超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――ハンター協会に名を連ねているとはいえ、エヌラス自身はそもそも実績がない。そのため初心者同然の扱いを受けるのも必然と言えた。
ワルキュリアはルウィー防衛戦の際に多大な貢献をしたということで“上級狩猟許可証”を手に入れている。
そのため、紹介されている仕事も簡単な採集任務や小型モンスター討伐といったものばかり。
しかし暴れたい気分のは否めないので、エヌラスは仕方なく手頃なクエストを受注して狩りに出かけることにした。
温泉街もモンスター被害から復興中だ。足りない資材を可能ならば集めてきてほしいということなので、エヌラスはそれも頭の片隅に置いておいた。
狩猟から戻ってきたハンター達が宴会でも開いていたのか賑やかな声が聞こえてくる。それを横目に街を後にして、目的地へ向かう。
――ルウィーを襲ったモンスター達の雪崩。異次元から呼び寄せられたモンスター達は、大魔導師が足を運んだ秘境に現れた次元の割れ目から無数に湧き出していたらしい。
その現場に向かうと、ひどい有様だった。あちこちが崩れ、美しい景観は見る影もない。
この師匠にしてこの弟子あり。破壊活動だけならどちらも同じようなものだ。
エヌラスが左眼に違和感を覚え、手で押さえる。
頭痛に襲われて、目眩を覚えた。息を吸い込めば、冷えた空気が肺に染み渡る。
「…………」
視界に違和感があった。自分が捉えている視覚の情報量が、やけに多い。
ムルフェスト曰く――人間の眼に見えるのは、人間の脳が理解できる範囲のもの。それ以外の物を捉えるということはつまり、脳のチャンネルがズレている証拠。
それならば、自分の眼が映し出しているものは、次元の歪みのようなものだ。つまりは、そういうことだ――脳も、眼も。壊れてきている。
身体にガタがきていたのは知っていたが、それを急激に快復したせいで朧気であった情報が入り込んできているようだ。
確かに、この場に次元の歪みがあったらしいことは目に見えている。空間に走る黒い亀裂。それは大魔導師が手を加えたことで収束しているが、その残滓が留まっていた。
これを引き起こした犯人が誰なのか。ヌルズではないだろう。アレは女神は眼中にない。
ならば、守護女神を敵に据えた協力者がいる。それがシロトラを含めて、様々な元凶となっているはずだ。
エヌラスが手を伸ばし、ヒビに触れる。
――――妹の、声が聞こえた気がした。
幻聴かとも思ったが、気の所為ではないらしい。
【――ねぇ、兄さま? もう、片足をこちら側に踏み込んでいるわ】
「……ああ。そうらしいな」
【どんな奇跡であっても、救われることはないの。それなのに、女神のためにまだ剣を執るの?】
「俺は……、まだ立ち止まりたくないからな」
この次元の裂け目がどこに通じているのか、それが知りたい。
妹の、耳元で囁くような甘い声。呆れた吐息を吹きかけられて、背筋がくすぐったい。
【自分が消えてしまいそうな今際の際で、まだ足掻こうとする兄さまは――とても痛々しくて、ええ……とっても、素敵よ】
「……」
【兄さま――、私の力を貸してあげるわ】
「いいのか?」
【ええ。だってもう兄さまは、人類の味方側じゃないもの。魔人としての力が補強された、女神の敵側の方に偏ってきている。それなら、使えるはずだわ】
以前ならば、辛うじて信仰で“変神”が出来たが、今となってはそれに自分の身体が耐えられるかどうかすらわからない。制限時間付きでなら可能かもしれないが、生憎とそれだけの力も無い。
ならばいっそ――絶望の魔人としての権能を振るう方が都合が良かった。しかし、それは確実に周囲に被害をもたらす。世界の崩壊を助長させる。
【少しだけ……、ほんのちょっとだけ。兄さまを手助けしてあげる】
「……ありがとうな。俺も、すぐそっちに行くから……もうちょっとだけ、良い子にしててくれ」
妹が微笑む声を残して、気配が消える。
黒い亀裂に右腕で触れると、その門が開かれた。
かつて、自分が有していた次元渡航能力。その限定的な権能の使用は、妹の助力があってのことだ。とはいえ、これはひどく疲れる。
一歩、その中へ踏み込む――そこから広がる景色は、何処までも果てしなく荒れ果てた世界。そこにはエヌラスも見覚えもあった。
零次元。天王星うずめと出会った、あの次元だ。
なぜそれがルウィーの秘境に通じているのかわからない。場所も、以前歩いたところとはかけ離れていた。ダークメガミが破壊した場所が辛うじて見える。
エヌラスが更に立ち入ろうとして、言葉にできないほどの圧迫感に足を止めた。まるで見えない壁に押し止められているかのような感覚に息が詰まる。
本能的な危機感。第六感が、この先に進むことを拒んでいた。
出口のない迷宮への入口。一寸先は闇。踏み込めば、生き残れない確証だけがハッキリとしている。
エヌラスはそのまま、手をかざして再び門を閉じた。
零次元から流れ出してきたのが、雪崩込んできたモンスター達の正体だ。だが、なぜ? うずめにそんな力はないはず。
そもそもにして、あの次元はうずめと海男を除いて、モンスター達しかいない。最後の守護女神であるうずめしか残っていない。だというのに――。
「…………」
考えれば考えるほどに、苛立ちが積もる。
出来たはずだ、と考えれば考えるほどに。
大魔導師ならば、そう出来たはずだ。琴霧ソラを、死なせずに窮地を切り抜けることができたはずなのに。次元神を倒すことだけを掲げて、友達を見殺しにされた事実が見過ごせない。
エヌラスは気を取り直して、目の前のクエストに集中することにした。その邪魔をするモンスター達を余さず討伐しながら、ついでに素材も持って帰る。
ルウィーの温泉街へ戻ってくると、何やら広場が騒がしい。
何事かと思っていたが、そのままクエスト達成の報告にハンター協会へ足を運ぶ。
報酬を受け取って、騒ぎのある温泉街に戻ると――そこには、大魔導師が立っていた。
温泉街の観光大使として急務を片付けにきただけのようだが、今は顔も見たくない。
「――おい、エヌラス」
声を掛けられて、引き留めようと伸ばした手を払い除ける。そして大魔導師の額を睨むのはレイジングジャッジ・フリークスハントカスタム。
明確な拒絶反応。初めて出会った日よりも、恋人を奪われたあの時よりも。今までにない敵意と殺意をぶつけられて、大魔導師が固まっていた。
そのまま、言葉を交わすこともなくエヌラスが立ち去る。
もし、一言でも発していたら引き金を引いていただろう。それに留まればいいが、間違いなく殺し合いを始めていたはずだ。
それほどまでにエヌラスの心に深い傷を負わせた事実を今さらに、大魔導師は実感する。
次が無いと知っていて、ソラを見捨てたわけではない。アレは、そうする以外になかったのだ。
そして、それが最善策であったと知っている。
その死因となったのが、奪われた機神の右腕と知ったら――エヌラスは、壊れてしまうだろう。耐えきれるはずがない。
零次元で共に戦って、共に窮地を乗り越えて、その命を奪ったのがあの時の不覚であったと知れば……今の姿を保つことすら難しいだろう。
エヌラスの背中を見送っていた大魔導師だったが、後ろ姿がぼやけたことに眉をひそめた。
まるで陽炎のように揺らめく気配。他ならぬ、妹の面影が見えた。
「――――――」
生者に取り憑く悪霊のように、気配だけが感じ取れる。
快復したとはいえ、消えかけた灯火を辛うじて継ぎ足しているだけに過ぎない。
ならば、死霊がまとわりついてもおかしくはないはずだ。
エヌラスにとって、最早大魔導師は敵だ。かつてのクロックサイコ同様に、不倶戴天の怨敵。
袂は分かたれた。だがそれでも、あれは必要な“鍵”だ。
どうあろうとも、自分だけは味方であり続けなければならない。最期まで利用しなければならないのだ。
大魔導師は立ち去るエヌラスの背中から視線を外して背を向ける。
――もはや、共に戦うことは叶わない事実が、そこにはあった。