超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──狩場に一人うずくまるシーシャの身体を黒い霧が覆う。
それは自分自身から溢れ出していた。あの時から、こうした発作が度々起こるようになった。そしてその頻度も最近増えてきている。
嫌な汗がどっと吹き出す。苦痛に呻きながら、シーシャはその霧を誰にも知られないように放出していた。
「──っ、はぁ…………! はぁ、くっ……」
身体が落ち着きを取り戻してから、シーシャは夜風を浴びて熱を冷ます。背後からの足音に、その場から飛び退きながら拳を固めた。立っていたのは着流し姿の大魔導師で、相変わらずどこか緊張感のない態度をしている。
「アンタか。驚かさないでくれよ」
「それはすまんな。気になったもので」
「……一人で酔いを覚ましてただけさ」
「先程のは、猛争エネルギーか」
「…………」
「それがお前の身体を蝕んでいる、ということは……ふむ。仮定としてはあり得る話だな」
シーシャは、大魔導師が苦手だった。強敵であるということはわかる。だが、その底が見えないことが恐ろしい。
「ゴールドサァドであるお前が、猛争の力に蝕まれている。ならば、守護女神を破ったのもその力が原因だな?」
「アタシは──!」
「分かっている。こちらも手出しはするつもりはない。ただの好奇心だ。順を追って整理するとしよう」
大魔導師は腕を組みながら、狩場を漂う猛争の霧を眺めている。
「守護女神を破ったのは、他ならぬお前たちゴールドサァドだ。だが、ただの人間に奇跡の御神体である女神が超えられるはずがない。加担者がいる。それが黒幕だ。そして、そいつは猛争エネルギーの根源であり、この世界にその力を送り込んでいる」
「……それが猛争モンスター出現の原因」
「そして、それをルウィーで増やしているのもお前だな。シーシャ。理由は言わずともわかる、その力に身体が耐えきれないからだろう」
「何でもかんでもお見通しってわけか……本当に気に食わないね、アンタは。なのにどうして何もしない?」
「私が動けば、必ずアイツが動く。この状況を悪化させるのは得策ではない。それだけだ。とはいえ温泉街の経営が九割を占めている」
「……真面目に話そうとしてるこっちが馬鹿みたいじゃないか」
肩をすくめながらシーシャはその場に座り込んだ。ベレー帽を脱いで、ホコリを払いながら夜空を見上げる。
「アンタの言う通りだよ。アタシはルウィーのゴールドサァド、だけど国を運用していくような器じゃない。だからこうしてハンターとして街を守ってるんだけどさ……それで乗っ取られてたら世話ないか」
「あの連中は別にどうでもいい。話にならん──が。教会に魔人を抱え込まれるのは面倒だな」
「例の、魔法無効化という奴だろう? アンタも手を焼いていたみたいじゃないか」
「正直に言ってしまえば、相手するのがつまらんだけだ」
大魔導師は魔人をあしらっていた。温泉街の経営に専念したいがゆえに、だ。
「あの黄金の塔に入るにはお前の力が必要だ。そこにお前のクリスタルもあるのだろう。ゴールドサァドの力が疎ましいというのであれば、手を貸すが?」
「……何が目的でそんなことを」
「お前の正体を知れば、エヌラスがただではおかんからな。正直、こんなつまらんことで死なれては困る。私がな」
「徹頭徹尾、自分のためかい」
「それ以外になにかあるか?」
とんだ外道がいたものだ。シーシャは鼻で笑いながら、しかし大魔導師の提案を断る。まだその時ではない。自分はまだ大丈夫だ。
「しばらくエヌラスは私の方で裏方に回す。揉め事には極力巻き込んでくれるなよ」
「それ、鏡を見て言ったらどうなんだい?」
聞こえないふりをして、大魔導師はシーシャに背を向けて温泉街へと戻っていく。ベレー帽をかぶり直して、その後についていくことにした。
質問攻めにあっていたブランがすっかり機嫌を損ねており、部屋で機嫌を取るのが大変だった一方で、エヌラスも調合書を記憶するので徹夜している。
「おいバカ弟子。進捗はどうだ」
「ぶっ殺すぞ」
「順調なようだな、その調子でがんばれよ」
「うるせぇ!」
宿の一室で調合書を読みふけっていたエヌラスの様子を見に来た大魔導師だったが、鉛玉で返答された。しかし、一泊限りの無料宿泊。行く宛がないまま調合書を抱え込んで途方に暮れている。
「ハンターに登録すれば寮が使えるが。どうする?」
「めんでぇ……」
「そう言うな。ただし一度は狩りに出てもらうことになるが」
「行きたくねぇ……」
「行くぞ」
「離しやがれぇぇぇぇぇ……!!」
問答無用にエヌラスの襟首を掴んで大魔導師はギルドの道を歩いた。登録はあっという間に終わり、手始めに入門クエストを受注する。採取クエストだが、襲ってくるモンスターは討伐していいようだ。
「よし、行け」
「帰ってきたら覚えとれおんどりゃああああああっ!」
ハンティングホラーを召喚してニトロを吹かしながら狩場へ一直線に向かうエヌラス。爆速で遠ざかる背中を見送って、大魔導師はほくそ笑んでいた。
残念だが、採取クエストとはいえ何処に何が群生しているのか事前に調査していなければ難易度が跳ね上がる。中には、納品物が見つからず一日中フィールドを駆け回った者もいるほどだ──片手剣使いのハンターが道すがらでくしゃみをした。
エヌラスが戻ってきたのは、それから三時間後の話。あらかじめ調合書を読んでいなければルウィーの特産キノコの中でも厳選された上級品を手に入れることはできなかっただろう。もののついでに薬品の材料も集めてきた。会見を終えた大魔導師の横っ面を全力で殴り飛ばすエヌラスだったが、反撃で衣類を着用したまま露天風呂に叩き込まれた。重力波ごと。
頭のてっぺんから爪先まで余さずずぶ濡れにされて、仕方なく同じような着流しで過ごす羽目になった。ともあれ、手続きは無事完了。晴れてエヌラスもハンター寮の一室を使うことができようになり、案内人についていく。
「大魔導師、テメェ調合書半分持てよ」
「貴様の所有物だ。自分で持ち歩け」
「押しつけたの誰だよ」
「私だ。だが貴様の仕事道具だから自分で管理しろ」
「ふざけろハゲぇぇぇっ!!」
「やかましいぞバカ弟子が」
ああ言えばこう言う、犬猿の仲、或いは水と油。大魔導師と取っ組み合いをしながらエヌラスは寮の部屋に荷物を置いた。
巨大な収納ボックスとベッドに机。クローゼットに広くはないユニットバス。シャワー付き。トイレと、生活していく上で必要最低限の設備は整っている。エヌラスはまっさきにベッドに身体を投げ出した。
「寝たら死ぬと言っていたのはお前だろう」
「休ませろや!?」
心身ともにボロボロ、疲弊しきっていようがなんだろうがお構いなしに大魔導師は激務をお手軽にキラーパスしてくる。当人は涼しい顔で仕事を片付けていた。やるせない気持ちになりながらもエヌラスはなんとか調合書の熟読に専念する。
そんな話を聞いて、ブラン達が早速エヌラスの部屋へと顔を見せた。
「大魔導師から聞いたわよ。ハンターに登録したって」
「させられたんだよ……とりあえず衣食住はどうにかしないといけないからな」
「教会を取り戻せれば、部屋くらい用意してあげられるのだけれど……ごめんなさい」
「謝るな、別にブランが悪いわけじゃないんだし」
ぐったりと、まるで溶けるように机にかじりついているエヌラスはもてなす余裕すらないのか、身体をしきりに揺らすロムとラムにされるがままになっている。その様子を一歩引いたところから見守るシーシャも苦笑いしていた。
「あはは、聞いていた以上にアンタも随分疲れてるみたいだね……」
「頭半分寝てるからな……半分くらいはほとんど無意識だ」
思考と意識を肉体から切り離した状態は、無防備と言ってもいい。だから、ほとんど無意識のうちに伸ばした手がロムとラムの頭を撫でるのも反射的な行動だ。
嬉しそうにしている二人を見て、ブランも少しだけ羨ましそうにしている。子供扱いされたいわけではないが、少しくらいは甘えたい。ルウィーに戻ってからというもの、気が休まらなかった。
「ブランちゃん。今日は少しくらい羽を休めたらどうだい? アタシが二人の面倒見るから」
「……いいの?」
「もちろん。エヌラスもなんか忙しくなるみたいだからね、今のうちに」
「……ありがと、シーシャ」
「いいってことさ。ほら、ロムちゃん、ラムちゃん。アタシと少しお出かけするよ」
「えー、もっとエヌラスお兄ちゃんと一緒にいたい!」
「もうちょっとだけ……」
「なつかれてるねぇ」
「そうなーうれしいことになー、そーらなでなでー」
大魔導師は他にも山程仕事を抱えているらしく、現在は温泉街の方で管理人達と会議中だ。だがどれだけ仕事が立て込んでいても定時には片付いているらしく、驚かれている。
真面目に仕事さえしていれば犯罪国家を建て直すことくらいできるだろうに。その情熱を一割でもいいから執政に割いてくれないだろうか、とは無駄な思いだ。