超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――改めて。
二人きりの時間を過ごすというのは、意識することがあまりなかった。
気がつけば当たり前のように隣に居てくれる。そんなかけがえのない相手で、どう形容したらいいのかもわからないくらいに、距離が近くて。
肩を寄せて、体重を預ける。たったそれだけでも幸福感に包まれる。
隣にいてくれるだけで。本当にそれだけで、十分なほど。
「……あのさ、エヌラス。ゲイムギョウ界に行くなら、私の方から連絡入れておこうか?」
「変に気を遣うな」
「んー、でもー……」
「……今は後先のことなんか何も考えたくねぇ」
ベッドに腰を下ろして、肩を並べて座る。
「……いいの?」
「黙って、そばにいてくれ」
「ん……」
肩に預けていた頭を、そのまま膝に落としてエヌラスが横になった。
何も言わず、ユウコは髪を撫でる。
「――キミはさ、がんばったよ。誰よりも。私が知ってる中で、一番」
「…………」
「少しくらい休んだって、バチは当たらないと思うけど……ダメなの?」
「……嫌でも思い出す。自分勝手なワガママで、お前たちを殺してでも取り戻そうとしてきた日々を」
その“前世”の記憶は、ユウコにだって残っている。
思い出して、怖いと思った。だけど、それ以上に記憶の中にあったエヌラスが笑っていたことなどなかったのだから。
「何も知らずに。何も思い出さないままでいた頃には戻れないってわかってるのにな――それでも俺にとっては、あの頃が一番幸せだったんだよ」
「……私も」
「それを取り戻したいと思うのが、間違ってたってのか?」
「――ううん」
そのために、諦めずに此処まで来た。やっと、終わりが見えてきたというのに。
こんなに傷ついて。こんなにも疲れ果てて、それでも、まだ。
もう少しだけ。
――コイツは、戦わないといけない。
「私は、それを間違いだと言いたくない。考えたくもない。何処かで、それを諦めていたなら許さなかったかもしれないけど――私達を、見捨てなかったんだから」
此処ではない、別な世界に行くことだって出来たはずだ。
戦いを忘れて何処か平和な場所で暮らすことだってできたはずなのに――“諦めない”という呪詛が、エヌラスを駆り立てた。
数え切れないほど戦ってきて、数え切れないほど傷ついて。
その度に、数え切れないほど立ち上がってきた。
その後にまた、数え切れないほど――繰り返してきて。
「……今なら、ちゃんとキミが帰ってきたら“おかえり”って言えるんだよ?」
「ああ……」
「本当はどこにも行ってほしくないけど、なんていうかほら……稼いでもらわないと困るし」
「好感度の話か?」
「他人様とどんだけフラグ建てりゃ気が済むんだよキミはさー、もう。そんな浮気性のやつを許す寛大な心を持ってる相手なんてそうそういないんだからね?」
「はいはい」
ほんとにわかってんのかー? そんなことを思いながら、ユウコはエヌラスの頭を撫でていた。
他愛のない会話を交わすことが、こんなにも嬉しい。
「……約束してくれる?」
「なんだ」
「ちゃんと帰ってくるって」
「…………よせよ、縁起でもねぇ」
寝返りを打ち、ユウコの顔を見上げながらエヌラスは頬に手を伸ばした。
「ユウコ」
「んー?」
「なら、俺からもひとつ約束してくれるか?」
「なに? いいよ、聞いたげる」
「……もし。俺が帰ってこなくても、あいつらを恨まないでやってくれ」
「誰のこと?」
「プルルート達のこと。守護女神のこと。ゲイムギョウ界のやつら」
「……またそうやって」
もう背負いきれないほど背負ってきたくせに、まだ背負い込もうとしている。本当に身の程知らずの大馬鹿野郎だと痛感するが――そもそもにして、女神たちとの出会いこそが原点にして頂点だ。
絶望が這い上がる、スタート地点に立てたのも守護女神と出会ったあの日から。
本当の意味で、救われようとしていたのだから。
初めてプルルートを連れて来た時の衝撃は覚えている。
もう二度と、誰も愛さないと思っていた。誰も傍に置かないとばかり思っていた。それは自分も例外ではなく、半ば諦めていた。だからこそ嬉しかったのだ。
また誰かと一緒に進むことができるようになったんだと――それが自分ではないのが少しだけ惜しかったけれど。
ただ隣にいただけじゃなくなった。
ちゃんと見てくれるようになってくれて、嬉しかった。
本当にただそれだけで、十分すぎて――だから。
今の時間が、止まってしまえばいいのにと思ってしまう。
「――ユウコ?」
「…………」
目頭が熱くなる。胸の奥にあったものが、堰を切ったように溢れ出してきた。
「ずっと、このまま……一緒にいたいよ……ダメなのかなぁ……」
「……」
「恋人じゃなくても、なんだっていいから……キミの傍にいたいだけなのに」
「お前にとっての俺ってなんなんだ?」
「……わかんない」
形容する言葉が、見当たらない。エヌラスは、エヌラスだ。恋人とか、彼氏とか、そういうありきたりな言葉で済ませていいものじゃない。それはユウコにとっても。
同様に、エヌラスにとっても。
「いいじゃん。私にとって、キミは代わりなんかいない人なんだから」
「……俺にとっては、誰でもそうだ」
「知ってる。だからこんなに、頑張ってるんだもんね」
話すのも億劫そうに、エヌラスが目を閉じる。
「……少し、寝てもいいか」
「うん、いいよ」
「――悪いな。折角……時間取ったのに……」
「気にしないで。いいからさ」
のそのそと動き、ベッドに寝転がるなり寝息を立て始めた。
「……人のベッドだっていうのに、我が物顔でくつろいじゃって」
寝顔を見つめながら、ユウコも横になる。
こんな風に穏やかでなんでもない日々を送れる日まで、もうちょっとだけ我慢だ。
それまでの辛抱だ――大丈夫、私はできる女だから。
手を握り、目を閉じる。
ささやかだが、しっかりと感じられる温もりを手にしていると、自然と頬が緩む。
大切な人。とても壊れやすくて、傷つきやすくて、脆くて。だけど、私の一番大事な人。
この人が居てくれたら、もう少しだけ頑張れる。
だから――どんなに離れていたとしても、帰ってきてくれると信じている。
――商業国家ユノスダスを歩く、一人の男性。
白いスーツに、赤いネクタイ。
オールバックスタイルで、不機嫌そうにしながら活気のある街をひた歩く。
喫茶店『Starry Sky』の前で立ち止まり、店内に踏み入る。
「あ、いらっしゃいませー!」
「頼んでいた茶葉は入っているか?」
「はい、もちろんです。少々お待ち下さーい」
電脳国家国王を経営者に据えた、インタースカイ直営店。馴染みある顔が経営しているとだけあって、ドラグレイスもよく利用していた。そこに大した理由付けなどはなく、単に使いやすいというだけのことだ。
紙袋一杯に仕入れた茶葉の袋を詰め込まれて、それを受け取る。代金も支払い、退店しようとした矢先に呼び止められた。
「そういえば、店長知りません? ちょっと前に店を空けると言ってでかけたきり戻ってこないんですよ」
「いいや、知らん」
「そうですか。まぁいなくても、私達は精一杯営業努力に務めるだけですけど」
非道とか非情とは思わない。
ソラは元々、そういう方針で店舗を経営していたし従業員もそうあるべきと指導してある。そのため、店長が居なければ出来ない業務というものが基本存在しない。困ったら共用パソコンでインタースカイの教会にアクセスして解決する。
「もし帰ってこなかったら、どうするつもりだ。店を畳むのか?」
「まっさかー。私達、このお店が好きなので。此処で働きますよ。ユノスダスなら幾らでも仕事はありふれてますけれど。うちの店長が経営しているお店は、この『Starry Sky』だけなんですから」
「……ふん。随分慕われているものだ、アイツは」
「そう言いながらもいつも贔屓にしてくださってありがとうございまーす」
「他の店を知らんだけだ」
ぶっきらぼうに言い残して、ドラグレイスは道を引き返した。
――確かに、まぁ、最近顔を見ていない。
どうせあの引きこもりのクソメガネのことだ。裏でコソコソとなにか仕組んでいるんだろうと、ドラグレイスは短く息を吐き出す。
いてもいなくても変わらん存在など、どこにもない。だが、そうとわかっていながらアダルトゲイムギョウ界の窮屈さに息が詰まる思いをしていた。以前はそんなことなかったが、今となってはこの世界の肩身の狭さに辟易してしまう。
次がないと知ってから、いっそ自殺でも試みて楽になろうかとも思ったが――何も知らずにいつもと変わらない日々を送る故郷の人々を見て、ためらった。
自分が居なくなったあとに、消えてなくなるのだろうかと考えるだけで腹が立った。しかし今の自分はあまりに無力で、他と違い取り柄らしいものが無いことにますます苛立ちを積もらせていた。
何もない故郷ではあるが、あそこが自分の居場所だ。
この醜い世界に生きる価値などないが、あの場所で生まれた女神のなり損ないは誰かが支えなければ消えてしまうほどに弱い。仕えている手前、投げ出すわけにもいかない。
――あの男は、何も投げ出さなかった。
エヌラスは、こんな自分でも助けようとしていた。
それを無下にして、命を投げ出すのは負けた気がして非常に腹立たしい。
だから、こんな醜い世界であっても、仕方なく生き抜いてやろうと思ったのだ。
あんな奴に負けるのは癪だから。
勝てないからといって退くのは、本当に敗北した気がする。
誰が譲るものか。お前に勝ち目などないとわかっていても、それでも。
何一つ見限ることができない、諦めの悪いお前が救おうとしたものを見限ることだけは――実力で勝てないのならば、精一杯虚勢を張って精神の気高さで張り合うしかない。
ドラグレイスが徒歩で帰路に着いていると、見慣れた顔がつまらなさそうにベンチに腰掛けていた。
ムルフェスト――月面国家ナナイト国王が頬を膨らませている。
「何をしている」
「ふてくされてまーすっ、ぷえー」
相変わらず能天気そうな言い方で、息を吐いていた。関わり合いにならないほうがいいだろう。どうせろくでもないことにしかならないのだから。
そのまま目の前を通り過ぎようとするが、不意に違和感を覚える。
振り返れば、ムルフェストがスーツの裾を掴んでいた。
「離せ」
「私がふてくされている理由を聞いてくれるの、それはありがたぁい話」
「違う、喋りだすな。黙って手を離せと言っているんだ」
「手話で聞きたい?」
「誰がコミュニケーションを取りたいと言った? 俺は先を急いでいる。だから、今すぐ、俺のスーツを掴んでいる手をどけろ」
「いやさー、聞ーいーてーよー」
コイツさては人の話を聞いていないな? ならばこちらも耳を傾ける理由などない。ドラグレイスはそそくさと足早に立ち去ろうと手を離した隙に歩を進めた。
「――次元演算が終わらなくってさー、詰まっちゃったんだよねー。“この世界線”が」
「――――――」
だが、うっかり。その言葉に足を止めてしまったのが運の尽き。
にんまりと、意地の悪い笑みを浮かべながらムルフェストはドラグレイスの顔を覗き込んでいた。
「ほーら、聞きたくなっちゃったでしょ?」
「……月の裏側で何をしていた? 詳しく話せ」
「やだっ。聞きたくないんでしょー、あーやだやだ。誰も私を助けない。可哀想なむーちゃんはこうしてまた一人で寂しく月に帰るのでしたー、ちゃんちゃんっ」
「……茶でも飲むか?」
「え、いいの。やった奢りだー!」
「今の一言でそこまで思考が飛躍するのはクスリでもキメてるのか?」
「もー、しょうがないにゃぁー。そこまで言うなら特別に、むーちゃん計画をドラグレイスにだけ教えてあげようかなー。友達いないコミュ障だから喋っても安心できる」
コイツ、一発くらいぶん殴っても許されないだろうか? ドラグレイスはこれみよがしに、盛大な舌打ちをひとつ。