超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
夜が更けていく。ラステイションの街並みを廃工場の煙突、その頂上から眺めながらスピカは義眼で異常がないか偵察していた。不意に、ぼんやりとした灯りが近づいてくるのが見える。獣狩はランタンを揺らして挨拶をした。眼の前に飛び降りて着地すると、会釈する。
「こんばんは、獣狩様」
「良い夜だ。こちらは異常なし。魔獣の手がかりもないが……なにか進展は?」
「武装勢力残党を壊滅させました。立ち直れないくらいには」
「そうか」
ランタンの灯りを消して獣狩は腕を組んだ。
「……なら、俺の見間違いか」
「なにかございましたか?」
「黄金の塔も念のために巡回してきたが、そこに妙な一団がいた」
「その中に、巨大兵器は」
「あったような気がする」
「見間違いではないですね。一部を愚妹が取り逃がしましたので、情報ありがとうございます」
しかし、居場所が知れただけでも大収穫だ。せっかく足を運んできてくれたのだ、何か歓迎をしようというスピカの申し出を獣狩が断る。魔獣の捜索が先決らしい。狩人連盟が血眼になって禁域の森どころか街中を駆け回っている様はどちらが獣かわかったものではないようだ。
「彼の調子は」
「……かなり、まずい容態ですね」
「痛覚がだいぶ鈍かったようだが」
身体の感覚が薄れている状態で、なんとか持ちこたえていた。しかし、今は味覚が完全に失われてしまっている。これではいつ消えてしまってもおかしくない。そもそもにして、力の根幹を失ってもまだ活動できているだけでも奇跡的だ。死んでいるのも同然となって、一週間以上経過している。だが、まだエヌラスは動いていた。
「味覚も、聴覚も、おそらくこれから先の戦いで視力も何もかも失うことになるでしょうね。生きたまま、死人のように冷たくなっていくことは覚悟の上です」
「……なぜ彼に付き従う」
「メイドですから」
エヌラスを主と認めている、だがそれにしてもその忠誠心は度が過ぎる。死へ確実に近づいている主人を引き留めようとしないスピカに獣狩はふとした疑問を尋ねた──差し支えが無ければ、その理由を聞かせてはくれないか、と。自分がメイドであるから、という理由以外にあれば。
その問に、スピカは薄く微笑んだ。月明かりに照らし出された端正な顔立ちの、寒気すら覚える美しい微笑は整い過ぎている。
「メイドにとって主とは、天に尊ぶ女神よりも偉大なものなのです。奉仕種族ですから。主と敬愛すべき方がいなければ、私達は存在することすらできません」
「……人形も同じことを言っていた。造物は、造物主を好むようにできているのだ、と。お前の忠誠心は、つまりは、そういうことなのか」
「そう……なのかもしれませんね」
そうであったら納得がいく。自分の中にある感情の説明がつく。だがこの感情は造られたものにしかわからない。
獣狩が立ち去った後に、ワルキュリアがスピカの背後に飛び降りてきた。一連の会話を盗み聞きしていた非礼を侘びながらも、どこか思いつめた様子で。
「──ワルキュリア様、多少、独り言を聞いていただいてもいいでしょうか」
「はい。私でよければ」
「正直なところ、自分でも不思議でならないのです。なぜあの方にこんなにも引力のように惹かれてしまっているのか。何度自分の胸に問いかけても答えが見つからないのです。私は本当に、エヌラス様を主人と認めているのかどうか……ですが、獣狩様との話でどこか納得してしまいました」
「貴方達を、彼が造ったのだと?」
「正確にはこの身体を、でしょうね」
首元から胸元まで指を這わせながら、スピカは愛おしそうに指を見つめていた。氷のように溶けていく疑問に、静かに目を閉じる。
「高性能の自動人形で、人間に近いものほど人間の魂を入れられていると聞き及んでいます。それは魂魄転写と呼ばれる人道に反した技術が用いられているのだと」
当然ながら、それを使用された側の人間は廃人確定だ。例外はない。そして自分達も人形になる前は人間としての人生を歩んでいたのだろう。記憶はないが、なくてもさほど困らない。
「私は、自分の身体を造ったからという理由であの方を主と認めているわけではないのです。ただ疑問がひとつだけ……なぜ、私とカルネなのか。それだけが疑問なのです」
「直接聞いてみては?」
「それもそうですが、怖いのです。何か、触れてはいけない傷に触れてしまいそうで。エヌラス様が抱えている傷は目に見えるものよりも隠しているものの方が多く思えてならないのです」
自分の身体を掻き抱くスピカは、本当にそれを恐れているようだ。果たして、聞いてしまってもいいことなのかと悩んでいる。ワルキュリアはそんな悩みを吹き飛ばすように笑ってみせた。
「時間、ないんでしょう。それならちゃんと聞いた方がいいです。答えを墓まで持っていかれたら浮かばれませんよ」
「不謹慎ではありますがその通りですね。きちんと過去の清算はしていただきませんと」
「……それと、彼の容態ですが。私ならある程度はなんとかできます」
「本当ですか?」
「ただし。相応に犠牲は出ますよ。それでも?」
「私は構いませんが。主を失う痛みに比べれば、ええ、他の方がどうなろうと」
「私は道具です。彼に与えられた武器の一振り。その役目は、魂の補填。彼の魂を補強するという任を負っています。残念ながらその役目を全うする機会はこれまでありませんでしたが」
「その手段は」
「人を殺します。単純でしょう?」
殺して奪う。魂の経験値。なるほどこれほどわかりやすい物もない。大魔導師も人が悪い。そんなものを寄越して渡すとは。
信仰を集めるのとはわけが違う。死者の魂を宿すことで自らの力とする──それは、死霊秘術に類する禁忌だ。だが、ゲイムギョウ界から死人を出すことをエヌラスはけして良しとしない。自分がどれほど追い込まれていたとしても。だが、もう時間がない。手段を選り好みしている暇も惜しい。
ワルキュリアは細剣に手を掛けながら、目を伏せる。
「カミナリ、落ちるでしょうね……」
「ええ。すごいのを覚悟しておきます、取り逃がした一味は?」
「黄金の塔に集まっているようです」
「わかりました」
静かに頷くと、稲光と共にスピカの前から姿が消えた。
夜空を見上げてから、魔術工房へと戻る。こんなにも月夜が寒いと感じたのも久しぶりだ。
魔術工房の作業部屋ではエヌラスが高周波ブレードの鞘を分解して構造を把握するなり、内蔵機構を改修していた。一銭の得にもならない、と本人は豪語するがそれのマネジメント能力が欠落しているからとスピカは常々思うが、エヌラスにとって最も大事なことは戦場で生き残ることだ。戦闘に関する技術以外に関心がまるでない。
純粋な技術力だけでも九龍アマルガムは技術先進国に入るが、魔術が加わると比肩するものがなくなる。
「エヌラス様」
「……なんだ」
「少々、お時間をよろしいでしょうか」
「ちょっと待ってろ」
高周波振動の伝導効率、刀身本体に手を加えていた。強度は申し分がない。システムの欠陥さえ調整すればカルネの補助火力には十分な威力だ。一通り手を加え入れてからエヌラスは手を止めてスピカに向き直る。この数日、仮眠すら摂っていない目の下にはクマが出来ていた。ただでさえ伸ばしたままの前髪も相まって不健康な印象を受ける。
ドラッグシガーを消して、目頭を揉みながら椅子に座ったままスピカの言葉を待った。
「なんだ」
「お尋ねしたいことがあります。なぜ、私とカルネを召し抱えたのかということです」
「大魔導師にクビにされて野良メイドだったから」
「他には?」
「そんだけだよ。話はそれだけか?」
「他に──何か理由はございませんか。本当にそれだけの理由で?」
「なんでそんなことを今更聞くんだよ」
「エヌラス様に時間がないからですが。なにか不都合でも」
スピカの言葉に、目を逸らす。何か後ろめたいことや、隠したいことがある時には決まって一度顔を背ける。黙って押し通そうとしても、そうはいくものかと言わんばかりに両頬に手を添えて自分に顔を向けさせた。
「私でなく、カルネではなく、貴方が本当に召し抱え、手元に置くのにふさわしい方が他にいたはずなのに。なぜ、どうしてですか? エヌラス様。なぜ、人形である私達なのですか……?」
「…………」
「何故でしょうね。貴方とは、初めて会った時からずっと。まるで運命と出会ったかのような衝撃でしたよ。だから不思議と、怒りも憎しみも悲しみもないのです。むしろ喜ばしい。こうしてお側に仕えることができて、至福と感じています。そんなものを感じる心も、もうここにはありませんが……それでも。私は貴方を唯一無二の主と認めています」
エヌラスは、ただ無言でスピカの青い義眼を見つめる。その眼差しは答えを追い求めているというよりも、追い縋るような色をしていた。
「どうか、お答えくださいエヌラス様。どうして、私達なのですか。マリー様ではなく──」
名前を口にした瞬間、スピカの身体は宙に浮く。ついで、背中からの衝撃に呆気に取られた。目を丸くして驚き、自分がエヌラスに胸ぐらを片手で掴まれて投げ飛ばされたのだと状況を把握するのに数秒を要する。
主人は、俯いたまま歯を食いしばって震えていた。
「アイツは……関係ないだろうが……!」
「……エヌラス様?」
「なんで、そんなことを聞く必要がある。スピカ……! テメェは、どうして今! そんなことを聞いた! 俺に時間が無いと知っていて、それでも聞かなきゃならないことか!」
ひどい剣幕で怒鳴られて、それでもスピカは自分の感情が何一つ動かないことに重ねて驚く。
頬を伝うその涙を見るまでは。
怒りの矛先を自分に向けて。憎悪の感情を自分に向けて。エヌラスは、堪えきれない涙をこぼしながらスピカを睨みつける。
ひどく脆く、消え去りそうなほど弱々しく見えたのは初めてだった。だから、そんな感情を見せるほど弱い場所を自分は傷つけてしまったのだとスピカはそこで気づいた。一番触れられたくないものに、触れてくるはずがないと信じた相手から、恐れていたことが起きてしまった。
「お前も、カルネも。最初は俺が拾った孤児だった。九龍アマルガムでゴミのように棄てられていたお前らを見て、同情した。だから使ってやろうと思ってその身体を用意した。俺に出来る限りの人形工学技術を全部費やして造ったのがお前らだ……だが、それだけだ。それっきりだ。俺はもうそれきりお前らをどうこうしようとは思わなかった! だから最初の塔争が終わってからお前達とも主従の関係を結ぶ気なんて、二度となかったはずなんだよ!」
「…………」
「満足か、スピカ。これで満足か。お前が聞きたかった話は、これだけか。だったら二度と口を開くな」
「……いいえ。まだお聞きしたいことが」
「言ってみろ」
「それでもまだ、私達をメイドとして雇ったのは。その罪の意識からですか?」
「過去が変えられるならそうしたさ。だがどうにもならなかった。だから俺は、もうお前にもカルネにもマリーにも、アイツ等全員から目を逸らした。俺が一人で全部背負い込むって決めたんだよ……なのに、だっていうのに、テメェはどうして思い出させるんだよ──ふざけんなよ、馬鹿野郎が……よりにもよって、なんで……お前の口からなんだよ……!」
人形の身体でなければ、首の骨が折れていただろう。つくづく自分が頑丈にできていることに感謝していた。
誰にも頼らなかった。頼れなかった。自分と違って、みんなは脆すぎるから。すぐ壊れてしまうから。壊してしまうから。だから、戦うのは壊れても動く自分だけでいいのだと、ずっと痛みを堪えてきた。
一番触れてほしくない傷口に触れてしまったことに、スピカは言葉が出なかった。今まで一言も口にしなかったのに、これからもずっと知らないままにしておくべきだったことを口にさせてしまった。だが、納得してしまう。
初めて会った時からの違和感に。自分が付き従う理由に。決して結ばれないけれど、一番近い場所に身を置くこと。そこが自分のいるべき場所なのだと。
どれだけの傷を抱え込んでいるのだろう。スピカは想像も出来ない。過去に犯した過ちを正すことなど出来ないのだから。生半可な傷では死ぬこともできず、使命に命を費やしてきた人の心の傷を癒やすことなど自分にはできやしない。役不足だ。
涙を流して、エヌラスはスピカを睨んでいる。怒りよりも悲しみが勝ったのか、だが声を殺していた。痛むはずがない胸が痛む。
「俺の隣にいたやつは、みんな壊れていったよ……だからもう、そんなのは見たくなかったから……だから──お前たちも、そばになんか置きたくなかったんだよ。だけど、ああ畜生が……! こんなことしてんのも、随分遠い昔のように思えて仕方ねぇ」
「…………“ご主人様”。大変申し訳ありませんでした。そのような事情があったとは、つゆ知らず」
「いいさ。もう、どうでもいいことだ。どうにもならねぇことだ……俺がしてきた、取り返しのつかないことなんてごまんとあるからな」
謝って済むことではない。謝ったところで、この人の傷は治らない。ずっと塞いできた過去の傷だけは、もう、どうにもならない。
手を伸ばして、スピカはエヌラスの頭を抱き寄せる。そのまま自分の胸に持っていくと、黙って頭を撫でた。
「……何があろうと。この先何が起きようと。私が主と呼ぶのは貴方様だけですよ、エヌラス様」