超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
一部始終を目の当たりにしていたケーシャは言葉を失っていた。
生身で鋼鉄の魔人を焼滅させる技に、寒気が走る。だが、エヌラスは膝をついたまま白い吐息を繰り返していた。時折咳き込んで、吐血している。
「エヌラスさん、大丈夫ですか!?」
ケーシャが駆け寄り、肩に手を置いた。だが、衣服越しに触れた指が熱さを訴えて条件反射で思わず手を離す。熱気を発する身体に、エヌラスは口元の血を拭った。
「だい、じょうぶなわけねぇだろうが……」
銀鍵守護器官で身体を再生しているが、なにぶん時間がかかる。手足の神経も麻痺して立ち上がれそうになかった。本来の威力であればバックファイアも軽い痺れ程度で済むものの、今回はそうもいかない。
その場から動かないエヌラスの背中を見て、ケーシャはふと脳裏に不穏な思考がよぎる。
──今ならば。今なら、この人を排除できるのではないか、と。
しかし、すぐに考えを振り払う。
(ダメ──! この人は、ノワールさんにとって大切な人……!)
そんなことを考えるべきではないのに、何故か自分の思考を塗り潰していく。
サブマシンガンのセーフティを外しながら、躊躇する。
──彼を撃たないと大変なことになるよ?
(そんなはずない。わたしはこの人を撃ちたくなんか……!)
しかし、自分の意思とは裏腹にケーシャの指は引き金にかけられていた。
誰かの声が、心の内側から聞こえてくる。不安と恐怖を煽られて、ケーシャはエヌラスの背後から銃口を静かに突きつけた。
後頭部から脳幹を撃ち抜かれて、死なない相手はいない。今の衰弱しきった魔人なら、仕留められるはずだ。なのに、ケーシャの指は震えて狙いが定まらない。
──ここで引き金を引いてしまったら、取り返しのつかないことになる。
──だけど撃たなかったら、もっとひどいことになるよ?
自分の思考に割り込んでくる第三者の声に、ケーシャは引き金を引いた。
「…………ケーシャ?」
銃口から硝煙が漂う。呆気に取られた顔でエヌラスが振り向いていた。
俯いたまま、腕を伸ばしてケーシャは黄金の玉座に取り付けられているゴールドクリスタルを撃ち抜く。ひび割れ、砕け散る結晶の破片が床に無数に散らばっていった。
嗚咽をもらしながら、涙を流して顔を上げる。
「──信じて……信じて、ください。わたしはただ、本当に……!」
時代は変わった。戦場も変わった。だから、傭兵として自分達が不要になる時が来たら。その時が来たら──お前は普通に生きろ。
それが、かつて自分に戦い方を教えてくれた人の言葉。
──……あーあ、失敗か。まぁいいよ。それがキミの選択ならね。
声がかき消える。
「ほんとうに、普通になりたかっただけなんです……だから……!」
「…………」
その場にへたり込み、涙をこぼすケーシャの頭を乱暴に撫でてからエヌラスは立ち上がった。まだ足がふらつくが歩けない程ではない。
「お前が自分で、シェアクリスタル壊すほどの覚悟だったなら。これ以上疑いようがねぇよ」
「……本当に、信じてくれますか?」
「今はな……だがもしも、ノワールに銃を向けたその時は俺が殺しに来るから覚悟しとけ」
「何処に行くんですか?」
「もうラステイションは大丈夫そうだからな……ルウィーに行く」
「そんな身体で……」
「こんな身体で今までやってきたんだ。これからも何とかやってくしかねぇよ」
まだ指先の感覚が戻っていないが、ケーシャに振り返らず、エヌラスは道を引き返した。
「……最後に、一度だけ聞くぞ。ケーシャ」
「はい……」
「他のゴールドサァドは、誰だ」
「…………ごめんなさい」
「わかった、それじゃあな」
仲間を裏切れないのは自分も同じだ。わかりきっていたことを聞いて、ラステイションの黄金の頂を後にしようと歩き出す。
ブラックハートとブラックシスターはスピカとカルネの両名を前にして足踏みをしていた。
無数の銃器を同時に手繰りながら舞うように攻撃を避けるスピカ、大剣を細身の太刀で捌くカルネの二人は、シェアが回復しつつあるとはいえ強敵に他ならない。自分に有利な陣地を形成して陣取ったまま決して崩さないスピカの一斉射を前にして守護女神は回避に徹した。
「このっ──!」
その切れ間を縫って高速で接近するブラックハートに、しかしカルネが横槍で高周波ブレードを振り下ろす。出力の安定化が図られたブレードを脚部のプロセッサユニットを使って弾き、距離を取る。しかしすかさず追撃してこようとするので飛行した。流石にどれだけ高性能と言えど飛行能力はない。ハンティングホラーがあるにしても限度がある。
「スピカ姉!」
「足を踏み外しても当方は一切の責任を負わないものとします」
「ワンちゃんあるので大丈夫!」
淡々と保身の一言を呟きながらスピカが指を動かす。すると、鋼糸で操作されていた無数のライフルがバヨネットを展開して床に突き立てられる。あやとりのように糸と糸を紡ぎながら空中に固定されたライフルはさながら蜘蛛の巣だ。基点となるライフルのストックに足を掛けて、カルネが跳ぶように空に逃れたブラックハートへ駆け上がる。
「嘘でしょ!? あなた達どれだけ器用なのよ!?」
「炊事洗濯掃除に下の世話から朝までベッドメイキングとメイドのお仕事を全てそつなくこなせる私達に不可能はそれなりになーい!」
空中で切り結ぶカルネが落下してくる。そこへライフルの弾丸を数発撃ち込むと、弾いた衝撃を利用して方向転換をしながら足場へ戻ってきた。
X.M.B.でライフルを壊そうとするブラックシスターだが、スピカはそれを避けるように糸を緩める。しなやかな曲線を描いて解ける蜘蛛の巣が一瞬にして姿を変えた。同時に排莢を行い、吐き出された薬莢で光弾を防ぐ。人間業ではない。
「私の大事な大事なコレクションの束ですので、壊されますと少々お財布が寂しくなります。ただでさえ無賃金労働が大嫌いですので。ええ。銃器のメンテナンス、とても手間とお金が掛かるんですよ、ユニ様」
「痛いほどわかりますけど、今それを言いますか……?」
「九龍アマルガム公安局のメイド長をしていた時は羽振りが良かったのですが、今となっては金食い虫です」
巻き起こる凶悪事件に凶悪犯罪者を相手にしても綻びない衣類。
自動人形は食事の必要がないが、それでも体内魔導機関を効率的に燃焼させるために必要な食事の提供。
そして何より快適だった住居。さらに潤沢な賃金と至れり尽くせり。だが、決定的に満足感だけは得られなかった。
「そう考えてしまうと……最低限を残して他は全て処分してもいいかもしれません。得られなかった達成感と満足感は、手に入れてしまったので」
耳をつんざく銃弾の音にブラックシスターは回避に徹する。僅かにスピカの指が動いた。ほんの数ミリ、誤差を修正して操作すると、空中で衝突した弾丸が跳弾する。それはブラックシスターのプロセッサユニットに命中したが威力に欠けていた。
「ッ、どこまで器用なんですか……!」
左右に身体を揺らし、弾丸から逃れながらブラックシスターがライフルを狙う。鋼糸が千切れ、不意に緩んで制御を失った。その隙を突くようにブラックハートがカルネを跳ね除けて接近した。
スピカがロングスカートの裾を開きながらシューズの踵で大剣を蹴り上げる。仕込まれた火薬が炸裂し、突然の衝撃にブラックハートが無防備を晒した。蹴り飛ばして距離を突き放すと、再び鋼糸を手繰り上げて陣形を組み直す。
拮抗した状態の戦場で睨み合う両者だが、不意に転送装置のクリスタルが起動したことで注意が逸れる。そこにいたのはエヌラスだった。見るからに不調な様子で、まだ足が少しおぼつかない。
ブラックハート達が睨み合っている状態に、何か言いたげにしていた。
「…………あー……どうなってんだ?」
「ご主人様、これには少々事情が雪崩込んでいまして」
「ちょっとエヌラス! あなたどういうつもりよ!」
「質問は一人一回な」
咳き込み、まだ内傷が完治していないのか掌の血をズボンの裾で拭う。
「……あの入り口前の死体。アレはあなたがやったの?」
「…………もし、そうだとしたら?」
「そうだとしたら……わたしは……」
ラステイションの守護女神として、殺人だけは見過ごせない。見逃せない。だが、そうだとしてどうするべきか。そもそも犯罪者を管理運営という体裁を取っていた。これは教会側の過失になるだろう。
「アレは。俺が、頼んでやってもらったことだ……そうだろ、スピカ」
「────はい。おっしゃる通りですね。ああでもしなければ、もうご主人様は動けなかったでしょうから」
その言葉を選ぶのに、スピカは悔やむ気持ちで一杯だった。不甲斐ない、不出来なメイドであると。主に嘘を吐かせてまで望みを叶えてやろうとする自分が悔しかった。
エヌラスはそのままノワール達には一瞥もくれず真っ直ぐ歩く。
「俺はこのままルウィーに向かう。ラステイションの問題は片がついたからな」
懐からドラッグシガーを取り出すと、一服しながらその場を後にしようとするが、ブラックハートがそれを許すはずがなかった。
「待ちなさいよ! わたしの話はまだ──!」
言葉を遮るように銃声が鳴る。それは、スピカのライフルからだった。
「……行ってください、ご主人様。それが、あなたの望みなら私共は付き従うのみです」
「面倒をかけるな、悪い」
「らしくもないことを言わないでください。いつも通り、普段通り罵倒してくださっていいのですよ。そこのバカルネを」
「いつでも胴体軟着陸は受け入れますよご主人様!」
エヌラスは鼻で笑って、自分に付いてこようとするハンティングホラーを手で制する。だが、それでも頭を押しつけてくるので仕方なく跨った。
遠ざかる背中に向けて手を伸ばしていたブラックハートが怒りに燃える。
「あなた達……どういうつもり! エヌラスが、あのままルウィーに行ったらどうなるかわかってるわけ!?」
「──メイドにとって忠義とは、生涯においてただ一人、主を認めること」
スピカが後ろ腰のホルスターから二挺拳銃を引き抜く。深紅の自動式拳銃、白銀の回転式拳銃は二人も見覚えがあった。見慣れたほどに。
「メイドにとって忠誠とは、主人の全てを信ずること──」
カルネが背負っていた高周波ブレードの鞘を腰に下げる。
「メイドにとって、奉仕とは──主の願いに尽力すること! 主が願うのであれば、それを叶えるために全ての障害を排除すること厭わず」
「スピカ……」
泣いていたのかもしれない。主の決断に、決死の判断に。もはや絡繰り仕掛けの身体にはない断腸の思いで。
「以上の忠義忠誠奉仕の三原則を持って、女神への叛逆仕ります。よろしいですね」
「──エヌラスが、死ぬかもしれないのよ」
「それが主の望みであるならば」
「ここで引き止めなかったら、どうなると思ってるのよ!」
「それでも、主が次の戦場を願うのならば私共は叶えるのみです。メイドにとって主とは、天に仰ぎ見るべき神より尊くあるべきもの。そのためならば女神への信仰も糞食らえであります」
「……、」
「覚悟はおありですか、ノワール様。ユニ様。私達は出来ていますが」
スピカもカルネも、主を失うことを覚悟した上で此処にいる。引き止めなかったのは、まだエヌラスの戦いが終わっていないから。止めても無駄な事は知っている。だからといって。
だからといって──、見殺しになんかさせられない。だが、自分がラステイションを離れるわけにもいかなかった。まだゲイムギョウ界はゴールドサァドに奪われたままなのだから。
「……今、心底思っているわよ。自分が女神でなければって……もしそうなら、あなた達を振り切ってエヌラスのもとに駆けつけるのにって……隣で支えてあげられるのにって……!」
「お姉ちゃん……」
「だけど、わたしは! ゲイムギョウ界から忘れられたとしても、ラステイションの守護女神ブラックハートよ! 自分の国を取り戻せなくて、何が女神よ! あなた達がそこまでするっていうなら、こっちもとことんやってやるわよ! こっちの問題全部まるっと解決して後から追いかければいいってだけなんだから! 女神、なめないでよね!」
大剣を構え直して、ブラックハートが矛先を二人に向ける。
(そうよ……そう簡単に死ぬはずがないじゃない。エヌラスは、今までもそうだったんだから。これからも、きっとなんとかなるのよ。なんとか、するんだから……!)
あの絶望の魔人が、諦めるはずがない。立ち止まるはずがない。だから、自分は全速力で後から追いかけるだけだ。
独りじゃないんだと、手を繋いでやって──。