超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ep.152 WAKE UP 1 CHANCE
女神メモリー。神次元においては、資格のある人間を女神へと変化させる。
人間を神たらしめるというのであれば、それを改ざんして魔人であるエヌラスの失った“機神”の右腕の代理を担うことができるとソラは考えた。
その内部に詰め込まれた情報量は計り知れないだろう。だが、大容量記憶媒体である「メモリ」であるというのなら、それを解析できないはずはない。
分解、解析、再構築――それらは錬金術と呼ばれる技術において必須と言える。だが、ソラは魔術という魔術を使えない。錬金術師ではないし、魔術師ですらない。
それでも、過剰発展した技術の国を治める王様である。
人体を電子分解して、電脳空間に保存することが可能なまでに。
仮想現実。そちらで生きることを、皆は良しとした。老いることも疲れることも眠ることも必要としない。だが、ソラは現実に残った。
――凄まじい速度で、ブラックハートの剣技が混沌種を討伐していく。それを後ろから眺めながら、ソラは解析を進めていた。
通常のモンスター個体との違いと言えば、取り込んだカオスエネルギーによって能力の上昇。出没次期は、カオス化現象の後から。
「ちょっと、ソラ! あなたいつまで後ろで見てるつもり!?」
「僕は後方支援がメインなので。バカどもが前線に出るものだから」
「それわたしもバカって言いたいの!?」
「適材適所ってこと。順調にデータの収集は進んでるのでその調子でお願いします」
「なんだか! あなたにいいように使われている気がするんだけ、ど!」
体から異様なオーラを放つモンスターを大剣で一刀両断しながら、ブラックハートが振り返る。言いたいことはごまんとあった。しかし、自分が正面の戦闘に集中できるように死角の混沌種を撃破していたのもソラだった。
頭部を撃ち抜かれ、急所を的確に貫かれて消えていくモンスターを見て、それをタブレット端末を片手間に操作しながら捌いていく。
右手にハンドガンを持って自衛しながらも、ラステイションの次元テレポーターからインタースカイにデータを送信し続けている。それをステラ達が解析していた。
空を飛び、ブラックハートが周囲を見渡す。
青空に一点、異物を確認した。目を凝らせば、それが同じ女神であるホワイトハートであることがわかる。
「ブランじゃない。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、新種のモンスター討伐してるって聞いたから手伝いにきたんだよ」
「ええ、まぁね」
ブラックハートの視線につられて、ホワイトハートがその後を追った。地上では、岩に腰掛けてタブレット端末を操作することで電脳空間に保存している武器を次々に召喚するソラの姿がある。その場から一歩も動くことなく、多種多様な銃器が出現してモンスターを寄せつけなかった。
確かに、本人はそう強くないのかもしれない。実際、技術的に整っている環境がなければ最弱の名の通り戦力になるかどうか怪しい。だが、盤石の体制を整えさえすればこれほど頼りになる後ろ盾はない。
ホワイトハートの姿に気がついたのか、それとも最初から接近してくるのを知っていたのか。ソラは見上げると軽い調子で手を振っていた。その間もトーチカがモンスターを薙ぎ払っている。
「――まだもうちょっとデータは必要かな」
「ここ最近はラステイションに入り浸って、なんか怪しいことをしてたと思ったら、今度はモンスター退治なんて忙しいな」
「まぁね。僕が居ない間に、向こうがえらいことになってて。本当はもっと楽をしていたいんだけどさ」
「忙しいのはどこも一緒だ。わたしも手伝ってやる。ところで、エヌラスのヤローは?」
「それどころじゃなくてこっちに来れないよ」
嘘は言っていない。
「カオスモンスター退治と並行して、女神メモリーの捜索も兼ねておきたい。出現場所は観測ドローン置いてあるから、もし出現したらすぐ確保できるようにしておかないと」
「本当に便利ね。その、どろーん、っていうのは。そうねぇ、そういう自動化ができるならラステイションの防衛も楽になるのかしら? 大量生産とか出来そうだし」
「システム的には単純だからね。どれだけ便利な時代になっても、最後は人間の手で仕上げないと意味がない」
街道に出没したモンスターを掃除してから、ソラはブラックハートとホワイトハートの二人と共にカオスモンスターの討伐を続ける。
「……次元の歪み?」
「少なくとも、これまでで何度か観測されている。多分、神次元側に何かしらの悪影響を与えていると考えられる。それを修正する意味合いでも例のタワーで修復作業は進めておいたんだけど」
超次元側で起きた歴史改変の影響を受けたからだと、ソラは考えていた。
あちらで起きているのは、守護女神の存在抹消。歴史から観測できなくなった。それは、国民に忘れ去られたということ。信仰を失い、実質的な弱体化だ。それでもなんとか盛り返しつつあるがそれを黙って見過ごすわけがない。向こうも必死になってこちらを潰そうとしているのだから。
神次元で起きている様々な事件もそれが引き金だろう。あちらに比べればまだかわいいものだ。
「それ、大丈夫なんでしょうね?」
ブラックハートの怪訝な声に、ソラは肩をすくめる。
「さぁどうだか。現時点ではなんとも言えないところだけど――少なくとも、良いとは言えない」
それだけこの次元が不安定な証拠だ。
「間違いなく、ヌルズはこの次元を知覚しているはずなんだ。超次元に連なる世界をあいつが黙って見過ごすはずがないからね」
「……その、邪神ヌルズっていうのは一体なにが目的なの?」
「世界の終わり。或いは、エヌラスの殺害だ。三:七くらいの割合だと思うけどね」
ソラはインタースカイにこれまでのデータを送り、その解析を待つ。
「アイツを一度は瀕死にまで追い込んだが、逃げられた。今は姿を隠してるみたいだけどね。それでも裏で何か策を弄しているはずだ」
「…………」
ブラックハートが何か言いにくそうにしていた。ソラが首を傾げて、どうしたのかと尋ねる。
「……わたし、あいつに謝りたいのよ。悪いことばかりしたって」
「気にしてないと思うよ。本人も自覚してるし?」
「あなただって。犯罪の片棒担がされて、なんでそこまで」
「良くも悪くも僕があいつの友達だからかな」
友達だから――。たった、それだけの話。
エヌラスにとって、初めての友達が自分だというだけのこと。
ウイルス種を銃で撃ち抜きながら、ソラは遺跡の中を歩いて話を続けた。
「カオス化から現れた新型ウイルス種、ねぇ。それの生き残りが環境に適応して混沌種が生まれたと考えれば自然かなー」
「あの時も大変だったんだから」
「だろうね、僕もだよ」
女神メモリーが出現するまで、神次元にソラは滞在しなければならない。同時にモンスターの解析が終わるまで討伐も続ける。そうなると自然、宿泊先をどうするかになるのだがそれについては心配無用だ。
「……ねぇ。なんとか、あいつに会えないかしら? ラステイションの次元テレポーターを使えばあなた達の次元に行けるのよね」
「本当のことを言うと。今のエヌラスは誰かに会える状態じゃない」
戦えるだけの余力すらない。だから、それを何とかするためにこんな無茶をすることになった。それが例え、邪神に捕捉されるのだとしても。
危険過ぎる綱渡りだ。しかし、自分だけが危険から遠く、安穏とした日々を送ってきた。それを帳消しにするほどのリスクを背負う時がきただけのこと。
ソラは女神メモリーの出現場所に次元の歪みを観測した。
「――ああ、くそったれ。こうなるのかやっぱ」
「どうしたのよ」
「朗報と悲報、どっちから聞きたい?」
「悪い話から聞きたいわ」
「なら最悪な話から。次元の歪みを観測した。なんの兆候もない状態から観測したということは、これは作為的なものだ。自然発生したものじゃない――つまりは、邪神の妨害だ」
その話に、一気に緊張感が高まる。こころなしか、遺跡の中の空気も重く感じられた。
「だったら、そこから朗報ってなんだよ?」
「少なくとも女神メモリーを用いて“核”の代理を担わせることは正解ってこと」
望みはある、活路も見出だせた事にソラが不敵な笑みを浮かべる。
ここさえ乗り切れば――。ここさえ、乗り越えることができれば、後はどうにかなる。
例え目の前のどれだけの苦節と困難が待ち構えていたとしても、此処を超えれば希望はある。
――だが。
それでも、絶望は押し寄せる。
望みを絶つためだけに、それはやってきた。
「…………お前は。お前は、そこまでしてエヌラスを殺したいのか。ヌルズ・エクス・モルテス」
“仮面”をつけることなく、その漆黒の殺意は立っていた。
まるで、ソラ達を待っていたかのように。その左眼を黄金色に輝かせて。
「嗚呼、困るからな。あいつは此処で死ぬべきだ。緩やかに死を待つばかりの骸でなくてはな」
左手に鞘を握りしめて、頬を笑みで染めている。
女神メモリーを探しているブラックハートたちの前に姿を見せていた。
纏う瘴気も、神気も、邪悪も。以前より増している。不足していた力を取り戻した邪神に呑まれそうになる。その振る舞いもどこか余裕が見られた。
「だったら、こっちに顔を見せずに直接殺しに行けばいいじゃないか。どうしてそうしないんだ」
「それではあまりに華がない。どうせ潰すと言うのなら、次元諸共消し飛ばしてやるさ。あいつがこれまでそうしてきたように――邪神一匹倒すのに、次元宇宙ごと消滅させた事もあるエヌラスのようにな」
それは、エヌラスにとってたった一度の惨敗。そうする以外に、倒す手段がなかった。それほど邪神の策略で後手に回っていたが、それ以来なりふり構わず殺し続けている。
ブラックハートも、ホワイトハートも。遺跡に立っているその黒衣の男が全ての元凶にして黒幕である邪悪なのはひと目見た瞬間から分かっていた。
パンドラ・イルバードも。カオス・ハザードも。何もかも全て、この男の策略だったのだと。
身体の芯から湧き上がる激情を押し込めて、二人が武器を持つ手に力を込める。
ソラだけは、メガネを直しながらタブレット端末を軽く操作していた。――送信完了。
「光栄なことだ。僕のような弱いやつに、アンタが直接手を下すなんて」
「ああ、クロギアもシロトラも。共犯者もマジェコンヌも俺はそれほど信用していないからな。お前達神格者を潰すのは俺の取り分だ。それ以外は、譲るさ」
「やるなら確実に、ってところ?」
「ああそうだ。さて、電脳国家国王、琴霧ソラ――良い話と悪い話がある。どちらが聞きたい?」
良いも悪いもあるものか、話なんかしている暇などないというのに。
「アンタにとって悪い話から聞きたいかな」
「女神メモリーを確保するというのなら、それは容易いことだ。じきに出現する」
「へぇ。そりゃどうも、ならアンタにとって良い話は?」
「次元演算の構築が、間もなく完了する――残念だったな、琴霧ソラ」
「…………」
だから此処にいるのか、と他人事のように感じていた。
「あと一日早ければ、俺は此処に立っていなかったというのに。
「……そう? 遅いというなら、追い越せばいいだけのことだ。女神メモリーが出現するっていうのなら、命に代えても確保させてもらう」
「やってみるがいい。今の俺を前に生きて帰れると思うなよ、最弱!」
あと一日、あと一歩遅かった。
休まずにこちらへ来ていれば先回りすることができたかもしれない。
だが、もしそうだとしたら自分には覚悟することが出来なかっただろう。
エヌラスとマリーの二人を見ていなかったら、きっと今頃保身に逃げ出していたのだから。
「ああそうだな、認めるよ。僕は最弱の王様だ。それでも譲れないものくらいはあるんだよ!」
「アンタが……!」
ブラックハートも、ホワイトハートも怒りに任せてヌルズへと斬りかかっていた。正真正銘、最初から全力で。
大剣と戦斧の一撃を受け止めて、その場から後ずさる。
「絶対に、泣いて謝って命乞いをしたって許さないわよ!!」
「ああそうだ! テメェの悪巧みのせいでどれだけ多くの人間が酷い目に遭ったと思ってやがる」
「ハッハッハ! まったく、女神というのはどこの世界も度し難い!」
抜刀と同時に弾丸を切り払う。
「お前の左眼が、セロンのものだということは分かっている。弱点を晒してるも同然だ」
「貴様に撃ち抜けるとは到底思えないがな?」
「さぁどうだか。万に一つでも可能性があるなら、やってみたくなるさ」
どれだけ怖くても。どれだけ恐ろしくても――もう、逃げ出すのはやめだ。
傷つくのは怖いけれど。痛いのは嫌だけれども。
それでも、友達を失うのだけは耐えられない。