超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「おい、クソザコバカナメクジ」
「もはや人のことを弟子呼ばわりしないゲロバリクソド外道がなんか用かよ……」
「調合師の爺さんが腰をやった。大至急調合の支度をしろ」
エヌラスにあてがわれた自室に明らかに湯上がりの大魔導師が訪れた。外の騒動を聞いてはいたのだろう、しかしすぐに解決するだろうと思っていたからか調合書に目を通している。ブランからは不審な目を向けられていた。
「大魔導師。エヌラスの身体のことは把握しているの?」
「当然だ。だからこそ裏方に回している。が、それと業務は話が別だ。大体ルウィーはお前の国だろう、白の女神」
「当然でしょ。でも、だからといってどうしたら……」
「ふむ。先の一件について教会に殴り込んで制圧するか、それが一番手っ取り早い。首謀者は首から上を半殺しでいいか?」
「いいわけないでしょ……?」
「ブラン、師匠に任せると全部解決できるが生き残る人間はいないと思え」
「考えるから少し待って、大魔導師」
「わかった。とりあえず爺さんに任せていた今日の調合リストだ。頼んだぞ、バカ弟子」
紙切れを置いて、大魔導師はそそくさとエヌラスの部屋から退室する。
二人が重い溜息をつく。ブランの頭に自分の頭をあずけ、深く息を吸い込む。手にした温もりについ、眠気に負けそうになる。心地よい感触に、エヌラスはこのまま眠ってしまおうかとも思ったがすぐに振り払った。
リストに書かれている素材を確認し、入手方法と場所を地図と照らし合わせる。納品期間は今日の夜まで。助けてブラック企業、上司が鬼畜オブド外道のバケモノなの。
「……ブラン、ちょっと付き合ってくれるか」
「本当に大丈夫なの……? 無理しないで」
「通常戦闘くらいなら、何とかなる」
気を緩めただけで酷く視界がぐらつく。この先、不眠不休でどこまで稼働できるか──不安と戦いながら立ち上がろうとしたエヌラスだが、予想以上に力が入らなかったのか。
椅子から立ち上がった瞬間、いやに視界が曖昧になった。左目を閉じると視力が安定し、机に置いた右手も力が入らない。そのまま前のめりに、崩れるようにして倒れた。
これまで強制的に起動させていた魔術回路が焼き切れようとしている。それが顕著に表れるのは過剰な施術を施した損傷箇所──すなわち、右腕と左眼。
痙攣する腕に、ブラックアウトする左半分の視界。呼吸が寒い。締めつけられるような激痛が全身に走る。
「エヌラス!? ちょっと、しっかりして……!」
身体を揺すると、それすら痛むのかエヌラスが顔をしかめていた。
砕けようとしているクリスタルだけでなく、銀鍵守護器官による自己再生すら拒絶反応を起こすほど焼き焦げた魔術回路。残された生身ですら、もう、死体とほとんど変わらない。
それでも──。まだ、立ち上がろうとしていた。執念で動いているような姿に、ブランは涙ぐんでいる。
生きていてはならないと宿命を背負った。存在するべきではないと。次元神の創り上げた箱庭の世界、その輪廻回生を破壊するためだけに用意された絶望の魔人。
背負わされた業が、あまりに重すぎる。それでも、それでもと這いつくばって、立ち上がって、前に進んできた。自分が手に掛けてきた人達を無駄にしないためにも。
「通常戦闘くらいなら、なんて言えないじゃない……! 誰かいない!?」
ブランが声を張り上げると、すぐに廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「どうかしましたか!?」
「ぷぎー」
何故か子豚を抱えた浴衣姿のワルキュリアが部屋を見るなり、事態を察する。子豚を置いて、エヌラスの身体に触れると、目を細めた。
「……補填した分の強度では、とてもではありませんが足りない容態ですね。今の彼の身体は壊れたコップのような状態です。身体の中から湧き出る魔力すら漏れ出してヒビを広げてる。ですが、それを空っぽにしたら一気に崩壊します」
「それじゃあ……」
「手の施しようがありません。何とかしようにも、これでは……! 少し待っていてください、大魔導師を呼んできます! 子豚ちゃんをお願いしますね!」
「ぷぎー」
ふごふごと鼻を鳴らしながらエヌラスの頭に身体を押しつけている子豚に罪はない。
ワルキュリアが部屋を出てから間もなくして、大魔導師が呆れて戻ってきた。
「だから言わんことではない」
「……る、せ……! まだ、やれる……」
「裏方も出来ん状態で寝言が遺言になっても知らんぞ」
まるで冗談ではない。だが事実、もはや死体と変わらない身体だ。それでも動いていられるのはエヌラスの桁外れの精神力があるからこそ。
満足に見えない目で、満足に動かない腕で立ち上がる弟子へ、大魔導師は手をかざした。
「──ABRAHADABRA」
凍結魔術を無造作に叩き込み、極低温の手刀を受けた身体が倒れ込んでくる。それを受け止めて大魔導師は白い息を吐き出した。ルウィーで治療は不可能だ。ならば、九龍アマルガムに連れ戻す他にない。
「エヌラス。よく聞け──お前の死に場所は此処ではない。今日でもない。だから死ぬな。俺が死なせるものか。今しばしの辛抱だ。少し、眠れ」
「────」
それは呟くような本音だった。何一つ未来を諦めた男が唯一、望みを託した魔人に対する親心のようなもの。だが、大魔導師はその心境を現す言葉を持たない。人の形をしたものを愛せない。人の姿をしたものに興味がない。世界の全てに、総てに、凡てに飽いてしまった。
事切れたように動かなくなったエヌラスを肩に担ぎ上げて、大魔導師は浴衣の袖からD-Phoneを取り出すと電話をかける。相手はすぐに着信をとった。
《こちらアルシュベイト。珍しいこともあるな。どうかしたか、大魔導師?》
「エヌラスは限界だ。こいつはもう、最後の戦いまで使い物にならん。だが現状のゲイムギョウ界を放置しておくわけにもいかない。アルシュベイト、二日以内にリーンボックスを奪還しろ。さもなくば俺が全て片を付ける。俺のやり方でな」
《相変わらず無理難題を吹っ掛けてくれる。だがやるしかあるまい。エヌラスが限界とあっては俺も黙っていられん──承知した》
「そちらは任せたぞ。プラネテューヌはクソメガネが戻ってきたら何とかなるが、アイツはまだ戻ってないのか」
《ふむ。言われてみればそれもそうだったな。別次元とのテレポーターを設置に向かってからだいぶ経つが……なにかトラブルにでも巻き込まれているのだろう》
「そちらも気にはなるが、後回しだ。俺は九龍アマルガムに戻る。ついでにルウィーも何とかしておく」
《了解、それではな》
通話を終えてから大魔導師は深く息を吸い込み、吐き出す。
不安そうに見上げているブランに、申し訳が立たないワルキュリアを一瞥してから一言だけ。
「俺に任せろ」
その口ぶりが。その口調が。いつもの無関心を徹底したようなものではなく、眼前の障害を全て物ともしない力強さに満ちていた。
一瞬、ブランはそれがエヌラスの言葉だと思った。だが、今の話を聞いて正気を疑う。
「大魔導師、あなた……ルウィーをなんとかしておくって」
「先に言っておく。私は現状打破に動く、後はお前が何とか舵を切れ」
「現状打破って、何をするつもり?」
「ゴールドサァドの件を片付ける。アズナ=ルブは先の一件について二度と立ち上がれんくらいぶちのめす。私がやるのはそこまでだ。ワルキュリア、お前は残れ」
「はい」
「温泉街の警備は貴様に一任しておく、何か問題があったその時は覚悟しろ」
「……あー、はい……わかりました」
本気だ。マジだ。殺意すら感じる。
ベッドにエヌラスを寝かせて、大魔導師は浴衣から仕事着に着替えた。いつから着込んでいたのか分からないが、白いハウンドスーツに袖を通している。
黒の外套を羽織り、薄汚れた黄衣を腕に垂らして、魔術礼装である白手袋に指を詰めた。
「しばし本気で行くぞ。シーシャはどこだ、ブラン」
「……シーシャなら、ロムとラムと一緒に出掛けているわ」
「そうか、わかった」
言うなり大魔導師は部屋を後にする。
ベッドに横たわるエヌラスの身体からは、冷気が漂っていた。呼吸も心臓も止められて仮死状態にされているのだろう。銀鍵守護器官だけは稼働している状態だからか、わずかに魔術回路が浮かび上がっていた。冷凍睡眠状態のエヌラスを見つめて、ブランは罪悪感に苛まれる。それと同時に怒りすら覚えていた。
ロムとラムを連れてハンター協会の経営している武具工房に見学に来ていたシーシャの元へ、いつになく真剣な表情の大魔導師が訪れる。その雰囲気から察するにただ事ではない。目の前にするだけで気圧されそうな程の威圧感に冷や汗をかく。
「なんだい、大魔導師」
「話がある。あの黄金の塔についてだ。ロム、ラム。少しばかりシーシャを借りるぞ」
「アタシに用があるみたいだ。二人はここで待っててくれるかい?」
「う、うん……」
「シーシャ。あのおじちゃんに気をつけてね」
「あっはっは、心配してくれてありがとう。それじゃ行ってくるよ」
武具工房を後にして、シーシャは静かに拳を握る。大魔導師からは敵意から感じなかった。
温泉街を離れ、ルウィーを出て黄金の塔を目指して歩く。二人きりになったところで、口を開いたのはシーシャの方だった。
「それで。アタシに話があるんだろう?」
「ああ。あの黄金の塔に入るにはゴールドサァドの許可がいる。そこで協力しろ」
「……随分とやぶからぼうだね。しかも有無を言わさずときた」
「俺の弟子が瀕死だ。お前と戦わせるわけにはいかん」
「…………」
「お前がルウィーのゴールドサァドであることは黙っておいてやる。シーシャ、お前がゴールドサァドとして根幹を成すクリスタルを破壊してやる。どちらにしろその力を持て余しているのなら不要なものだ、違うか?」
「……アタシは」
「降って湧いた女神同然の力だ。腐らせて国を滅ぼすくらいなら、捨ててしまえ。惜しいと手放さない、そうであれば──今、ここで。俺と戦うか?」
大魔導師は本気で言っている。しかし、シーシャにはそんな気は毛頭なかった。
限度がある。強さには、挑戦できるハードルには。目の前にいる男は、とてもではないが越えられない域にあった。
静かに首を横に振る。
「やめておくよ。アンタとはとてもじゃないが、勝負になりそうもない」
「賢明だ。俺は急いでいるし、すこぶる機嫌が悪い」
「だけど壊したくらいで何とかなるのかい。その、アタシの身体のことも」
「治るだろうな。そもそも猛争エネルギーそのものがこのゲイムギョウ界には存在しないものだ。言うなれば悪夢のようなもの。不純物だ。それを貯め込む形でお前達ゴールドサァドが汚染されている、というなら尚更だ」
「……そこまでわかってて、なんで今まで黙ってたのさ」
「風呂はいいぞ」
「もういいわかった何も言わないでくれ……」
エヌラスの容態が急変していなかったら温泉街の経営に専念していたに違いない。どこまで趣味人なんだ。シーシャは呆れながらも、黄金の塔を目指して大魔導師と共に歩く。