超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
episode68 戦禍の破壊神
――ソコには、何もなかった。真っ暗だった。闇黒。きっと、そんな言葉が似合う場所だった。自分が誰かも分からなかった。そもそも意識すらあるのか疑問を抱いて“俺”が生まれた。自意識が自己の存在を確立する。何もない暗闇の中に、手があった。足があった。身体があった。服すら着ていなかった。生まれたままの姿で暗闇を漂流する。
そうして、どれほどの時間が経過しただろう。いや、時間という概念すら知らなかった。
果たして自分は何者で、何処にいるのかということすら――その“無意識”が、認識させた。
そこは宇宙だった。限りなく広大で、深遠の
星が瞬いていた。その光に照らされて、自分の肉体を改めて認識する。頭、首。首を動かす。右を見て、星が光っていた。手を伸ばす。届かない。“諦めて”左を向いた。
そこに、少女がいた。眠っている。一糸まとわぬ姿で、自分と同じようにこの闇黒の宇宙に放り出されていた。幼さの残る顔立ち。成長の兆しを見せる四肢の白さに目を奪われる。左手を伸ばすと、届いた。その頬を撫でる。温かい。すぅすぅと寝息を立てるそれが、妹であると理解した。
唇を奪い、貪るように名前も知らない妹を何もない宇宙の中で犯す。その白さも何もかもが自分のモノであると。その肉欲に満ちた行為の中で、眠り続けていた妹が目を開ける。微睡みの中で、瑞々しい唇を奪って目を覚ました。
『兄さま――』
何度目になるかも数え忘れた欲を吐き出して、妹の身体を抱いて宇宙の星を眺める。何もない、寒い寒い宇宙で。ここは、独りでいるには寒すぎた。だけど、ふたりなら。
『……あの星全てが、人の営み』
『ああ』
星のひとつひとつは、まるで映画のように人々の営みを映し出していた。涙を誘うドラマも、血の滾るようなアクションも、胸を射すようなロマンスも。そこには全てがあった。俺には何もないのに。妹には着る服すらないのに――俺達は、孤独だった。
何も持たず、何も与えられず生まれた。そんな時、ふと妹が口を開く。
『あんな世界、滅びてしまえばいいのに』
『……ああ』
妹は、世界を憎んだ。人々の幸福を妬んだ。何もない自分たちを蔑み、恨んだ。
俺は、それを羨んだ。人々の幸福を願った。何もない自分たちを嘆き、憤った。
――そして、ソレが与えられた。
背後に現れたのは途方も無い巨大な質量。振り返れば、いつの間にかそれがいた。
鋼の巨神。そうとしか言えない。ただひたすらに馬鹿げた圧倒的な質量とスケールを前に声を失う俺の手を取って、妹はまるでとびっきりのオモチャを与えられた子供のようにはしゃいだ。満面の笑みで手を引いてそのコックピットを指差して。
『兄さま。行きましょう。世界の全てを壊しましょう』
どうしてか、コックピットに乗り込んでからすぐに操縦方法が分かった。まだ服を着ていないことに気づいて、妹が笑う。俺も、なんと間の抜けた格好だと笑った。
妹は血のように紅いドレスを纏った。俺は――それに倣った。鮮烈な赤の衣装に身を包んで、巨神を駆る。
――それが、破壊神と呼ばれる名の始まり。原初の記憶。
星に降り立ち、次元を超えて目につく世界に普く全てを破壊する。星が一つ滅ぶ。次の次元へ。そのまた次の世界へ。更にその先の次元を越えた世界へ。何度も何度も繰り返し破壊してきた。時には困難があった。予想以上の敵と相まみえた。巨神に匹敵する強大な敵がいた。正義を背負う獅子がいた。死闘を繰り広げ、激闘を繰り広げ、その末に破壊した。胸を満たす感動で世界を破壊する。
時には趣向を変えて巨神から降り立ち、自分たちの手で人々の営みを壊した。まるで冗談のように、よく出来たジオラマのように。壊すためにあるようなセットを壊して、無邪気に笑った。時には女を捕らえ、攫い、壊れるまで弄んだ。飽きたら捨てて土地ごと焼いた。そうすると妹が機嫌を損ねるので慰めるのが大変だったのを身体が覚えている。
そんなことを繰り返してきて――“あの人”に出会った。
『これはまた、デタラメなモノを持ってきたなぁ……たまげたなぁ……』
逃げ惑う人々を無視して、まるで未確認飛行物体でも見たかのような間の抜けた顔で。その人は俺たちを見上げていた。巨神の脚を持ち上げて、踏み潰した。
『おいおい、危ないだろう』
『――――!?』
そして、バランスを崩す。妹に叱咤されて機体を起こす。それだけで建物が幾つも崩壊した。ようやく起き上がった俺たちの前で、その人は浮かんでいた。
『ふむ――こいつはまた、荒唐無稽な機械仕掛だ。実に興味深い』
『兄さま!』
『オウッ!』
拳を振るう。その衝撃波だけで街一つ壊滅しそうなものだが、事も無げに“片手”で防いでみせた。背筋を寒いものが駆け上がる。“アレ”を初めて目の当たりにした時、死を覚悟した。
『危ないって言ってるだろうが、っと』
『んな――アアアァァァ!?』
アッパーカット。顎を打ち抜いて、涼しい顔で子供のじゃれあいのような一撃。それだけで鋼の巨神は空高く打ち上げられていた。ぐんぐん地面が近づき、受け身を取ることも忘れて衝撃に打ちのめされる。大の字で寝転がって、ポカンと間抜けに口を開けていた。妹も恐怖で身体がすくんでいる。
『おおい、出し物はデカイだけか? そうなら引っ込めろ。迷惑だ』
まるで路端の大道芸を注意するかの気楽さだった。言われるままに巨神を転送して、改めて対峙する。
瓦礫の上で髪をかき上げ、大仰なマントを羽織った男――大魔導師。そう呼ばれる地上最強の魔導師にして国王。九龍アマルガムを治める鋼の男は、俺達を見下ろして「ふむ」とひとりで納得するなり――笑った。
『まぁ、悪戯小僧にはお仕置きが必要だな。――変神』
そして、俺達は負けた。何一つその人には届かなかった。ただの一撃ですらも。最大の必殺――必滅呪法ですらも。
鋼の巨神、その右腕だけを召喚して放った渾身の必滅呪法――“無限熱量”シャイニング・インパクト。その渦中に捉えた時は勝利を確信した。だが、しかし。
『術式の構成が甘い』
『――――』
『基本格子の構成も緩いな。術の制御もなっていない。まるでワラの牢屋だ。この程度の術式解除であれば、コンビニのクロスワードパズルの方がまた手強い』
その中から落胆の声色が聞こえた瞬間、敗北は絶対的なものであると確信した。昇華する前にその最強は崩れ去った。瓦解していく。霧散していった。
『が、その発想は良い。しかしあぁもずさんな魔術では、到底俺を殺すことはできんよ。破壊神』
『アンタ――何者だ』
『俺か? 俺は――』
その人は、何を思って俺を弟子にしたのだろう。大魔導師は。
様々なことを学んだ。様々なことを教えてもらった。
『師匠、蒸しパンは虫の湧いたパンじゃねぇ!』
『む、こんなところに蟲パンの原料が! 捕まえろエヌラス!』
『汚ァァーーッ!? えんがちょ! えんがちょー! 食うのか、食うのかそれ師匠!?』
『胃に入れば何でも同じよ! ――っはぁ、カブトムシうめぇ』
……うん、思い出さなくていいこともあるけれど。
あの人には振り回されっ放しだった。学ぶことが多すぎて、与えてもらったものが多すぎて数えきれない。妹もそんな師匠のことは嫌いじゃなかったようだけど、俺にしか心を開かなかった。
――いや、もう一人いる。妹が心を開いた相手が。思い出すだけで吐き気を催す。
“狂い時計”のクロックサイコ。狂気の魔人。神格者。妹は、殺された。人ならざる者の手で、人ならざる殺され方をした。人ならざる死に方をしたのだ――。
腹を裂かれ、臓腑を引きずり出され、首を刎ねられて、全てを剥かれた状態で、そいつは妹の頭を手にしてこう言った。
『妹さんはサ、君にこうして全てを曝け出したかったんだってサ! だからボクァ止めたんだよ。だからワタシャはちょいとそのお手伝いをしたのサ! キレイだろう、妹さんのハ・ダ・カ――』
……その後の記憶は、俺にはない。ただ、血に濡れた師匠と恋人と焼土だけが俺の眼前に広がっていた。
俺は――、何もかも失った。そして、今日も戦い続けている。血反吐の中を這いずり回って、空しい復讐心で心を焦がしながら。
もう俺に“アイ”はいらない。何もいらない。そのはずなのに――どうしてだろう。
彼女達の笑顔だけが、目に焼き付いて離れない――。