超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――神次元ラステイション教会前。
カオスメガミを含めて、大魔導師達がソラによって転送される。アイリスハートだけが唯一、教会から飛び立った。
自分達がヌルズと交戦していた青空に浮かんでいた機神の右腕が光となって解ける。
あれがもし、ラステイションを狙っていたら自分達は一巻の終わりだっただろう。しかし、それ以上に優先すべきは、琴霧ソラの撃破だったのだ。
ヌルズ・エクス・モルテスがもし、ラステイションを破壊していた場合、ソラの一人勝ちだ。女神メモリーは回収され、エヌラスが戦線復帰する。
ソラの撃破を最優先した場合、女神メモリーを確保される前であればヌルズの勝ちだが――それも後手に回っていた。あの状況下においては、互いに選択肢が限られている。
最初からソラはそのつもりで動いていたのだから。
それから間もなくして、戻ってきたアイリスハート。沈んだ表情で、その手には血で汚れた女神メモリーが握られていた。
そこにソラがいない事が一体何を示しているのかは、言葉にしなくてもわかる。
アルシュベイト、剣姫、大魔導師の三名はただ沈黙を貫いていた。
「ねぇ、プルルート。ソラは……? アイツは、どうしたのよ」
「…………」
ブラックハートの問いに、アイリスハートが蔑むような視線を向ける。
「言わなくてもわかるでしょ?」
「でも――」
「それよりも、はいコレ。メガネくんからの届け物よ」
女神メモリーを、剣姫が受け取った。
これほどちっぽけな物を手に入れるために犠牲を払ったことを悔やんでいるのか、苦い顔をしている。
「……馬鹿者が。まったく、あのお人好しは本当に」
「インタースカイまであたしも同行するわ。それをちゃんと届けないといけないもの」
《承知した。ならば、護衛は俺が務めよう。かまわんな、御姫》
「ああ、構わん。アゴウはおれに任せよ」
アルシュベイトも、剣姫も軍事国家を預かっている身だ。だからこそ、此処で喪った痛みに立ち止まらない。
あのお人好しが残した意志は、継がなければ意味がないとわかっているからこそだ。
「誰が、泣いてやるものか――あんなお人好しのために、誰が泣いてやるものか。おれはもう、泣かないと決めたのだ」
《…………》
立ち止まっている暇などない。進み続けるしかないのだ。
「……くだらん」
だが、ただ一人。
大魔導師だけは既に女神達に背を向けていた。
たった一言だが、それはその場においてひんしゅくを買うのに十分過ぎる言葉。
「――なぁ! なんでだよ! 仲間なんじゃねぇのかよ! 友達なんじゃ、なかったのかよ!」
ホワイトハートが堪えきれずに、背を向けた大魔導師に向けて叫ぶ。
「なんでそんな平気な顔をしていられんだよ! 死んだんだぞ!? 普通は、悲しむもんなんじゃねぇのか!? どういう神経してやがんだお前は!」
「…………」
「ブラン、やめなさい」
グリーンハートが引き留めようとするが、その手を振り払ってホワイトハートが詰め寄る。
怒りのあまり、目尻に涙を溜めながら。
「くだらねぇって、なんだよ! アイツが、ソラのやつがどれだけこっちで頑張ってたのかを知らねぇくせに! ラステイションでお前らのために頑張ってたってのに、なんでそんな冷たい事が言えるんだ! 鉄でできてんのか、お前の心は!」
大魔導師が立ち止まり、首だけで振り向いた。感情を欠いた瞳で女神達に視線を向けている。
「口論の余地もない。見ての通り、一番の重傷は私だ。右腕一本持っていかれた以上、急ぎ国へ戻り回復しなければ次に間に合わん」
「我が身可愛さで、そうやって切り捨てられんのかよ!」
「クソメガネが影で何をしていたのか、知らんわけでもない」
「だったら――」
「アイツがただ死んだだけならば、無駄に終わっている。徒労に終わったというだけの話だ。そうではないだろう。よって、此処でこれ以上の時間を浪費するのは、それこそアイツが無駄死にで終わる。あの邪神が立て直す時間の猶予もなく、次の行動を起こすべきだ。それは少なくともお前達守護女神ではなく、我々の役目だからな。それがわかったら、これ以上私の時間を使わせるな――」
どこか苛立っている様子で睨みをきかせていた。それが、少なくともこの男にとって感情を揺れ動かされている証拠であると知るのは長い付き合いの二人だけだ。
一刻も早く、インタースカイへ向かわなければならない。一刻も早く、エヌラスにこれを届けなければならない。だが、あの男はソラの死を受け入れるだろうか? それだけは、絶対にないと言い切れる。
何のために、今日まで地獄を見てきたのか。
誰のために、今日まで死闘を繰り広げてきたのか。
だからこそ、誰もが皆。今日まで生き残ろうと戦ってきたというのに――。
大魔導師だけは、ラステイション教会の次元テレポーターを使用して一人だけ先にアダルトゲイムギョウ界へと帰還した。それに続くようにして、剣姫が立ち去る。
アルシュベイトだけは一度だけ立ち止まり、振り返った。
《……赦せ、とは言わん。だがあの男が考えているのは、この先の勝利だ》
「…………理解できねぇよ」
《そうだろうな。そもそもアレは、見据えている敵が違う。あの邪神ではないのだ》
「……と、言いますと?」
《全ての根源、その元凶とも言うべき箱庭の監視者。次元神こそを打倒するべく動いているように思えてならん。エヌラスにしてもそうだ》
「そのために――そのためだけに、アイツを用意したっていうの?」
《…………そうだ》
「それこそ本当に、人の命をなんだと思っているのよッ!? 自分の目的のためだけに命を生み出すなんて、最低最悪のド外道だわ!」
ブラックハートの怒りは尤もだが、アルシュベイトはそれ以上大魔導師を擁護することを辞めた。今だけは、本当に時間が惜しい状況だ。
《すまない》
「どうして貴方が謝るんですか?」
《いいや。本来、俺は……あいつに、ソラのために涙を流してやるべきなのだ。御姫も、そのはずだった。だが、あれから涙を奪ったのは他ならぬ俺の責任だ。こんな機械の身体でなければ泣いてやったはずなんだがな――だから、嬉しいのだ。守護女神が、俺達の代わりに怒り、涙を流してくれるというのは》
それほどまでに、ソラはこの次元で親しまれていた。
あれが、どれだけお人好しだったのか誰もが知っている。
次元テレポーターを見上げて、目を細めた。
《……これがアイツの墓標だとは、思いたくない。だが、守ってくれ》
「もちろんよ。ラステイションの守護女神の名に懸けて。絶対に守り抜くわ」
《その言葉を聞いて安心した。では、俺たちも先を急ぐ》
「それじゃ~、ピーシェちゃん~。いい子に待っててね~」
「うん、わかった! ぷるるともいってらっしゃい!」
「はぁ~い」
ノワール達に見送られて、アルシュベイトもプルルートも神次元を後にする。その姿が消えてから、一人だけ女神化を解除していないグリーンハートがため息をついた。
「どうしたのよ、ベール」
「いえ。大したことではないのですが……女神でありながら、未熟さを痛感するばかりですわ」
「……私達だけじゃ、敵わなかったというのは確かに腹立たしいわね」
「でも、本気でアレに勝てるってのか。あの野郎は」
「あの一撃、全力で逸らしてなかったらラステイションなんて消し飛んでたわよ」
ノワールの視線の先。そこにあったはずの山がごっそりと消え去っている。今頃地質学者達は大騒ぎだろう。ゲイムギョウ界の地形と景観が変わるほどの戦闘、そう起きてほしくない。
だからこそ気にかかる。大魔導師の言葉が――。
ようやく此処まで辿り着いたのだと、そう言っていた。
それはつまり、計画通りということだ。何処までいっても、あの男の掌の上だということに若干の気味悪さを覚える。
――次元の彼方。次元の狭間へと強制転移させられたヌルズ・エクス・モルテスは、怒りのあまり我を忘れそうになった。
仕留め損ねた。仕留め損なった。
何処までも悪あがきを! 何処までも無駄な足掻きをしてくれる――!
歯ぎしりを鳴らしながら、血糊を払って納刀する。その視線の先では、眼帯を付けた次元神セロンが読書の真っ最中だった。
まるで、意に介さない様子で書物を読みふけっている。
「――セロン! 貴様、これがどういうことかわかっているか!」
「ああ。お前の“左眼”を通して、よく見ていたよ。いや、最弱ながらによく動くものだ」
鼻で笑い、それが果たしてどちらの無様を笑っているのか。肩を揺らしながらヌルズがセロンへと詰め寄る。
「本当に意図的に女神メモリーを用いて出来損ないが蘇るとでも?」
「そうだな。原理的には、問題ないだろう? お前の右腕を、女神の力で補うのだから」
「だったらその前に俺が破壊すればいいだけのことだ!」
「それは困る。貴様に貸した左眼は、そういう契約で渡している」
箱庭を直接的に破壊しなければ貸し与える。そういう契約だ。奪われる形ではあったが、その内容で互いに承諾している。
だからこそ、直接的に関与するのではなく間接的に――例えば、魔人を送り込むなどの方法で破壊活動する分にはセロンの“
今や、アルシュベイトも剣姫も、大魔導師も。守護女神のひとり、プルルートでさえもが壊次元へと到着している。
クロギアを送り込むか? それともシロトラを? いずれも、アイツの手駒だ。勝手に動員することはできない。ならば、オルタか。それともマガツビか。そのどれもが、決定打に欠ける。
「ッ……!!」
「おやおや。どうした? 随分と、まぁ、苛立っているようだが?」
「なにが面白い……!」
「そうだな。今のところ、全部。貴様が屈辱に顔を歪める様も。最弱が絶望に抗う姿も。一丸となって次の一歩を踏み出す様も。全てだ。嗚呼、私が見たかったものは、こうであるべきだ。その点で言えば、お前はよく舞台を回してくれているよ。なぁ、絶望の邪神よ?」
左腕に紫電が奔ったかと思えば、既にヌルズが怒りに任せて神速の抜刀術を放っていた。
電磁抜刀を、しかし、セロンはつまらなさそうに。さも、飽きたように。
ぱたん、と閉じていた本の背表紙で受け止めていた。
次元神が手にした書物の一冊、切り裂くことのできない腹立たしさにますますヌルズが歯を食い縛る。
「貴様、は!!」
「何を勘違いしているのか。私はあくまでも傍観者だ。お前達の
「――――、………………」
呼吸を整えて、息を深く吐き出す。ヌルズ・エクス・モルテスは思考をクールダウンさせると刃を納めた。
「俺は違う。貴様の言う、貴様の扱う役者ではない。そこは、忘れるな」
「ああもちろんだとも。さて、お前が一歩遅れたようだが。次はどうするつもりだ?」
「……次元演算の目処が立っている。ならば後は、協力者の計画に任せるだけだ」
「あちらも中々に頑張っているようだが、女神もどうして粘り強いな。たかが歴史改変だけでは消滅しないところを視るに、よほど強い絆があるらしい」
「言っていろ。最後に全部終わらせるのはこの俺だ」
「それはそれで、楽しみだ」
涼しい顔で、姿を消すヌルズを見送るとセロンはわずかに焦げた本の背表紙を見て少しだけ残念そうな表情を見せる。
「ああ本当に――楽しみだ。どちらが生き残ろうと構わん。此処まで来たのだから」
果たして、ヌルズは気づいているだろうか――。
過去、幾度となく同じ言葉を絶望の魔人へ向けて、敗れ去った邪神の数々を。
そして。
セロンが用意した舞台に上がった以上――すでに絶望の邪神も、この
世界の破壊も創造も、我が身がひとつあれば事足りる以上。
こうして、傍観するしか愉しみが残されていないのだから。