超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――無限に湧き出てくるかに思われた猛争モンスターの出入り口を消滅させた大魔導師は、アルシュベイトとの電話を切ってから、新たな通知に二回も鳴らないうちに出た。
「もしもし」
『ああ、もしもし? 大魔導師? よかった、こっちからそっちに音声通話が可能なら問題なさそうだ』
「……ああ、クソメガネだったか。切ってもいいな」
『ちょっとくらいは人の話に耳を傾けようとかいう気は欠片もない?』
「有意義な話なら考えてやってもいいが」
『っていうかちょっと待て、なんかものすごい風の音聞こえるんだけど今どこにいるんだアンタ!? そっちどういう状況になってんの!』
「ルウィーの秘境だがそれがどうした。守護女神政権がゴールドサァドに乗っ取られてゲイムギョウ界が崩壊の危機を迎えている、それも直に解決するぞクソメガネ。お前本当に何の役にも立たなかったなクソダサフレーム眼鏡野郎」
『アンタの口の悪さはほんっとうにエヌラスそっくりで一周回って安心したよこのクズ!!』
「で、何の用だ。つまらん話なら切るぞ」
『はいはい。手短に業務連絡を済ませるよ。神次元側のラステイションから次元ネットワーク構築してインタースカイ経由の通信連絡が可能になりました、是非ご活用ください。以上』
「……電話工事を今までやってたのか?」
『少しは褒めてくれないか。一人で全部やったんだから。あと電話工事はやめてくれ、内容としては確かに似たようなものだけれど』
一応、インタースカイを経由して、という限定的ではあるが壊次元と超次元の両方に移動も出来るようになっている。
『ま、そういうわけで。こっちとそっちの行き来が多少はマシになったと思ってくれていいよ』
「……」
『ギャグとボケとツッコミにキレがないところを見るに、どうやら何か他に気がかりなことでもあるのかい、大魔導師?』
「いいや、別に」
『大したことではないと言う時に限って、取り返しのつかないことになるのはよ~く知ってるつもりだけど?』
「エヌラスの容態が気になる。それだけだ」
『……僕が少し見ていない間によほど酷い怪我でもしたのかい。ならちょうどいい、こっちから見舞いに向かって顔でも笑うとするよ。エヌラスは今どこに?』
「九龍アマルガム教会だ」
『りょーかい。それじゃ、大魔導師。また後で』
……通話を切ってからソラはラステイション教会に併設した次元ネットワーク施設を見上げていた。自分にできる限りのことは尽くしたはずだ。それでも、邪神の脅威を前にどれだけ持ち堪えられるか分からない。
ソラは眼鏡を直しながら、悩みのタネが尽きない状況を嘆くように深々と息を吐き出した。
「はぁ~……どれだけ人が目の前の問題を片付けても、次から次へとトラブルを増やして。本当に嫌になる」
「あなたも大変ね」
「そちらこそ」
視線の先で神次元側のノワールが腕を組んでいる。
「本当にありがと。うちでメカニックとして雇いたいくらいだわ」
「どーいたしまして。さて、これで僕の仕事は片付いたわけだし、一足先に使わせてもらうよ」
「……ねぇ、あいつ……エヌラスは、大丈夫なの?」
「さぁ? 容態を見てみないとなんとも。それこそ死んでなければベッド引きずってでも戦おうとするようなバカだからね。気になる?」
「……一応よ、一応」
「向こうもこっちも同じような反応で安心するよ。折を見て連絡する」
ソラが電脳国家インタースカイへ向けて慣れた手つきでテレポーターを起動させると、すぐに姿を消した。それを見ていたノワールが、ため息を吐く。
「…………」
曲がりなりにも、命の恩人。カオス化した自分達女神を止めた相手が、命の危機に瀕しているという情報を耳にして落ち着いていられるほど恩知らずではない。自分もついていこうかと考えたがラステイションを空けるわけにもいかなかった。まだ片付けるべき仕事が残っている。
歯噛みしながらも、ノワールは守護女神としての業務へと打ち込むことにした。
電脳国家インタースカイ教会。タワーへと戻ってきたソラは上着を羽織り直してから、軽く息を吐きだす。どうやら稼働に問題はなさそうだ。
「ステラ、接続状況の確認を。そちらで監視の目を絶やさないように。向こうで次元震動の兆候が確認された真っ先に僕に報せて。アルシュベイト達は立て込んでいるみたいだからね。今、一番自由に動ける神格者は僕しかいない。現場に直行できるようにテレポーターへのアクセスだけは途切れさせないように」
無言で頷く電子画面の少女に、ソラは頷く。
「僕はこれから九龍アマルガムに向かってエヌラスの容態を看てくる。状況次第では手段を選ばないつもりだから、そのつもりで。夢見が悪くなるのは勘弁してもらいたいよ、ホント」
――そんなこと心にも思っていないくせに。ステラだけは、嫌味で隠した本音を汲み取って微笑んでいた。
柔らかい微笑を浮かべる秘書である想い人に、どこか気恥ずかしくなって顔を逸らす。
「……切るよ。なにかあったら緊急回線で」
ステラとの通信を切断して、ソラは地下格納庫へと繋がる直通エレベーターを使って移動。その後、冷え切った真っ暗な格納庫内の電気を点ける。
無人化された国内と言えど、ドローンの活動は人間と違って年中無休だ。それでも金属疲労で破損する可能性が高まるので適度に休めている。
格納庫内を歩き、ソラが立ち止まった先に駐車されているのは一台の大型自動二輪、エヌラスの扱うハンティングホラーとは毛色の違うオフロードバイク。常に整備ドローンの手でチューンナップはされている。
ソラが電子カードキーを差し込むと、まもなくエンジンが掛かった。
軽快なエンジン音と共に地下から地上へ続く通路を駆け抜け、ヘルメットが転送される。
長距離移動手段として用意していたのが、こんなところで必要になるとは思わなかった。しかしバイクである必要があるのか。そこはソラのエヌラスに対する密かな対抗心があった。別にハンティングホラーが羨ましいわけではない。断じて。
いつもなら商業国家ユノスダスを経由して向かうところだが、今回は厄介ごとのニオイがするのでソラは迂回して北部、ドラグレイスの故郷であるヒナグラシの近隣を通行して九龍アマルガムへと向かった。
遠方から覗く限りは一見して平和なのは相変わらず、しかし、いざ国内に足を踏み入れれば不穏な空気が止まない。どこか緊張感の漂う上層都心を駆け抜け、ソラは公安局の前で停車するとバイクから降りた。
その顔を見て、警備員である公安メイドが会釈する。
「こんにちは、電脳国家国王琴霧ソラ様。本日のご用件の程をお伺いいたします」
「はいどうもこんにちは。一応身分証明書を提示しておくよ」
「……ご確認が取れました。ようこそ、九龍アマルガム上層都心教会、公安局へ」
「地下の廃病棟へのアクセス許可を」
「大魔導師様の許可が必要となります」
「承諾済みだけど、その確認を取る?」
「申し訳ありません。形式上必要な手続きですので。どうかご容赦ください」
「なるべく早くお願いするよ」
メイドが目を閉じ、沈黙してから――十数秒後。不意に目を開けると、深々と頭を垂れる。腰に下げている長刀が揺れていた。
「お待たせいたしました。ご案内いたします」
「いや、結構。勝手知ったる人の家だからね」
「そういうわけにも参りません。館内の施設利用には一部制限が設けられておりますので。廃病棟直通エレベーターは最たるものです」
「犯罪国家にあるまじき丁寧な対応でちょっと困惑してるんだけど、いつからこんなにマシな対応をするようになったんだい?」
「いえ、国王様がご不在の場合は概ねこのような対応をさせていただいております。メイド長も今となっては解雇されておりますので」
「ああ……」
つまりは、暴走する人材がいない。本当に上層部にろくなのがいないなこの国は。
ソラは呆れながらも、今の平和な上層都心の対応に感謝していた。本来ならこうあるべきだ。だというのにあの腐れド外道国王と来たら……。
長刀メイドに案内されて、廃病棟直通エレベーターを利用する。
清潔感のある空気から、鬱蒼とした湿度の高い空気に変移していくと薬品特有の臭いにソラが眉間にシワを寄せた。こういう時、人形の身体がつくづく羨ましいと思えてならない。
「まもなくエントランスホールへ到着いたします。館内のご案内は担当の者へ委任しますので、どうぞお寛ぎくださいませ」
「丁寧な対応どうもありがとう。うちでウェイトレスとして雇用したいくらいだ」
「ナンパ、お断りですので。兼業も禁止されております」
「はいはい、わかってますよ。その辺が固く禁止されてるのくらい」
言うだけ言ってみただけだ。
ソラがエントランスへ出ると、掃除をしていたメイド達が手を止めて一斉に会釈する。しかしすぐに作業へ戻り、黄色いスライム状の神性生物が細かな埃を体内に取り入れて廊下を横断した。
陰鬱な館内の空気には慣れたくない。これが政治的中枢を担う教会だと言うのだから、本当になんだと思っているのか。
「エヌラスの見舞いにきたんだけど、今は何処に?」
「あー、エヌラス様ですかー。すぐ担当の者が来るので少々お待ちをー」
しばしエントランスのソファに腰を下ろしていると、白いワンピースを着た返り血塗れの黒髪ロングヘアーの少女が満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「おまたせー、メガネさん!」
「人選んんんんっ!!!」
もうちょっとマシな相手をよこせ。しかも明らかに今しがた人を【自主規制】してきたような状態で鮮血が滴り落ちている。両手も真っ赤で顔の汚れを拭おうとしてさらに赤く汚れていた。かわいい通り越して恐怖しかない。
「はぁ……エヌラスの部屋はどこ?」
「こっち、ついてきてー」
ご機嫌な様子で先導してくれるサヤの後に着いていくが、素足なのかペタペタと足音を立てている。真っ赤な足跡を残し、ソラは危うく血糊で転びかけた。
やがて案内されたのは集中治療室。
「病室では静かにね」
「ああ、うん。きみもちゃんと手洗いとかしてね……?」
「まだお仕事残ってるから、ごゆっくりー」
ひらひらと手を振って、サヤが廊下を駆けていく。ソラが視線を外すと、少女の足音から何か肉塊を引きずるような音へと変わった。
背筋を虫が這い上がるような不快感に襲われて病室へ逃げ込む。
ソラの目に入ったのは、上体を起こしたエヌラスと、それを支えたマリーの姿だった。全身に包帯を巻き、右腕は力が入らないのかベッドの上に投げ出している。顔の左半分も包帯で隠し、これまで見慣れてきたはずの満身創痍の状態だが、どこかいつもと雰囲気が弱々しく感じられた。
それは、魔人であるエヌラスの“核”とも言える機神の一部を喪失してから来る衰弱状態だと一目でわかる。辛うじてそれを繋ぎ留めているのが左胸の銀鍵守護器官であるということも。
顔を見て、眉を寄せて、目を細めるエヌラスには自分がよく見えていないのだろう。
「やぁ、馬鹿野郎。彼女さんとの甘い一時にお邪魔してるよ」
「……ソラか」
「こんにちはー、ソラさん。あ、お菓子食べる?」
「いや結構……」
想い人が瀕死だというのに、寄り添う少女はまるでいつもと変わらない。それを無神経と受け取るか、それとも覚悟を決めているかと受け取るのは自由だが、少なくともソラにとっては――そんな二人の間に、何か見えない溝があるのが明け透けに見て取れていた。
いちばん大事なことを。
思い出してほしいことを、エヌラスはきっとまだ口にしていない。
そんな強情っぱりで、変なところで妙に生真面目な態度に呆れる他になかった。