超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
(まぁ、少しばかり仕方のないことか)
大魔導師はエヌラスとの完全な敵対関係に陥ったことに関して、当然のことかと受け止める。それにショックを受けてすらいなかった。さも当然といった様子でルウィーの温泉街を歩いて回る。
自分の想定の範囲内ではあるものの予想外のハプニングばかりが続く。その精神の摩耗にエヌラスの限界が近づいていた。肉体もかろうじて、といった体だ。
思案する。思考する。思慮深く、だがそこに人間の情と言ったものは一切含めない。
今のエヌラスは、絶望の魔人の力を補強された魔神だ。女神と敵対するものとしての能力が補強されている手前、下手に力を使えばそれこそ世界を敵に回しかねない。
だが、それは元からだ。そうならなかったのは、エヌラスに対する女神たちの温情があってこそである。自分とは違って。
「…………頃合いか」
ポツリと、呟く。エヌラスが訣別の意思を示すと言うのならば、いくつかの手順を飛ばしてもいいだろうと大魔導師は判断した。
この真意は、セロンですら想定していないだろう。そして、ひいてはヌルズ・エクス・モルテスの打倒にも繋がる。
他の誰にも知られるわけにはいかない。その代償が無限の孤独であったとしても厭わない。元より頂点というものは孤独なものだ。
(さて、そうなるとこちらとしても覚悟を決めねばならんか――)
徹頭徹尾、不退転。どこかで失敗すれば、
――ひとつだけ想定外があるとするならば、エヌラスという男がまさかここまでバカを貫き通すとは思いもしなかったことだ。
自分の胸中に渦巻く思いは、なんと言葉にしたらいいか。それほどまでに複雑なものだ。
大魔導師はひとり、鼻で笑っていた。
最初からこの生命以外の賭け金など載せていない。
ルウィー教会に戻ってきたエヌラスは、ひどく苛立っていた。大した仕事をしていないはずなのに、仏頂面で怒りを押し込めている。それにはさすがにブランも言い出しにくそうにしていた。
「……なにかあったの?」
「腐れド外道の顔を見て、危うく街中でぶっ放すところだった」
「腐れ……ああ、大魔導師」
温泉街で化け物ハンドマグナムを撃たなかっただけまだマシだと、エヌラスはむくれている。そんな不機嫌な頭に、ブランが手を伸ばした。黒髪を撫でながら、先程までノワールと話していた内容を伝える。
「スピカとカルネは形式上、ラステイション教会に捕らえられているみたいよ。女神に向けて銃を向けたんだもの」
「…………」
「でも、元々教祖の秘書官として二人は活動していたからそこまで重い罪には問われなかったわ……問題は、エヌラスだけど」
「ラステイションに立ち寄るにしても、色々ありそうだけどな」
「そうね。普通には入国させられそうにないわ」
扱いとしては、以前と同じ。重罪人として女神側で保護観察。教会で管理されている所有物として片付けられている。そうでもなければゲイムギョウ界で活動するなど論外だ。
「あなたはいつもいつも、自分のことを棒に振りすぎなのよ……」
「……わかっちゃいるが」
「そんな方法しか知らないなら、誰かを頼ってくれていいのよ」
「――――」
頼って、自分の重荷を預けるわけにはいかない。これは最期まで自分が抱え込んでいくと決めたのだから。
「ブラン」
「なに?」
「……俺は、此処に戻ってくるまで色々な世界を旅してきた。いや、正確には旅というか……邪神狩りなんだが……そこで出会った人たちに沢山迷惑かけた」
「そう」
「大勢不幸な目に遭わせてきた。身勝手な約束もしてきた」
叶うなら叶えたい願いがある。それこそ、星の数ほど。数え切れないほど、幾星霜。
「……今となっちゃ、その約束を守れそうもない」
「エヌラス――」
「そんな顔するなよ。ちゃんと自分のケリはつけるさ……必ず」
頭を撫で続けていたブランの手をどかして、エヌラスは笑った。擦り切れて、疲れ切った笑みを見せられてブランの胸中がざわつく。
なにかを言い出しかけた瞬間、大魔導師が教会に訪問してきた。機嫌を直しかけていたエヌラスの顔から笑みが消えて不機嫌さを隠そうともしない。それにはブランも水を差されて睨みを効かせていたが、当人は素知らぬ顔をしている。
「邪魔をしたようだがそんなことは二の次だ。温泉街の国外PR活動の一環として様々な事業を開拓中だが、その件については後日まとめて報告しよう」
「……用件はそれだけかしら?」
「いや? こちらが本題だ――」
相変わらず、雪国のルウィーで浴衣姿のままぶらついているというのは違和感が凄まじい。顔面偏差値の暴力がなければ変人扱いだ。そうでなくても奇人の極みだが。
大魔導師の視線が、顔を見ようともしないエヌラスに向けられる。
「そこの不貞腐れているバカ弟子。話がある。貴様にはなくても私にはある。黙って聞け」
「…………」
「お前が何を考えているのかもどうでもいいことだ。だが、この先の戦いで必ずお前は死ぬ。それはヌルズではなく、恐らくそれ以外の相手で。そんな身体でなければ生き残れたかもしれんがな」
「……よくいう」
誰がそんな身体にしたというのか。
「お前が望むのであれば、私の身体を譲ってやってもいい」
「は?」
「そんなガラクタ同然の身体であるより、私の身体を使った方がマシだと言っている」
「誰が使うか」
「答えは当然ノーだろうな。わかりきっていたことだが」
わかっていて聞くのだから性格が悪いにも程がある。しかし、そんなことを聞きに来たのではないだろう。
「お前に勝手に死なれると私が困る。今は、な」
「テメェの都合で生きてねぇよ」
「ああ。どうせ死ぬのなら――」
「そうだな。どうせ死ぬならテメェも道連れだ」
席を立ったエヌラスの手には、すでに倭刀が握られていた。ブランが止めるよりも先に、大魔導師が言葉を続けるよりも先んじてテーブルを蹴って斬りかかっている。
刃を首に掛けていたタオル一枚で防ぐ大魔導師は、涼しい顔をして鼻で笑った。
「いい加減こっちも我慢の限界なんだよ」
「……妹にでも会ったか?」
「人の地雷を踏むのは相変わらず天才級だな腐れド外道!」
エヌラスの脚に纏う紫電が赤く変色している。それには、ブランも違和感を覚えた。守護女神として本能的な危機感も。
蹴り飛ばされる大魔導師は窓際で魔術による姿勢制御を行うと、内鍵を外してからエヌラスの追撃を受けた。窓ガラスを派手に開け放しながら二人が教会の中庭に着地すると、教会職員達から悲鳴があがる。しかし、そんなことはお構いなしだ。
血のような赤黒い稲妻と共にエヌラスの抜刀術が大魔導師を狙う。だが、その全てを手にしたタオル一枚で凌いでいた大魔導師の眉が一瞬ひそめられる。
常中させている三重の重力防壁に亀裂が入っていた。これまでのエヌラスであれば、その防壁を破壊するのに手間取っていたが……。
思わず、その威力に頬が緩む。
「よもや、これほどとはな。少しばかり予想外だ――嬉しい誤算だがな」
「テメェがいなければ――! テメェさえ、神殺しを始めていなけりゃあ――!」
エヌラスの魔術において最大のポテンシャルを発揮する時というのは、感情の爆発だ。瞬間火力では大魔導師を凌駕する。だが、それはあくまで瞬間的な火力だ。
全ての元凶と言っても過言ではない。
「……仮にそうだとして。私を殺したところで何が解決する?」
「強いて言うなりゃ俺がスッキリする。だからいい加減にくたばれ」
エヌラスの生涯において、大魔導師を超える程の障害は存在しない。
あらゆる邪神を封神してきた。あらゆる強敵を粉砕してきたが――それでも、目の前の怪物を超える相手に出会った試しがない。
「オイ、てめぇら! 教会で暴れるんじゃねぇ!!! っていうかルウィーで喧嘩するんじゃねぇ!!」
ブランが怒り心頭で教会の窓から吠える。エヌラスと大魔導師の師弟喧嘩は今に始まったことではない。被害の規模と桁がおかしいことだけは確実。
「テメェが俺を呼びさえしなければ、こんなことにはならなかった!」
「私にはお前が必要だった。それだけのことだ」
「そんな勝手な都合でどれだけ多くの犠牲を出してきた?」
「笑わせる。死霊秘術の主に向けて、犠牲者の数を問うのか? 私にしてみればそんなものは、全て必要な命だったと言わせてもらおう」
倫理観などもって生まれたことなどないのだろう。死霊秘術を収めると決めたその時から。だがエヌラスにとってそれは――琴霧ソラの命すら、必要な犠牲だったと言われているようで許せるはずがなかった。
誰ひとりとして犠牲になどしたくないからこそ、自分が戦い続けてきたというのに。人の心などどこに捨ててきたのか、大魔導師はそれを当然のように踏みにじる。
「ああそうかよ。だったら、テメェが犠牲になりやがれ。それで帳消しにしてやる」
「さて。私を犠牲にしたところで救われるものなど――お前のストレスくらいのものか?」
ボロ布のようにほつれていくタオルを捨てて、浴衣の帯を解きながら大魔導師が下がる。打ち下ろした倭刀の赤雷によって降り積もった雪が爆ぜた。
大魔導師は所有する魔導装衣、祭服に似た仕事着へと着替えている。
突き出される倭刀の刃先を手刀で受け止めた大魔導師はそのままエヌラスを投げ飛ばした。
指先に浮かぶ黒い球。高密度に圧縮した重力弾を発射する。超小型のブラックホールは、物理的な強度を無視して対象を破壊するが――エヌラスの放つ超電磁抜刀術は、その魔術の中核を尽く破壊して術式を崩壊させた。
「……」
大魔導師の目が細められる。
“破壊”の権能が強くなっている、というその事実に表情が消えていた。
今のエヌラスを相手に下手な防御は下策だろう。
「やはりな――エヌラス。お前、魔神の力を制御し切れていないだろう」
「超電磁抜刀術・零式――!」
「聞く耳もたんか……」
ブランがなにか叫んでいるが、すでに野太刀を構えているエヌラスの耳には届いていない。大魔導師に至っては最初から耳を傾けてすらいなかった。
(いや、制御できていないわけではないか……何が力を増幅させているのか、など考えるまでもない。相変わらず、あの妹君だけは私の計算外だ)
エヌラスの妹。ただそれだけが、大魔導師にとって計算外にして想定外。そして正真正銘、制御不可能の狂気。
もしかすれば唯一。ヌルズ・エクス・モルテスと対等に渡り合える存在の――。
式に組み込むことすらできない、怪物。
「“
大魔導師の口から紡がれるのは、エヌラスが築き上げてきた加速術式。
だが、これより先は大魔導師のみが到達した領域。
「――“
「“
右肩に担ぎ上げた野太刀が刃を閃かせる、刹那。エヌラスの手に走る衝撃。大魔導師が先んじて足を振り上げていた。
術理としては、単純明快。
超電磁抜刀術の弱点は、その前動作にある。居合である以上、鞘に収めた状態から放たれなければならない。となれば、手は必ず柄に添えられている。それを迎撃するとなれば、大魔導師にとっては造作もないこと。
エヌラスにとって最も衝撃的だったのは、こうも真っ向から大魔導師が迎撃してくるとは思っていなかったからだ。
「なッ――」
「相変わらず進歩のないバカさ加減は、死んでも治りそうにないな」
教会の中庭で足を振り上げたままの体勢で大魔導師が立っている。しかし、その足元。地面だけは蜘蛛の巣のようにひび割れていた。
蹴り上げた衝撃でそれほどの被害を見せている。
身体を軽くかがませると、次の瞬間には姿がかき消えていた。
「さて。教会で暴れるな、という話だ。場所を変えるぞ」
エヌラスが防御するよりも先に大魔導師の蹴りが頬を捉え、ルウィーの雪原に向けて吹き飛ばされていく。
空から落下しながらも、大魔導師の手は黄金の弓と矢をつがえていた。その狙いは寸分違わずエヌラスに突きつけられている。
「――“
放たれた一矢が空中で魔法円を描き、分散した無数の矢が複雑な軌道を描きながらエヌラスの後を追う。黄金の雨が降り注ぐが、空を裂く赤い稲光が全てを打ち砕いた。
教会の屋根に着地した大魔導師が一歩跳び出す。そのままエヌラスへ向けて凄まじい速度で消えていった。
「……~~、ああ~もうっ!!! あンのバカ師弟はぁ!! 人の話もまともに聞けねぇのかァ!!!!」
ブランはその様子を見ていたが、さすがにこうも無視されて暴れられては我慢の限界だ。