超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ハンター達の宿舎の一室、仮死状態のエヌラスを見下ろして大魔導師は担ぎ上げる。驚くほど冷たい身体は、心肺機能の過半数を停止していた。銀鍵守護器官による自己再生能力すら自らの身体に牙を剥いている。
見る影すらなかった。ただ、眠っている無防備な魔人がそこにいる。
今まで数え切れないほど戦い続けてきて、今まで数え切れないほど傷ついてきて、その結果がこれだ。何も、誰も、救えないまま終わろうとしている。それは、なぜか──とてもいたたまれない気持ちになった。
他人の気持ちなど、理解したことない。人の心など、理解に苦しむ。おおよそ、人間の感情と呼べるものに対するものを大魔導師は失っていた。
いつ、失ったのかすら朧気なほど。人としての在り方を忘れてしまっていた。思い出すことすら億劫なほどに。
冷たい頬に触れる。浅い呼吸。
虫の息だ。これ以上は、もう、限界だ──だが、そう思う都度にこの男は愚直なまでに立ち上がり、逆境を前に立ち向かってきた。そのたびに、己の限界を超えてきた。度が過ぎるほど、越えてきてしまった。
いつしか、それが当たり前になって。無限にも等しく、壊れてきて。それになにひとつ気づけなかった。
壊れた神の玩具では、壊れたものしか育てられなかったのだと遅すぎる後悔に大魔導師は苛まれる。それでも、この男には手にしたものが、なにかあったはずだ。
外の喧騒をよそに、エヌラスを肩に担いで大魔導師はルウィー教会を目指して一目散に雪の降り積もった道を歩き出す。
ただ、寒いと思った。冷たいと、身も心も凍りついたはずなのに。火傷を負ったかと思った。凍傷で肺が凍りついたのかとも考える。
「……」
どうして。
これほどまでに、心が痛いのだろう。
もう何にも揺るがないと思っていたはずなのに。
気づけば、この男の人生に。在り方に。世界の全てすら狂わされていた。
何も無いのだと、思った。己の魔道の探求に。この覇道の果てに、何も得られなかったのだとしても──そこにただ一つ、この何処までも救いようがない馬鹿な一番弟子の幸福があれば。
手にするはずだった、当たり前の日常があったのなら。
それを眺めることができたのなら──どれほど幸せだったのだろう。
あの蠱毒な地獄の最中にあって、心が安らいだのはあのひとときだけだった。
不出来な弟子がいて、死物狂いで追い縋ってきて。その妹がいて。なにがいいのかわからないがこんなやつの恋人ができて。人形を拾ってきて。いつしか、賑やかな教会で過ごすのが当たり前だった。
何かが自分に欠落していたのだとしたら、それは全てだろう。総て、そう、すべて奪われてしまった。
あの黄金の玉座に座す次元神に。
「…………──」
果たして、口にすべきかと。大魔導師は考える。
こんな、当たり前の言葉を口に出すべきか……ただ、純粋に「死ぬな」という思いだった。
死ぬはずがない。死なせるものかと。たとえ、死んだとしても死なせるものか。
お前が見るべきだった幸福の果てはまだ先の話なのだから。
歯を食い縛る。歯を、食い縛る──何故、俺はこんなにも不器用なのだろうか。
──本当に救うべきは、己ではなく。
生まれたときより何も手に出来なかった絶望の魔人であったはずなのに。
「────」
ただ、口にするのは絶対零度の殺意。
例え御身が神であろうとも──我が宿命は繰り返させない。
ルウィー教会に敷かれた防衛線の全てを眼前より粉砕する破壊の化身がいた。
吹雪と氷刃を纏い、暴嵐を引き連れた怪物が歩く。ただ、
触れることすら叶わない。無詠唱魔術砲撃も大魔導師に辿り着く前に凍りついていた。空間すら凍てつかせて粉砕して歩む怪物──黄金の獣が、ただ魔法大国の偽りの支配者に向けて前進する。
「……馬鹿な」
誰かが、ポツリと呟いた。
魔術媒介も、詠唱もなしに一国の軍隊を相手に大魔導師は歩む。仮死状態の弟子を肩に担いだまま、変神することなく。それですら、全力からは程遠い。
「俺の。覇道の、邪魔をするな──」
短い言葉に込められた殺意は、瞬く間に恐怖となって兵たちの心を凍りつかせた。それでも忠誠を誓った者はなけなしの勇気を込めて立ち向かおうとする。しかし、大魔導師は無造作に頭を掴むと一瞬にして氷像と化した名も知らぬ兵士を捨てるように粉砕した。
人ではなく、もはや歩く超常災害。ただ野に解き放たれた猛獣と同じく、何者にも制御不能と化した災厄がいた。
最早、自分の名前すら忘れた
大魔導師は、正面からルウィー教会を訪問した。もはやそれは突入や突撃に等しい正面突破なのだが、その定義は意味をなさない。既にその時点でアズナ=ルブを含めたテロリスト達は戦意喪失状態に陥っていた。
吐息の一つで廊下が凍りつく。歩むたびに、絨毯に霜が降りては成人男性の身の丈を超す氷柱が床から生えていた。屋内でありながら氷嵐が吹き荒れる異常気象にあってなお、大魔導師とエヌラスの周囲は凍てつかぬまま。
教会のメイド達も腰を抜かしていたが、一人だけ硬直していた者がいた。ブランの侍従であるフィナンシェだけは二人の姿を見て小さく声を漏らしている。
「ぁ……」
今にも消え入りそうなほどの命の灯火を担いだ大魔導師は、一瞬だけ立ち止まった。
「温泉街へ向かい、白の女神ならびにハンターのサポートを頼む」
「──」
それは有無を言わせない、端的な命令だった。再び、何事もなかったように歩き出す。
向かった先は、アダルトゲイムギョウ界へと続くテレポーターが安置された一室。本来であれば教祖の許可がなければ起動しないはずの次元転送装置を、大魔導師は強制的に稼働させた。それにも己の死霊秘術を用いた禁忌の外法を多量に必要とするが、瑣末事だ。
……、その一部始終を隠れ潜み、眺めていたロボットがいる。大魔導師は気づいていなかった。ただ単純にオブジェクトかなにかだと無視して、転送装置の奥に姿を消している。
忍者風のシルエット。ステマックスが身体を震わせながら口元(口?)に手を当てていた。人間であれば失禁していたところだ。
《あ、あわわわわ……せ、拙者とんでもないものを見てしまったでござる……!》
たまたま命令でルウィーの教会に保管されているというキーアイテムの回収に来たというのに、とんでもない現場に居合わせてしまった不幸に身体を震わせている。
そして、ちゃっかりその手にはルウィーでご法度となった書物が握られていた。
《将軍から命令されていたアイテムは見つからなかったでござるが、それはそれとしてこのお宝は拙者の懐に……おっと、目的を忘れるところだったでござる……》
ステマックスは懐に書物をしまいこみながら、隠密行動に徹する。
今回の目的は、あくまでも命令されたアイテムを教会から回収してくることだ。寄り道をしている場合ではない。大惨事となっているルウィー教会の騒ぎに乗じて、内部を散策する。
執務室。図書室。ちょっと目も当てられない白の守護女神直筆と思われる小説とか見つけたりしたが、特に興味なかったので見なかったことにした。保管室などなど。
以前、教会から物品が盗み出されたことがあったが、改善点として魔術による防護壁が扉に張り巡らされていたので断念する。
ぐぬぬ、と悔しがったのも束の間。それならば窓から侵入してしまおうと考えた。その程度はお安い御用だった。
目的の一室に潜入したステマックスが冷たい空気に長らく人の手が入っていないことを確認。そのまま目的の品物を探す。
《むむっ、これは……ルウィーでご法度となりすぐ禁書扱いされた伝説の薄い本でござるな……こっちはあまりに造形が似すぎて販売停止処分となった守護女神のスケールフィギュア……よりどりみどりでござるが……いかんいかん、煩悩退散、煩悩退散。ドーベルマンセールスマン……》
ステマックスは目移りしながらも部屋に半ば捨てられるように保管されているお宝を鑑定していた。目的のアイテムはなかなか見つからず、首をかしげる。はて、ここにあるはず。
野ざらし、というわけではないだろう。何か箱に入れて保管していると考え、ステマックスは箱状の物を片端から開けて確認していく──のだが。
《むむむっ、こ、これは……! 発禁フィギュア……! こ。これほどの物が保管されているとは将軍も知らぬはず……!》
マニアでも一部のものしか知らぬようなものまで埃かぶった箱の中に保管されていることにステマックスは感銘を受けていた。教会でも処分に困っているのだろう。保管状態は完璧と言っても良いほどの逸品に思わず唸ってしまったが、目的は別だ。
気を取り直して探すこと十数分──ステマックスは、目的の品であるケーブルを見つけた。
何に使うのかもわからない、三色線のケーブルを手にしてルウィー教会の倉庫を後にする。
《よしっ。これであとは……プラネテューヌに戻り、マジェコンヌ殿の報告待ちでござるな……いややはりここはなにか手土産の一つ……いやいや将軍への報告が先決……しかし、う~む……!》
腕を組んで悩むこと数分──、ステマックスは欲張らずにそのままプラネテューヌへと向かって先を急いだ。
教会から見下ろした町並みは迫りくるモンスターの大軍に備えて防御拠点の設営に大忙し。猫の手も借りたいとはこのことか、オトモネコルー達も総動員されている。だが、それを横目にステマックスは白く冷たい雪原の上を駆け抜けていた。
まずは、ひとつ……将軍の計画のために必要なアイテムを入手できたことを喜ぶ。先程のちょっと記憶メモリから削除したい一心の出来事からは全力で目を背けて。
──ルウィー教会より、強制転送させた先は商業国家ユノスダス教会の次元転送ルーム。もちろん、国王にはほぼ無断利用。以前もどぎついお叱りを受けたが気のせいだ。
今回もまた、無断利用による警報が鳴り響きまっすぐユウコが駆けつけてきた。
喫茶店の立ち並ぶパルフェ通りで売上金の回収その他世間話諸々をしていたのだが、携帯の通知にすっ飛んできて仮死状態のエヌラスを見て度肝を抜かれている。
「おいこらぁ大魔導師おまえまぁた人ん家の施設を無断利用して──ほげぎゃぁあ!? 何事なの!?」
「おおよそ乙女とは思えない声が出ていたぞ」
「や、ややややかましゃああっ!!? エヌラス、ちょっと大丈夫!? 病院はよ、直行!」
「この国で治療は不可能だ」
「うぐっ、いや、そりゃあ、そうだけどもさ!」
「コイツは、もうダメだ」
まるで。
大魔導師の口から出てきた言葉は、長年愛用してきた道具との別れを惜しむような。
血の通わない言い方に、ユウコの頭に一気に血が上った。気づけば、平手打ちとなって大魔導師の頬を叩く。人間であれば、首が飛んでいるような豪快な威力に、しかし身動き一つせずに頬で受け止めていた。
「ッ──、治せよッ!!! お前の弟子だろうが! お前が責任とって、お前が死んでも治せよ!! なにが、なにがもうダメだ、って! ずっとそうだったよコイツは! なのに、お前がずっと何もしなかったから、何もできなかったくせに何を、今更!」
「…………」
胸の奥からこみ上げてくる激情が、そのまま口から叩きつけられるような叫びとなって大魔導師を殴りつける。しかし、それを意に介した風もなく、いつものように涼しい顔をしていた。
「っ~~~~!!!! 治るん、でしょ。いつもみたいに、無茶が過ぎて、身体が追いつかなくて! それでも横になって黙って養生してれば……エヌラスの身体は、そんな風にできてるって」
「…………」
「なんとか言えよ! だって、死んだりしないって──こいつ、いつもみたいな無茶でさ。またちょっと無理したから、休ませてやろう……って。そうじゃないの? こんな風に、無防備に寝ちゃって、さ……」
呼吸すら止まっているエヌラスの頬は死体にも似た冷たさで、ユウコの表情も同様に凍りついている。手首と首の脈を測り、額に触れて今度こそ泣きそうな顔をしていた。だが、涙だけは何があっても堪えている。
「無理にも、限度があるって。むちゃしすぎだって、いつも、言って……! 大魔導師、また以前みたいにエヌラス、馬鹿言いながらうちに来てメシたかりにくるんでしょ!?
そうだと、言えよぉっ──!!! なんで!? なんで、どうしてお前は自分の弟子が今にも死にそうな状況で。眉一つ動かさずに、いつものように涼しい顔をして!! そんな、顔をしていられるんだよ!!!」
「…………」
どうして、か。ユウコが、ありったけの怒りと侮蔑を込めて叫ぶ。これほど自分の感情を面に出すことができることを、羨ましいと思った。純粋に、大魔導師は羨望する。とうの昔に、自分の心は凍りついて、溶けないままだ。揺れ動くこともなかったはずで。そして自分に向けられる怒りを受け止めても凪のように静かな穂波を揺らしていた。
「……さて、何故か、と聞いたな。ユウコ」
「…………」
「何故だろうな。俺は、コイツがもうダメだと知ったその時から、少しばかり気が荒い。俺は人の心が分からない、それは他人のものだけではなく、自分のものも含めてだ。だからお前が少しばかり羨ましい。俺はそこまで感情表現ができるわけではないからな」
目尻に溜めた涙をこぼさぬように、つり上げた目で睨みつけているユウコを真正面から見返しながら、大魔導師はこんな状況下にあって、自分に向けられた感情が理解できていない。だが、どうしてかエヌラスに向けられるものは、多少ではあるがなんとなく把握できる。
様々な感情が入り混じった、赤い瞳。怒りと、憎悪と、心底悲しそうな、不安にも満ちた表情。商業国家国王としての地位に守られた少女の姿はそこにはなく、ただ外見の年齢相応な少女が立っている。
その横をすり抜けるように大魔導師は歩き出した。
「見舞いに来るなら来い。目が覚めた時に見知った顔があるのは心安らぐものなんだろう。特にコイツはな」
「おめーの顔なんか、今後二度と見たくない! 仕事に戻る!」
乱暴に言い放つとユウコはそのまま振り返ること無く教会の中へ戻り、執務室めがけて走り出している。最後まで、涙を見せることはなかった。
大魔導師は、頬の痛みに触れる。折れるかと思った。しかし──それも、すぐに凍りつくような冷たさを取り戻す。
心底自分は、生きながらにして死んでいるも同然なのだなと他人事のように思いながら犯罪国家九龍アマルガムへ向けて歩き出していた。
そんなぼんやりとした大魔導師に向けて、怪訝な表情を浮かべながら声をかける不倶戴天の宿敵がいた──剣姫である。不機嫌そうに腕を組み、眉をつり上げていた。
「おい、クソ魔導師。アルシュベイトの馬鹿を知らんか。あの男、ここしばらくおれに無断でどこに行ったのかも知らず連絡がつかん。話せ」
「ゲイムギョウ界、リーンボックスにいる。以上だ」
「────………………ほう。ほほう? ほーう、ほうほうほう…………? なるほど、なるほどな? わかった、感謝してやる。立ち去れ。消え失せろ」
「こちらの台詞だ、声を掛けるなクソ姫」
「愛弟子が死にかけて、いつになく機嫌が悪いな。奇遇なことにおれもあの バ カ が人知れずいなくなって腹立たしい! エヌラスの葬儀には呼べよ。貴様にそんな習慣があるとは到底思わんがな──」
横殴りの氷柱。空間を凍てつかせる極々低温の刃をあろうことか剣姫は拳で粉砕してみせる。だが、それ以降は互いに言葉も交わさずに去っていった。
所詮、自分達の平穏などと言うのは薄氷の皮一枚を挟んだ脆いものだ。エヌラスがいなければ、こんな程度のものでしかない。