めちぎってください、あるいは踏んだり蹴ったり痛めつけたり辱めたりうえへへへへおっとよだれがジュルリ」
恋とは暴走するもの。止まらないもの。だから自分が立ち止まる理由もなければ、自分を阻む障害も全て切って捨てるのが恋路というものだ。
輸送車両へと乗り込んだカルネが先頭へ向けて走り出すと、間もなくして車両が切り離されていく。全力で駆け抜けて飛び移り、更に次の車両へ飛び乗る。
そこは貨物車両だったのか、コンテナなどが綺麗に積み上げられていた。どうやら傭兵組織は他の物資などの受け取りにもこの通路を使っていたらしい。反女神派と思わしきマークも見える。シンボルマークも確認して、対女神専用兵器へ向けて走り出す。
だが、次の車両へ飛び乗ろうとしたカルネの前に一機のサイボーグが飛び降りてきた。
右肩が赤く塗装された、黒塗りのスラリとしたシルエットのそれは、反女神派が教会から盗み出したデータで作り上げたニンジャサイボーグだった。あくまで、技術を流用したものであって光学迷彩といったものは搭載されていないが高周波ブレードだけは強化されて搭載されている。
「むっ、ニンジャ!」
《────》
ニンジャサイボーグは背中に帯刀していた高周波ブレードを引き抜いて、カルネは緋太刀を向けて迎撃態勢を整えた。先の車両は連結部を切り離し、対女神専用兵器を部品ごとに分けて載せた車両は離れていく。失速するカルネとニンジャサイボーグの乗った貨物車両、しかし用心を重ねて傭兵は線路を破壊した。同時に煙幕も撒いていく。
「ふぎゃーもーう! これだからスピカ姉の言う通り傭兵は嫌いー!!」
《────》
完全に煙に巻く寸法で傭兵組織ヘイヴンはあの手この手を尽くして逃げに徹している。
ニンジャサイボーグの弐号機、フォクシーとは同型機。しかし、一部の機能はオミットされている。高周波ブレードと緋太刀は火花を散らすが、カルネは後ずさることなくニンジャサイボーグを押し返した。
焦る。だが、焦りは剣に迷いを生む。迷ってしまえば、どこにもたどり着けなくなる。
銃は嫌いだ。手に残らないから。
銃は嫌いだ。落ち着かないから。
銃は嫌いだ。届かないから。
刀がいい。剣がいい。手にするのなら刃物がいい。
だから──迷わず真っ直ぐ一直線に駆け抜ける。
カルネが踏み込み、ニンジャサイボーグに肉薄する。高周波ブレードと触れた緋太刀が震え、腕が痺れた。しかし何度か刃を交わすと後退して鞘に収める。その不自然な動きにカルネは腕を振るう。
鞘に収めることで高周波振動を充填しているのは今の一太刀を交わせばわかる。九龍アマルガムではそれほど珍しくない。サイバネマフィア相手に扱う銃火器や刀剣は通常の代物で手傷を負わせるのは難しい話だ。
(高周波振動が持つのは十秒、充填完了まで──)
目算、五秒。不出来な性能なのは急ピッチで生産された間に合わせの機体ゆえに。
ブレードを引き抜きながら、地を這うように駆けてくるサイボーグと一合、二合と刃を交わす。しかし、失速しながらも進んでいた貨物車両が歪んだ線路に乗り上げてカルネはバランスを崩していた。だがサイボーグだけは刃を下から振り上げている。なんとか身を捩って回避して飛び下がるが、耳鳴りがするほど高周波ブレードの接近に後ろへ下がった。
ぬるりとした感触に、違和感にカルネは掌に視線を移す。べったりとくっついていた水銀の擬似体液。それからさらに自分のメイド服に目を向けると、エプロンドレスが切り裂かれていた。
「……あ…………」
──傷をつけられた。
服が破かれた。
“あの人”が作ってくれた皮膚に。あの人が手がけてくれた服に。
『カルネ、なんでお前メイド服なんだ?』
『だって好きな人に仕えるって素敵じゃないですか! 公私共にご主人様ですよ下僕ですよ言いなりですよ! だから私はメイドがいいんです!』
『……おい。まさかとは思うがご主人様って』
『はい、エヌラス様です!』
こんな記憶は知らない。自分が見知ったことではない。
『お前のスキン、手がけるの大変なんだから怪我すんなよ』
『えーでも私結構動き回るタイプですよ?』
『それがわかってんならスキンケアくれぇしろよバカメイドォォォ……!!』
『いふぁいれふごすずんさみゃー』
「────」
自然と、涙があふれ出る。そんな言葉、一度もかけられたことがないはずなのに。そんな風に優しくしてくれたことなんてなかったはずなのに。
いつ記憶したんだろう。あの人と過ごす一日は一度も忘れなかったのに。
自分でも知らず知らずのうちに運命の人と出会っていた。こんなにも素敵な出会いは、きっとこの先二度と起きない。
ニンジャサイボーグが再び刀を収める。カルネは自分の掌を見つめながら擬似体液の涙がこぼれていた。だが、拳を作ると憎悪に燃える瞳をサイボーグに向ける。
《────》
抜刀しようと高周波ブレードの鞘を払う瞬間、カルネは太刀を床に投げ捨てて腕を掴んでいた。端正な顔立ちを怒りに燃やして、ニンジャサイボーグの腕を歪めていく。眼前に突き出されるカルネの開いた五指、関節が拡張されて頭部を鷲掴みにした。
高周波ブレードを掴んでいた前腕部がカルネの怪力によって粉砕される。右腕部を無くし、ならばと左腕部で反撃に出ようとするが突然反応が消失した。
左の前腕部が手刀によって切断されている。だがその切断面は焼き切られていた。
液体金属──擬似体液として使用している水銀の血が沸騰している。両腕を失ったニンジャサイボーグがまだ抵抗を試みようと脚を持ち上げたが、それよりも先に頭部を鷲掴みにされた。
「
頭部から沸騰した水銀の血を浴びて、機能停止するニンジャサイボーグにカルネは握り潰すだけでは飽き足らず胴体を引き千切って投げ捨てる。
停車した貨物車両の線路に沸騰した水銀の血が滴っていた。冷酷に見下ろすカルネだったが、しかし、その場に尻もちをついて座り込む。
「…………──ぐすっ……」
涙ぐみながらカルネは携帯を操作してエヌラスへ掛ける。
《もしもし、俺だ。どうしたカルネ》
「──びゃあああああああ、ごべんなばい! ごしゅじんさばぁぁぁぁ!!! 追跡失敗ですぅぅぅ!!」
《あー、そうか……いいから戻ってこい、このバカ》
「このカルネ、どんなご褒……あ、いえ! お仕置きでも受けます!」
《テメェが通常運転で心底安心したわこのバカルネ!》
「ぐすっ、えぐっ……服、破けちゃいました……あと、肌に傷……」
《あーもう、わかった。治してやるからはよ帰ってこい》
「……怒ってない、です?」
《怒ってないから早く戻ってこいっての》
「叱ってくださいよ!」
《面倒くっせぇなお前はッ!!!》
腹の底からの怒鳴り声にカルネは涙を拭いながら笑みを浮かべていた。