超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
守護女神が五人、それに加えて神格者が一人。
対する邪神は、たった一柱。だというのに、それでもまだ拮抗していた。
“開門”した左右の呪法兵装が放つおびただしい量の凶刃と凶器の数々。多人数を相手取る事に特化した殺戮院・鏖花と鳳凰院・凶魔の遠近に対応した兵装は単独であっても守護女神に匹敵する破格の性能を誇る。その解析と女神達の援護に徹していたソラが手元のタブレット端末を盗み見ていた。データ取得率と分析の進捗状況に苦い顔をしている。
ほとんど測定不能の域と言っていい。まだ全力ではない。ならば呪法兵装の性能だけでもと切り替えたが、それでもまだ足りなかった。
時間との勝負だと言うのに、足止めを食らってばかりだ。
ヌルズは笑みを湛えたまま女神たちの猛攻を凌いでいる。まるでその時間稼ぎが目的だとでも言うように。
(まだか――まだなのか!)
ソラは、送信済みのメールを見て苦い顔をしていた。
グリーンハートの長槍とアイリスハートの蛇腹剣を捌き、ブラックハートの魔法とホワイトハートが打ち飛ばしてくる氷塊を迎撃する。それらを全て掻い潜ってイエローハートが刀と火花を散らす。
「むぅ~~!!」
「……ふっ」
二手、三手。打ち合ってから、鏖花の銃口がイエローハートを狙う。
「ピーシェ!」
即座に飛び下がると、目の前の地面が捲られた。納刀から帯電して即興の電磁抜刀が放たれるものの、ソラが防御に割り込んだおかげで損害は無い。
「――これだけ女神が揃っていながら、余裕ヅラされるとなんだかすぅっごく不愉快よね?」
「なぜそれを僕を見ながら言うんですかねアイリスハートさん?」
「カオス化しちゃダメな理由でもあるの?」
「まぁそれなりに」
可能ならば、女神メモリーを回収した後に離脱するために使ってもらいたい。ここで全力を出し切るのはマズイからだ。
ソラはあくまでも合理的に判断する。奇跡や、大逆転などといった不確定要素に頼らない形で戦術を構築する。だからこそ、勝敗も寸分違わず計算した上で――現状での戦力差が埋まらないことを把握していた。
守護女神が総掛かりで倒せる“程度”の邪神ならば、エヌラスはここまで追い込まれていないからだ。ヌルズ・エクス・モルテスの断片とでも呼べる魔人ですら、四女神相当なのだから。
その全力は、計り知れない。それこそ世界の終わりだ。絶望の極致だ。
だが、それをあえて“やらない”のは、単に性格が悪いからではない。この状況を楽しんでいるわけでもない。何か目論見があってのことだ。
壊次元を消滅させるならば、わけないはずだ。何のことはなく、容易いはず――恐らく、左眼が起因している。
次元神セロンの左眼。箱庭の監視者。その管轄である壊次元に直接手を下すということは、何かしらのペナルティが発生する。そうでもなければ、左眼を貸し与えるなどということはしないはず。そういった“契約”は珍しくない。エヌラスがそうしたように。
塔争の概念を消し去る代わりに、邪神狩りをするのと同じことだ。
「あぁ~もぉーっ! ねぇちょっと、まだなの!? まだカオス化しちゃいけないわけ!?」
「気持ちはわかりますが抑えて! ステイ!」
「ムカつくのよアイツ! なんでかわからないけど!」
「あらぁ。ノワールちゃんったら奇遇ね? あたしもおんなじよ。なんでかしらねぇ?」
「……だからなんでそこで僕に目線を?」
なんとなく理由は分かっている。だからあえて触れまいとしていたというのに。
エヌラスと同じ顔で。エヌラスと同じ声で。とても良く似ている兄弟のようで。瓜二つの双子でありながら決定的な違いがある。
正の極限へ至ろうとがむしゃらに、無我夢中になって、満身創痍になって。何度膝を屈しても必ず立ち上がってきた。歯を食い縛り、絶対に諦めない信念一つで駆け抜けてきた。最後には皆が笑顔で平和を迎える事ができるハッピーエンドを目指して。
負の極限へ至った邪神。何もかもを全て否定して、己の存在そのものすら疎ましいとさえ感じている。誰にも望まれないはずなのに、必ずどこかの世界では救われない結末が訪れる。それを疫病のように振り撒くデッドエンド。
――まるでそれは、悪い夢であるかのように。存在そのものが悪夢でしかない。
「この俺とて、あの出来損ない。邪神の成り損ないと同じ顔で生まれたくて生まれたわけではない。そもそも順番が逆だ。アレが、俺に、似ているのだからな」
「そんなことを聞きたいんじゃないの、よ!」
ブラックハートが鋼線を切り裂き、掻い潜りながら凶魔に大剣を突き立てる。全身をすっぽりと庇う大盾のように攻勢を阻むが、押し出して体勢を崩すと居合で吹き飛ばす。
「――“装填”」
《――――》
「
大型の砲塔が、内部から突き出された。それは臓腑にも似た機構を突き破りながら、血を撒き散らして。不気味な砲口から異様な気配を感じ取り、接近していたイエローハートとホワイトハートが離脱する。
大口径の砲弾が爆音と共に発射された。空気を震わせ、轟かせながら迫るが、それだけだ。
飛行能力を持つ守護女神達が射線から離れれば呆気なく砲弾は避けられる。
そんな安直な攻撃を、ヌルズがするだろうか――?
「――――!」
ソラが砲弾とすれ違うように回避すると同時に、その何の変哲もない、前時代的な鉄球を解析する。
それは至近距離で見れば、砲弾ですらなかった。構造としては、単純なものだった。
言うなれば、針山。極小の鉄針をぎゅうぎゅうに詰め込んだ弾丸だ。その内部だけが、異常に熱量が高い。それは段々と膨れ上がっていく。鉄の花火だ。
「電磁防壁展開!
通過した砲弾を囲うようにソラが『スレイブニル』の電力の大半を注ぎ込んでハニカム構造の防壁を展開する。サッカーボールのように囲われた砲弾が、爆ぜる。
それは無数の鉄針を全方位に、無差別に撒き散らしながら巨大な爆炎と化した。封じ込められた小太陽の如き爆発を抑えきれずに電磁防壁が決壊する。再展開することで被害を極力押さえようとするが、それでも守護女神達の動きが止まった。
「“抜刀”」
《…………》
「凶魔・七機巧――“紅蜘蛛”」
刀を鞘ごと棺桶に突き立てて背負う。その腹を裂くようにして、八足の脚が展開された。おびただしい血を撒き散らして紫電が迸る。
鋭利な刃物がまるでバネ仕掛けのように跳ねた。それは音速を超えて、上空の守護女神に留まらず遺跡すらも無差別に引き裂く。――全方位に向けた超電磁抜刀術。
庇いきれずにソラの『スレイブニル』が損傷する。アイリスハート達も瓦礫に身体を受け止められて落下の衝撃に呻いていた。
納刀音。生物的な動きで体内に大太刀を格納していく凶魔には生理的嫌悪感しか覚えないが、それでもなお、まだヌルズは健在だ。それどころか、満足に一太刀も浴びせることができていない。
それが悔しかった。これほどまでに圧倒されるとは思っていなかった。
「それで全力ではないはずだが、どうした」
「ッ――」
「…………」
ソラは、スレイブニルの損傷を確認する。それから、女神メモリーの出現位置の割り出しにも意識を割いていた。ラステイションの次元テレポーターの動きにも注意している。
徐々にではあるが、女神メモリーの波長が算出されていく。もう少しだというのに……この絶望的な戦況は覆らない。
タブレットの画面を叩き、拡張装備を転送するとヌルズ目掛けて無数の銃撃で足を止める。
だがしかし、鏖花と凶魔の防御行動だけで容易く防がれていた。その隙間から電磁抜刀が放たれて、『スレイブニル』が破壊される。
足を失い、それでもソラは転がるようにして避けていた。手元には画面にヒビが入ったタブレット端末。額を掠めた斬撃と、肩に刺さった鉄針で顔を苦悶の表情で歪めながらも立ち上がっていた。
レンズにヒビの入ったメガネを投げ捨てて、新たな眼鏡を掛け直す。
「あぁくそったれ! 体中痛いったらありゃしない、勘弁してくれよ!」
「降参か?」
「お断りだよクソが! 今、ココで、僕が引くわけにはいかないんだ!」
カオス化も考えたブラックハートの手を、グリーンハートが止めた。静かに、首を横に振る。
この中で、犠牲になったとして一番被害が少ないのはソラだ。
一国を預かる守護女神の五人、誰が欠けてもこの神次元の均衡は崩れてしまう。それだけは絶対に避けるべきだ。
だからといって、ソラを犠牲にこの場を切り抜けることにどれほどの意味があるのか――。
どれだけ他人のために頑張っていたのかをノワールは知っている。
何食わぬ顔で嫌味ったらしいことを言っているがそれは自身の弱さの裏返しだ。
何も出来ない自分が嫌で。何も覆せない自分が嫌で。他人の影に隠れて安穏とした日々を送ることしかできない最弱の王様。そんな自分を、嫌っていることを知っている。
ノワールは、ソラがどれだけの後悔を抱えているのかを聞いてしまった。
友達を見殺しにしたこと。
エヌラスの窮地に駆けつけて、手遅れだったこと。
自分の記憶が戻ってからも、和解できない弱さを抱えていることも。だが、今さらどうして自分が素直になれるだろう。
どれだけ酷いことをしたのかを覚えている。どれだけ酷いことをされたのかも覚えている。その全部を水に流して肩を並べることなんて、できやしない。
身体だけでなく、戦闘だけでなく、心も弱い王様。他人がどれだけそれを認めようと、本人が認めたくはないのだろう。
結局自分は、どこまでいっても“飾り物の王様”なのだから。
“
鏖花が地面に打ちつけられる。三脚で本体を固定しながら、全砲門が開放された。
「吼えろ――“
「ッ!! 拘束三二次元解放、電界突破――!!」
「些か、遅かったな?」
銃撃が、砲撃が。呪術による魔弾が、あらゆる殺意が砲火となって降り注ぐ。だが、その凶弾から動けない守護女神を庇い続ける芸当など、ソラには叶わなかった。冷たい鉄の感触が、焼きごてでも押しつけられたような熱さが通り過ぎていく。
歯を食い縛る。痛くて痛くて堪らない。泣き出したくて、投げ出したくて堪らない。死にたくないと怖くて堪らない。――だが。
それでも、琴霧ソラは絶望を前に立ちはだかる。
今までずっと逃げてきた痛みだ。目を逸らしてきた怖さだ。ここで背を向ければ、今までと何一つ変わらないまま終わってしまう。
“次”なんか、二度と訪れないのだから。
“
人の命を玩具のように回して遊ぶ神様の
電界突破による光速の拡張装備展開で応戦するソラだが、それでもやはり相性が悪い。覆せない戦力差と実力差を前に遅れを取っていた。
タブレット端末に、一件の着信メッセージ。
それに、口角をつり上げて不敵な笑みを浮かべる。額の血を拭い、シャツの血糊を払いながらもまだソラは立っていた。裂傷だらけで、無数の刀傷を付けられながらも全力で抗戦している。
「……なにを笑っている?」
「いや、なに――僕を殺すのが、些か遅かったな」
ヌルズがピクリと眉を動かした直後、その場から飛び退いた。だが、既に遅い。
ラステイションより放たれた黄金の一矢が飛来する。それは空を埋め尽くすほどの流星雨となって降り注いだ。半壊していた遺跡はもはや跡形もなく崩れ去る。
土煙の中から呪法兵装と共に飛び出したヌルズに向けて、二つの人影が迫っていた。
いや、正確には一人と一機。
吠える。天を衝くような怒りの咆哮だった。
「チェェェストォオオオオオッ!!!」
「貴様ら――!!」
空中で防御行動を取ったヌルズだが、追撃の一矢によって防御を崩されて蹴り飛ばされる。
アイリスハート達が呆然と見上げる後ろ姿は他ならぬ、アルシュベイトと剣姫であった。
「おれ達が来るまでよく持ちこたえた、ソラ」
《後は任せろ》
「もう少し来るのが遅かったら死んでたよ。もっと早く来れなかったのかい?」
《ならばそれは次の課題としておこう》
アダルトゲイムギョウ界、軍事大国アゴウの守護女神と、その国王。
そして――。
「貴様とこうして共闘するのは今生限りにしてもらいたいものだな」
「それはこちらの台詞だ、大魔導師」
「俺の前に立つな。貴様の背中は目障りだ」
「おれの前に立つな。貴様の背中など見たくもない」
大魔導師もまた、遅れてその場に降り立っていた。
現状で用意できるアダルトゲイムギョウ界で最強の実力者が揃い踏みとなった戦況に、さしものヌルズも余裕がなくなったのか表情から笑みが消えている。
犬猿の仲として広く知れ渡っている剣姫と大魔導師の共闘など、それこそ奇跡でもなければ拝めるものではない。
それは、決して起こり得る現象ではない――たった一人で戦い続けてきた男に免じて互いに数え切れないほどの妥協と譲歩を重ねた結果の、共同戦線だった。