超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ムルフェストを連れて、致し方なく喫茶店へ足を向ける。
万が一、という可能性を考慮して選んだ店は、かつて犯罪国家九龍アマルガムにおいて生きた伝説とまで言われた人狼局最強の男が経営している店だった。店を見るなり、げんなりとした表情を見せるムルフェストだが奢りとあれば足は止められず。
二人で入店すると、珍しく空席が目立つ。だが、カウンター席に見覚えのある顔がいた。
クロックサイコ――神格剥奪者として、かつてほどの力は無いがそれでも脅威に変わりない。
コーヒーを嗜んでいたが、二人の顔を見て気さくに片手を挙げて挨拶をしてきた。
「やぁ」
「なぜお前まで此処にいる……」
「何故かと聞かれたら答えなければならないかな?」
「いや、いい。黙って飲んでいろ」
「これはこれは、珍しい組み合わせだ」
銀狼。シルヴィオはカウンターでコーヒーを淹れながら二人分用意して、ドラグレイスに差し出す。ムルフェストは好みではないのか苦い顔をしていた。
「えー、コーヒー嫌い。紅茶がいい」
「アールグレイでいいか?」
「なんでもいいや」
「それで、ムルフェスト。お前の言っている、その次元演算と、世界線が行き詰まったという話はどういう意味だ?」
先手を取り、本題を単刀直入に口にしたドラグレイスの言葉にはクロックサイコもシルヴィオも動きが止まる。
「常に楽観的で、楽天家のお前のことだ。何か面白半分冗談半分でやっていたのだろう? 話せ。それができなければおとなしく引き返すことだな」
抜け目のない選択肢と、場所取りにムルフェストが頬を膨らませていた。
「ちぇー、そんなんだからお前は人に嫌われるんだよーだ」
「そんなことは知らん」
「ま、いっか。協力者は多いほうがいいし? ――どこから話す?」
「最初から全部だ」
追加でドラグレイスがホットサンドを注文している。
「最近姿を見せていないと思ったら。また何か面白いことをしていたのか」
「うちは吸血鬼の溜まり場ではないぞ」
「まぁ、そう言わず」
「次元演算――まぁこれは、ヌルズもやっていることだと思うんだけどさ」
「……どっちのだ?」
「仮面の方」
わざわざ聞かなくてもわかることだろうに。しかし、それはどちらも同じだと認識しているからこその確認だった。
「壊次元だけじゃなくて、超次元とか神次元とか零次元とか色々あるみたいだし。それらの次元座標の計測と観測を目的として月で色々調査してたりしてたんだけどねー」
「……それは、ソラの仕事じゃないのか?」
「いやー、無理無理。あのクソメガネじゃそこまで気が回らないし手が回らないだろうし? だから私が代わりにやってたんだよーだ。どうせ目の前のことで全員手一杯だっただろうから」
ニヤニヤと、小悪魔のような笑みを浮かべてムルフェストは隣のドラグレイスを見つめる。
「ま、非協力的な誰かさんもいるようだけど?」
「それがどうした」
「記憶を取り戻してからというもの、他人との接触を避けて日々の安寧を求めて安穏と過ごしている。かつては自分も世界の行く末を担う存在であったというのに。職務放棄も甚だしい、教会に属しているたかが役員風情が、私によくもまぁそんな口を利けたものだと感心してる」
「…………だから、なんだと言うのだ。過去がどうあれ、今の俺は」
「その責任の一端を担うつもりも無いと?」
「……何が言いたい」
「よろしい。本腰入れて話を聞く姿勢になったんなら教えちゃろうー、私は心が広いので」
真面目かと思えば、人をからかうような口ぶりに戻る。どっちが本性なのかと思えば、どちらもそうだ。
「もし、壊次元と同質量の次元が衝突したらどうなると思う? はい、クロックサイコ」
「ん、私か? そうだな。当然、両者は消滅する」
至極当たり前の回答。聞くまでもない話だ。
うんうん、としきりにムルフェストが満足したような顔で頷く。
「仮に。超次元が消滅した場合、こちらに影響が出ると思う?」
「さて……そうだな。元々ここはその次元の一部であったが、次元神の手によって断絶された次元だ。寄せ集めの神格者達の蠱毒である以上、さほど影響は見られないと考えられる」
「そう。神次元も同様、零次元は以ての外。お隣さんが消滅しようとこちらは痛くも痒くもないわけで――はい、そこで出てくるのが次元連結装置。覚えてる?」
忘れもしない諸悪の根源だ。それこそが、エヌラスとの邂逅でもある。
クロックサイコが渋い表情を見せていた。
「忘れるものか。それがどうした」
「また懐かしい物の名前が出てきたものだ」
「あれは元々、閉塞した次元の許容量を超える信仰を求めて開発されたもの。次元開闢、壊次元ならぬ開次元、ってね。アレは、この次元だけじゃ引き起こせない奇跡が起こせるはずだった。その結果どうなったかは……まぁ言わなくてもわかるか」
決して、辿り着くはずがなかった絶望の魔人が世界の真実に辿り着いてしまった。そして、遂には次元神の意図せぬ事象が起きている。完全に予期せぬ出来事で、その結末を首を長くして待っているはずだ。
「一度完成した以上、その再現ができるはず。そんなわけでむーちゃんは月の裏側で“なんちゃって次元連結装置”ならぬ“次元観測装置”を開発してました。あ、当然ながら私のシェアを使ってるよ。そうでもないと稼働しにゃーし」
「………………で?」
「その次元観測装置とやらで、何を見た。ムルフェスト」
「結論から言うと、この次元の結末かな」
そこで、琴霧ソラが死んだということを明かす。当然ながら、本来ムルフェストはそれを知る由もなかったはずだ。だが、次元観測装置による予測が急速に狭められた。
電脳国家インタースカイに収束していたはずの信仰が消滅したということは、そういうことだ。あの国に、もはや指導者と呼べる存在は消えてしまった。霧散した信仰はこの次元に還元される。
その規律だけは、変わらない。
「……そうか。彼が」
「そ。いやー、まいったまいった。神格者が全員揃ってこその、一縷の望みだったはずなんだけどねー。ソラが離脱した手前、どうしようもないわけ。この次元ではの話だけど」
「なにか手立ては?」
「もちろんあるよ。守護女神様に協力を仰ぐ、これに尽きる。ただ、そのためには向こうの信仰だけじゃ足りないかもだ。当然でしょ?」
四女神の力は、あくまでもゲイムギョウ界を救うためだ。アダルトゲイムギョウ界にまでは手が回らない。だがそれを行うことは、自分たちの信仰を捨て去ることに他ならない。
熱心な殉教者であればあるほどに、その事実は受け止め難い現実だ。
「ここまで行くと、本当にこの次元は消滅して終わりになる。それどころか全部が全部。次なんてないんだから」
「――――――俺はそれでもいいと考えているが?」
ドラグレイスが重く、口を開いた。
ムルフェストの話を理解したその上で、それを良しとする。
「え、マジ?」
「ああ」
「理由を聞かせてもらっても?」
「どこまで行っても変わらん地獄が、ようやく終わるというのなら。それはある種の救済ではないのか? 足掻くだけ足掻いて、それが徒労に終わるのならそれこそ時間の無駄だ」
「ならいっそ滅びを受け入れる、と」
「どっかの馬鹿は、そんなことを受け入れないだろうが」
だからこそ、まだ抗い続けている。
いい加減に忘れてしまえばいいものを。
いっそ見捨てて、自分だけの幸福を求めてしまえばどれだけ救われたことか。
たった、それだけのことなのに――どうしてそれが出来ないのだろう。
「俺は疲れた。何をしようが、無駄だとわかったからな」
「自分が救われることを、諦めるつもり?」
「……大きなお世話だ。それこそ余計な親切だ。放っておけ。救われることばかりが、幸福ではないのだからな」
ドラグレイスがきっちり会計を済ませると、店を後にした。
その後姿が見えなくなってから、ムルフェストがコーヒーを一気に飲み干す。それからうげぇ、と苦い顔。
「だからといって、逃げたところでなーんにも変わらないんだけどねぇー。ドラグレイスはそこんところわかってるのかにゃーん?」
「だが、それがアレの良いところでもある。不変であるからこそ、あれは手強い」
「誰が相手でも絶対に譲らないし、活躍する状況を選ばない強さだよねー。あんまり敵に回したくないねー。ところで、二人はなんの話を?」
「お前には関係ない――と突っぱねたいところではあるが、今の話を聞いて少々気が変わった。話してもいいだろうか、クロックサイコ」
「勿論です。この時世では、互いに妥協することも必要かと」
互いに頷いてから、シルヴィオが紅茶をムルフェストに振る舞う。
「奇縁なものだ。かつては吸血鬼を狩るためだけに生きた私が、こうして吸血鬼と共同戦線を結ぶことになるとはな……長生きしても人生というものは予測がつかんものだ」
「共闘? クロックサイコと、シルヴィオが?」
「ああ。元はと言えば、私の妻子を奪った吸血鬼を殺した時点で私の復讐は終わっている。あまりに長く殺しすぎた。それ以外のことなど眼中になかったが、今となっては懐かしい」
「はは、私も何度殺されかけたことか」
「ぬけぬけとよくもまぁ、そんなことが言える」
それを言えば、ムルフェストも同様に被害者なのだが。しかし、シルヴィオも今は随分と丸くなったものだ。かつては吸血鬼と聞けば東西奔走、それこそ最果てまで追い込むほどの苛烈な狩人だったというのに。こうして談笑できるほどになっている――が、それでも本能的なものなのか。決してこの二人に対して心は開いていなかった。
「そういうことだ。過去の遺恨を水に流すつもりはないが、脅威が迫っているというのならそれを打倒するために肩を並べることもやぶさかではない、というだけのこと」
「……フレンドリーファイアは無しだよ? “シェアブラッド”めちゃくちゃ痛いからね?」
「私の前に立たなければ、保証しよう。こんな老い先短い老体ではあるが、若い未来を奪われる事態とあっては泣き言も言っていられん」
神格者ではないが、それでも心強い。なにせかつては大魔導師と肩を並べていた程の実力者だ。犯罪国家で一時期はナンバーツーとまで言われていたが、それもエヌラスが来てからというもの随分と鳴りを潜めている。
口直しに紅茶とケーキとを合わせて食べて、ムルフェストが口元を拭う。
「さぁて。それじゃ、むーちゃんはこれにて退散するとしますか。まだまだ演算は終わってないからね」
「ムルフェスト」
「むにゃ? なに、シルヴィオ」
「……先程の話。この世界は救うに値しないものだと思うか?」
「さぁ? 私は楽しければそれで十分だからね。少なくとも、今は楽しくないから、面白くしたいかな」
昔のように、とまでは言わなかった。
あの頃はもう戻ってこないと知っているから。だから、あの時よりももっと楽しく過ごせるようにしたいと考えている。
どうせなら、面白おかしく終わりたい。それだけのこと。
今のまま終わりを迎えるのなんて、それこそ死んでも御免だ。