超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ルウィーの温泉街では日が暮れるとクエストを終えて戻ってきたハンター達で溢れかえる。どこもかしこも笑顔の大盛況。この全てを大魔導師が整備してきたというのだから情熱の程が窺える。問題はそれを九龍アマルガムでは欠片も、それこそ粉微塵ほども活かしていないことだ。しかし言ってもどうせ改善する気などないのでそもそもにして論外。
大魔導師に呼び出されたエヌラスは人通りの少ない広場で腰を下ろした。足元にすり寄ってくるまるまると太った豚はどこからともなくやってきたらしいが、特に害もないので置いていた。
「で、なんの話だ。大魔導師?」
「お前の身体をアイツから聞いた。相当マズイようだな」
「まぁな。で?」
「端的に言ってしまえば、自壊している。これ以上は戦うな」
「断ると言ったら?」
「私がやる」
思いもよらない返答に、エヌラスが思わず「は?」と聞き返す。
「ちょっと待て」
「聞こえなかったか。お前がこれ以上ゴールドサァドを相手に戦い続けると言うのなら、私がやってやると言っているんだ。余力は残しておけ」
「アンタに任せられるかよ」
「死なん程度に加減はしてやるつもりだが?」
「どっちの意味で」
「二重の意味だ」
「…………」
「なんだその目は」
猜疑の眼差しを向ける一番弟子に、大魔導師が腕を組んだ。足元でぷぎーと豚が鳴いてすり寄っている。とても絵面がシュールだ。エヌラスは天を仰ぎながら顔を覆う。
「そこの、豚ぁ! 真面目な話してんだからどっかよそに行ってろ!」
「そうは言うがこうも懐かれては邪険にするのも可哀想だとは思わないか?」
「テメェの口から可哀想なんて言葉が出ること自体が異常気象だわ!」
「人から愛情を注がれてまるまると育った家畜はさぞ美味いだろうな」
「グランドど外道グランプリ最優秀賞かよ! もういい、どっか行ってろ豚。この、このっ」
ぷぎー、ぷぎーと抗議の声を挙げながらも足で退かされて渋々まるまるとしたお尻を振りながら歩いて去っていく。だが、それでも目に入る位置に身体を寝かせるとこちらをじっと見ていた。
邪魔者を押しのけたところで、エヌラスは深く息を吐き出す。
「そんなこと言っても、ルウィーのゴールドサァドもまだ分かってない状況なんだろ」
「既に見当はついている。まず間違いない」
「──誰だ」
「答える義理はない。力づくでも構わんが、今のお前に手こずる理由もない」
首にかけていた手ぬぐいを手にしながら大魔導師が牽制する。エヌラスは一瞬、銃を抜こうかと考えたがすぐにやめた。今、身体に高負荷の魔術を掛ければ間違いなく自壊が進行する。少しでも症状を遅らせることが先決だ。この先の戦いのためにも。
「抜かないのか」
「……止めとく。勝ち目がないって分かりきってるからな」
「お前にしては珍しく賢明な判断だな。どうした、魚の目玉でも食ったか?」
発砲した。無遠慮に三発撃ち込んだ。ノーモーションで全弾を手ぬぐいで絡め落とす大魔導師にやりきれない気持ちになりながらエヌラスはもう一発撃った。デコピンで弾かれる。チクショウ化物め。
「あー、もう。アンタがなんで静観してんのかは敢えて聞かねぇ! どうせ温泉街を盛り上げるのに夢中だからだろ!」
「よくわかっているな」
「で。俺は何すりゃいいんだよ」
「手伝えバカ弟子。人手が足りない」
レイジングジャッジフリークスハントカスタムの弾倉に残された最後の一発は、大魔導師の平手で地面に迎撃された。
「結局アンタにこき使われんかよ俺は!」
「裏方を手伝え。調合師の人手がアホみたいに足りない。ハンター達は狩りに忙しい。だが雑貨屋で回復薬やその他強壮剤を用意する人間が圧倒的に人手不足だ。得意だろう、やれ」
「俺の返事なにひとつ聞かずにすでに役職決定済みかおんどりゃあ!」
「やかましい。お前をルウィー温泉街ハンター協会専属調合師に任命してやる。調合書は全部で五種類だ。丸暗記して覚えろ」
「現物はどこだよ!」
大魔導師が一拍、手を叩く。どこからともなく五匹の猫が飛び出してくる。その手には分厚い調合書を一冊ずつ持っていた。だがサイズがおかしい。もはや鈍器だ。書類かばんに収まらない程分厚い鈍器を合計五冊、大魔導師の足元に置いて走り去っていく。
「ここだ」
「飼い慣らしてんなぁおい!!」
「一冊につき初級から超級まである。まぁ覚えろ」
「積み重ねた調合書があんたの膝下くらいまであるんだが! そんな「軽く一杯」みたいなノリで覚えろとか正気かよ!?」
「私は覚えた」
「クソがぁ!!」
「師である私ができたんだから弟子であるお前にも当然のごとく要求する。やれ」
「……期日は」
「三日」
「ブラック企業案件かよ!」
数千種類にも及ぶ調合素材、その配合量、必要数、製造工程、保管方法、保存期間。それら全てを三日で記憶しろという案件には、スピードローダーで再装填しながら半ギレで発砲した。今度は間髪入れず五連射。ほぼ一発にしか聞こえないクイックドロウを、しかし大魔導師は涼しい顔で鋼鉄化させた手ぬぐいで地面に弾き落としていた。手首を返して腕に手ぬぐいを巻きつけながら再び腕を組んでいる。
「資料代の請求はこちらで立て替えておく」
「そりゃどうも……」
「調合の専門家である薬師にはこちらから伝えておく。励めよ」
「心底嫌だがやれっていうならやってやろうじゃねぇかこんちきしょう、クソが」
愚痴と留まらない毒を吐きながら大魔導師の足元に置かれた五冊の調合書を持ち上げようとして──その厚みと重量にエヌラスが冷や汗をかいた。
「……つかぬことを聞くが、これ全部で何ページだ」
「ハンター達の叡智の結晶がたったの五冊だ。ちなみに現在も更新中で今は新訳の調合書をハンター協会と教義している」
「もうアンタのことを次からグランド腐れ外道と呼んでやろうか……」
まだ増やすつもりか。途方に暮れるエヌラスだったが、何もせず腐るよりはマシだと割り切ることにする。
「そういえば、ワルキュリアはどこ行ったんだ。もう話は終わってるんだろ?」
「ああ、アイツなら──」
温泉宿の暖簾をくぐり、温泉で火照った身体を冷ましながら満足気に深く息を吐き出す浴衣姿のワルキュリアの手には風呂桶と水分補給のスポドリ。喉を鳴らして飲み込むと、頬を伝う汗を拭っていた。
「はー、極楽です。幽霊ですけど」
「温泉街を堪能している」
「俺はもう、どっからキレ散らかしたらいいのかわからねぇ……」
「あ、大魔導師! それにエヌラスさん。温泉どうですか! すごいリラックスしますよ!」
自分が抱え込んでいる全てを投げ出して一心不乱に駆け出したい欲求に駆られるも、最後の理性と知性となけなしの根性で耐える。なんとか踏みとどまったエヌラスは五冊の調合書を担いでその場から逃げ出した。
呆然とするワルキュリアが大魔導師と顔を見合わせる。
「なんか、泣いてましたけどいいんでしょうか」
「九分九厘お前のせいだがな」
「十割貴方のせいな気もしますけど……」
「まぁいい。報告ご苦労だった、面倒が起きるまではお前も羽目を外すといい」
「お言葉に甘えて。失礼します」
頭を下げるワルキュリアの足元、一匹の豚がすり寄ってきていた。愛嬌のある顔にまんまるとした身体を持ち上げて、笑顔を見せる。
「かわいー! ちょっと借りていきますね! 名前とかあるんですか?」
「ブービー」
「このブービーちゃん、温泉街のマスコットキャラにしませんか?」
「断る。ネコ一択だ」
「あ、はい……」
一喝した大魔導師から逃げるようにワルキュリアはブービーを抱えて温泉街を歩き出した。
その背中を見送ってから、不意に視線を外す。
大食い勝負で敗北を喫したシーシャが温泉街を抜けて、人知れずひとりで狩場へ向かう姿を盗み見ながらも、大魔導師は顎に手を添えた。
今夜の観光大使としての仕事は、はて何があったか。何か予定を入れていたような気がする。
「ふむ……調合書の再定義についての講習は明日だしな……さて退屈だ……」
当然ながら、その新訳調合書も発刊されたらエヌラスに投げるものとする。そこで、ふと思い出した。
「『週刊ハンターが往く』の最新号を買い忘れていたな……」
そうと決まれば、大魔導師はひとり隠れて狩場へ向かったシーシャの後を追う。この時間では本屋も閉店準備をしている頃合いだ。雑貨屋でも手に入る、特に急ぎでもない。