超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「で。アンタも結局女神様のケツを追いかけることになった、と」
「何もしねぇで腐るよかよっぽどマシだと思うがね」
教会に戻り、エヌラスはエスーシャからの話をかいつまんで説明する。それにチカも賛同していた。半分くらい私怨のような気もするが。
「ま、そんなわけだからラステイションに行ってくる」
《気をつけてな。いや、お前がじゃない。お前に喧嘩売る奴らのために念の為》
「そこの注釈は俺に喧嘩売ってんだわ……まぁいい、行ってくる」
「留守はよろしくね」
「……なんでおめーもついてきてんだよ!?」
「なに、悪いの? 別にいいでしょ。時間に余裕あるんだし」
何故か。
リーンボックスの港沿いまでニトロプラスちゃんがついてきた。てっきり見送りのためかと思ったがどうやら付いてくる気満々らしく、エヌラスは目頭を押さえる。別に不都合はない。
アルシュベイトが用意してくれた船旅のチケットを使って豪華客船の一室……ちょっと待て。エヌラスは再びチケットの内容に目を凝らす。
「……ニトロプラス。お前このチケットの文字読めるか?」
「読めないのおじいちゃん? 仕方ないわね、どれどれ……──は?」
なんかいまさらりと悪口が飛んできた気がするがエヌラスはそれを聞かなかったことにした。何故なら目の前のチケットに書いてある文字が間違いでなければ、豪華客船の一室を借りれる。
「なんであたしがアンタと一部屋借りることになってんの!?」
「俺に聞くんじゃねぇよ胸ぐら掴むな銃をしまえ俺が知りてえんだ!!」
ごりごりと額に突きつけられるレイジング・ブルマキシカスタムのスパイクが地味に痛い。
──武装企業アームドソウルスは、確かに軍事力の一点において他の追随を許さない。他に類を見ない本社そのものの戦闘能力ばかりに目を取られがちだが、その実、確かな技術力と開発能力のもと量産されているアームド・ビットのコアシステム論は結果的に作業用機体としても破格の拡張性能を有していた。それを活用した様々な観光業分野における開拓と経済発展はリーンボックスの軍事大国としての側面を緩和し、レジャー産業としての強みを押し出している。
そんな名目で開発された豪華客船は彼らの失敗作。元々は戦艦として開発していたのだが、他企業の妨害工作が度重なり、結局は頓挫。だがプレジレントの経営手腕はそこで終わらなかった。
軍事大国である強みを活かした再開発プランを打ち立て、その目論見は大成功。結果としてラステイション並びにプラネテューヌからも客足の途絶えない人気の客船に生まれ変わった。
もはや「宿泊戦艦」とさえ称される豪華客船の内装は、そんな軍艦としての圧迫感を払拭するかのように親しみやすく、過ごしやすさを優先した作りとなっており、万が一に備えての非常用通路も完備。遊び心で用意された通気用ダクトは中を通ることができる。辿り着く先はトイレだが。
そんな豪華客船の一室。ペアチケットで用意された部屋はこれまたリゾートホテル顔負け。広々としたベッド、シャワールーム完備、外の大海原を眺めながら楽しめる温室プール付き。ワインセラーにビールサーバー。船に乗っているのを忘れてしまいそうなほど揺れを感じられない技術力はスタビライザー開発部門の賜物だ。
連日予約殺到、チケット転売速殺、一部のそれこそコアなユーザーに愛されて客足の途絶えない客船を行き交う宿泊客の顔色は明るく、カメラ片手に船内展示場の機体解説コーナーに集まっていた。
和気藹々、楽しい楽しいひと時の贅沢。そのはずなのに──、黒ずくめの男女は向かい合いながら剣呑な空気を漂わせながら船内を歩いている。殺し屋かと尋ねられても不思議ではないが、触らぬ神に祟りなし。ゲイムギョウ界の住人は危険な二人組から距離を置いていた。
「海なんか大ッ嫌いだ」
「なんか恨みでもあるの? 泳げないとか?」
「恨み辛みだけで論文書けるわ」
題名は「腐れ外道による海洋恐怖ショー」で。
部屋に篭っていたかったエヌラスを無理やり連れ出してニトロプラスちゃんは船内のお土産売り場やカジノ、ショットバーやカフェラウンジなどを見て回る。エヌラスも一応念の為に船内の間取りを把握していた。
壁に掛けられた船内案内図を睨みつける二人組。はっきり言ってしまえばそこだけ異質な雰囲気を醸し出していた。だがなにか悪さしたわけではない。前科持ち一名はさておき。
「へぇ。かなり作り込まれてるわねこの船。軍用機を客船に転用しただけはあるわ」
「最初聞いた時は正気かよって思ったけどな」
甲板に出て二人は潮風を浴びながら高い日差しを見上げていた。
「大罪人の一件が一段落したとはいえ、気抜いてていいのか? 他にもとっちめる奴等いるだろ」
「そうね。例えば今あたしの目の前にいるアンタとか。正直ゲイムギョウ界のあっちこっちで起きている事件なんてどうでもいいのよ。どこで何をしようと一緒。斬るべき奴を斬るだけよ」
「俺みてーなことしてんだな、お前」
「は? アンタと一緒にされたくないんですけど」
「似たようなことしてたんだよ、悪ぃか」
模造砲塔の写真撮影をしているアベックを横目に、特に何をするでもない二人は素通りする。また変わった趣味だなと思いつつ手すりに体重を預けた。
「神様の手先になって邪神ども皆殺しにするだけの簡単な仕事だったよ」
「正気の沙汰とは思えないわ」
「実際あの頃の俺はどうかしてたんだろうよ」
「今もどうかと思うけどね」
「ちょっとはマシになったと思うんだが」
「はぁ? そんなわけないでしょ。今だってどっかフラッと消えそうな顔しておいて」
そんな顔をしていただろうか、エヌラスは自分の顔を手で掴んでみる。ニトロプラスちゃんは顔を覗き込み、呆れたため息を吐いていた。
「呆れた。アンタそんなふらふら根無し草みたいな状態で一人で出歩けると思ってたわけ?」
「……だからお前ついてきたのか?」
「まぁね、一応お姫様からの頼みだったけれど」
今のアイツはどこに消えるかわからん、目付役を頼まれてくれないか。というのが剣姫からの頼みだった。ちょうど手も空いていたニトロプラスちゃんとしては断る理由もない。
「それに個人的に聞きたいこともあったし、ちょうどよかったわ」
「なんかあったか?」
「色々と、ね。込み入った話は部屋で聞くから」
せっかくの豪華客船の船旅だが、ハァド大戦の海上戦によって本来のルートが封鎖。現在も洋上清掃によってルート変更を余儀なくされていた。しかし、それすら観覧ルートの一部として組まれており、無駄なく隙もない経営にはエヌラスもほとほと呆れる。
これだから守銭奴というのは度し難い。
リーンボックス発、ラステイション着の船旅は時間にしておよそ一日。急ぎの用事ではないが、各国のゴールドサァドへ通達する時間も必要になる。
ラステイションでは極東支部預かりとなった黄金の頂はケーシャの許可がなければ立ち入ることができない。それだけではない、ルウィーでもハンター協会によって「禁猟区」として認定、その周囲はハンターと言えど勝手なことができないようにされていた。もちろんそちらもシーシャの助けがなければ入れない。
プラネテューヌは……まぁ多分大丈夫だろうとエヌラスはぼんやり考えていた。なにせプラネテューヌだ。イストワールを説得できれば問題ないはず。
そうなるとやはり教祖に話を通すのが手っ取り早い。ただ、守護女神政権奪還を終えて軌道に乗せるため多忙を極めている。
──客室に戻ってきたエヌラスはソファーに腰を下ろし、レイジングジャッジをおもむろに取り出した。
向かい合う形でニトロプラスちゃんも座るとレイジング・ブルを取り出して分解する。そして互いに手元の作業に視線を落としたまま話題を切り出した。
「それで、俺に話ってなんだよ?」
「アンタの師匠について聞きたいの、いいかしら」
「あんな腐れド外道オブザイヤー万年金賞のことを? なんでまた」
「……一体何者なわけ?」
「ただの人間、だとよ。俺は百割信じないけどよ」
自らの名を忘れるほど魔道へ堕ちた狂気の怪物。魔術の一点にのみおいて神をも凌駕する智慧の獣。黄金の怪物。歩く超常災害。大魔導師の肩書など挙げるだけでキリがない。しかし、ニトロプラスちゃんはそれを訝しんでいた。
「神を創り出そうとした男。あたしもそっちの方はちょっとかじったことがあるけれど、尋常じゃない。そんな奴が作ったアンタみたいな魔人なんて尚更そう。なのに当のアンタときたら……」
「?」
「……なんていうか、人間臭すぎるのよ」
「喧嘩売ってんのかお前……」
しかしそれはエヌラスも引っかかったことだ。
「なんとなくお前の言いたいことはわかるよ。俺も最近になって自分のことを見つめ直してるところだ」
「それで、なんか答えは出た?」
「なぁんもわからん。あのクソボケの考えてることなんかさっぱりだ」
エヌラスは自分の身体のことを話し始める。
絶望の魔人。矛盾を孕んだ自身の出生のこと。“機神の右腕”を用いて自分が作られたこと。左胸に埋め込まれた“銀鍵守護器官”のこと。無限の魔力貯蔵庫。神の傀儡となって邪神狩りをしてきたことも付け加えて。それらの話に、時折相槌を打ちながらニトロプラスちゃんはずっと武器の手入れをしていた。
一通り話し終えてから、エヌラスが質問はないかと尋ねると難しい顔をしている。
「……アンタの師匠、なに考えてるわけ?」
「そうなるだろ」
「聞いてるだけで頭が痛くなってくる。次元神の箱庭の規律を壊すため“
「それで実際出来てねぇんだから仕方ねぇだろ……」
「そんでもってアンタも馬鹿の極み。そこまで知って、なんで初志から逸脱した道を選んだのよ」
「そりゃ──」
諦めきれなかった。認めたくなかった。神様の手のひらの上で転がされるだけの世界が。自分が見てきた世界で生きてきた皆が明日を望んでいなかったのだと。
無限に繰り返される箱庭の世界から、無垢な明日を手にしてほしかった。そのためならどんな地獄に落ちようが構わないと望んだのは他でもないあの日の選択だ。
救うべきではなかった。ただ世界のルールを壊すだけで、ほんのそれだけでよかった。
「そりゃあ……だってよ。後味悪いだろ」
「なるほどね、理解したわ。アンタのその挙動は大魔導師も想定していないってわけだ」
「そうかぁ?」
「本来の挙動として設定されていたのは、次元神をぶっとばして終わり。ルールの根源に辿り着いたそれでゴールだったのよ。ところが、どっかでバグって想定外の挙動を続けてる。それが今のアンタ」
理解はできるが納得はしていない顔でエヌラスがニトロプラスちゃんを睨む。
「でも事実でしょ? それが回り回って、結果としてうまくいってるけれど肝心要のアンタの方が参っているじゃない。本当ならそんなことにはならなかったのよ」
「……ぶっ壊した後の世界がなくなって、アイツらも消えていなくなるのだけは我慢ならなかったんだよ」
「これはあくまでも仮定なんだけど。多分一番の被害者は大魔導師よ?」
同時に一番の加害者、とも加えて。
「だからきっと、大魔導師が想定していた世界よりもアンタが選んだ世界は価値があると思うわよ。なんてったって壊すばかりのアンタが守りたいと願った世界なんだから。アンタの師匠は、きっと全部終わりにしたかったんだと思う。だけどアンタはそれを終わらせたくなくて、苦しんで藻掻いて足掻いて、惨めで無様な姿になってるんでしょ? だったらちょっとは気合入れなさいよ。多少の犠牲に目を瞑れ、とは言わない。ただ、後悔なんてものはね。全てを終わらせたあとの功労者の特権なのよ。クソほどの役にも立たない時間の無駄に足を取られてる暇なんかないでしょ。ただでさえ時間が少ないって言うんだから」
明日すら諦めた。全てを諦めた男は、世界に生きる価値などないと判断した。それなのに、なぜ自らが作り出した怪物には「諦めるな」と呪いを授けたのか。
──最後の最後まで、ほんの一欠片。ちっぽけで小さなモノだったのだろう。
この絶望こそが全てを終わらせてくれると、本気で信じていた。だが、その絶望はただ終わらせるだけの世界を認めなかった。だからこそ道を違えた。その結果がコレだ。
それでも──きっと、ただ終わるだけの世界よりも素敵な明日が待っている。
「友達の一人死んだくらいで挫けてどうすんの。誰だってそうよ。“それでも”と、明日を信じて生きていくしかないんだから。“きっと”良い日が来るって追い縋りながら踏み出すのよ。その友達だって、そんな風に生きてほしくなくて必死だったんじゃないの」
「……────」
「だから、生きなさいよ。明日へと羽撃く翼が折れたわけじゃないんでしょ?」
エヌラスはそこで初めて顔を挙げた。
薄く微笑みながら、ニトロプラスちゃんはまっすぐ見つめている。
「お節介ついでにもういっこ。人間なんてのはね、名前を忘れない限り本当に死ぬことなんてないのよ。その友達がどれだけ大切だったのか知らないけど、その程度で忘れるような間柄だった? 一生抱えて生きていくのよ、誰でもね。その悲しみも苦しみも全部ひっくるめて、重たい重たい文句言いながら背負ってね」
誰だってそうだ。誰でも。
アルシュベイトも、剣姫も、ユウコだってそうだ。それなのに、自暴自棄になってしまっていた。
「なに、泣いてるの? 止してよ。あたしそういうのガラじゃないから」
「──ああ、悪い。そんでありがとよ。どうでもよくなんかねぇな、やっぱ」
絶対に諦めない。諦めたくなんかない。ここで諦めてたまるものか。
エヌラスは自分の熱くなった目頭を押さえて天を仰ぐ。
「こんなクソッタレな神様ゲイムは、死んでも終わらせねぇとな」
「人の話聞いてた? 死んじゃダメなの」
「心意気の話だろうが」
「死ぬ気になっても死ぬだけよ。知らないの?」
「知らねぇよ。死んだことねぇもん」
死にかけたことは抱いた女の数より多いが。