超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ソラは再びインタースカイへ戻り、オフロードバイクを地下格納庫に駐車する。それから整備ドローンに点検と外装の変更を指示して武器庫の確認。ありったけの火力を用意して、ソラは椅子に腰を下ろしてタブレットを叩いた。
国王としての公務をこなしながら電子端末で帳簿の記帳も済ませておく。しばらく店を空けていたが、それでも滞りなく店舗の経営は進んでいた。相変わらず売上は向かいの店に一歩劣っていることだけは腹立たしいが、仕方ない。何しろ相手は、商業国家国王お墨付きの店舗だ。
いつも、必ず誰かに一歩劣っていた。
道を譲ったつもりはなくても、自分はどこか詰めが甘いのだ。
どれだけ詰めても、詰めても。
どれだけ積み重ねても、必ずそこには誰かが先に行く道が用意されていて――自分は決して、届かないのだと。
ならせめて、自分にできることを尽くそうと思った。
最速で。誰よりも先に考えうる
記憶が戻ってからは、ずっと考えていた。
これから先、どう生きていくべきかと。
これまでずっと、たった一人で傷つき、戦い続けてきた。どうしようもなく、救いがたい大馬鹿野郎の為に自分は生き残らなければならない。
誰一人欠けることなく。あの絶望を越えなければ未来はない。
最後の邪神。絶望の邪神、ヌルズ・エクス・モルテス――あらゆる可能性の否定者。
夢も希望も未来も明日も何もかもを塗り潰す邪悪な神。
アレを倒すには、守護女神の力が必要だ。
一人でも多く、一瞬でもいい。
どうか奇跡の勝利を――。
祈りに縋る思いで、琴霧ソラはコンソールを叩く。
無力で、弱くて、取り柄と言えばこれくらい。
電気オタクと笑われて、それでもこれしかできることがなくて――気がつけば、国王の座についていた。
冷たい空気に満たされた電脳国家中枢機関である教会の中を見渡す。
かつては、技術者達がこぞってあらゆる戦術データを持ち寄って技術競争を行っていた。
いつからか、此処には自分が一人だけ取り残されている。
寂しいと思ったことはない。それでも少しだけ、肌寒いと感じる時がある。
隣にいてほしい人がいないからだ。――ステラ。星のような名前のあの子だけでもと、救えなかった。
無力で、弱くて、取り柄と言えばそれくらいだった自分でも、救えなかった。
それでも。
だけれども――、あの二人が仲良くしている姿を見るのは、微笑ましかった。
彼女がいると。恋人ができたのだと、珍しくはにかみながら言ってきた時のことは、鮮明に思い出せる。馬鹿なことを言うなと、嘘を言うなと、殴り合いの喧嘩にまで発展してユウコに滅茶苦茶怒られたのも覚えていた。
心底、羨ましいと思って。
心底、憎らしいと思った。
他人の幸福を妬み、憎み、羨んで。嗚呼、良いなと素直に祝福なんかしてやれなくて。
だから。……だから。
だからこそ――、今度こそは。せめてあの血の怪異に、人並みの幸福を手にしてほしい。
腐れ縁で、憎まれ口ばかりで、絶対に相容れないかもしれないけれど。
それでもあそこまで、必死になって戦ってきた男の結末が幸福ではないなんて、許さない。
自分が手にすることができなかった恋を手にしておきながら、不幸になるなんて誰が許すものか――そんなの、後味が悪くて見過ごせるはずがない。
「…………計算完了。しばらく向こうは行かなくて大丈夫そうかな」
演算終了。電脳武器庫にありったけの
彼らにしてみれば、自分のことは王様という立場にある旧知の仲だろう。だが、ソラからしてみれば、彼らは皆、遥か過去からの付き合いだ。それこそ、数え切れないほどの運命を共に乗り越えてきた。覚えているのは、自分だけだろうけれども。
「座標設定、よろしく。僕は一眠りするよ。人任せだって? うるさいな、こっちはさっき帰ってきたっていうのに、また仕事で生身の体を引きずんなきゃいけないんだ。少しは休ませてくれないか? ――嗚呼、うん。そうだね。たまには、いい夢が見られるといいんだけど」
オフロードバイクに次々と外装が取り付けられていくのを尻目に、ソラは格納庫から立ち去る。
誰もいない教会の中をエレベーターで移動して、自室の電気を点けた。
病的なまでに白い部屋。ベッドとシステムデスクだけの、簡素な部屋。必要なものは電子端末がひとつ。それさえあれば何一つ不自由のない電子の牢獄。
ソラは何もする気が起きなくて、ベッドに体を投げ出すとメガネを適当に投げて眠り始めた。
どうせ起きたら、また忙しいんだ――今だけは、せめてひとりでゆっくりと休ませてほしい。
神次元のラステイションに降り立ち、欠伸をこぼす。
目の前には、腕を組んで不機嫌そうなノワール。何を言いたいのかはよ~くわかる、言わなくても顔を見ればわかる。でもここはひとつ堪えてほしい、どうかひとつ堪忍してもらいたい。終わった後なら殴っていいから、エヌラスを。
「あのねぇ……」
「うん、言いたいことは全部わかってるつもりだから言わなくて結構です」
「……はぁ。それで? 今の話は本気なの。だいたい女神メモリーを使うと言っても、まずは探すところからでしょ? そう簡単に見つかるわけないじゃない」
「仰りたいことは十分わかってるけれども、こっちも手段を選んでいられる状態じゃないんで。それにそっちもエヌラスには二回も窮地を救ってもらってるわけだし、お互い様でしょ」
「……それは、そうだけれども」
言い淀むノワールに、ソラは畳み掛ける。
「ま、そちらが断ったとしても? 技術先進国であるラステイションに次元間テレポーターを設置したことで曲がりなりにもそちらはこちらと同盟関係かつ共犯関係なので? ルウィーなり、リーンボックスなりで女神様と交戦した際の飛び火は全部おっかぶってもらうつもりだからよろしく」
「~~~~、あなたほんっとうに性格悪いわね!」
「それだけこちらも追い詰められている状況に置かれてる。超次元側の女神様も信仰を取り戻すので手一杯だ。どうにかできるのが、僕とこちら側の女神様だけなんだから仕方ないだろう?」
メガネを直しながらソラはノワールに続けて事情を説明した。これからやろうとしていることの注意喚起も含めて。
「……ベールが見つけたんだけれど。その、カオスモンスター。あなたの言う混沌種なんだけど、カオス化している状態だとある程度制御できるみたいなのよね」
「なんでそんな状況でカオス化しようと思ったのか……」
「わたしに聞かれてもわかるわけないでしょ。とにかく、そのおかげでモンスターを誘導して街から遠ざけることに成功したのよ」
「……ふむ」
「なによ、なにか言いたいことでもあるの?」
「混沌種を討伐して、浄化していけばもしかすると女神メモリーを構築できるかもしれないと思ってね。何しろデータが足りない以上は仮説の粋を出ない。物は試しに百匹くらい討伐してみないことには」
「気安く言ってくれるわね。いいわよ、あなたに手を貸してあげるわ。ただし、分かっているとは思うけれどあくまでもこれは守護女神としての立場からよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「ご協力に感謝しますよ、女神様。それじゃ行きますか」
どこか軽い調子で通り過ぎるソラに、ノワールが着いていく。
「……あなたって、なんだか本当に神格者って感じがしないわね。どこにでもいる普通の人みたいよ」
「それはどうも。他の連中ほど僕は人間辞めてないからね、安心したよ。そう言ってくれて」
「それにしても、いいの? 向こう側にあなたがいなくて」
「僕がいてもできることなんてなにもないさ。居ても誤差程度だよ」
強いて言うなれば、歯車のようなもの。潤滑油でもいい。
とにかく、何かと便利屋扱いされている。
「ああ、先に言っておくけれども――間違いなく邪神の妨害工作が来るだろうからそのつもりで備えておいて」
「あーなーたーねー!!」
あっけらかんと言ってのけるが、逃げ出したいのはこっちの方だ。
「一応、ブラン達には知らせてあるけれども。本当に大丈夫なんでしょうね」
「いざっていう時は全力で逃げるし、隠れもするよ。なんたって死にたくないからね」
「あなたがなんで神格者なのか、甚だ疑問になってきたわ……」
ノワールの呆れた言葉に、何も言い返さない。疑問に思って顔を覗き込むと、どこか、寂しそうな横顔を見せた。
「……さぁ。本当に、なんで僕なんだろうね」
どんなに弱くても。どんなに無力でも。最後に残ったのが、自分だったというだけのこと。
それは、逆に言ってしまえば。電脳国家インタースカイの住人は、それほどまでに平和に慣れてしまった。戦いを遠ざけて、争いを避けてきた、“無血都市”の代償。
だけど――痛みから目を逸らすのを辞めて、ソラは少しでも立ち向かおうとしている。痛いのも苦しいのも辛いのも全部、嫌だけれども。
それ以上に、見過ごせない後味の悪さだけは耐えられない。
腹が立つことに、そこだけはエヌラスと共通した考えで。
「それじゃ、今日も張り切ってモンスター討伐に勤しむとしますか」
「はいはい。言っておくけれど、わたしはあなたのこと助けるつもりないわよ」