超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──ルウィーの広大な雪原に墜落する、黒と金の流星。
爆音を轟かせながら、粉雪を捲き上げながら二人が弾かれたように飛び出して距離を取る。
かつてないほど、いや。いつか見た時と同じようにエヌラスは怒りに染まっていた。それがどれほど歪んだ形であったとしても、いつだってこの男は誰かの為にその炎を絶やさず抱えて生きてきている。
大魔導師は憤怒に呑まれた一番弟子を見て──嗚呼、やはり。と白い息を零した。
魔術の全てを叩き込むに値しなかった。できなかった。自分とは与えられた天賦の才が違う。炎に氷の冷たさを教えたところで意味を為さない。
エヌラスの手には、倭刀。大魔導師は黄金の十字架を形成していた。
斬り合うことも、殴り合うことも。──殺し合うことだって、何度でも繰り返してきた。嫌というほど、目を閉じれば暗闇によぎる。目蓋の裏に焼き付いたエヌラスの顔は何時だって怒りに満ちていた。
怒るのは、誰だってそうだろう。だが、怒り続けるというのは膨大で莫大なエネルギーを消費し続ける。感情の爆発、常に激情に呑まれ続けてしまえば自我の崩壊すら招きかねない。だが、その瞬間にリミッターが外れる。
叩き出した最高速度を更新し続ける車両があったとして。果たしてそれは
超電磁抜刀術が降り注ぐ黄金の十字架の雨を切り裂く。雲間を裂いて、赤い電撃を放出しながら。半ば自壊に踏み込んだ暴走状態の魔術を、しかしエヌラスは驚異的な精神力で制御している。ただ単に──自分の身体のことを考慮していないだけだ。
見敵必殺。自らの命を賭して、ここで道連れにしようという魂胆が見て取れる。人はそれを自暴自棄というだろう。まさしくそうだ。
大魔導師が忍ばせた拘束術式を間髪入れずに“粉砕”するエヌラスの鉄拳がみぞおちに叩き込まれる。
クロギアの手によって奪われた“機神の右腕”がエヌラスという存在の根幹を担っていた。それを女神メモリー、もとい魔人メモリーで代役を担わせている形となった結末がコレだ。
ギリギリのところで保っていた均衡が崩れれば、いとも容易く絶望の魔人としての破壊衝動が顔を覗かせる。それは自らの命すら厭わない形で。
「……こんなことのためにアイツは死んだはずではないのだがな」
つくづく、くだらない。こんなつまらない瑣末事で時間を喰っている暇など、無いはずなのに。
大魔導師は続くエヌラスの拳を事もなげに片手で受け止めた。それだけで防御術式がいくつか音を立てて崩れていったが、問題はない。
「何一つ諦めきれないお前だからこそ、ただ一人でも欠けたこの世界は許せないか」
「ったりめぇだろうが! 今更何を言ってやがる! テメェが──」
「──お前が渡り歩いてきた多次元世界の全てを。失ったとしてもか」
「それが──、テメェに何の関係があるってんだ! 何もかも諦めたくせに、人に全部押しつけた野郎がほざくなぁ!」
何もかもを、諦めた。そうだ、確かにそうだ。エヌラスのように、何もかもを諦めきれないわけではない。
「箱庭のパワーバランスを壊したいっていうなら! 俺の力を奪ってテメェがやりゃあよかったんだ! なんでそうしなかった! それができたんじゃねぇのかよ! 大魔導師! 世界最強の魔術師なんだろうがテメェは!!」
「……確かにな。その通りだ。お前の言う通り、それができていればそうしていた」
「だったら──」
「だがな。私にはそれが出来なかったのだ。理由は至極単純なことだ。その権能を振りかざすお前が一番よく理解しているだろう?」
大魔導師の手のひらはエヌラスの拳を受け止めている。だがそれも防御術式を総動員させて、ようやく最小限の被害に留めていた。
「触れるもの皆悉くを破壊し尽くす権能を使い、箱庭の世界を壊した後に何が残る。何も残らないはずだ。お前が繰り返してきた地獄が、そもそも無くなる。そんなものを私は望んでいない」
「訳分からねぇよ! だったらなんで俺なんだ! どうして俺にそんなものを託した! いっつも言葉足りてねぇんだよアンタは!!」
「言ったはずだ。お前には箱庭のシステムを破壊してもらえればそれだけでよかった。何も知らないお前にしか出来なかったことだった。それだけだ──それだけのはずだったんだがな……何を思ったか、お前ときたら最初の目的から逸脱して「全員を救う」などと言い出す始末だ」
次元神の作り上げた箱庭のシステムを破壊する。たったそれだけ。
そのためだけに、大魔導師はエヌラスを用意した。そして、自らの手で鍛え上げた。
まさしく“魔人鍛造”として。決して絶望に折れぬ刃を作り上げた──そのはずだったのだ。
「そうしてお前は、塔争の代替えとして“邪神狩り”を始めた。ああそれとも……」
大魔導師はそこで一度区切り、拳を払い除ける。
「それとも、お前には──
「────────」
瞳孔が開き、言葉を失い、立ち尽くすエヌラスはその瞬間、完全に無防備となっていた。精神的にも、肉体的にも。隙を晒す弟子に対して、大魔導師は掌底をみぞおちに打ち込んだ。背中にまで突き抜ける衝撃に吐血しながら膝をつく。白い大地に血が滴り落ちた。
「……お前は覚えているか? 自分がそう名乗ったことを」
「なん、で──テメェが……!?」
「古い知人が、私の手を借りたいと申し出てきた時にな。少しばかり耳にした。そこで出会った少女たちがお前の名を口にしていた。だから、たったそれだけの話だ」
「──、覚えてるに決まってんだろうがァ! 誰が忘れるかよ!」
「…………お前のために残った付喪神のことは、覚えているか」
大魔導師は、それがエヌラスにとっての起爆剤であり、同時に地雷であることを理解している。何時だってそうだ。いつもそうだ。己の立場と運命を呪っても呪いきれない。
いつだって、与えることと奪うことしかしてやれない。
「あの二人は、お前の為に戦った」
「……」
「そして、約束した。覚醒世界の存続に尽力する、と。事実、あの世界は今も平和が保たれている。覚悟の是非を問えば、命を懸けることになることなどわかり切っていたはずなのにな」
「……死んだのか。また、アンタが殺したのか──俺の知らねぇところで、いつもいつもそうやって人の大事なもん奪って愉しいのかよ」
「履き違えるな。都合のいいヒーローなどではない。等価交換でしかなかった」
「──その等価交換とやらで、今のテメェの命は覚醒世界が天秤に乗ってるって言いてぇのか」
「こういう時ばかり察しが早いなお前は」
エヌラスの中で静かに怒りのボルテージが上がっていくのを肌身に感じながら、大魔導師は話を続けた。
「彼女達の歌を、忘れたわけではないのなら……此処で立ち止まるな」
「…………、わかってんだよ。わかってんだよそんなことは! だったら俺にどうしろってんだよ! アンタいっつもそうじゃねぇか!」
目尻から涙を流しながら、子供のように叫ぶ。
「こんなことしてる暇も余裕もねぇのは、そんなもん俺の頭でもわかってんだよっ! それでもテメェのやったことに納得がいかねぇんだ! いなくなったアイツのこと考えるだけで、腹が立って仕方ねぇんだよ!! いつもいつも人にトンデモねぇことばっかり押しつけて、テメェはなんだ!? なに遊んでんだ、ふざけんじゃねぇぞ! こんな、何も守れねぇ上に助けることも、手を差し伸べることも出来ねぇ馬鹿ほったらかしにして、なにが──なにがッ!!!」
ずっと後悔していた。
どうして自分は誰も守れないのか、と。そして気づいた。
この手が、血にまみれていることに。奪うことしか出来ないことに。
だから、誰かに手を差し出すのをやめて。ただ前を向いた。
それがどんな地獄であったのだとしても、この手で愛する人の命を奪いたくないから。
「世界の全てが救えねぇって言うなら、最初からそう言えよ! 俺にそんな資格がねぇことぐれぇ言えよ! ──俺バカだからアンタが言わなきゃ聞かねぇんだよ!!!」
「……その私が言っても聞かん時は聞かんくせによく言う」
「言わねぇくせによくほざきやがる」
エヌラスの身体は、いつもそうだ。ボロボロで、満身創痍で。だけど傷ついてもすぐ治る。だけど──心の傷だけは無限の魔力貯蔵庫でも治せない。
とっくに疲れ切って、とっくに擦り切れている。
「大魔導師──、アンタの不甲斐ない一番弟子のバカからの頼みだ。最初で最後の、一生のお願いだ」
「……言ってみろ」
「俺に世界の全てが救えないっていうなら。アンタにも、箱庭のシステムが壊せないっていうなら。それならせめて──、たった一人だけでいい。命に代えて守ってやってくれないか。それぐれぇ出来るだろ? 俺と違って」
「────」
自分と違って。その言葉をエヌラス本人からの口から投げかけられた大魔導師は、言葉を呑む。下手な慰めなど出来るはずがない。そんな言葉を望んでいない。そして、そんな資格はない。
「犯罪国家九龍アマルガムに帰ってくれ。そして、たった一人──俺が本気で愛した、最初で最後の恋人を。……マリーを、守ってやってくれよ」
「──、…………」
大魔導師はそこで、初めて。
自分の犯した罪の重さを後悔した。
エヌラスが歩き出したのは怒りからなどではなかった。
ずっと抱えていたものは、あの日奪われたすべてを
「…………わかった。約束しよう」
「わかったら、さっさと消えてくれ。アンタの面を見たくねぇんだ。奪われたものばかり思い出すから」
ただ何も言わず。雪原から大魔導師が立ち去る。
一人残ったエヌラスは自分が切り裂いた雲間から覗く青空を見て、そこに浮かぶ白の守護女神を発見する。教会から飛び立つ時には何やらブチギレていたような気がするが、なんでか戦斧を掲げてこちらへ向けて最大戦速で突っ込んできているような。いやきてるなこれ。
「テメェら師弟は──人の話を聞きやがれぇ!!!」
そっすね。──エヌラスは甘んじてホワイトハートの叩きつけた戦斧による衝撃波に揉まれてぶっ飛んでった。
受け身も取らずに新雪のクッションに落ちた姿がピクリとも動かなかったので、さしものホワイトハートも顔を青ざめる。
エヌラスが、急に笑った。どうしようもなくなったときに出てくるような、変な笑いだった。
「あっはっはっは、あー……めちゃくちゃいてぇなこれ」
「お、おいちょっとエヌラス!? 大丈夫かよ! いや、やったのアタシなんだけどよ……」
「……あぁ、まったくよ……本当に、しんどくて──滅茶苦茶いてぇなぁ……ちょっと動けそうにねぇなぁ──」
青空を見つめながら目を腕で覆う。
──自分が守りたかった者すら、他人に譲らなければならないことが悔しくて。