超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
適当なスツールへ腰を下ろして、ソラは足を組んでエヌラスの容態をざっと診察する。以前よりもだいぶ症状が進行しているようだ。
体調も芳しくないのか、起きているのも億劫な様子でマリーに支えられている。そこまで弱りきっている姿を見せられると、笑ってやる気も起きなくなった。
「良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」
「……良い話から頼む」
「じゃ、まずは朗報。神次元のラステイションに次元テレポーターが設置されました、おめでとう頑張った僕。ぱちぱちぱちー、これで向こうとのアクセスもだいぶ楽になったけれどインタースカイ経由限定だからそこはご愛敬ください」
どこかセールスマンのように砕けた口調で説明するソラだが、悪い話を催促するような顔をしているエヌラスにメガネを直す。
「お待ちかねの悪い話。向こうの女神様達を襲ったカオス化現象についてだ、当然覚えていると思うけれど」
「……ああ」
「女神の庇護の下、国民は幸福で豊かな生活を約束される。ところが、そのカオス化の余波を受けたからか凶暴化したモンスター。カオスにちなんで混沌種とでも呼ぼうか。それが散見されるようになった。種族としての特徴は仲間を増やすことくらいかな。個体によって増殖速度は違うけれど――これって何かに似てると思わないかい?」
「…………」
ソラの言いたい言葉に、苦い顔をしている。
「そ。つまりは、女神政権と一緒。信徒を増やして、多種族を排他する。モンスター同士の宗教戦争が盛んになってる。いやまったくおっかないことで、困るよ本当。僕だって何度か襲われてるからね」
「……プルルート達は」
「元気にしてるよ。キミに会いたがってたけれど、今はこんな状況だし引き合わせるわけにいかないじゃん? 適当に理由つけて断っておいたから顔が見たければ自分の足でどうぞ、僕は手伝わないからそこのところよろしく」
先手を打っておく。普段なら強気に出て「いやお前の都合とか知らんし」とか一つくらい文句を言われそうだったがそれもなかった。
「それにしても、笑えないくらい弱ってるみたいだけれどそんな調子で大丈夫?」
「……」
「エヌラス、さっき起きたばかりで。目が覚めるなり出ていこうとするから大変だったの」
「ほら見ろ馬鹿野郎。彼女さんに迷惑かけて申し訳ないと思わないのか」
「…………うるせぇ」
「口うるさく注意されたくなければ養生してなよ。もっとも、その前に往生しそうだけど」
舌打ちで抗議してくるエヌラスに、ソラは鼻で笑ってみせる。ざまぁみろ、いい気味だとでも言いたげに。だが、表情とは裏腹に気分は晴れなかった。
「……仲良くしてるキミ達を見るのは僕も嫌いじゃなかったんだけどね」
「?」
マリーが不思議そうに首を傾げている。
「そうも言っていられない状況みたいだし? 使えるものは何でも使って生き延びようという気はあるかい、エヌラス」
「言ってみろ、クソメガネ」
「悪態をつく元気があるなら結構。ただし、リスクは付き物。あくまで仮説としての話だけど聞くだけ聞いてみない? ああ、多分絶対に嫌だと言うと思うからキミの意見聞かずに言うよ」
小さく咳払いを挟んで、ソラがポケットからタブレット端末を取り出した。画面をタップして操作していくと、インタースカイのマザーコンピューターに送信していたデータをまとめる。
「邪神騒ぎが超次元だけでなく神次元、壊次元に作用してる。そのデータを色々とまとめてみたんだけどさ。これ全部キミの仕業なわけじゃん? その中でも特殊な位置づけにある神次元。これは超次元を素にしたパラレルワールドのゲイムギョウ界だ。そして壊次元。アダルトゲイムギョウ界も、元は超次元に存在していた――つまりは、因果応報ってこと。全部の鍵を握っているのは、あそこなわけだからさ。零次元、なんて場所もあったね。なにが言いたいかって言うと、万が一にでも超次元が邪神の手に落ちた場合、全部消滅するってこと」
あらゆる次元を繋ぎ留めている可能性を秘めている超次元は、逆に邪神にとって格好の獲物だ。
「最初からキミは、超次元だけを守っていればよかったんだ。そうしたらここまで被害は拡大なんかしていなかったんだから」
「……、」
「納得いかないだろうし、納得しないってことはわかってるよ。だから敢えて言わせてもらうよ」
他の誰も言わないことはわかっている。あの大魔導師でさえ、アルシュベイトでさえ、理解していても口にしなかった。だが、ソラはその言葉を口にする。
「エヌラス――
「……――――」
「僕らを諦めて。救おうとなんかしていなければ、こんなことにはなっていなかったんだ。それでも、それでもと諦めきれなかったキミが悪い。諦めの悪さが仇となった結果だよ」
往生際の悪さでまだこの世にしがみついている姿は目も当てられないほどだ。
救おうとした相手に。助けようと必死になって駆け抜けて、その果てに向けられた残酷な言葉をエヌラスが噛みしめる。きっと誰よりも理解していたはずだ。自分が選んだ道が本当に正しく在ったのかどうか。
ネプテューヌ達と出会えた奇跡だけを手にして生きていればよかった。守護女神達と平穏な暮らしを選んでさえいれば。
次元神の掌の上で繰り返される世界で生きる自分達から目を背けて、目を逸らして、見て見ぬ振りをして、全てを置き去りにしていればよかったのに。
――どうして、過去に縋り付いてしまったのか。
――どうして、自分達を救おうと選んでしまったのか。
――どうして、そんなになってまで戦おうと思ったのか。
大魔導師も。アルシュベイトも。剣姫も。ドラグレイスも。ユウコも、ムルフェストも。クロックサイコでさえも、きっと口にはしないだろう。
本来なら、その傷も。その戦いも。自分達が請け負うべき傷だった。それなのに、全部一人に背負わせてしまった。
それなのに、何も知らずに、全てを忘れて平穏な日々を送ってしまった。それが望まれたものであったとしても――たった一人の犠牲の上に成り立つべきではない。
「だから、僕はキミを許さない。この際だからはっきり言わせてもらうけど大嫌いだ」
「……そうかよ」
「キミのその強さが嫌いだ。その諦めの悪さも、往生際の悪さも、大っ嫌いだ」
他の誰よりも弱いからこそ、ソラは耐えきれなかった。
「だから、勝手に死なれちゃ困る。パンドラ・イルバードを覚えてる? 女神メモリーのバグの集合体である結晶だったあいつ」
「ああ、覚えてるよ」
「女神メモリーは資格のある人間を女神にする貴重な代物だ。このバグの集合体が女神同様の力を得られるのだとしたら、どうする? 加えて、今はカオス化もとい混沌種が確認されている――」
そこまで言って、エヌラスはソラが何を考えているのかを察したのだろう。
「女神メモリーを確保して“故意的に”バグを引き起こす。エラーコードをカオスエナジーで補填することで、魔人への適正を高める。これを、キミの奪われた“右腕”の代わりに装備させる。予測される副作用としては、まぁそうだね……魔人としての本能が強くなるんじゃないかな? まかり間違っても暴走するようなことをされたらちょっと洒落にならないんだけどさ」
「おまえ……!」
「僕はそういうの専門だからね。失敗するような真似だけは万に一つもないけれど――止めるなら今のうちだよ。大体、キミといい大魔導師といい魔術師っていうのはどいつもこいつも自意識過剰が過ぎる。どうして自分達の魔術だけで解決しようとするのか意味がわからない。ただ残念なことに僕は、キミたち魔術師と違って非常に合理的な“
神次元側に、そんな技術は存在しない。だが、壊次元の住人であり、電脳国家の技術を思いのままに扱えるソラは違う。
女神メモリーを解析さえすれば、間違いなく可能だ。女神を生み出す奇跡ではなく、魔人を生み出すための奇跡として改竄する。
「もうキミは体裁も体面も取り繕う暇もないくらいに追い込まれているんだから、なりふり構っていられないだろ」
「ッ――」
それでも、動かない身体を突き動かそうとする衝動でエヌラスがソラに向けて手を伸ばす。しかし、胸ぐらを掴み上げるより先に額に冷たく固い銃口が突きつけられて止められた。
「……、ほら見ろ馬鹿野郎。今のキミは、僕よりもこんなに弱い。何処に行っても足手まといにしかならないんだから此処で待ってろ」
額を銃で小突いて、ソラはタブレット端末を操作しながら立ち上がる。
「それじゃ、マリーちゃんはこのバカが勝手に抜け出さないように看ておいてあげて。キミが傍にいれば多少はおとなしいみたいだからさ」
「はーい。気をつけていってらっしゃい」
マリーに会釈して、病室から出ていく背中をエヌラスは恨めしく睨みつけていた。
辛うじて動く左腕と、歯を食い縛って――そんな頭を、優しく撫でられる。
「大丈夫、大丈夫。エヌラスのこと、みんな大好きだから」
「…………」
「ソラさんだってあんなふうに悪ぶってたけど、エヌラスのことが心配なだけだよ」
「あんなクソメガネに正論吐かれて、何も言い返せない状況に腹が立って仕方ない」
「ん」
ぽんぽんと、何が面白いのか微笑みながら何度も頭を叩くマリーの笑顔にエヌラスは何も言えなかった。
「じゃあ、ご飯食べる?」
「…………」
「お腹減ってるとイライラしちゃうもんね。身体の怪我、早く治すためにもたくさん食べないと」
食べて治る怪我に見えるのかお前には。
エヌラスが何か言いたげにしていたが、空腹なのも事実だ。しかし、笑顔でナースコールを押したマリーのもとへすぐにメイドが一人駆けつけてくる。
「とりあえず、ご飯!」
「ビールみたいなノリで注文するな」
「へいらっせー、オーダーはいりまーす!」
「ノるな」
長刀メイドがポケットから伝票を取り出すと何か書き込んでいく。それからすぐに会釈して病室から立ち去った。
――電脳国家インタースカイへと戻ったソラは、すぐに武器庫のセーフティを解除する。
神次元へテレポーターを設置したのは、拡張装備をタイムラグなしで転送できるようにするためでもある。携帯している端末に保存してある武器だけでは限界があった。だからこそ、向こうでも最大火力が運用できるように細工をする必要がある。
その点で言えば、今回の仕事は実に嬉しい誤算だ。
「……さて、問題は」
邪神勢力の動きだけが懸念される。間違いなく、何か手を打ってくるはずだ。向こうで衝突する可能性もある。
エヌラスを助ける前にこちらが潰されては意味がない。
例え自分が最弱の神格者であったとしても、譲れないものがある。
どんな理由の如何なる理由であろうとも――もう二度と、友達を見捨てないと決めたのだから。