超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──犯罪国家九龍アマルガム教会、廃病棟へと帰還した大魔導師はため息をつく。
長い長い旅路の果てに、願ったものは原点回帰。なんて皮肉なのか。
求めたものはこの既知感の枯渇した箱庭の世界などではなく、未知に満ちた世界である。そのはずなのに、託した男が本気で願ったのは、この箱庭の世界で出会った最初で最後の恋だった。
会釈するメイド達を素通りして大魔導師はひとりの人間を探す。それはまもなくして見つかった。ガイノイドであるメイド達に混じって唯一、ただの人間の女の子が。
マリー。エヌラスの初恋の人。
金の髪に、青い瞳のどこにでもいる。なんの変哲もない女の子。少々頭のネジが飛んでいる節があるが、それくらいでなければこの国は生き残れない。
「あ、大魔導師。おかえりなさーい」
「…………」
沈黙を貫き通し、大魔導師は思考する。
──果たして、どの程度まで誤差を許容できるだろうか。しかし、既に手は動いていた。
人差し指を、トン、と。
マリーの額に当てる。
キョトンとした顔で小首をかしげていた。
ほんのちょっと。それこそ指先一つのさじ加減を間違えるだけで容易く彼女の命は散るだろう。
「大魔導師? なーに?」
あどけない表情を見せる人間の女の子に対して、何ら感慨のひとつ湧かない自分と違って、未だにエヌラスは囚われている。いいや、きっと──この箱庭の存在そのものが。
彼女を含めて。この箱庭に生きる総てを救わなければ気がすまないのだろう。
なんて愚かな。なんて馬鹿な真似を。なんでそんな道を選んでしまったのか。
狂った歯車など、今更どうすることもできない。
「マリー。お前には──」
後悔など最初からしていない。この命を含めて、賭けたのだ。
此処で立ち止まるわけにはいかない。ここで計画を止めるわけにはいかない。
ようやく此処まで来たのだから。
「──思い出してもらわなければならない」
「? 私、なにか忘れてることあった?」
「大事なことだ」
できるはずだ。できないはずがない。
自らの身体で既に実証済みだ。
“神の記憶操作”を自前の術式で紐解くことで前世までの記憶を取り戻すことは。ただ問題は──この少女の体が耐えられるかどうか。
できるはずだ──そう自分に言い聞かせて、大魔導師はマリーの額から魔術を打ち込んだ。
まるで雷にでも打たれたように身体を跳ねさせると、そのまま仰向けに倒れそうになるのを支える。
「……とても、大事なことだ。少しずつでいい。ほんの僅かにでもいい」
少しだけ苦しそうな寝息を立てるマリーの顔から髪をどかして、大魔導師は目を細めた。
春の訪れと共に雪が溶け、芽吹くように。隠蔽された記憶を紐解いていく。それがどれほどの時間が掛かるかはわからない。しかし、精神的負担と肉体の負担を鑑みた結果、時間をかける以外の手段はなかった。
「だが、お前には──全てを思い出してもらわなければならないんだ…………エヌラスのためにもな」
大魔導師はマリーを抱えて歩き出す。
この箱庭の世界に置いて、最も価値ある命は恐らくこの少女だ。
神格者ではなく、守護女神でもなく、ただひとり。ただの人間の女の子が総ての鍵。
嗚呼まったく、なんて浪漫なのだろうか。大魔導師はひとり笑みを浮かべる。
いつだって世界は神を中心としてなどいなかったのだ。
──ルウィー教会。
ホワイトハートの戦斧によってぶっ飛ばされたエヌラスの看護も相まって、ブランはくっついたまま離れようとしなかった。情緒不安定だったのもあり、こうしてしがみついていれば多少は精神的苦痛も和らぐ、というどこから仕入れたのかわからない情報によって。
「……ブラン、痛いんだが」
「文句言わないで」
「うっす……」
「……ちょっとは落ち着いた?」
「別な意味で落ち着かない」
「へ、変な気は起こさないでちょうだい」
「だったら離れてくれると助かる」
「…………むぎゅう」
ますます腕にしがみついてくるブランに、エヌラスは顔を覆った。俺にどうしろというんだ。
「……本音を言うとな、もう疲れたんだよ。あの腐れど外道の敷いたレールの上で生きていくのに。もう沢山だ、もうウンザリだ。もう俺は限界だ。これ以上、戦いたくなんかねぇんだ」
「────」
「幻滅したか?」
「いいえ。むしろ、貴方は頑張ってきたじゃない。貴方との付き合いはネプテューヌ達に比べたら短いかもしれないけど、貴方がどんな人なのかは理解しているつもりよ。良くも悪くも」
どこまでも不器用な生き方を貫き通してきた、馬鹿な人。
誰よりも真っ先に救われなければならないのにただ一人、地獄の道を選んだ人。
生まれの不幸をどれほど呪ったところで、その呪いが解けることはない。
女神と敵対する存在である魔人として生を受けたエヌラスに、ブランはどうしようもなく惹かれた。ネプテューヌも、ノワールも。
それはきっと、出自としてではなく、在り方として。守護女神とあまりに似ていたから。
「貴方がこのまま居てくれたらいいのに」
「ブランの迷惑だろう」
「そんなこと──、いえ。貴方の言いたいことはわかるわ」
迷惑。そう、エヌラスの存在は崩壊の引き金となる。だからこそあらゆる次元世界において長居は無用だった。その場に留まれば留まるほどに世界が歪んでいくのだから。
「なぁブラン。俺はどうしたらいい」
「……」
「どこにも行く宛ねぇんだ。他に、どうしろってんだ」
「……さっき、ノワールに連絡してみたの。スピカとカルネの二人の様子見も兼ねて」
「なんて言ってた?」
「貴方の面会も含めてなんとか精査できないかって。そうしたら、今は状況が状況だからって断られたわ」
ゴールドサァドの事件がなんとか収束の見込みがついたばかりだ。ラステイションでは特に不祥事に敏感になっていることだろう。エヌラスもそれは期待していなかったことだ。
「ただ、留置場でもあの二人は相変わらず元気みたいよ」
「目に浮かぶわ。あのポンコツ共がはしゃいでる姿が……」
「スピカ姉! この天ッ才、美少女カルネちゃん気づきました! 縛られたままでもこうして、こう──服を脱げることに!」
「愚妹、服を来なさい」
「はーい……ゴソゴソ……」
(今どうやって脱いだんだあのメイド!? そしてどうやって着込んでるんだ!?!?)
「……リーンボックスにでも行くか。最近ベールの顔見てなかったし」
「ならちょうどよかったわ。ベールからも会わせたい人がいるって連絡があったの」
「俺に? どんな物好きだよ。鉢合わせたら殺し合いでもおっ始めそうな物騒なやつか?」
「エヌラス」
「冗談だよ、冗談。なんにせよ、俺が全力出せるのは一度か二度が限度ってところだよ」
腕にしがみついているブランに頭を擦り寄せてから、エヌラスは目を閉じる。
「……色んな世界に行ってきたなぁ」
「いつか聞いてみたいわ、貴方の旅のこと」
「ろくなもんじゃねぇよ。……本当に。ろくなことしてこなかったんだからよ」
立ち止まってしまえば二度と歩きだせなくなると理解していた。だから立ち止まりたくなかった。自分を傷つけるとわかっていても。
選んだ道を引き返してしまえば、過去の自分を否定してしまう。そのために犠牲にした人たちを否定することなどできやしないのだから。
「沢山、約束してきたな。また会おうとか、また歌を聞きに行くとか。本当に、色々」
「……なら、ちゃんと叶えないとダメじゃない」
「そのつもりだったんだよなぁ当時は。どうしてこう、俺は生きるのが下手くそなのかね」
過去の自分に呆れているのか、エヌラスは肩をすくめる。
「なんとかしてきたんだから、なんとかしねぇとな……」
「……そうね。貴方だけの命じゃないんだから」
「へ?」
「え? ──あ、いや、今のはその……貴方がいなくなったらわたし達が悲しむって意味で」
「変な気を起こしそうになることを言わないでくれ」
「……起こさないの?」
エヌラスはベッドに沈んだ。ブランを抱きかかえたまま。
高い天井を仰ぎ、重ねた鼓動のぬくもりを感じながらぼんやりと考える。
──琴霧ソラはもういない。かろうじて繋いだレールを託して散った。
わかっている。理解している。それが、一体なんのためなのか。
あの絶望の邪神を超えるために。ハッピーエンドの為に一番の足手まといだった自分を犠牲にしてでも繋いだ“希望”なのだ。
(……知ってるか、クソメガネ。俺の最初の友達ってお前だったんだぜ)
いつまでも塞ぎ込んでもいられない。もう歩き出すことすら億劫な身体だが、それでもやらなければならないことはある。
「エヌラス?」
「ざまぁねぇな、ホント。たった一人いなくなるだけでこんなんだ」
「……誰でもそうよ」
身近な相手が一人居なくなるというのは、喪失感が伴う。共に過ごした時間が長ければ長いほどに。だからこそエヌラスの沈む気持ちは痛いほど理解できる。
「ブラン。今日はこのまま此処で寝てもいいか?」
「かまわないわ」
「……悪いな。迷惑ばっかで」
「そんなこと言わないで頂戴。仮にも貴方はルウィーを救った立役者なんだから」
「俺なんかやったっけ」
「たまに思うのだけれど、記憶障害とかじゃないわよね?」
「いや違うんだ。毎回瀕死になってるせいで記憶が飛ぶんだ、なにせ意識朦朧としてるしな」
ブランがエヌラスを叩いた。胸板の衝撃に咳き込み、治まると深く息を吐き出す。
「貴方は、どうしてそう……」
「……ひとりぼっちは寂しいもんだよ。どれだけ努力して人に寄り添おうとしても、どこかで絶対相容れない部分は出てくる。そんなんだったらいっそこっちから化け物ですって宣伝して回った方が気が楽なんだ」
そのための手段として瀕死になるのが手っ取り早い。どうせすぐ治る。だというのに、何故か周囲からは心配されたり小言を言われたり叱られたりと散々な目に遭ってきた。
どうしてそう、こんな馬鹿な化け物に気を遣うのか。エヌラスは今でもわからなかった。
勝手に放っておけば、どうせそこらで野垂れ死ぬだろう怪物に、どうして手を差し伸べるのか。
「なんでかね。こんな馬鹿ほっときゃいいのに」
「馬鹿な貴方は知らないでしょうから教えてあげるわ。──馬鹿な人ほど放っておけないのよ、女の子は特にね」
「ああ、だから女に困らないのか。俺」
「……引っ叩くわよ」