超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ルウィー教会の執務室でエヌラスはブランからゲイムギョウ界の近況を確認する。まとめ上げられた書類は、政権復帰してから片付けた案件ばかり。
ハンター制度の採用を前提とした組み直しは、守護女神としてあまり好ましくない情勢だ。しかしそこまでしなければならないほどに、今のゲイムギョウ界は追い込まれている。
「……なぁブラン。俺のせいで、スピカとカルネがラステイションに捕まっているらしい。こっちから連絡はとれるか?」
「出来なくはないけれど……ノワールの方は忙しいみたいよ。ルウィーよりも抱えている問題が大きいから」
「こっちはモンスターだが、向こうは人間だしな」
「ハァド大戦から立て続けに被害を受けているもの、仕方ないわ」
そうなると、やはり目立った動きのないプラネテューヌが気になるところだ。
エヌラスが考え込んでいると、ブランが何かを言いたげにしていることに気づく。
「どうした?」
「……その。わたしも、エヌラスがいつ戻ってきてもいいように頑張ってたのよ。少しくらい、褒めてくれてもいいんじゃないかしら……」
「ああ……そうだな。心配かけた、悪かったよ」
手を伸ばして、ブランの頭を撫でる。右手ではなく、まだ生身の部分が残っている左手で。
「子供じゃないのよ?」
「そうは言われてもな。こうする以外にどう褒めたらいいんだ」
「……もっと、なにかあるでしょ」
「なにか、ねぇ……ご褒美は何がいい、ブラン」
何気なく聞いたつもりだったが、一気に顔を隠して袖で口元を隠しながらブランがしどろもどろになっていた。
「その……キス、とか――?」
「そんなんでいいのか」
「だって……最近、会えなかったんだもの。それくらいはいいじゃない。それとも、わたしがいなくても寂しくないの?」
「俺にとっては、誰一人欠けて欲しくないかけがえのない存在だよ」
これ以上はもう、誰もいなくならないでほしい。心の底から、そう願っている。
頬に手を添えたまま、エヌラスが身を乗り出してブランと唇を重ねた。少しだけ長く触れ合った箇所が、やけに熱く感じる。顔を離すと、真っ赤になっていた。
ドアがノックされて、ブランが咄嗟にエヌラスを突き飛ばす。普段からハンマーを振り回している怪力だけに、椅子ごと吹っ飛んで壁に激突していた。
その衝撃に驚いて、返答を待つ暇もなく扉を開けて入ってきたのは教祖のミナだった。
「し、失礼します! 今の音はどうしたんですか!? エヌラスさんどうしたんですか!」
「すっ転んだだけだ……」
「椅子ごと?」
「ちょっとな……」
グラリと揺れた壁の棚から、エヌラスの頭上から本が降り注ぐ。あっという間に雪崩に飲み込まれて、すぐに這い出してきた。オトモネコルーが小さな身体で必死に引きずり出そうと手を貸している。まさに猫の手も借りたい状況。
「こほん……それで、どうしたの?」
「ええ。彼がいるので、重要な話をしようかと思いまして」
「ロムとラムは?」
「あの二人なら、新しい魔法を考えるのに夢中になっているようです。今はお昼寝中ですね。よほど夢中になっていたようで」
フィナンシェが見てくれているので、こうして足を運んできたというわけだ。
「重要な話、ねぇ……いてて」
「ええ。貴方の魔力の根幹に関わる問題です」
「――――そりゃ、たしかに重要な話だ」
「わたしは席を外した方がいいかしら」
「そのままで大丈夫ですよ。いいですか、エヌラスさん」
「俺もかまわない。聞かれて困る話題でもないしな」
「では、失礼して……おいでー」
オトモネコルーに手招きすると、駆け寄ってきて膝の上にちょこんと座り込んでいる。すっかり手懐けているようだ。
「貴方の持つ、無限の魔力貯蔵庫についてです」
「銀鍵守護器官のことか」
「はい。これでも魔法には精通していますから、仮説も交えてのことになりますが……よろしいでしょうか」
「ああ。頼む」
眼鏡を直しながら、ミナが書物を開いて説明を始める。
「まず。本当に貴方の持つ魔力は無限なのかどうか、ということです」
「自己再生にほとんど回しているが、魔力切れを起こしたことはないな」
「――魔力は、その銀鍵守護器官から?」
「ああ……」
「……その内部がどうなっているかは、把握していますか?」
「いいや。そこまで深く考えたことはないな。ただ、俺自身の“切り札”という形でしか認識したことがない」
今まで、そう深く追求されることはなかった。
しかし――改めてミナに言われて、エヌラスは銀鍵守護器官という物が一体どういった代物なのか考える。
これは、エヌラスが大魔導師に入門した時に施術されたものだ。コレがなければ生き残れないと言われて全身に魔術回路を仕込まれている。
「貴方の身体を構成しているその魔力と魔術、規格外の魔力貯蔵量。それら全てを内包しているという貯蔵庫は、断言してしまえば異常です。そんな物が存在するはずがありません。仮にそれを貴方の身体に埋め込んだとしても、疑問が残ります」
「……というと?」
「魔力を補給するために食事等を行いますよね」
「ああ。そりゃあ、当然だろう?」
「ですが、消費量が明らかに上回っている。この状況を鑑みるに、貴方のその魔力は恐らく、通常の方法ではない形で引き出されているはずです」
「…………ちょっと、想像がつかないな」
魔術回路を通して魔術を扱っているだけに、ミナの疑問がわからない。
銀鍵守護器官の魔力は、何処から引き出されているのか。それが議題だ。
「それを用意できた大魔導師が、一体何を企んでいるのかずっと考えていました」
「答えは出たの?」
「ええ。……想像を遥かに凌駕した、恐ろしい考えですけれども。それ以外に思いつかなかったので間違いないと思います」
「結論から言ってくれ、ミナ」
「はい。あの人がやろうとしていることは――“特異点”の創造です」
「……特異点の、創造? 大魔導師はそりゃ、神殺しをやるために俺を喚び出したりもしたが」
「それもあります。ですが、それなら自分の力で出来るはずです。あの人の力なら」
「それが出来ないから俺を――」
違和感があった。
大魔導師の魔術の粋を集めても、それが箱庭の中にある限り次元神に届くことはない。だからその箱庭を壊すためにエヌラスを呼び寄せた。絶望の魔人たる、ヌルズを。
手段と目的が一致していない。
「……考えてもみりゃそうだな」
「どういうこと?」
「塔争っていうのは、アダルトゲイムギョウ界にあるシェアが還元されて出現する神への挑戦権みたいなものだ。最後の扉を開くのは一人だけ。なら、俺の力を取り込んだ大魔導師がセロンに挑めばそれで勝てるはずなんだよ。俺は外部の存在だからな」
「それもそうね。言い方は悪いけれども、部外者が乱入という形だもの」
ブランの言う通り。どこまで親しくなろうと、エヌラスは本来何処にも居ないはずの部外者だ。
ならばなぜ、そうしなかったのか。
「なので、恐らくですが……貴方を特異点、つまり歴史の分岐点として設定した上で“新次元”を作ろうとしているのではないかと思われます」
「……」
「それがエヌラスの銀鍵守護器官と、どう結びつくの?」
「その魔力の出処が、もしかすると貴方の過去からかもしれません」
「……あー……?」
「えっと……何を言っているの?」
「うぅ、わかってます……わかっていますが、自分でもバカな結論だとわかってるんですけれども普通の答えじゃあの人の考えには絶対に至らないんです……」
それは痛いほどわかる、身に染みて知っている。
「ですから。貴方を基点として繰り返された世界線。アダルトゲイムギョウ界で行ってきた様々な要因が絡み合って、貴方に蓄積されているんですよ。その“鍵”がその魔力の貯蔵庫である、というのが私の結論です」
「なるほど……」
「なので。エヌラスさんは生きた特異点、歴史の分岐点ということになります」
「それなら確かに、大魔導師が俺に固執する理由も納得できるな」
「ただ、問題は……どんな世界の創造を考えているかが、まったくわからないことです」
「あんな腐れド外道が頂点の世界なんて、俺は考えたくもない」
それでも神坐を目指すだろう。あれは飽くなき探究心の果てに、見果てぬ夢を見た。
箱庭だけではその退屈を紛らわせないと知ってしまった。世界の全てを暴いて、まだ足りない。
まさに獣のような貪欲さを持って、神へと喰らいつこうとしている。
「もし俺が死んだら、その計画の全部が台無しか。そりゃお笑い草だ。こっちから願い下げだ。あんな野郎の思い通りにいってたまるかよ」
「……そうかもしれないけれど、死んじゃだめよ?」
「そのとおりです。貴方が大魔導師にとっての切り札であると同時に抑止力なんですから」
「……俺の運命が勝手に全部決めつけられているっていうなら、死んで出直したいくらいだ」
あれほど、嫌というほどに繰り返してきた“やり直し”を今さら自分が望むとは、どんな皮肉かとエヌラスが自嘲した。
「でもそうだな。もし本当に、俺が死ぬ時は……あの腐れド外道も一緒に連れて行く。あんなヤツ生かしておく理由がない」
「……エヌラス、なにかあったの?」
「なにが?」
「貴方が大魔導師を嫌っているのは知っているけれど、慕ってはいたでしょう? なのに、そこまで殺意をむき出しにするのは少し珍しいと思って」
「…………いいや、別に。何も」
「嘘を言わないで」
「アイツとの腐れ縁なんて、語り始めたらきりが無い。それこそ恨み辛みは山ほどだ――なんか思い出したら腹立ってきたな。モンスター退治とか無いのか?」
「そういうのはハンター協会に言ってちょうだい。モンスターの生態系が荒らされて、その調査に駆り出されているから人手が足りていないのよ」
「どこもかしこも万年人手不足だな。ちょっと散歩がてら行ってくる」
「あ、ちょっと! ……もう。ゆっくりしていくって言ったそばから」
頬を膨らませるブランを見て、ミナが思わず笑っている。
「まるで年頃の、恋する乙女のような顔をしてますよ」
「~~~~! ち、違……! 反故にされたら誰でもそうなるでしょ……」
「はいはい。では、私は引き続き執務に戻りますね。いきますよー」
みゃお。
オトモネコルーが片手を挙げて返事をすると、その頭を撫でて帽子を直し、ミナが退室した。
一人残ったブランが深く息を吐き出し、テーブルに突っ伏す。
なにか、変に機嫌が悪そうだった。大魔導師の名前も聞きたくないというほどに。
(……やっぱり、なにかあったのかしら)
だがそれを、相談してはくれないだろう。なにかしてあげられることはないかと考えたブランが椅子から立ち上がり、執務机に向かう。
連絡先は、ラステイション教会。守護女神ブラックハートこと、ノワールだ。