超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
シーシャと共に大魔導師は黄金の塔へと辿り着いた。何人たりとも侵入することを拒んでいた黄金の門は閉ざされたままだったが、門に手をかざしたシーシャに応えるように重い音を立てながらゆっくりと扉が開かれる。
「……アタシはどうしたらいい?」
「街に戻れ、アズナ=ルブが再び何かを仕掛けてこないとは限らないからな。私はこちらを片付ける、それまでルウィーはお前に任せた。最後に確認するぞ、シーシャ」
「なんだい?」
「本当にクリスタルを破壊していいのだな?」
「……かまわないよ。アタシが手にした力は、本来ブランちゃんが持っていなきゃいけない女神の信仰なんだから。結局、打ち明けることなんかできなかった臆病者だけどさ」
「それでいい。お前はお前なりに下手な混乱を招かないように立ち回っていたのだからな。私はそれを咎めるつもりもなければ糾弾するつもりもない」
「ありがとう、大魔導師。アンタにも少しは人の心ってのがあったんだね」
「そう思うのはお前の勝手だ」
大魔導師は振り向くことなく、黄金の塔へと踏み入った。その背中を一瞥して、シーシャも背を向ける。互いに掛ける言葉はこれ以上不要だ。
内部は広大な宇宙が広がっており、何処にまで繋がっているのか定かではない。だが、大魔導師が見ているのは塔内部を徘徊しているモンスター達だった。
ゲイムギョウ界の女神システムを守護するために用意された警備員、といったところだろう。侵入者である大魔導師を排除しようと襲いかかってくるが、鋭い牙も爪も届かなかった。その前に氷漬けにされて完全に身動きを停止させられている。白い礼装を身に纏った大魔導師は白い吐息をもらしながら、涼しい顔で歩を進めていた。
転送装置に触れて先へ進む。異なる階層へ移動してから、シェアエネルギーを感じる方角にモンスター達を蹴散らしながら歩んでいた。
ふと、足を止める。不意に、足を止めたのには理由があった。この景色は、いつか、どこか遠い記憶の中で見たことがある。それはいつだっただろう。随分と遠い──遠い遠い記憶のように思えてならなかった。
もう見ることはないと思っていた、もう二度とこの景色を見ることだけはあり得ないと。
(……嗚呼。これは……そうか、懐かしい、という記憶か)
思い出した。思い出してしまったからには、仕方がない。大魔導師は顔を手で覆い、目蓋を閉じた。そうすれば、記憶の蓋も閉じることができると。しかし無駄なことだった。
初めて、次元神の膝下に辿り着いたあの時も、キンジ塔を越えた先に広がっていたのはこんな空間だった。果てしなく広がる、それこそ無限に広がる宇宙空間。あれはきっと、多次元宇宙を垣間見た風景だったのだろう。
その時に、全てが色褪せてしまった。何もかもが、自分の知る世界の全てが。箱庭の世界。次元神の掌の上。神の娯楽のためだけに用意された演劇舞台装置。変わらぬ結末を繰り返すだけの夢も希望も未来も明日も、何もない輪廻の地獄。ただ、絶望した。ただひたすらに諦観に押し潰されてしまった。
ただ絶望だけが救いだった。立ち止まる他になかった。地獄の果ての果て、最果ての極致。魔道を修めんとしようとしたのは何故だったか。
いつか必ず。いつか、必ず──神を越えてみせると。あの玉座の頂を己の魔道で越えるためだけにあらゆる可能性を試した。その結果として辿り着いた境地は……。
(…………私は、あの時から何一つ進んでいなかったな)
もとより外道と蔑まれる死霊秘法だ。己の目に視える全てが救えるのだと。そう信じていた。
生者も死者も聖人も悪人もこの世に生まれた全てに救済措置があるのだと。そう信じていた。
だが、そんなものは存在しなかったのだ。生きとし生けるものは、ただ死ぬのだと。
それを否定したかった。あの世界に生まれた命に意味があるのだと証明したかった。だが、あらゆる手を尽くしてもなお、最善の結果は最悪の結末から逃れることはできないまま死んでいった。そしていつか、気がついたのだ。
自分では変えられない運命があるのだと。だからそれを全て託したのだ。最弱の絶望に。人ですら無い魔人に。
自らの屍を踏み越えて、まだなおも前に進ませるために。もとよりそうだ。人骨踏みしめ屍越えてこそ成す大道、覇道に犠牲は付き物。地獄の果てに光あれと。
大魔導師は顔を覆っていた手を払い、前を向く。今、自分が歩んでいるのは救いのない地獄の旅路の続きだ。何処で野垂れ死のうが構わない。どうせ変わらない結末だ。
──そのはずだ。
そのはず、だった。
命を惜しむ理由など何処にもなかった。
自分など、結局は救われることもなく終わる命だと。
……だが。本気で怒る相手の顔を思い浮かべてしまう。鼻で笑ってしまった。
自分の目的の為に利用するはずだった魔人に、いつからか自分が利用されている滑稽さに笑ってしまう。それを悪くないと思っている自分がいた。
あの馬鹿に。どこまでも救いようがないバカ弟子に。少しでも報いることができるかと、いまさらながらに考えてしまう。
死を惜しむなど。逃れ得ぬ運命が間近に迫っていることを今更悔やんでいた。
「…………」
黄金に輝く結晶体を前にして、大魔導師は立ち止まる。
ゴールドクリスタルはルウィーの信仰を一身に受け止めていた。それが女神のシェアクリスタルから横取りする形で。しかし、どこか歪な輝きを放っているのは本来あるべきではない姿だからだろう。受け皿となるシーシャの身体にも負担がかかっていることからそれは明白だ。
大魔導師がすかさず破壊しようとするが、それを阻むように空間が歪んだ。黒い渦。霧のように姿を表したのは、黒尽くめの少女だった。
「……やれやれ。困るなぁ、あまり勝手な事をされるのは。キミ達は部外者だ、あまり首を突っ込まれると困るんだよ。オレの復讐のために」
「お前の都合は聞いていない」
「ならオレも、そちらの都合は知ったことじゃないさ」
指を鳴らす。軽快な音が響いたかと思えば、大魔導師の背後の空間に穴が開いた。
「特にキミは邪魔者みたいだからね、ここらで退場してくれなきゃ困るんだ」
「……」
目を細めて、大魔導師は少女の姿を観察する。そして、同じように指を鳴らすと──背後に現れた黒い渦が消え去った。それに目を丸くする少女だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「なるほど、聞いていた通りだ」
「お前は絶望の邪神と行動を共にしているな?」
「────」
「俺の鼻は誤魔化せんよ。アレを随分、長く手元に置いているようだが、侵食されていないか? 精神汚染あるいは肉体的に。まぁどちらでもいいことだ。そして、ゲイムギョウ界をこの有様にしたのもお前か。なるほど……? 確かにこれは苦労するな」
なにがおかしいのか、鼻で笑う。
「守護女神が敵とあれば、エヌラスの手に負えん話だ。ところでお前、どこを治めている女神だ」
少女の余裕のある笑みが消えた。表情が消え失せて大魔導師を睨みつけている。
「よっぽど死にたいらしいね」
「死に急ぐバカのせいでな」
少女からの殺気をどこ吹く風と受け流しながら、大魔導師は無造作に弓を構えて矢を放った。それはゴールドクリスタルを破壊して消える。もとから目的はそちらだ。部外者や妨害など最初から視野に入れていなかった。
「俺の用事は済んだ、帰る」
「……オレを殺さないのかい? 元凶と知っていながら」
「知らん。どうでもいい。興味もない。女神は俺の取り分ではない」
その物言いに相手も面白くない顔をしている。しかし、何か思いついたのか手を掲げると指を鳴らした。それに、大魔導師が足を止める。
「今、何をした?」
「さて、なんだろうね? キミがオレに興味ないように、オレもキミに興味ないんだ。だから、どうでもいいことをしただけさ。それじゃあ、せいぜい頑張りなよ──退屈なんだろう?」
黒尽くめの少女がその場から姿を消してから、黄金の塔を出ようと歩き出した。内部に異変は見受けられなかったが、外に出てから眉を寄せる。
遥か遠方──ルウィーの秘境の空間が大きく歪んでいた。ちょうどアヒルちゃんとアヒルさんで応急処置を施した方角だ。山が黒く染まっていき、蠢きだしている。それは、モンスターの群れだった。超次元ではない異なる次元から大挙して押し寄せているモンスターの数は、無数に等しい。
大魔導師は舌打ちした。
「正面から勝てぬからと、よりにもよって持久戦か……ふむ、あれだけの数となれば……」
ハンター協会を総動員して、ルウィーの軍を動かして、ブラン達を向かわせて──街道に誘導して補給経路や回復薬や強壮剤の配備を、しまった調合屋の爺さんは腰をやっちまったんだった。少々計算修正。──保っても、せいぜいが三日足らずだろう。
「さて……仕方ない。こればかりはな」
魔力は温存しておきたかったが、緊急事態だ。急ぎ、温泉街へと戻ることにした。
「知っての通り、モンスターがめっちゃ来てる。よって防衛戦だ。防衛ラインの生成と補給経路や避難指示はこれだ。帰り道がてら準備してきた。オトモにゃんこ達も総動員して現在資材の調達と配備に動いている。ハンターは四人一組でパーティを組んで行動しろ。負傷者は温泉街まで戻ってこい。キャンプ地点を中継基地として簡易的ではあるが支給品を配備する。グズグズするな、今動けすぐ動けぶち殺すぞ。ボサッとするな、支度しろ。私の手でモンスターの群れのど真ん中に放り込まれたいやつは挙手しろ」
温泉街に戻ってくるなり、ネコルー達を総動員させて以上の手順を全て一人で片付けただけでなく各所へ通達済みだ。呆気に取られるハンター達だったが、足元に撃ち込まれた超重力弾によって我に返って急ぎ宿舎へ走って装備を整える。
「作戦指揮は西沢ミナに委任する。諸々の権力も含めてな。前線指揮はゴールデンコンビに任せたぞ。どうせお前ら以外など大差ないハンターだ」
「あなたはどうするの?」
「モンスターが突如として押し寄せてきたのは秘境にあった空間の歪みが拡大したからだ。それを修正しないことにはいくらでも雪崩込んでくるぞ。それを叩くために私は準備がある。ルウィーの軍を導入させるために私はこれから教会に殴り込む、ついでにバカ弟子も連れて帰る。しばし空けるぞ。明日には戻ってくる予定だからそれまで頑張れ。ワルキュリア、お前もハンター達を手伝ってやれ」
「はい。わかりました。あれ、でも四人一組って……」
「お前はハンターではないので単独行動だ」
「ひぃん……」
「では各自行動開始だ。死ぬのは勝手だが死体処理はとても面倒だし遺族の手続きもめっちゃ面倒だから、もし死んだ場合は遺体が残らないものと思え。行方不明にした方が楽だしな」
そんな理由で死体を処理されてたまるものか。ハンター達は恐怖心で自らを鼓舞した。何が恐ろしいかと言えば、本当にやりかねないことと、手慣れているということだ。
「いくぞーみんなー!!! 絶対に温泉街には笑って帰ろうな! エイ、エイ、オーッ!!」
「おいばかさりげなく死亡フラグ立てるんじゃないよお前! えいえいおー!」
──ルウィー防衛戦、開始。