超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――商業国家ユノスダスの食堂。とは別に、国王たちが使用する会議室がある。だが実際のところは名前ばかりで、気の知れた仲間たちで駄弁るための部屋。
エヌラスが椅子に座り、身体の調子を確かめてから数分。ユウコが持ってきたのは空腹を紛らわせるための前菜だった。
「それ食ってちょっと待ってて」
「ここまでしなくていいぞ」
「いーからいーから」
ひらひらと手を振りながら、エプロンを着けた姿で去っていく。
エヌラスは目の前のボウルに目一杯詰め込まれたサラダをトングで取り分けた。
食欲がないとはいえ、食うものは食わなければならない。
「…………」
モソモソと、草食動物さながら無心で食べる。水で流し込み、それきり手を付けなかった。
どれほど口に運んでも味がしない。本来ならば国産品の瑞々しい野菜の味を楽しめるはずなのに、ドレッシングの味付けすら感じられなかった。
そう都合よく、身体の不調の全てを改善してくれるわけではなかったらしい。戦闘に味覚が必要かと聞かれれば、確かに不要だが――それでも必要なものだった。
此処で過ごす時間のほとんどを、食事と雑談で構成しているエヌラスにとって。
かけがえのない時間だった。比肩することの出来ないほど、大事なひととき。
それすら、もう戻らない。
空いた席を眺める。自分だけが腰を落ち着かせて、ひとり残っていた。
これが椅子取りゲームなら、勝者は一人。数え切れないほど繰り返してきた。もう何度、幾度となく、擦り切れるほどに。
塔争の中で、自分がどれほど大切なものを失ってきたのか。それすら覚えていない。
壊れるほど痛い思いをしてきたはずなのに、忘れてしまっている。
立ち止まって、しゃがみこんで、もう二度と歩き出せないと膝を折って。
それでも、それでも、それでも――それでも、と。何度、重い足を持ち上げてきただろう。
幾度となく、傷ついて。傷つけてきて――つらい思いをさせてきた。
守るはずだった人達がいて、守れるはずだった人達がいて。
救うはずだった人達がいて、救えるはずだった人達を壊してきて。
大切なものがあって、大切な人が誰にでもいて。
――大勢殺して。奪って。壊して。いざ自分が奪われて、立ち止まるわけにはいかない。
この命が終わらない限り、前に進むと決めた。
必ず取り戻す。必ず取り返す。必ず、奪い返す。
次元神の手から。絶望に閉塞された世界から、未来を。
扉がノックされて、ユウコが台車に載せて料理を運んできた。
「はい、お待たせー! って、あれ? もう空にしてると思ったんだけど」
「だから、食欲ねぇって言ってんだろ」
「とかなんとかいいつつ、毎回全部食ってるじゃん」
エヌラスの前に並べられる料理の数々、それは見慣れた光景であるはずなのにまるで拷問のような心地になる。
食欲をそそる匂いとは裏腹に、胃が食事を受け付ける気分ではなかった。
いつものように。料理を小皿に分けて目の前に置いていく。
いつものように。テーブルに頬杖をついて、こちらが食事をする姿を楽しみにしている。
いつものように、食べる姿を心待ちにしているユウコだが箸の進まないエヌラスの姿に眉を寄せていた。
「…………もしかして、本当に食欲ないの?」
「まぁな」
目の前に置かれたオムライスを口に運ぶ。
怪訝な表情でエヌラスを観察するユウコが、いつもと違う様子に気づいた。
「……動き、鈍くない?」
「そうか?」
「いつもならもうちょい食べる速度早いと思うんだけど」
「…………」
「……無理に食わなくてもいいけどさ。どうしたの? 食欲ないにしても、なんか様子がおかしいっていうか」
「……」
「エヌラス、なんか隠してない?」
「――味覚が死んでる。こんなに味がしないお前の料理は初めてだ」
沈んだ表情のまま、オムライスを雑に口の中に放り込んで飲み込む。エヌラスは味を楽しむ前に胃に流し込んだ。
水の入ったコップを空にするが、それきり他の料理には手を付けようとしない。
「悪い、あとは下げてくれるか。折角作ってくれたのに悪いな。他のやつに回してくれ」
「……やだ」
「やだって、お前な……こんだけ作っといてどうすんだ」
「――キミが食べないなら、捨てるもん」
勿体ない。そうは思いながら、エヌラスは沈黙を貫く。
「他のやつにくれてやれよ」
「やだ」
「……なんで」
「やだったら、絶対にやだ」
「――んじゃあ、ごちそうさま」
「……うん」
ユウコもそれきり、俯いて黙り込む。
「あのさ、エヌラス」
「んー?」
「……料理は愛情って言うじゃん」
「ああ」
「だから、他の誰かにここまで作ることなんてないんだけど――わかってて、言ってる?」
「…………」
「押しつけがましいけどさ……これを他の誰かになんて、あげたくないよ」
「だからって捨てることはないだろ」
「受け取ってもらえないなら、捨てた方がマシだもん」
「誰にも迷惑がかからないからか?」
「…………」
それに否定も肯定もしなかった。ただ、居心地が悪そうにそっぽを向いている。
「――、どーしてこうなっちまったんだろうなぁ」
天井を仰ぎながら、エヌラスが独り言のように呟いた。
「クソメガネが弱いことを、別に責めてるわけじゃねぇんだ。ただ、俺はどうしたらお前たちをこれ以上犠牲にしなくて済むんだろうな」
「だからって自分を犠牲にしなくていいじゃん。これ以上キミから何が奪われるのさ」
「…………希望じゃねぇかな」
「バカなこと言わないでよ」
「しょうがねぇだろバカなんだから」
「バカでも言っていいことと悪いことくらいあるって分かれよこのバカ! それをどうにかしたくて今までずっと頑張ってきたんじゃないのかよ!」
「――そんなこたぁわかってんだよこのバカ! その言葉そっくりそのまま返してやるわこのバカが! 俺が今までどんな気持ちでいたと思ってんだ!」
「知 る か バァァーカッ!! そんなん私だって同じだよ!!」
テーブルを叩きながら、ユウコが立ち上がる。
「キミはいつもそうだ! 自分のことで精一杯で、他人のことなんて全然目に入ってない! そのくせ自分の中は他の誰かでいっぱいで、結局自分のことも全然気にかける暇なんかなくて! なのに、ずっとそうやって戦い続けてボロボロになって――どうしてこうなった!? どの口でそんなこと言うんだよ! 私は希望を信じて今日まで生きるほど暇じゃない! そんなもの信じるくらい信心深くなんかない! だけど、今目の前で裏切られて平気なほど心も強くない! 何回言えばわかるんだよこのバカ! 私はキミが好きだって、何度言えば伝わるんだよ! どんだけバカなんだよ! 耳ついてんのかこのバカぁぁっ!!」
エヌラスはうるさそうに耳を塞いでいた。もはやこうなると、商業国家国王であるよりも以前に女の子でしかない。
「あー、あー……わかったわかった……俺が悪かったって。だけどな、弱気になるなってのが無理な話なんだよ。落ち込む俺に胸くらい貸してくれてもいいんじゃないか?」
「……返事」
「え?」
「返事、聞いてない」
「――おまえ、本物のバカか? 今さら言わなきゃわかんねぇのか?」
「それでもキミの口から直接聞きたいの! わっかんないかなー女心ってものが!」
「自分のことで手一杯な男が女心知るわけねーだろうが」
「……昔に比べて、愛想なくなったよね本当に」
「お前は昔っから本当に何も変わんねーな……」
いつ来ても。いつ見ても。
「だから、お前への返事なんて昔から何も変わってねぇよ」
「……聞かなきゃ言わないんだもん」
「聞かれてねーからな」
「じゃ、言え」
「……お前のことが好きだよ」
「――――うん」
「言えって言ったのお前だろうが。なんで黙るんだよ」
「恥ずかしいんだよわかれよそれくらい!」
「言ってるこっちの身にもなりやがれ! ったく……」
「……あの、さ。どれぐらい好き?」
「はぁー? そういうこと聞くか普通」
「うっさいバカ! そんぐらい教えろ!」
「お前よりは好きだよ」
「なにそれ、そんなんだったら私の方が好きですけど!?」
「なんでそうなんだよ!? 俺の方が好きって言わせてぇのか!?」
「…………あの、国王様。お仕事の件でお話があったんですけれど――忙しいみたいなので執務室の方に置いておきますね。失礼いたしますー、ごゆっくりー」
いつの間にか立っていた教会職員が愛想笑いを浮かべながら会議室を後にしていた。
痴話喧嘩をしていた二人の手がピタリと止まり、頭を冷やす。
「……何してんだろうな俺ら」
「なんだろうね……」
「……仕事、戻んなくていいのか?」
「んー……そうなんだけど……なんか、さ。今日はもういいや。明日頑張る」
「そうか」
「どうせキミも暇そうなんだし、今日くらい付き合ってよ」
「……明日、ちゃんと仕事しろよ」
「無職に言われたくない」
「やめろ、ちょっと気にしてんだから。斜め上から攻めてくるんじゃねぇ」