超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──九龍アマルガム教会。廃病棟の一室。
集中治療室で、エヌラスは全身に包帯を巻いた状態で意識不明のまま眠り続ける。その様子を一目見ただけで大魔導師はすぐに自分の職務に打ち込んだ。入れ替わる形でメイドを一人、そばに待機させている。
呼吸も浅く、崩れかけている身体をなんとか繋ぎ止めている容態だ。銀鍵守護器官は確かに無限の魔力貯蔵庫だ。だが、いつかは枯渇する。そこに絶えず魔力を供給させる必要がある。
心臓付近に繋がれたケーブル、生命線とも言える銀鍵守護器官による自己再生機能を稼働させるための魔力供給ケーブルは教会の中にある
エヌラスが死に瀕しているのは、あれが“人間”としてだ。もしも、死を迎えれば、女神の宿敵である魔人としてのシステムとして再起動する。そこに自我も意思も存在しない。だが、そのための機能を維持する為のクリスタルそのものが壊れかけている。このまま加速度的に壊れていけば、一日と保たないだろう。
魂魄転写。魂を電気信号で分解し、他の義体に転送する禁忌の技術。
エヌラスと瓜二つの義体を用意して、そこに魂を移し替えれば……そこまで考えて、かぶりを振る。そこまでしたところで、この男は破滅する運命に変わらない。どんな処置を施そうが、それはただのギリギリの延命治療でしかないのだ。
なら、こちらからできることはただひとつ。最善を尽くすことだけだ。
大魔導師は廃病棟の中を歩き、武器庫の鍵を開ける。
死蔵されていた呪法兵装の数々は、全てが全て暇つぶしの産物だ。どれもこれもが、神殺し足り得ないものばかり。それではダメだ。これでは足りない。運命を越えるには、次元神の手から逃れられる代物は何一つとして作り上げることが出来なかった。
あの退屈な神の掌の上で作り上げたものでは、超えられない。創造物が創造者を越えるには、新たに生み出すしかないのだから。
今は、ただ目の前の惨劇を轢殺する。
大魔導師が手を伸ばしたのは、壁に打ちつけられるように拘束された棺桶。自身の背丈を越えるほどの巨大なものだった。
拘束を解除して、鎖を引きちぎって持ち出す。
かつて。
地獄を繰り返したエヌラスも同様に、数々の呪法兵装を製造していた。その中に「対国家呪法兵装」と呼ばれるものすらあった。個人が持ち得るあまりに強大過ぎる制御不能な暴力と火力。変神能力を用いずとも神格者を屠る一点にのみおいて最大効率を極めた非道兵器。
これは、その産物のうちの一つだ。大魔導師が手ずから製造して、使わずに保管していた、生きた呪法兵装。
棺桶を手にして、自らも呪術装飾品を身に着けて臨戦体勢の大魔導師が街へ出ようとしていたが教会の正面玄関を掃除していたマリーと目があった。
何も知らず、何も覚えていないまま、毎日を過ごしている少女を見て。何故か酷く哀れな気持ちになった。それが本当に幸福であるのかどうかは解らない。これまでの記憶を思い出すことが果たして──。
「大魔導師。お出かけ?」
「ああ」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
笑顔を向けてくる少女に対し、大魔導師はなんと答えるべきか迷った。だが、無言を貫いて背を向ける。
語る言葉など、いいや、なにもない。あるはずが、ないのだ。
その最初の手にするべき幸福も何もかもを、この手で奪った男から掛ける言葉など何も。
神父服姿の大魔導師がユノスダスに現れたという話を聞いて、ユウコは無言で睨みつけていた。即刻退去しろと言いたいところだったが、同様に無言を貫く相手に何も言えずにいる。
教会前で睨みあう二人の間に走る緊張感に、ムルフェストがあくびをこぼしながら身体を伸ばしていた。相変わらずラフな格好で自由気ままに過ごしている。
「ふみゃ~、あ……! あれ、どしたの大魔導師。そんなの持ち出したりなんかして?」
「ゲイムギョウ界に戻る。眼前の脅威ことごとくを正面から轢殺するだけだ」
「そういうところはほーんと、師弟そっくりだねー。ま、気をつけていってらっしゃい。こっちはむーちゃんに任せて」
物珍しい言い方に、大魔導師もユウコも眉をひそめた。
「お前に? 野良猫に世界の命運任せた方がまだまともだ」
「え、大丈夫? 頭ぶつけた? 寝ぼけてる? 寝すぎて脳細胞死滅したとか?」
「えぇ……なんでそこまで言われなきゃいけないの……。こっちもそろそろ演算が終わりそうだから、一段落つきそうなんだよにゃー」
ずっと月面国家の方で、一人で何かしていたようだが、それが何なのか把握している者は今のところ誰も居ない。月の裏側で何をしているのかは、大魔導師ですら理解が及ばなかった。
「演算処理だと? お前が?」
「といっても外注だけど。もうちょっとでヌルズに対抗できそうなとこまできたんだよね」
「……ふむ。確かに月の“ホーリー・グレイル”なら不可能ではないか……だがお前、その制御権限は放棄したのではないか?」
「放棄したけど、結局だーれも取り返せなかったからもっかい使うことにしたの。面白そうだし? このまま負けたりなんかしたら、にゃーんか癪じゃん?」
「って、ことらしいからさっさとエヌラスの代わりに行ってこい大魔導師おめーこのやろう。終わるまで帰ってくんじゃねーぞ」
シッシッ、とまるで野良犬でも追い払う仕草でユウコが大魔導師を追いやる。
何も言わずに次元転送装置に向かって立ち去る後ろ姿を見送り、ムルフェストは頬に指を当てていた。
「あんなのまで持ち出してまー、だいぶ本気っぽいねー」
「なんか棺桶持ってたけど、あれイズなに?」
「んー? 昔とった杵柄っていうか、退屈の産物というか……対国家兵装? あれ一個あれば九龍アマルガム制圧できるくらいの呪術の宝庫」
「そんなん外部に持ち出すとか頭狂気かよぅ……いや最初からとち狂ってるけどさ」
エヌラスですら手掛けることがなかった、「対犯罪国家攻略呪法兵装」を外界に持ち出すとは。とても正気の沙汰とは思えない。希望の存在しないパンドラボックスのようなものだ。ただ災厄を振りまくだけの最悪の兵器だ。
「で。ムルフェスト。なにしにきたの?」
「おサボりマン!」
「帰れぇぇぇぇ!!!」
ユウコの怒鳴り声が響く教会に、更に来客が訪れる。
一人と、一機。
ルウィーへと戻った大魔導師は、警備の手薄な教会に首を傾げていた。だが、その理由がすぐに判明する。
教会を不法占拠していた反抗勢力であるアズナ=ルブ達がいないからだ。現在は教祖ミナの指導のもとでルウィーは動いている。守護女神の記憶が人々になくても、この調子ならばそう遠からず元通りになるだろう。
「あ、大魔導師! お戻りになったのですね」
「状況は」
「最前線拠点で、まだモンスターの群れは食い止めています。ですが時間の問題かと。そのおかげで後方拠点の方は迎撃施設が充実しています」
報告を聞き流しながら、大魔導師はモンスターの群れがいまだに雪崩込んでいる最前線拠点に視線を向けていた。その遥か後方の霊峰、異次元のモンスターが雪崩込んでくる元凶のゲートを睨みつけて、一瞬だが眉を動かす。
なにか、他とは一線を画する翼竜が二頭。あざ笑うように空を飛び交いながら翻弄している。
「ハンター達の損害も多少出ていますが……あの、聞いてます?」
「前線から下がらせる。後は、私に任せろ」
金と銀の翼竜を追い立てる形で、様々な古龍達がモンスターの群れの中に飛び込んでいた。異常気象が乱舞する生存競争から抜け出す形で二頭は前線拠点に向けて羽ばたいている。
大魔導師はそれを眺めながら、ブラン達のもとへ向かって歩き出していた。その隣に並びながらミナはメガネを直す。
「アズナ=ルブは私の方で拘束します。彼の隠れ家もこちらで調査済みですので」
「そちらは任せた。女神政権の舵取りは教祖であるおまえに一任する」
「では、モンスターの迎撃は貴方に任せてよろしいのですね?」
「ああ」
無造作に黄金の弓矢を構え、放つ。大魔導師の手から放たれた矢が無数に分かれ、真っ直ぐに最前線拠点を埋め尽くさんとしていたモンスターの群れを撃ち貫いていた。突然の狙撃に勢いが削がれ、その間にワルキュリアがネコルー達を含めてハンターと共に撤退する。
直後、最前線拠点が大爆発を起こして道を塞ぐと同時に大量のモンスターを巻き込んだ。
「任せろ。こちらから蹂躙してやる」
「いえ、普通に迎撃してくれるだけで……って、聞いていませんね」
ミナの不安そうな声を背中に受けながら、大魔導師が防衛拠点に向かって歩く。
ハンター達は装備を修繕したり、支給品をわけたりと大忙し。ブラン達も同様に今度はこちらへ雪崩込んでくるであろうモンスター達に向けて支度をしていた。
当初より人数が減ったハンター達をかき分けて黒鉄と蒼鬼が姿を見せる。今度はきちんと対策を練った装備に整えていた。片手剣使いも一緒に、サポート用の道具一式をしきりに確認している。
「えーとえーと、回復薬に粉塵に調合道具に……」
「よーし俺、復活! いくぞお前らぁぁぁぁ!!」
黒鉄の発破に答えるようにハンターたちが一斉に吼える。士気向上だけでなく、自ら率先して指揮を執って動き出すおかげで動きやすかった。
「わぁぁ、待ってくださいよぉ! 私まだ道具の確認の途中で」
「ハンターの基本は現地調合、そこら辺に生えてるキノコとか調合すれば間に合う!」
「昔、そのせいで毒キノコを現地で食べて腹を下した恥ずかしいボウガン使いがいてだな」
「はっはっは、叩き潰すぞ!」
「やってみろ、細切れにしてやる」
「喧嘩しないでください! 回復してあげませんよ!」
「「はい」」
「お二人がそんなんだから私が支援役に徹しないと大変なことになるんですから、ちゃんと真面目に働いてください! はい、復唱! 喧嘩しません! 仲良くします! 足を引っ張り合わない! 巻き込まない!」
すっかり、二人に向かって意見するようになった片手剣使いにシーシャが笑う。
「あっはっは、二人ともすっかり尻に敷かれてるね。それならアタシ達が心配するまでもなさそうだ」
「うむ……いや、これはこれで頼りになるからいいが」
「蒼鬼さん、なにか言いたいことがありますか!」
「……なにも」
顔を逸らしながら呟く蒼鬼に、ざまーみろとでも言いたげな黒鉄を片手剣使いが頬を膨らませてぺちぺちと叩いていた。
「よーし、それじゃ気合い入れていくよ、野郎ども! ルウィーの平和は、アタシ達で守るんだ! ──だろ、ブランちゃん」
「……ええ、そうね。こんなにも沢山のハンター達がいるんだもの、絶対に大丈夫よ。ロムとラムも、シーシャもいる。負けるはずがないわ」
小さく腕を突き出して、シーシャとグータッチを交わす。
伝説のハンターコンビと、ゴールデンコンビが揃っている今ならどんな相手が来たって負けたりしない。
しかし、そんな浮足立つハンター達のもとに、焦った様子で駆け込んできたフィナンシェが息を切らしていた。
「み、皆さん! 緊急事態です!」
「フィナンシェ、どうしたの?」
「ハンター協会の観測所から、古龍種を多数確認したという報告が! 防衛拠点に向かって移動中だそうです! 迎撃に急ぎ、備えてください! かつて、これまでにない規模での観測に、何が起きるか予測不可能な状態です! いつも以上に、気を引き締めてください!」
「……その中に。金と銀の鱗を持つ翼竜の観測は?」
「す、すいません。何しろ私も緊急の情報でしたので、細部までは……」
「承知した。行くぞ」
「おう。奴らは必ず来る」
そのときには、必ずあの時の復讐を果たす──殺気立つ二人に、息を呑み、気圧されながらも片手剣使いのハンターが肩を力強く叩いた。
「復唱してください! ──無茶しません! 生きて、帰ります!」
それに面食らった様子だったが、黒鉄も蒼鬼も片手剣使いの頭に手を置くと、髪の毛がくしゃくしゃになるまで撫で回す。
「「当然だ!」」