超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「…………」
騒がしくも賑やかで楽しい夕飯を終えて、エヌラスは自室の天蓋付きベッドに倒れこんでいた。自室には様々な魔術骨董品を置いてあるが全てが戦闘用であり、同時に偃月刀や二挺拳銃のレプリカモデル達だ。性能は劣るが、それでも形から入れば多少なりとも見栄えは映える。
目蓋を強く閉じて、眉間を押さえたエヌラスは深いため息を吐いた。シャワーも浴びた。さっぱりとした気分だ。気分もいくらか晴れた。書類は投げた。やってられっか。
今、心地良い重量感を感じていた。
「……プルルート。俺の部屋に何の用だ」
倒れているというよりは、押し倒されている。どうしてか、夕飯の後にまとわりついてきた。軽い仮眠を摂りたくて部屋に戻ってきたというのに、これでは眠れない。
両手を押さえる形で馬乗りになって、プルルートは目尻の下がった瞳で見つめてくる。そこに言葉はない。身体を起こすと、息を吸い込む。
「――どうしてぇ」
何故かと聞かれていることに気づくのに、数秒。質問の意図が読めず、考えるのに更に数秒。結果として言えば一分近く黙り込んでいたエヌラスの目を見つめるプルルートが顔を近づけた。部屋の灯りは点けていない。突然変身すると、更に顔を近づけてくる。
「どうして、エヌラス……?」
覗きこんでくる瞳の中に、自分がいた。顔色一つ変えない鉄面皮の自分がいる。綺麗な青い髪、透き通るような紅い瞳。綺麗だと素直に賞賛しようとする唇が塞がれた。
「どうして――」
「……なにが」
「どうして“誰も愛さない”のよ」
「――――」
心臓を刺されたような気さえする一言に、エヌラスは茫然自失となる。言葉を失い、脱力した。プルルート=アイリスハートは両手を頬に添える。
「妹を殺されて、恋人を殺して、師匠を失って。辛いのに? 声を張り上げて泣き叫びたいのにどうして――我慢しているの?」
「…………」
どうしてだろうか。言われて考えたが、答えはすぐに出た。
「俺には、何もないからだ……元々、そんなものは無かったんだよ、アイリス」
「……嘘ね」
「どうしてそう思う」
「目を逸らしたからよ。目は口ほどに物を言うの、知ってる?」
「知ってるさ」
「じゃあ、どうして」
「……さっきも言ったろ。俺に、そんなものは無い」
「妹を愛してなかったの?」
「――――」
「恋人も?」
「…………」
「どうして。エヌラス……」
「俺をイジメて、愉しいか。アイリス」
「ええ、とっても。凄く愉しいわ。でもね、今は愉しくないの。どうしてか分かるかしら」
知るかよ、と思いながらエヌラスは首を傾げる。するりと潜り込んできたアイリスハートの手が胸板までをなぞってきた。
「我慢している顔を見るのは好きよ。すごく。でも、今のエヌラスはまるで抜け殻よ。あたしが見たいのは、本当の顔」
「……抜け殻か」
嗚呼、そうだろう。それはそうだ――自分は何もかも、すべて亡くなってしまったのだから。孤独な王様だ。この胸の穴を満たすことは、きっと、もう叶わないと“諦めて”しまいそうになる。それでも、本当はあるのではないか。人々が明日を笑顔で迎えることのできる世界ならば。“ああ良かった”と穏やかな気持に。
――いいや、きっと、もう。そんなものではダメだろう。分かっていることだ。だが、それは叶わない。
「……アイリス」
「なに?」
「俺は、きっと――お前達を愛せない」
「…………」
「怖いんだよ」
その頬に手を当てて、撫でる。こんなにも近いのに、こんなにも温かいのに、こんなにも心は冷たい。
「俺は、怖いんだ……」
この柔らかさも、美しさも、また――脳裏に蘇る――失ってしまうのでは、と。壊れるほど強く抱きしめても、狂ってしまうほど熱く抱いても、心だけが不安に駆られている。
「アイリス――俺は、怖いんだ。もう、嫌なんだよ……誰も、失いたくなんてねぇんだよ――! 誰かを愛そうと思うと、アイツの顔が出てくる。殺された妹の顔が出てくる。そうなるんじゃないかと、怖くて堪らない……」
髪を梳いて、細首に触れて、肩を撫でて。
「……怖くて愛せないの?」
「そうだよ」
「また、殺されてしまうから?」
「そうだよ……」
「だから、命懸けで守るの?」
「それの何が悪い」
「……何もかもよ、バカ」
「バ――、テメェ」
「バカよバカ。バカの極みよバーーーーカ。アホみたい」
「人が、どんな気持ちでいるかも知らないくせに」
「へぇ、じゃあどんな気分? ねぇねぇどんな気分? くすくす……」
「クッソ性格悪ィ……!」
「こういう女なのよ、あ・た・し・は」
クスクスと笑うアイリスハートの手が、エヌラスの頬に触れた。
「バカね、本当に……」
「……男はバカなんだよ」
「じゃあバカ代表ね」
「……クズでバカって救いようがねぇな」
「ええ、そうね。度し難いクズで救いようのないバカよ」
「俺の心にグッサグサ刺さる……」
「だいじょうぶよ――」
唐突に、優しい声色で。子供をあやす母親のように。
「……アイリス」
「エヌラス。あたし達はね、大丈夫」
「どこがだよ」
「ねぷちゃんも、ぎあちゃんも、ノワールちゃんも。あなたのことを裏切ったりしない。あぁ勿論、あたしもよ?」
「俺が、裏切るかもしれないぞ?」
「その時は地獄の果てまで追い詰めるわよ」
「おっかねぇな……」
「だから、ね」
豊満なスタイルを辛うじて隠していたボンテージスタイルを脱いで、裸身を露わにしてエヌラスに身体を擦り合わせる。
「愛して、いいのよ。あなたは愛されていい」
「……それは、俺が赦さねぇ」
「どうして?」
「……まだ、ダメだ。俺には殺さなきゃならない奴がいる。世界が崩壊するその前に、俺の手で必ず殺さなきゃならない奴がいるんだ。ソイツを殺さない限り“俺は誰かを愛さない”し“誰にも愛されちゃいけない”んだよ」
「ひとりよがりもいい加減にしなさいよ」
「俺は独りなんだよ」
「強情で意地っ張りで傲慢で度し難いクズのくせに」
「男なんてそんなものだ」
「そのくせ人一倍命を張るくせに」
「他に出来る事がない」
「性欲だって底なしなのに」
「それ関係なくねぇ!?」
「なのに――どうして? どうして、あなたは……」
ポタ、ポタと。熱い雫がエヌラスの頬を濡らした。雨漏りではない、アイリスハートの瞳から溢れる涙だった。
「あたしの心をこんなにも、かき回すのよ……どうして……」
「…………」
「ん……な、なによ。慰めてるつもり?」
愛したいと思っている。涙を拭って、頬に手を添えて。愛されたいとも思っている。アイリスハートだけではない、プルルートだけではない。ネプテューヌもパープルハートもノワールもブラックハートもネプギアも。みんな、愛したい。壊れるほど愛したい。壊されるほど愛されたい。だけど、それが壊されるのが何よりも怖い――狂い時計。
「アイリス。俺はさ、お前達を愛することができない。だけど、命懸けで守るだけの価値がある存在だ。それだけは信じてくれ」
「あたし達を何だと思ってるのよ。守護女神よ?」
「俺の師匠が言っていた。『守護者を守るものは誰だ』ってな――その答えは『愛するもの』だ。お前達は誰かを守る時、誰かに守られている」
「あなたにも同じこと言えるわよ」
「生憎と俺は破壊神でね。守る前に敵をぶっ潰しちまう」
そう言って笑うと、アイリスハートも冗談のように笑った。その両手が上着を脱がし始める。されるがままに受け入れて、半裸のエヌラスに身体を重ねた。二人の鼓動が重なる。
「ねぇ、エヌラス」
「ん?」
「……今夜は、あたしがリードを取ってもいいかしら」
「聞かなくてもそうするくせに」
「答えは聞いてない」
「だろうと思った。ああ、いいぜ。好きにしろよ」