超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
魔術工房に戻る頃には、すでに日が暮れていた。案の定エヌラスは今回の残党狩りの件で教会に呼び出され、ノワールに張り手をもらう。
執務室に響き渡る小気味良い音に、ユニが呆れていた。
「だから! あなたは! いつもいつもいつもいっつもい~~っつも! どうしてそう勝手に突っ走るのよ!」
「いや、今回の件は完全に俺の独断専行で完全に教会ノータッチじゃねぇか……」
「だーかーらっ言ってるのよッ!? なにかあってもわたしが助けに行けないでしょ! しかも動けないんだから! 大変なのよ守護女神って! そこのところ、わかってる!?」
「……エヌラスさん、あたしがいる時に限って問題起こしますね。言っておきますけど助け舟は出しませんからね」
「あーそうだな……」
「なんでわたしが仮眠してる時に大問題起こすわけ!? 大体残党狩りなんて、そこまでしろなんて言ってないでしょ!」
「肝心の対女神専用兵器とかいうやつは、カルネが取り逃がした。いや悪いな本当に」
「…………」
ノワールが満面の笑みを浮かべながらも青筋を立てている。
これはもう一発くるな。そう覚悟したエヌラスが衝撃に備える。そして間もなくして逆側の頬に張り手が飛んできた。
「……逆側とは思わなかった」
「えーそうでしょうね。だろうと思って引っ叩いたのよ」
「で、用件は以上か……?」
「身体は、大丈夫なの」
「一発ももらってねぇよ、お前の二発以外は……」
「そういうのは早く言いなさいよぉ!? なんでいつも無茶するくせに今日に限ってあなた無傷なわけ!? あなたそんなにわたしを弄んで楽しい!?」
「いや、だって雑魚だったし……」
「仮にも武装した集団だったわけですけど」
「……あのね、ユニ。九龍アマルガムってそういう国なの」
左を見ればマフィア、右を見れば闇黒結社。破壊ロボや散歩中の国王。命を落とす危機は数えだせばキリがない。そんな国で修行を重ねればどうなるか──エヌラスのように生存能力と戦闘能力だけが際立つ。
「休んでいきなさいよ、エヌラス」
「いや、すまんがそういうわけにもいかん……対女神専用兵器の足取りを追わなきゃな」
「それにしても地下搬入路だなんて……どこに運び出されたのかしら。後はわたしがやるわ」
「アホかお前は。対女神専用兵器って言ってんだろ、起動されたらどうすんだ」
「バカなのあなた。そんな身体で追いかけるなんて死にに行くようなものでしょ」
「…………」
「…………」
ノワールとエヌラスが睨み合う。どちらも引こうとしないだけに、質が悪い。
「二人とも悪くないんですから、協力すればいいじゃないですか」
「エヌラスが情報渡してくれればね」
「絶対に嫌だ」
「あなたね! 自分の身体に時間が残り少ないってのに無理しないでよ!」
「……どっちみち黙ってても死ぬしな」
三度目の平手打ち。
「三発目ぇ!? ちょっと待て納得いかねぇぞオイ!?」
「自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ!」
ノワールの言葉にエヌラスが深く息を吐き出した。
ユニが歩み寄ってきたかと思えば、エヌラスの足を思い切り踏みつける。
「いぃってぇ!? なんでだユニまで! 俺なんかしたっけ!?」
「いえ、さすがのあたしも腹が立ったので」
「何もしてないよな!?」
「強いて言うなら今の発言が気に触りました、口は災いの元って知りません?」
「知ってるけども……! 知ってるけどもよ……! もう俺喋らねぇわ、黙ってる……」
頬を膨らませてそっぽを向くユニが腕を組み、ノワールはエヌラスの肩を叩いた。
「夕飯くらい作るわよ」
「……魅力的な相談だが、悪いな。今ちょっと食欲ない。帰って準備してくる」
苦笑しながら女神の頭を撫でてバルコニーへの扉を開ける。引き止める暇もなかった。
柵に脚を掛けて、縁に立つ。
「んじゃあ、またな。ノワール、ユニ」
「……普通に玄関から出ていきなさいよ」
「やめとく、また職員達に睨まれながら出てくのは勘弁だ」
夜の闇に溶けるように、エヌラスは教会から飛び降りた。夜風の寒さに二人が身体を冷やす前に扉を締める。その時に、わずかに鼻に柑橘系の香りがついた。
「……エヌラス、またタバコ吸ってるわね。しかも本数増やしてるし……」
「お姉ちゃん、なんか口うるさい恋人みたいだよ?」
「仕方ないでしょお!? 近くにいると嫌でもそういうの気づいちゃうんだから!」
魔術工房へ帰るなりエヌラスは作業に没頭する。スピカが料理を作り、ワルキュリアは無邪気に食べていた。
「エヌラス様、夕飯の方は」
「後で食べる」
──数時間経過しても、エヌラスは手を止めない。たまに小休止を挟んだかと思えば、ドラッグシガーを吸っていた。
カルネの頬についた切り傷を跡形もなく修復し、切り裂かれたメイド服を繕っている。
「おいカルネ」
「なんですかご主人様」
「せめて服を着ろ、最低限下着を着けろ。全裸で人の工房ん中歩き回るんじゃねぇ!」
「このカルネ、ご主人様に見られて恥ずかしいところなんて何もありません!」
「見てるこっちが恥ずかしいって話だボケェ!」
「これが自分の妹と思うと恥ずかしいです」
「ムラっとしますかご主人様! ええいいですともご主人様がそこまで言うのでしたら仕方ありません、このカルネのことを思う存分朝まで辱めてくださって構いませんとも、ええ思う存分!」
「っしゃおらぁぁぁいっしゃぁぁぁああ!!」
「魔導発ケぶッ!」
肘打ち、掌底から顎を打ち上げ、腕を引きながら脳天より床へ叩き込む。最小限の魔力を用いた加速によって凄まじい勢いでカルネが魔術工房に倒れた。
「元気ですねー」
「頼むから余計な体力使わせんなや……」
「寝ないんですかご主人様」
「テメェは床で寝てろ!」
「ひんやりっ!」
紫電を纏わせた踵落としの直撃を喰らい、そのまま五体を投げ出す。ワルキュリアが倒れたカルネの顔を覗き見ると、よだれを垂らしながら恍惚とした笑みを浮かべていた。
「本当にエヌラスさんに痛めつけられるの好きなんですね、カルネさん」
「ちくしょう、なんでコイツ不覚取ったんだよ……馬鹿かよ。おーかてぇ……」
壁に立て掛けられているのは、カルネが戦利品代わりに持ってきた高周波ブレードの鞘。内蔵機構の不完全さに目を瞑れば切れ味は申し分ない。
目覚まし代わりの準備運動も終わったところで、エヌラスは再び席に着いた。
破れたエプロンドレスを縫い合わせる姿にスピカは静かに控える。まるでそこが自分の居場所であるかのように、視界に入らない位置取りをしていた。
魔術縫合の応用で服を縫い合わせると、床に倒れている全裸のカルネに投げつける。
「ほれ、さっさと着ろ。いつまで全裸で寝てんだお前は」
「むしろ見てくださいこのあられもない姿を。目に焼きつけてください」
「床の染みにされてぇかテメェは?」
「…………もしそうなれば毎日ご主人様に踏まれるのでいっそご褒美なのでは?」
「前言撤回するから服を着てくださいド変態メイドの二号さん」
「ごめんなさい。その他人行儀な態度をされるとカルネの心は木っ端微塵なので服を着ますね」
半べそを掻きながらカルネはメイド服に袖を通した。エプロンドレスの紐を後ろで結び、ミニスカートを摘んでひらひらと弄ぶと感心したような声をもらす。
「おぉ~……流石はご主人様ですね」
「おい、バカルネ。ひとつ忠告してやる」
「なんでしょうかご主人様!」
「パンツを履け、丸見えだぞ」
「別に私は困りません! 穴が空くほど見つめてくださって構いません! いえ、前も後ろも空いてるわけですけども! 女の子ですから、女の子ですからね!! 埋めてくださってもいいんですよご主人様が!」
エヌラスは席から立ち上がると、カルネの両肩に手を置いた。笑顔で。
「カルネ」
「はい、なんですかご主人様!」
「頭冷やせ、床で」
魔術工房が振動する。
カルネは首から上を床に埋めて沈黙していた。スピカはその一部始終を黙って見守っている。
「さて。作業再開するか、次はこの高周波ブレードの機能改修だな。改造したらそこのバカにくれてやるか」
「さぞ喜ぶでしょうね、このバカ」
「一応コイツの手柄だしな」
「……エヌラス様」
「ん、なんだスピカ?」
椅子に座るエヌラスの顔を上から覗き込むようにスピカはじっと見据えていた。瞬き一つしない青い義眼が捉えているのは、脈拍だけは異常が見られない主人の姿。
しかし実際のところは魔術回路への伝達効率が大幅に減少している。心肺機能へ魔力を集中的に流すことで心臓を稼働させていた。
「器用ですね、エヌラス様。心臓さえ動けば死なないと? なるほど、ご自身の不調を逆手に取った魔力運用は称賛させていただきます。ですがそれでは、私達自動人形と何ら変わりませんよ」
「身体が動けば十分だ」
「夜食はいかがですか。十三時間、何も口にしてませんよ」
「しっかり数えてんじゃねぇよ。適当でいいから頼む」
「目が覚めるような味付けでよろしいでしょうか」
「……適当でいい」
程なくして、エヌラスの前に湯気の立つ料理が並べられる。ワルキュリアが目にするだけでも参ったような顔を見せるほど、赤かった。多分、カレー。だがエヌラスの知っているカレーとは色が違う。少なくともルーが沸騰してない。気のせいか、ライスの部分が徐々に赤く染まっている。
「どうぞエヌラス様」
「なんだこのカレー……カレーか? カレーだよな?」
「ハヤシライスです」
「……なんて?」
「ハヤシライスですが?」
「ハヤシライスって赤いのか……」
「食べたことないのですか、ハヤシライス」
「ユウコはカレー得意だったしな──」
真っ赤なドミグラスソースとライスを口に運んで、そこで思い出したようにエヌラスがスプーンを置いた。口に合わなかったのなら仕方ないことだと、スピカは言葉を待つ。あまりの辛さに食えるかと激怒するのなら気付け代わりになったとほくそ笑むが、違った。
ただ、呆然としている。じっと深紅のハヤシライスを見下ろしていた。
「──……ああ、そうか。もうアイツの手料理食っても味わかんねぇのか」
「エヌラス様、今……なんと? ──エヌラス様?」
「あ? なんだスピカ」
「申し訳ありません。泣くほど、
「ああ、だから赤いのかこのハヤシライス。泣いてたか、俺」
「現在進行形で」
「……なんでだろうな。全然想像できねぇんだわ、味のしないユウコの手料理なんて」
口に運べば、気づくとなくなっているのがユウコの手料理だ。味わって食えと怒られてばかりだったが、自分なりに味わって食べている。ただその結果、口から出てくるのはいつも“美味い”とだけの一言。
他に何か言うことはないのかと聞かれても、それしか出てこない。
「…………悪い、スピカ。下げてくれるか」
「はい」
「考えてもみりゃ、そうだよな。そんな気がしたから、ノワールの誘い断ったのによ。どうせアイツに余計な心配させるって思ったのに。なーんか、大事なモノ無くした気分だ……」
「──よろしければ作り直しますが?」
「カレー、作り直してくれ」
「ハヤシライスです」
「カレーライス」
「時間がかかるんですよ、カレーライスは?」
「知ってる。ユウコは三日掛けて作るからな」
「大層な手の込みようですこと」
「手間暇掛けて三日もなに仕込んでるんだかな……」
「愛情、ではないんですか?」
「だったら俺が作る料理はなんで不味いのかね、スピカ?」
エヌラスの言葉に、スピカは何も答えなかった。
──貴方は
従者には過ぎた言葉だ。