超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「実は、つい最近起きた魔導プラントの事故で職員が何名か行方不明になっておりまして……」
「毎度のことじゃねぇか」
「毎度なの!? それ毎度なの!? 割と頻発!?」
「特異変質体構造患者の中にいないか身元の特定を急いでいます」
「うーん、私ってさー。長い話とか苦手なんだよねー。かいつまんで話すとどんな感じなの?」
ネプテューヌの言葉にバトラーが一瞬だけ悩み。
「化け物になった職員を探しています」
そう端的に説明した。これ以上ないほど分かりやすい。
「で、その魔導プラントで取り扱ってたのは――?」
「はい。ご存知かと思いますが、
「そうなっちまうと空間歪曲率局に連絡だなぁ。面倒くせぇ」
「空間歪曲率局?」
「天気予報みたいなもんだよ。九龍アマルガムのどこで空間が歪んで、今日の瘴気がどれぐらい濃いとか。地下帝国だからな、天候の代わりにそういうのがテレビで流れる」
「へ、へー……そうなんですかぁ……」
そんな注意報聞きたくない。しかも月一で市民の誰かが運悪く巻き込まれて変死体になって発見されているとか。もっと聞きたくなかった情報にネプテューヌ達が引きつった笑いを浮かべているが、無視してエヌラスは現場を覗く。
「んで、このなんの肉だか分からないひき肉は何なんだ?」
「人肉ではないようですが……」
「身分を示す物は何一つ」
「――ああ、クソ。嫌なこと思い出しちまう。悪いがここは任せる。こっちからも何か進展あったら連絡する。行くぞ」
「では、道中お気をつけて」
「気を使うだけ無駄だ。この国じゃあな」
エヌラスはクイーンとバトラーの二人を置いてネプテューヌ達と共に先に行く。その最後尾に着いていたブシドーが目配せをすると、気付かれないように頷いた。
“この事件、早急に対応を”
“承知しております”
これがただの傷害事件、魔導事件ならば収拾は朝飯前だが、クイーンとバトラーは何か嫌な予感がしていた。犯罪国家と言えど、その許容範囲にも限りがある。これに気づかないエヌラスではない。なぜなら、かつての事件の被害者であるからだ。
戻ってきたのかもしれない。狂気の魔人が。だが何のために? ――エヌラスが戻ってきたからだ。それに何の疑いようもない。だが、それでもやはり疑問は付きまとう。何のために?
決まっている。――彼の周囲の誰かが、またその犠牲となろうとしている。
エヌラスが立ち寄ったのは、一見すればただの廃屋。寂れて錆に塗れた小さな路地裏の店だった。その途中で明らかに自由業の面々に絡まれるも、頭が吹き飛ばされるか胴体が切り落とされるかの二択を迫られて散り散りになる。それきり誰も声を掛けようとはしなかった。この街で長生きするコツは『君子危うきに近寄らず』である。訂正すべき点は、君子と呼ばれるほど徳の高い人間がこの街に存在しない事から『触らぬ神に祟りなし』が適切だろう。もっとも、その場合の神は国王である神格者、エヌラスと疫病神と貧乏神だが。
廃屋の扉を開ける手が、壁に伸びていく。
「?」
全員が怪訝な表情を浮かべる。すると、壁の中に手が吸い込まれていった。それに来るように指示を出すとエヌラスは壁の中へと消えていく。ブシドーが続き、ネプテューヌ達も恐る恐る手を差し出して壁の中を確認する。
「うぇぇ、なんか泥に手を突っ込んでるみたいな感しょ、くぅぅぅぅ!?」
見えていないが、エヌラスがワタワタと動かしていたネプテューヌの手を引っ張った。それとは気づかずノワール達も慌てて続き、エヌラスが全員分の体重を下敷きとなって受け止める羽目となる。
「あだだだ……何も全員ついてこなくてもいいだろ……」
「だってあんな寂れた路地裏に放置されたら薄い本待ったなしだよ!?」
「あぁうん、そうだな。はいはい」
「あれー、相変わらずなんか私だけ反応がちょっと冷たいぞー? なんでさ」
「気のせいだよ。あと早く退け」
「えー、もうちょっとだけいいじゃーん」
上体を起こして、ネプテューヌの身体を起こすと――本人は気づいていないのか、上着とワンピースの隙間から平たい胸が見えそうになっていた。首を傾げて、そのまま「まぁいっか」とすぐに離れる。
「やはりロリコン」
「死ねよブシドー」
直球勝負で言葉を投げるが相手はさらりと送りバント。
起き上がってエヌラスは周囲を見渡す。馴染みある寂れた店の中には九龍アマルガムでも流通させられそうにない品物がズラリと並んでいた。大魔導師の旧友とあってやはりその悪趣味には付き合いきれなかったが、またこうして世話になることになろうとは。
「くたばってっかー、夜鷹の爺さん」
「勝手に殺すでない。何のようじゃ」
「いやなに。高純度の蜂蜜酒が欲しくてね」
「ふん。お前に売る蜂蜜酒はない」
「黄金の蜂蜜酒の方だよ、もうろくじじい」
「……ちょいとこっちに来い。あと服は脱いでおけ」
「え、まさかのおじいさん相手のホモ!」
「蹴り殺すぞネプテューヌ」
「足で壁ドンとかされても私の心臓がロック刻むだけだからやめてぇ!」
ネプテューヌの頭の真横にエヌラスの足が叩き込まれていた。言われるままに半裸で夜鷹の爺さん――本名はアーウィルらしい――の前に座り込むと、丸メガネを直してヒゲを撫でながらマジマジと鍛えあげられた肉体を診察する。
腕を取り、掌まで触診して、顎で背中を向けるように指示すると指で背中を突く。だが、何の反応も示さないことに不機嫌そうに鼻を鳴らすと「もうよい」と冷たく言い放った。
「このバカモンが。腕の回路が焼き切れておるではないか。ちょっとやそっとじゃ治らんぞ」
「だから治す為に黄金の蜂蜜酒寄越せって言ってんだろうが」
「回路の精錬に黄金の蜂蜜酒を使ったところで付け焼き刃にしかならんぞい。大魔導師様の元で何を習ったんじゃ」
「蒸しパンの作り方」
「……そうじゃな。蒸しパンはもふもふふわふわのパンじゃな。わしは食えんが」
どうやらアーウィルも蟲パンの被害者の一人らしい。
「まったく、何をどうしたらそうなるのか話せ。そうでなければ治さんぞ?」
「ちょいと寝不足と過労の状態で“螺旋砲塔”神銃形態ぶっ放した」
「それでよく身体が破裂しなかったものじゃな。呆れたやつだ」
「え……そんな危険なことだったんですか……?」
ネプギアが絶句していた。ネプテューヌ達も一様に驚いている。だが、アーウィルはそれには目もくれず、机の下から医療器具を取り出していた。
「なんじゃ。年若いおなごをぞろぞろと引き連れおって。例の奴隷市場でめぼしい女を買い漁ったのかこのロリコンめ。師弟共々揃いも揃って」
「残り少ない寿命、もっと縮めてやろうかクソじじい!」
「その奴隷市場なら拙者が一刻足らずで切り落とした」
「“競り落とした”ではなくか?」
にやりと笑うアーウィルが新たに取り出したのは、電気工学などに使う道具。電極や電池まで取り出し、何を思ったのか突然片方の電極をエヌラスの肩に突き刺した。
「イッテェ! せめて前振りいれろよ!」
「こやつの魔術回路は制御だけでなく無尽蔵に精製される魔力を張り巡らせる電線みたいなものでな。制御ひとつしくじるだけでこの有り様よ。ほれ動くな」
「いでででっでっっでえぇぇぇ!」
ブスブスと平たい電極を遠慮無く突き刺すアーウィルにエヌラスの悲鳴は聞こえていないらしい。その差した箇所は右腕だけで十数箇所に及んだ。わずかに血が滲んで、当事者の目に涙が浮かんでも容赦なく発電機を取り出す。
「お嬢さん方がどうかは知らぬが、こやつの魔術は命の綱渡りも同然よ。ほれ行くぞ」
答えを聞かず、発電機のスイッチを入れるとエヌラスの腕に光り輝く紋様が浮かび上がった。それは所々で千切られたように広がっている。それを指し示しながら、アーウィルはネプテューヌ達を手招きする。
「ほれ、分かるか。このケーブルを千切られたような先端」
「うんうん」
「これがな、本来はこっちまで続いておるはずなのじゃ。ほれ、指を伸ばさんか馬鹿者」
「くそじじぃぃぃぃぃ……!!」
痙攣する指先を言われたように伸ばすと、それを標本のようにとっ捕まえて固定した。その爪の先まで続いてたはずの回路が今では切断されている。
「よく腕二本くっついておったな。腕の血管ごとやらかしおって未熟者。片腕一本くらい吹き飛んでもおかしくなかったわ。まぁせいぜい己の未熟を嘆くことだ」
ネプテューヌ達の見ている前でアーウィルはその腕に医療器具――メスとピンセットを持ち、エヌラスの手に当てた。すると、皮膚はそのままにちぎれていた回路へと突き立てられる。魔術的な医療施術を行うアーウィルの腕は大魔導師のお墨付きだ。
「……こんなになってまで、私達のこと守ってくれたんだ」
「で、何が相手だったんじゃ」
「“核”のない魔導生命体。神格者の血をわけられたっテェェェエエエエ!!」
「バカもんめ。ああバカもんめ。そんな物を相手に不調でやらかすか、この馬鹿」
電極を一つ。更に強く差し込まれてエヌラスが悲鳴をあげる。
「よいか。魔術回路は魔法の神経じゃ。そんなものが焼き切れて、治せるのがわし以外におるとでも思っておるのか未熟者め」
「思ってねぇから早く治せクソじじいぃぃぃっ!!」
「言われる前に右腕は終わっとる。ほれ、次はそっちの腕じゃ。はよせい」
そして、左腕も同じように電極をグサグサと刺されて同じように小言をぐちぐち言われながらエヌラスは激痛に耐えていた。両腕に電極を剣山のように刺されて、しかも魔導電流まで流されて両腕の感覚がない。
焼き切れた回路の施術が終わり、魔術回路は綺麗に切り揃えられ、エヌラスが脂汗をベッタリと浮かべて球のような汗をかいているとネプテューヌ達にタオルが渡された。
「汗臭くてかなわんでな。拭いてやれい。わしは他の準備があるからの」
「こ……の……くそじじい……覚えてやがれ……!」
「その憎まれ口はわしの手術に耐えられる歳になってから言え、クソガキめが。ああ、電極は抜くとこやつの腕が破裂するから触れんようにな」
アーウィルに言われるままネプテューヌとネプギアがエヌラスの汗を拭き取っていると、歯を食いしばっていたエヌラスの目をジッと見つめる。
「なんだよ……」
「ううん。なんでも」
「むぅ~……」
ぐりっとプルルートが左腕の電極を差しこんだ。
「ほぐぉあ!?」
「ぷるるん、もしかしてヤキモチ?」
「そうじゃないよぉ~」
「いや、あからさまに……」
ぐりぃ。
「おぐぉあぁぁぁぁ……!」
「こういうのもアリかなぁって~」
「今、超絶命の危機が迫ってる気がする……!」
「えー、絶対ヤキモチだよー。ほら、エヌラスに私がべったりしちゃうとー?」
「ねぷちゃんズルいよ~、あたしも~」
「アダダダダ! ヤメロ、まじでヤメロ! 腕の電極がぁぁぁぁアアアアアア!?」
発電機に繋がっているケーブルは最低限の長さしかない。万が一にでも外れようものならエヌラスは今後二度と魔術が使えなくなるか、最悪片腕か両腕を失うハメになる。そのせいで身動き一つ出来ず、ただ歯を砕けるほど食い縛って耐えていた。
「お、お姉ちゃん。エヌラスさんが危険なことになってるからやめたげたら?」
「プルルートも。今大事な手術中なんだから。ほら離れなさいって」
「えー、やだよ。こうしてエヌラスが抵抗できない今がチャンスだってー」
「そっか~、エヌラス、今大変なんだもんね~」
プルルートの笑顔に陰りが見える。ゾッとするような悪寒に、助け舟を求めてブシドーにチラリと目線を運ぶ。
「……助けてください、ブシドー」
「拙者に色恋沙汰に手を出せと申すか」
「クソが!」
「よーし、ズボン脱がしちゃうぞー」
「よ~し」
「やめんかぁ!」
「なーにをのろけておるかこの色ボケ色情魔。ほれ、退けい」
戻ってきたアーウィルに首根っこを掴まれてネコでも捨てるように放られたネプテューヌと引き離されるプルルート。今だけは心底感謝したい気分だったが、その手に持っている注射器を見て一気に青ざめる。
「ちょっと待てや」
「待たん」
「それ、黄金の蜂蜜酒か?」
「そうじゃ」
試験官に入れられている黄金色の液体を注射器で吸い上げて、気泡を押し出す。腕を掴むなり針先を魔術回路に向けた。
「さっき付け焼き刃にしかならないって――――!」
「ノロケた罰じゃ。精々気を保て、若造」
今度こそ、エヌラスは絶叫を押し殺す。内氣功である程度の制御は出来るものの、目尻から垂れる涙は堪えようがない。直接血管に度数の高いアルコールを浴びせているような感触は神経を剥き出しにさせられているのにも等しかった。苦悶の声をあげそうになるエヌラスの首に手が回され、それが誰かと振り向けばノワールの顔がすぐそこにある。背中に柔らかい感触がふたつ。
「ほら、しっかりしなさいよ。男でしょ?」
無理なものは無理なのだ。それでも、いくらか気が晴れて――アーウィルが面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らすと、右腕に黄金の蜂蜜酒を多分に流し込む。
焼き切れていた魔術回路が無理やり励起されて光る筋のようなものが幾つも浮かび上がる。あみだくじのような網目状の回路候補から最適な形へと繋ぎ直していく。それはまるで機を織るように紡ぎあげられ、やがて五指の全てに再錬成された。
「女に抱きつかれた程度で声を殺されたら堪らんわい」
「――――る、せぇ……!」
「大丈夫?」
耳元で囁くノワールの優しい声が色っぽい。正直無理です。蜂蜜酒、とあるように当然ながら酒の一種だ。そんなものを血管に打ち込まれたら脳みそがおかしくなる。それを「耐えろ」と言っているのがアーウィルだ。耐えることは出来ないかもしれない。だが、制御することは出来る。
今度は左腕に流し込まれる黄金の蜂蜜酒。それによって編まれる新たな魔術回路。その感覚を一つ一つ組んでいく。レールを組まれた電車のように思考を駆け巡らせて――。
「すごい汗……」
「――――ふ、」
ノワールのおっぱいに全部持ってかれた。途中まで半ば離していた意識が帰還して、腕の痛覚をダイレクトに脳が処理する。アーウィルの手元が狂い、精錬途中の回路が跳ねた。
「む」
それだけで神経に砂利を擦り込まれたような激痛と言い難い何かが、痛いという言葉では表現し切れない痛みがエヌラスを絶叫させる。
「アァァァァァオォォォォァァァァァ!?」
獣のような悲鳴だった。予期せぬミスとは言え、それを事もなくカバーしたアーウィルが左腕の施術を終えて額の汗を拭った。
「ふぅ。ヒヤヒヤさせおってこのバカモンが。途中まで耐えておったのに突然悲鳴をあげおって情けない」
「フーッ、フーッ……! 二度と来ねぇ……二度と来ねぇ……二 度 と 来 ね ぇ!」
発電機の電源を落とし、次に電極をぶっきらぼうに抜いていくと血が垂れる。それをノワールが慌ててタオルで押さえ、アーウィルはそれに救急箱を置いた。
「わしからの手術は終わりじゃ。回路が馴染むまで腕に痺れはあるじゃろうが堪えろ。そいつの手当が終わったら茶でも飲まんか?」
「人の、連れを……茶に誘ってんじゃ、ねぇよ……じじい……!」
「若いおなごに触れる機会がないんじゃよ」
「地獄でやってろ……」
グッタリと脱力しきったエヌラスは、ノワールとネプギアの手当が終わるまでの間、死んだように動かなかった。終わっても動けなかった。両腕の感覚だけがポッカリと抜け落ちている。
「なら治療代払ってもらおうかの? いくらすると思っとるんじゃ。それを茶飲み話で濁そうと言っておるのだから悪い話ではなかろうよ」
「…………クソが。地獄に落ちろ、夜鷹のジジイ……」