超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――懐かしい、夢を見た。
それはもう叶わない夢だけど。
とても懐かしい夢を見た。
初めて、琴霧ソラと出会った日のことを思い出す。
あれはそう――大魔導師の弟子として修行に明け暮れていた自分が、初めて九龍アマルガム以外の世界に踏み出した日のことだ。もうずっと、遠い昔の話なのに。
今でも、鮮明に覚えている。
ユウコに初めて会った日でもあるし、同時にソラと初めて出会ったのも商業国家ユノスダスだった。
何の用事で赴いたのかだけは、覚えていない。忘れてしまった。
それでも、確かに――覚えているのだ。
真っ昼間から人のことを怒鳴り散らした吸血鬼という存在に、初めて会った日を。
呆れながら、人にケーキとコーヒーを奢った電脳国家国王に出会った日のことを。
三人で笑いながら一つのテーブルを囲んでいた日は、もう来ない。
時々、軍事国家の王様も交えて四人で談笑していた日々は、帰ってこない。
「――エヌラス。キミさ、なんで九龍アマルガムなんかにいるわけ?」
「なんでって聞かれてもなぁ……」
「確かに。酔狂にも程がある。あんな国に定住するくらいなら野宿した方が百倍マシ」
テーブルを囲み、ユウコとソラの二人の質問にエヌラスは悩んだ。
考えたことなどなかった。
自分にとって初めて、帰る家がある生活というものは新鮮な気分で居心地が良かった。だから九龍アマルガム以外で生活するという発想がエヌラスには無かった。
あそこには、大切な人がいて。大事な妹がいて。唯一無二の恩師がいる。
その全てを置き去りにして、他の国で生きることなど考えもできなかった。
「他に住む場所ねぇし。それに俺は、あそこが気に入ってる。妹がいて、マリーがいて、師匠がいて。俺の帰る場所はあそこだけだ」
「……キミが、どうしてもって言うなら。別にウチに泊めてもいいけど」
「僕の国でも、変な真似しなければ宿泊するのは止めないけど?」
「ユウコはともかく、なんかお前の国はやだ。海に囲まれてるし」
「あーそうかよ畜生! コーヒー代返せ!」
「奢りで飲んでんだから金持ってるわけねぇだろうがクソメガネ!」
「クソメガネぇ!? なんだとキミ、眼鏡バカにしてるのか! 初めて言われたよメガネでバカにされたのは! なんか無性に腹立つな!」
騒ぎ立てる二人が席を立ちながら取っ組み合いを始めそうになっていたが、横からユウコが凄むものだからエヌラスとソラは大人しく椅子に座る。
オレンジティーを冷ましながら飲むユウコは頬を赤くしながら目を逸らしていた。
「脈ありそうでよかったね、ユウコ」
「やかましっ。うっさいバカ。クソメガネ」
「やめてくれ。その罵倒は僕に効く。やめてくれ。その蔑称は流行らないし、絶対に流行らせないからな!」
「わかった。俺の万年トレンド大賞に載せておく」
「キミは本ッ当にクソみてぇな性格してるな! ほんとクソだなアイツの弟子は! 大魔導師そっくりだよそういうところ本当に!」
あとで師匠にチクろう。エヌラスはそう決めた。
「でもそうだなー。ユウコの飯は美味いからなー。毎日食えるなら悪くないかもな」
「……え、まじ?」
「ありがたみ、なくなりそうだけどね」
「それはちょっと問題だな。腹立つことに本当に美味いから三食は贅沢が過ぎるか」
「――クソメガネェ!!」
「いやゴメン! ほんと悪かったって! 余計な一言口走ったね僕! ほんとゴメン謝るから許して! ケーキおごるから!」
「エヌラス、ソラがケーキ奢るから好きなだけ頼んでいーよっ!!」
「マジか、ありがとなクソメガネ!!」
「キミらはぁああああ!!!」
結局二人で全メニュー制覇して、ソラがあまりの大金に泣きながらカードで分割で支払おうとしていたのを指を差して笑いながら見ていた。
その現場を目撃したアルシュベイトが慌てて駆けつけて事情を聞くなり、自分の持ち金から半分支払ってくれた。
「お前ら、ちょっとは手加減してやれ」
「だってクソメガネが」
「そうそう。クソメガネが」
「ソラのメガネが例えクソメガネだとしても悪く言ってやるな」
「僕の味方はいないのか!!」
「安心しろ。俺はお前の眼鏡はオシャレアイテムとして認識している!」
「伊達じゃねぇーよっ! マジモンだよ! 視力矯正だよ!! ブルーライトカットしてるし紫外線カットも入ってんだよッ!!! 大概にしてくれよっッ!!!! 何ならお前もメガネにしてやろうかァ!!!!!」
やけくそになってエヌラスとユウコとアルシュベイトにそれぞれデザインしたメガネを手にしてソラが追いかけ回す。
なんだかんだ言っても、ユウコのメガネ姿は見たいのでエヌラスはこっそり赤縁のメガネをユウコに掛けさせた。
「なんだ、メガネも似合うな」
「うむ。わかる。知性的に見えるな」
「そ、そう? いや、そりゃそこまで言うなら私も満更でもないっていうか……」
「ユウコもクソメガネの仲間入りだけど、いいの?」
「おいソラ、テメェ次余計なことを言ったら口を縫い合わせるぞ」
「チクショウ! 僕はいつもこうだ! 誰も僕の味方しない!!」
――本当に、バカなことをしていた一日だった。
そんな風に笑いあって、平和な毎日が続くと信じていたのに。
「…………――」
朦朧とした意識が、揺り戻される。
耳に心地よい高音。まるでヴァイオリンの子守唄のように優しく奏でられる歌声は、エヌラスの全身を苛む鈍い痛みを和らげるのに十分過ぎるほどの効果をもたらしていた。
薄っすらと目蓋を開けて、歪む視界には椅子に座ったマリーがいた。
「……うた」
「――――、おはよう。エヌラス」
子守唄を中断して手を伸ばし、エヌラスの頬を濡らす涙を拭う。
「調子はどう? どこか痛む?」
「ぜんしん、いてぇ……」
痺れるように、焼けるように。全身の感覚が麻痺している。それでも、氷の中で眠っている感覚だった以前に比べればマシだという状況だ。
耳も、目も、腕も動く。
「……こわい夢でも、見た? 泣いてたよ?」
「――やさしい、夢を。みた……なつかしくて、あたたかい――」
胸の内からこみ上げてくる熱がこらえきれず、頬を濡らしていく。優しく頭を撫でて、静かに何度も頷くマリーが顔を近づけてくる。
耐えられなかった。今までずっと、押し殺してきた心が、音を立てて崩れていく。
辛うじて、ずっと保ってきたものが壊れて、とうとう限界を迎えた。だが、あまりにも長く忘れていた感情が押し寄せてきて、涙だけが溢れてくる。
「……友達が、死んだ。自分で殺す時は、なんとも思わなくなったのに――なんで、誰かに奪われると、こんなに辛いんだろうな――」
「…………」
「なんでアイツが、死ななきゃならねぇんだ……俺のために――!」
「そうだね。つらいよね、エヌラスも。そんな貴方を見ていると、私も胸が苦しいよ」
頭を撫でて、涙を拭って。マリーは目を伏せる。
息を吸い込み、静かにフレーズを刻み始める。それは、何の変哲もない歌だけど。
「なにかしてあげたいけど……これくらいしかできなくて、ごめんね」
「……――――いや、いい。それで、いい……それがいい。おまえの、うたが聞きたい――」
「ほんと? ありがと、嬉しいな。そんなに上手じゃないかもしれないけど」
首を横に振って、エヌラスが痺れる右腕を伸ばしてマリーの服の裾を掴む。黒い右腕。壊れてそのままの腕が、動くようになっていた。
服の質感も指先から伝わってくる。
「――いいんだ。今は、お前の歌を聞いていたい」
「うん……♪ じゃあ、どんなのがいい? 子守唄?」
「好きに歌ってくれ……」
笑顔の華を咲かせながら、マリーが頷いた。しばし考え込み、それから――懐かしい歌を、唄い始めた。
その曲は、マリーのお気に入りの歌。眠りを誘うゆったりとしたペースで、異国情緒あふれるクラシック。
エヌラスはその歌を耳にしながら、目を閉じる。だが、不意にマリーが歌うのをピタリと止めたのですぐに目を開けた。
衣類の擦れる音。フリルエプロンのリボンをほどき、メイド服を脱ぎ始めていた。
「ん、しょ……おじゃましまーす」
「……」
「なんだか、一人で寒そうだったから。それに、寂しそうな顔してる気がした」
下着姿のままベッドに入り込んで、身体をくっつけてくる。
再び、マリーが歌を口ずさむ。先程よりもか細く、それでいて穏やかなフレーズで。
「――♪」
「……――」
エヌラスも、それに続いてか細い声で歌い始める。どうしてこの歌を知っているのか、不思議そうな顔で見つめてくるが、それよりも歌ってくれる事が嬉しいのか、マリーはますます身体を寄せて歌い続ける。
歌。
――いつか、約束をした気がする。
必ずまた、歌を聞きにいくと。
夢のような日々の世界で、出会った人達に。
「――…………エヌラス?」
「…………」
「……うん、おやすみなさい。良い夢、見れるといいね。大丈夫だよ――」
眠りながら涙を流すエヌラスの、黒い右手を握る。
怖くない。なにも、恐れるものはない。この人を失うことよりも、怖いことなんて。
自分でもわからない。自分でもわからないけれども、きっと、そうなのだ。
――出会った時から、ひと目見た時から、大好きだったのだから。
だから、この気持ちは、恋と呼ぶにはあまりに熱くて。愛と呼ぶにはあまりに甘くて。
乙女心と呼ぶには、あまりにも窮屈で。
この人の傍に、寄り添っていたいと思ってしまう。それがどうしてなのか、自分にもわからないけれど。
手を握り、マリーは目蓋を閉じる。
「しあわせになって――いつか、きっと。貴方の笑顔が見たいから」
泣いて、怒って。どんなに辛くても前に進むしかない、強くて、よわくて、可哀想な人。
寄り添い、身体を温める。
心臓の鼓動を重ねて、眠りに落ちた。
どんなに辛くても、どんなに悲しくても、必ず立ち上がってくれると信じている。何の根拠もないけれど。必ず、きっと必ず。
どんな絶望にだって、負けない。
どんな困難に挫けても、支えてあげたい。
なんにもできない、弱い人間の女の子だから。
せめてそれだけは――神様にだって、奪わせない。