超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――商業国家ユノスダス。その教会へ帰還した大魔導師は引き留めようとする声の全てを意識の外へ放り投げて犯罪国家九龍アマルガムへ向けて直帰していた。
その無愛想ぶりは、長く慣れ親しんだユウコにしてみれば不機嫌の一言。
それから少し遅れてきたのは剣姫だった。こちらも同じく不機嫌を隠そうとしない。人の職場に大急ぎで乗り込んできて、なんで一言もなく帰ろうとするのか。感性を疑うが、そこは長い付き合いなので言葉を飲み込むことにした。
しかし、その次にやってきたアルシュベイトに関しては何故かプルルートを肩車していたので流石に引き止める。
「アルシュベイト」
《む。ユウコか。どうした》
「こんにちは~。なんだか久しぶりだねぇ~」
「ぷるちゃんも久しぶりー。どう、そっちは。元気にしてた? ぴぃちゃん風邪とか引いてない? げんきのかたまりみたいな子だから大丈夫だとは思うけど」
「うん~。ピーシェちゃん、いっつもすっごく元気だよ~」
《……その、俺に用があるのでは?》
「そうだった。ごめん。つい。大魔導師とつるちゃん戻ってきたけどもさ、なーんかすっごい不機嫌なんだけどなんかあった? あと、うちのシステムと敷地を勝手に使ったんだから一言くらいない? なんかあるでしょ」
《それについては二人に代わって俺から謝罪しよう》
頭を下げるアルシュベイトに免じて、ユウコはバインダーを小脇に挟んで頬を膨らませながらも腕を組んでいた。
「で? なにがあったの?」
《ふむ。こちらも先を急いでいる。単刀直入に言えば――ソラが死んだ》
「…………誰にやられて」
《ヌルズ・エクス・モルテスだ。こちらが不覚を取ったと言えば、それだけの話だが、何もそれだけではない》
エヌラスを再起させるための女神メモリーを確保できた、という言葉にユウコはますます機嫌を悪くしている。
「……あのさ。それって、どうしてもアイツじゃないといけないわけでもあるの?」
《言いたいことはわかっているつもりだ》
「そりゃ私だって――、言いたいことは山ほどあるけど犠牲が出た以上。絶対にエヌラスが黙っているわけないでしょ……それくらい」
《わかっている。わかっているからこそ、ソラが為そうとしたことを代わって成さねばならん》
ユウコが絶対に拒否するのはわかっていた。だから、誰も言わなかった。ソラですら、ユウコに怒られるとわかっていたからこそ、何も言わずに作戦を実行した。その結果がコレだ。
エヌラスでなければならない理由など、きっと無い。あれはもう十分に戦った。
戦い過ぎた、と言っても過言ではないくらいに、戦いに明け暮れていたのだから。
壊次元ではない世界をどれほど巡り、どれほどの邪神を相手に戦い続けてきたのか。一言も話してくれない。
もう戦わせなくていいのに。誰も彼もが、戦場に引き戻そうとする。
そうするとまた、自分は此処でこうして待っているだけになってしまう。
《……すまない》
「いいよ。別にアルシュベイトが謝ることじゃないし。私だって、エヌラスの元気な姿は見たいし? 仕事戻るから、そっちはそっちで勝手によろしく」
会釈して、アルシュベイトがプルルートを連れて電脳国家インタースカイへ向けて跳躍ユニットで飛び立つ。
深く、深く息を吐き出した。
――琴霧ソラの訃報を耳にしても、どこか現実味がない。
ああそうか、という気持ちと、またか、という気持ちが混同している。だが。
もう、自分達に“次”なんてものはない。だというのに、他人の死がこんなにも薄く感じられてしまう。
「…………」
まるで前世からの記憶が、運命の人とでも言うようにエヌラスのことばかりだ。それでも記憶を頼りに思いだす姿はいつも血塗れで、怪我ばかりして、人に心配ばかりかけて、それでも「腹が減った」と人に訴えかけてくる。本当に、呆れるしかなかった。もっと他にあるだろうに。沢山言いたいことがあったはずだ。伝えたい言葉が、山程あったはずなのに。
それなのに――肝心な時と、肝心なことは絶対に言ってくれない。
思わず、仕事の手が止まる。午後の業務はまだ半ばほど残っているにもかかわらず、手につかない。
考えたくもなかった。思いもしなかった。
エヌラスが、いつか消えてしまうなんて。
自分の前から姿を消したとしても、きっと何処かで生きていてくれるとずっと信じて待っていた。帰ってきてくれるものだと。
もしもそれが失われてしまったら――明日の自分は、どうしているだろう。
「あの、国王様?」
「……ごめん、ちょっと残りの業務はそっちで片付けてくれる? これとこれは前倒しで片付けてた業務だから後回しで、こっちは夕方までだから。終わったら報告書とか全部まとめて私の執務室に置いといていいから、お願いね」
「えっ。はい……大丈夫ですか?」
「……明日には、戻るから」
手にしていた資料を押しつけて、ユウコは引き止める声も聞かずに真っ直ぐ教会へ入るなり自分の部屋に向かっていった。
今は、誰にも会いたくない。――ただひとりを除いて。
きっと、元気になって。いつもの姿を見せたら、いつもの調子でご飯をねだるに違いない。
――電脳国家インタースカイへ到着したアルシュベイトとプルルートは政治中枢であるタワーに一直線へ向かい、確保した女神メモリーを届けた。
国内は無人化が進められており、そこに定住していた生身の人間はほとんどいない。その中の一人でもあるソラはもう帰ってこない。事実上の、電脳国家の陥落を意味していた。だがそれでも、インタースカイの仮想現実空間に心身を置いている住民達はコレまで通り他国との友好関係を維持する方針で動いている。
ソラは、予め自分が不在であったとしても国内の運営が滞らないように普段から教会職員達に通達していたし、同時にそのための訓練も十分すぎるほどに重ねていた。そうなると、現在の最高責任者は、その秘書を間接的に務めていたステラということになる。
誰も、泣いている暇なんかない。一歩でも先に、あの邪神の策略を越えなければならないことは誰よりもソラが知っていた。だからこそ、その後のことまで考えて――記憶が戻ったあの時からずっと一人で戦っていた。
神次元のラステイションで次元テレポーターを設置する傍らで、他にもなにか仕掛けを用意していたはずだ。
アルシュベイトとプルルートはそれを届けたことを確かに確認してから、互いに顔を見合わせて一度だけ頷く。
《……》
思えば、此処に足を運ぶのも随分と久しぶりだ。
塔争という概念が、当たり前のように存在していた頃は、友人であると語っておきながら有事の際は互いに侵略行為に乗り出すという矛盾した関係が続いていた。だからこそ、顔を合わせるのは極力互いの友好国の共通点であるユノスダスで、国王ではなく一人の友人として。そう決めていた。
終わってしまえば、何のことはない。自分達はそんな心の弱さを互いになすりつけ合って、傷を舐めあっていた軟弱者だったのだ。
やり直せるならば。可能ならば、また友として肩を並べたい。しかしそれは叶わない願いとなった以上、生き残った自分にできる最善の手を尽くしたい。
《――――》
《む。ステラか、どうした?》
電脳国家の最たる特徴である、仮想現実空間に居住するステラからの通達。それは、インタースカイの武器庫に保管されている物をアゴウへ一部譲渡・返還したいという申し出だった。
確かに、女神代理戦争の際に兵力を大勢失ったという損失もある。それを大至急、軍備拡張して取り戻さなければならないという焦りもあった。渡りに船と言うべきか、その申し出はアゴウにとって非常に助かるのだが――、最初は断ろうとしていたアルシュベイトだったが、一通の録音メッセージが届いた。
差出人は、琴霧ソラ。再生を開始する。
『アルシュベイト。この音声データは、僕が亡くなった場合、君に自動送信されるようにしてある。だからコレを聞いている時は、僕はもう居ないものだと考えてくれ。今、神次元のラステイションで次元テレポーターを設置している。これが完成したら、プルルートちゃん達の世界もどうか、残された君たちで守ってあげてほしい。無茶を言っているとは思うけど、頼むよ』
その言葉を、横に立っていたプルルートがヌイグルミを抱きしめながら聞いていた。
『この先、激化しているだろう戦闘で。恐らく一番最初に脱落するのは僕だ。理由は、君たち神格者の中で一番弱いから。そして、君たちの中で一番厄介だからだ。それでも僕が壊次元に存在している間に、直接的な被害を受けなかったのは、恐らく邪神ヌルズと次元神セロンの間で何らかの取引があったからと思われる。恐らく、弱点はソコだ。あいつらは共闘関係にあるようで、どちらも足を引っ張ろうとしている。そんなの出し抜けそうなのは、あの腐れド外道バカ師弟くらいのものだけどさ――それでも僕は、僕なりに全力で頑張るよ。裏で色々手を回しておくからあとは頼んだよ』
その手始めに、自分の国の兵力を削減して委譲する。仮にインタースカイが破壊されたとしても、そのアナログデータは敵に利用されないように一番信頼関係を築いているアゴウへ。
ステラは、そのメッセージを先に聞いていた。だからこそ、涙を呑んでいる。あの人の意思をどうか継いで欲しいと。
貴方は不退転の進撃と決意を秘めた、鋼鉄の戦友なのだから。
《……承諾した。その申し出、快く受けよう。感謝する》
一国一城の主として。それ以上のものは望まなかった。
一国一城の主として。いま以上の世界は望んでいなかった。
守るべき民がいて。友人たちに囲まれて。何事もなく、平穏な日々が続いてくれると信じてやまなかった。
しかしそれが、どれだけ自分の知らないところで犠牲になった男がいたのか知ろうともせずに安穏と過ごしていた自分がこれほどまでに許せないと思ったことはない。
最弱が守ろうとした誇りは、最強の名にかけて壊させはしない。
――女神メモリーの解析から、改竄に至るまでの数日間。インタースカイでは急ピッチで作業が進められていた。同時に、アルシュベイトはインタースカイ護衛の任を引き受けて動かない。
その間、プルルートは一時ユノスダスへ預けられていた。目的の品を犯罪国家九龍アマルガムへ向けて運搬する道中で合流する手はずになっている。
一体どこまで先回りしていたのか、ソラがあらかじめ過去のデータから女神メモリーに関する資料を神次元で調査していたおかげで作業そのものは問題なく終了した。残るところは、それをエヌラスに届けるだけとなったのだが――肝心なのは、それを渡されたエヌラスが果たして、どれほどの感情を爆発させるかだ。
消え失せようとしている火に向かってガソリンとニトロをぶちまけるがごとき所業。悪魔でも恐れる愚行だ。だが、それを望んで引き受けた手前、アルシュベイトはそのバグとエラーコードによって改竄された女神メモリーを届けなければならない。
《世話になった、ステラ。これはすぐに届ける》
もし。ソラを失った痛みと怒りと悲しみに明け暮れて、周囲に災害を引き起こすようならそれは自分が一手に担おうとアルシュベイトは固く決めていた。しかし、国内に不法侵入者有りという警報に、背後の長刀を手にして現場へ直通する。
そこへ立っていたのは、他でもない大魔導師張本人であった。
切断されたはずの右腕はすっかり復活している。相変わらず理解の範疇と常識の通用しない相手だと思いながらも、アルシュベイトは教会へ向けて真っ直ぐに大通りを歩く大魔導師の前に着地した。
《大魔導師。どうした》
「アルシュベイト。それを渡してもらうぞ」
《藪から棒に。断ると言った場合は?》
「殺してでも奪い取る」
《その理由を問わせてもらおうか》
背面ラックに背負った長刀の柄から手を離さずに、アルシュベイトが問う。その言葉に対してインタースカイ全域から警備ドローンに警戒されている大魔導師はいつもの無表情で答えた。
「それを貴様がバカ弟子に渡すよりも、俺が渡した方がマシだからだ」
《…………》
「あのバカが、万が一にでも。ソラがいなくなったことで自暴自棄になって暴れだしてもみろ。誰が一番被害を受けると思っている。俺の国の、俺の教会の、俺の敷地だ。それに貴様を巻き込んだとあれば、剣姫が黙っていないだろう。それは、実に面倒だ。だから俺に渡せ」
《しかし……》
「このご時世。バカ真面目に報連相で損害を引き受けることもないだろう、わかったらさっさと寄越せ。インタースカイごと敵に回されたいか」
血も涙もないのはいつものことだ。だが、エヌラス関連となると、やはりどこか他人を遠ざけようとしてみせている姿にアルシュベイトが疑問を抱いていた。
確実に、何かを隠している。
《了承した。だがひとつ条件がある、大魔導師》
「ものによっては交渉決裂だ」
《ならば、答えてくれ。何故今になって、次元神へ挑まんとする手はずを整えている?》
「…………」
《俺の気の所為でなければいいのだが。なにか引っかかる。そこまでエヌラスに固執する理由がお前にあるのか。弟子であるという理由以上に》
「ああ、そうだな。私には少なくとも、アイツが必要なのだ。アイツが私にとっての“鍵”なんだ。だから、どんな手段を講じようとも私はアイツを生かすために最善を尽くす。この俺自身の肉体を使ってでもな」
《……勝てる見込みがあるのか》
「厳しいだろうな、今のままでは。だからこそ言っている――それを渡せ」
やはり、何かを隠していると見て間違いない。だが、今は信頼してもいいと判断した。
《ならば、九龍アマルガムまでは同行の許可を。エヌラスへ届けるのは任せた》
「……その条件で譲歩してやる。行くぞ」
踵を返して歩き出す大魔導師の後ろにアルシュベイトがついていく。
どこからどこまでが、この男の掌の上なのか疑問を抱き、拭いきれない不信感を秘めながらも今は互いに肩を並べて歩き出すしかなかった。