超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
アイリスハート達が立ち上がる。その明らかな劣勢を前にしても、ヌルズは撤退の意思を見せようとはしなかった。むしろ自分の状況を楽しんでいるかのようにも感じられる。
「随分と余裕そうだな」
腰に帯びた刀の鯉口を切りながら、剣姫が刃のような目つきでヌルズを制していた。一挙一動見逃さず、不穏な動きを見せれば一刀の下に切り捨てるつもりで。しかし、左右の呪法兵装がそれを許さない。
その場にへたり込むソラがメガネを直す。
インタースカイ経由でアルシュベイト達に送信していた救援要請が間に合ったことに安堵するが、まだ逆転とは言い難い。ここまでして、まだ互角に持ち込めているかどうか。
「ああ。むしろ、こうでなくてはつまらん」
「おれの隣にいるバカのようなことを言うんだな」
「言われているぞ、アルシュベイト」
《ふむ。心当たりがない》
「いや絶対にあんたのことだからな、大魔導師?」
まさか、この三人が肩を並べて戦う姿を見れるとは思いもしなかった。
《ソラ。後は任せろ、ここは引け》
「……嫌だ。足手まといと分かっていても、それだけは出来ない」
《死ぬぞ》
「そうだとしてもさ。もう僕は、自分の臆病を理由に友達を殺されたくない」
身体中痛いし、息をするのも苦痛だが、それでもソラは立ち上がる。
「大体、僕がいなかったら誰が君等のバックアップをすると思っているんだい? 全員揃いも揃って前線に出るような猪突猛進のバカしかいないのに」
《何も言い返せないな》
「うむ。だからこそ安心して前へ出ることができる」
「クソメガネ、貴様あとで一発殴らせろ」
――殺す気かよ。そんなことを思いながらも、ヌルズから注意は逸らさない。
「随分とあなたとも久しぶりねぇ、お師匠様?」
「どこぞの不出来なバカ弟子が寝込んでいるからな。こうして私が足を運ぶ羽目になった。何処までも行っても世話の焼けるバカで本当にバカは手がつけられん」
「さぁて、それじゃあ――今度こそアレを無様に泣かせるとしましょうか?」
「……さて、それでは改めて相手をしてやる。こちらも少々分が悪いのでな」
左手に浮かべたドス黒いシェアクリスタルからまばゆい光が放たれる。
鏖花が開く。砲弾と銃撃を居合で弾きながら先陣を切る剣姫に並び、アルシュベイトと大魔導師が押さえる。その逆側、凶魔をブラックハートとホワイトハート、グリーンハートが相手取っていた。
残るデッドエンドソウルをアイリスハート、イエローハート、そしてソラの三人がかりで掛かる。
「っ――これほどのものか……」
渋い顔をするソラだが、それでも。これでようやく対等に渡り合うことができる。
「……
指を鳴らすと、プロセッサユニットと呪法兵装を繋げていた鎖が解けた。そして、自立稼働を始めた鏖花と凶魔が吠える。単独でも生体兵器と同等、生きた術式として女神達と火花を散らしていた。
身軽になったデッドエンドソウルの抜刀をイエローハートが爪を交差させて受ける。動きを塞いだまま、刀を足で叩き折った。
パキンと、呆気なく折れる得物を気にした風もなくアイリスハートの蛇腹剣とソラの銃撃を新たに鍛造した刃で難なく凌ぐ。
左眼だけが、やけに光を放っている。それが不気味でならない。
女神達の総攻撃を前にして、鏖花と凶魔も単独での戦闘は長時間続かなかった。だがそれを意に介さずに、アイリスハートとイエローハートのコンビネーションを捌いている。
ソラが照準を合わせると、攻撃の合間に狙撃銃で左肩を撃ち抜いた。本来であれば心臓を狙ったはずだが、出血と痛覚によって狙いがブレてしまった。それに舌打ちをひとつ。
「ちょぉっと、メガネくん? 今のかなり危なかったんじゃないかしらぁ?」
「ああ、それはどうもすいませんね……」
アイリスハートの叱責するような視線に、ソラは眼鏡を直しながら仕留め損ねたことに悔しい思いで一杯だった。だが、そもそも重要器官を破壊したところで邪神がそれだけで機能を停止するとは考え難い。
“そんな程度”で、殺せるほど神様は甘くない。もしそうだとしたら、エヌラスはあそこまで摩耗していないのだから。
不意に――、それは唐突に。
デッドエンドソウルが納刀した。そして、その場から大きく飛び下がる。
鏖花と凶魔が完全に沈黙すると同時に、左肩の傷口が再生していった。
「まさか、ここから逃げられるとでも思っていないだろうな」
「貴様と電脳国家国王が手を組めば、何処までも追跡してくるだろう? 背を向ければ俺とて無事では済まないのは目に見えている」
「ならばどうするつもりだ。私達はここで貴様を殺すつもりだが」
掛け値なしの殺意を叩きつけられても――デッドエンドソウルは、まだ笑っている。
「――次元演算構築完了。仮想次元確立開始。展開」
天を掴むように右腕を掲げた。
それが、何を意味するのか“識っている”のは大魔導師ただ一人。
「貴様らの相手など
機械仕掛けの神様。
それは、誰が、何のために造ったのだろう。
滅ぶことなく。朽ちることなく回り続ける永久駆動の歯車。
ガラクタと無数の螺子を噛み合わせて、巨人の右腕が青空を砕きながら顕現する。
超高密度の生体術式――絶望の邪神、ヌルズが持つ本来の権能の片鱗。
かつて、ただ一度だけ。
無限に続くかに思われていた次元神の輪廻から手を伸ばした先で掴み取ることが出来た、ただ一つの
その腕一つで、女神に匹敵する魔人が造られるほどの熱量だ。
それが、今――自分達に牙を剥く。
「…………」
アイリスハートの顔から、表情が消えていた。
あの右腕を、知っている。
あの右腕を、覚えている。
あの腕が、どれほどの意味を持っているのかも――。
あれがどれだけの命を奪い。あれが、どれだけの命を守ろうとしてきたのかも。
最愛の妹を弑す、悪鬼の所業。それを超えてもまだ、それを超えてまだ、なおも――残酷で理不尽な運命が立ちはだかる。
「……大魔導師。貴様、アレをどうにかできる術はあるか?」
剣姫の言葉に大魔導師は無言で一歩踏み出した。あれほどの巨大な腕を動かしている以上、本体であるヌルズ自身の防御は薄くなるはずだ。しかし、そんな剣姫達の思惑をあざ笑うかのように左眼が輝きを増す。
機能停止したはずの鏖花と凶魔が再起動する。
「一撃だ」
静かに、呟いた。
「この俺が全身全霊を賭して、一撃は防いでやる! だが、それきりだ!」
「一撃だと? 貴様には止められん! 此処にいる貴様らがラステイションにある次元テレポーターを破壊されれば、帰還する術を失うことはわかっている。国ごと滅べ!」
その通りだ。要はラステイションの次元テレポーター。それを頼りにアルシュベイトが駆けつけることができた。もしも、それをこの場で失えば頼みの綱はプラネテューヌのイストワールだけとなる。しかし、しかし、然し――それを許すはずがない。
「――ふざけるな!!」
それは、誰もが驚いた。
あの大魔導師が、吠えた。
退屈と暇を持て余し、外道の知識の集大成である魔導書すら読み明かして飽きたと言っていた男が――こと、ここに至り自らの逆鱗に触れられたかのように憤怒の表情を露わにしている。
「ふざけるなよ、絶望! 止められんだと? やってみるがいい! この私が、どれほどそれを渇望したと思っている!」
――剣姫は、知っている。
この男が、どれほど世界の外側を望んでいたのかを。
この男が、どれほど世界の輪廻に挑んだのかを。
この男が、どれほど人の道を外れたのかを。
この獣が、どれほどの望みを打ち砕かれたのかも。
この男が、自らの名を忘れるほどに魔術を極めても尚、まだ神を超越するに足らないことを。
――剣姫は、覚えている。
だからこそ、許せなかった。だからこそ、赦せなかった。
この男の目指す道のりを。その“覇道理論”を、許すわけにはいかなかった。
それを是としてしまえば、この男の諦観こそが正しいと認めてしまうから。
それだけは絶対に出来ない。それだけは絶対に許せない。
人は、生きてこそだ。人の命は生きているからこそ輝いて見えるのだ。
それを奪い去ることは例え神であろうと許さない。
人を生かしてこその、王なのだ。それが正しいと信じている。
だからこそ――己の王道でもって、その覇道を否定する。
見果てた先は互いに同じであったはずなのに。
気がつけば、こんなにも互いに道を踏み外している。
「この俺の“覇道”は、貴様程度の絶望などに止められるものか! 此処まで来たのだ。ようやく俺は、ここまで辿り着いたのだ! 邪魔はさせん! 後一歩だ、あともう一歩のところで俺はあの“神”に届くところまで来たのだからな! 貴様程度に、この先の未知を阻ませてなるものか! やってみるがいいっ!! 俺が
「大魔導師、一撃は耐えられるのだろうなっ! ならば、任せるぞ!」
《守護女神総員で生体ユニットの動きを止める! その上で、あれを仕留めるぞ!》
「分かったわ!」
ブラックハートの目配せに、グリーンハート達が頷いた。
今、この瞬間だけは加減などしていられる暇などない。
カオス化と同時に左右の呪法兵装に向けて守護女神達が跳ね跳ぶ。
「――“
宙に君臨する機神の右腕に大太刀が握られる。エヌラスですら、全力で放てば山を吹き飛ばす破壊力を誇る電磁抜刀術、機神クラスの規模で放たれればどうなるかなど目に見えている。それが、ラステイションに向けられて直撃すれば容易く滅ぶ。跡形も残らず。
天を衝く大太刀に紫電が走る。
「――“
カオス・ブラックハート達が、再起動した鏖花と凶魔に向けて全力の一撃を繰り出して即座に沈黙させる――だが、その直後に二つの呪法兵装は守護女神諸共に自爆した。爆炎から飛び出すアイリスハート達を尻目に、剣姫とアルシュベイトが刃を構えてヌルズへ向けて斬りかかる。
雷鳴が響く。天を裂くように青空が悲鳴を挙げていた。光速の一撃を前にして、大魔導師がただ一人立ちはだかる。
足元に広がるのは、黄金の魔術円。
外道の集大成。魔術師として極めた魔導の総てを賭けた方程式。すなわち覇道理論。
限りある命を、総て見限ったとしても――!
その先にある未来を見せるのだと誓ったのだから。
「
超密度の魔力によって編まれる黄金の弓矢。
弓星一矢――だが、これでは足りない。あの絶望を打ち破るにはまだ届かない。
死者の魂を編纂し、演算し、さらなる位階へと昇華させる――理論上“無限昇華”を可能とする外道理論だ。
「
弦につがえ、黄金の矢を放つ。それは、大魔導師が放つ
機神の持つ大太刀と黄金の矢に収束していく無数の流星がまるで白昼の花火の如くこの世ならざる光を散らしている。
だが――それでも、絶望が上回った。機神の右腕が大太刀を握り直し、全身の歯車を軋ませながら黄金を粉砕する。
“兜割”によって断ち切られた術式が崩壊した。魔術師というのは、総じて己の理論に則って魔術を形成する。それが崩壊した以上、大魔導師はもはや無防備も同然だ。
自身を防御していた重力障壁も攻撃に回していた大魔導師にとって、その一撃は直撃でなくても致命傷となる――はずだった。
「閃術抜刀――返礼・舞鶴!」
しかし、剣姫が腰の太刀を閃かせる。
閃光の如き抜刀術は、機神の持つ大太刀を横から殴りつけて威力を分散させる。
ラステイションを消滅させるはずだった電磁抜刀は、大きく逸れて大山へと叩き込まれた。大陸全土を揺るがしかねない大地震と共に、山頂から麓まで抉れている。土砂が間欠泉のように吹き上がり、豪雨となって山に降り注いだ。
アルシュベイトがデッドエンドソウルの抜刀を大型片刃刀で捌きながら蹴りを放つ。しかし、鞘で防がれて足を払われて逆に蹴り返された。
「……余計な真似を」
「貸しひとつだ」
大魔導師が手を伸ばし、剣姫の肩を掴む。そのまま引き倒すと、ヌルズの居合を自分の右腕で防いでいた。
腕の半ばほどまで食い込んだ刃を左手で掴んで止める。それを剣姫が鞘で腕ごと叩き折り、得物を失ったデッドエンドソウルへ向けて再び剣姫が鞘走らせた。逆袈裟に身体を切り裂かれて、鮮血が流れる。それをアルシュベイトが横から刀の腹で殴り飛ばした。
「借りは返した」
「――腕一本で、足りるか!! この馬鹿者が!」
剣姫が怒りに任せて吠える。
これまでずっと、この男は諦めていた。ずっと、ずっと。死んだように生きていた。
――あの男を拾うまで。
エヌラスと出会うまでは、そうだった。
壊次元の果てまで魔導の探求心一つで解明した大魔導師にとって唯一、完全に未知数な存在だった。
だからこそ、エヌラスと一緒にいる間だけは。どこか以前のような人間臭さがあった。
お前が失ったものは、腕の一本でも、足の一本でも足りないというのに。
箱庭の管理者である次元神に、その先の総てを奪われた。
生きる全てを、失った――。
剣姫は世界の真実を知っても尚、一国一城の主としてアゴウに生きる民にとっての輝望であり続けると共に誓った――アルシュベイトと。
自分達は、国を背負うに留まる器であるのだと。
世界を背負うに、自分達の背中は軽すぎる。それは、あまりに重すぎるものだ。
背負いきれず、庇いきれず、きっと積荷に押し潰されると知っている。わかっていたとしても“諦めきれなかった”のだ。
大魔導師の本心を知っている。大魔導師の本音を、知っている。
だからこそ――剣姫は、この男の死んだような生き方を赦せなかった。
だからこそ、剣姫はエヌラスのことを気に入っている。
あの男の身の程を弁えないバカさ加減は、見ていて心地よい。
どこまでも、どこまでも、諦めない。何があっても、何があろうと、諦めなかった。
「機械人形風情が!」
《生憎と心は本物だ!》
アルシュベイトとデッドエンドソウルが太刀を合わせる。剛剣と火花を散らして、刃を逸らしていた。
リーンボックスから、ゼロワンを連れてアダルトゲイムギョウ界へ戻るなりソラからの救援要請。それは、大魔導師も同じくルウィーから九龍アマルガムに戻ってから聞いたものだった。休む間もなく駆けつけてきた三人にとっては、休む間もない交戦となる。
それでも――此処で、退くわけにはいかなかった。特に、この怨敵に対しては。
生体呪法兵装の自爆による負傷で守護女神の動きが鈍る。しかし、機神の右腕は健在だ。
たった一撃。ただ初撃を大魔導師が命懸けで防いだだけに過ぎない。本体は無傷で、かつ、アルシュベイトと剣姫が二人がかりでまだ互角だ。大魔導師も右腕を失っている。
――そこで、ようやく違和感に気づいた。
何かが、欠けている。
誰かが、足りていない。
「――――!」
逃げ出したのではない。
ただ一人だけが、正しく未来へ繋がる道を駆け出していた。
誰よりも先に。誰よりも早く。
――
(あ、の――男は……!!!)
優位に立っているはずのデッドエンドソウルが、そこで悔しさに表情を歪めていた。
機神の右腕を構えて、ならば目の前にいる守護女神達と神格者だけでも亡き者にせねば気が済まない。ここまで虚仮にされて黙っていられるものか。
しかし、守護女神とアルシュベイト、剣姫、大魔導師の全員を覆う数字の羅列。行きすぎた電子技術による次元転送。
それを見て、今度こそ激情にデッドエンドソウルは我を忘れそうになった。
「こ、れは……?」
戸惑うブラックハート達をよそに、次の瞬間には姿がかき消えている。ただ顔を憤怒に染め上げていたデッドエンドソウルが左眼で視るのは神格者の気配。
居た。遠い、遥か遠方にあるはずのリギホウテン跡地に琴霧ソラの気配が見える。
――廃墟と化した教会に、ただ一人駆けつけていた。
残骸の中に半ば埋もれるように、ソレはあった。
女神メモリー。この神次元において、守護女神を生み出す奇跡の産物。その発生周期は不確定で不規則極まりなかった。だが、今となっては何が起きてもおかしくないほど、おかしくなっている。
琴霧ソラは、駆ける。
全身が痛い。息が上がる。
身体中から血が流れていくと、寒気が身体の芯に迫ってきていた。
血で濡れた指で、タブレット端末を操作する。だが、画面が赤く染まって誤操作を起こす。そのせいで自分の次元転送操作が上手くいかなかった。
「ああ、くっそ……! 手袋着けておけばよかった――!」
軽口を叩きながら、ソラは力なく笑う。
急げ――急げ、急げと心ばかりが急かしてくる。
背後のすぐそこまで死神が迫ってきていた。それでも、追いつかれるよりも先に身体が動く。
青天にあって、霹靂の如く。青空が叫び声を上げている。
「琴霧、ソラァァァァァァ――!!!」
「はっ、“
鼻で笑いながら、ソラがデッドエンドソウルの電磁抜刀を逆算して解析する。服の裾で指の血を拭い、タブレットを操作した。
仮想戦闘領域内での交戦における戦闘記録は、電脳国家インタースカイのメインサーバーであるマザーコンピューターに送信済みだ。
機神の右腕は解析に至らなかったが――、それでも今は違う。進展がある。
光速の抜剣と打ち合う銃弾と斬撃。
納刀したデッドエンドソウルが、再度の電磁抜刀を放とうとするがソラの解析が先回る。電撃が霧散し、それはもはや居合に落ちていた。だがあくまでも、電磁抜刀を打ち消しただけだ。その斬撃までもが止められるわけではない。
ソラの首元にあてがわれる刃。
デッドエンドソウルの額に突きつけられる、青いタブレット端末。
「貴様だけは! やはり此処で仕留めておくべきだな!!」
「……やってみろ、絶望。お前が僕の首を跳ね飛ばすより先に、お前を次元の彼方に転送してやる! 例えお前に、僕が勝てないとしても!」
ただ勝てないというだけだ。実力差が歴然としている。だが、それだけだ。
今、この状況下における勝利とは――。
自分を次元転送するはずだった端末の操作を即座に切り替え済みだ。対象が目と鼻の先に立っている。これほど至近距離に相手が存在しているのなら、操作は誤らない。
レンズの裏側で、ステラが泣き叫んでいる。仮想現実内でサポートをしていてくれたインタースカイ教会の職員達が、タブレット操作を拒んでいた。
国王権限の指揮権行使による書き換えで、次元転送を強制的に行使する。
その指先ひとつ動かすまでの僅かな動きに、デッドエンドソウルが反応した。
閃く白刃に、姿がかき消える。
乾いた風が吹き抜けた。
そして――次の瞬間、ソラの首筋に一筋の赤い線が走る。
首の半ばまで到達していた刃によって、血が噴き出す。
「っ…………ああ……くそ……本当にどいつもこいつも――チャンバラ、強すぎんだろ……」
ほんの、コンマ一秒。
たったそれだけで、他人の命を奪い去っていく。
視界が霞む。膝から崩れ落ちて、ソラは瓦礫の街に倒れた。
それでも、まだ辛うじて身体が動く。
うつ伏せになった身体を起こして、仰向けになる。
右手に握った女神メモリーを転送するためにタブレットを操作しようとして、手からこぼれ落ちていることに気がついた。
どこに落としたのかと視線を向けて、画面が割れていることに気がつく。
最後の最後で、ヘマをした……。どこまでいっても、詰めが甘い。
本当に自分は最期まで――詰めの甘い、お人好しだ。
我ながら、おかしくて鼻で笑ってしまう。
――最弱のままの自分が肩を並べるのは、お門違いというものだ。
「…………」
視界一杯に広がる、満天の青空。
ソラは静かに息を整える。
造り物の世界ではない、本物の青空がこんなにも綺麗だとは思わなかった。
寝転がったままの自分を見下ろす守護女神――アイリスハートが、苦虫を噛んだような渋い顔をしている。
「そんなとこで寝ていると、レンズ割っちゃうわよぉ? メガネくん」
「……あー、そっすね……」
力なく答えて、ソラが薄く笑った。
屈み込んだアイリスハートは、血塗れの手から女神メモリーを拾い上げる。
「…………」
「……これを、何処に持っていけばいいのかしら?」
「インタースカイまで――必ず……届けてくれ……」
「もちろんよ」
自分の膝にソラの頭を乗せると、静かに撫でた。
その心地よさに、目蓋を閉じる。晴れているはずだったのに、頬が濡れた。雨粒にしては、やけに熱い。だが、それはどこか冷たかった。
目を開けようとしたソラの視界が、アイリスハートの手で塞がれる。
「……、今日は――雨だったかな」
「ええ、そうよ……」
「――――そっか……そうだった、かな…………」
「女神様は嘘つかないのよ。だから」
アイリスハートの膝の上から、徐々に人の温もりが消えていく。
「……だから、必ず届けるわ」
どんなに残酷で、理不尽な運命が立ちはだかったとしても――これは、立ち向かおうとした最弱の王様が繋いだ輝望なのだから。
何があっても、必ず届ける。
必ず、越えてみせる。
この程度の地獄、あの人ならきっと覆してくれるはずだ。