超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──夜の海原を豪華客船が航行する。
ディナーを楽しみ、食後もそそくさと客室に戻るなり二人は思い思いの行動をとっていた。他の宿泊客は船内のレジャー施設やカジノで盛り上がって長い夜を活気に包まれながら過ごしている。
人気のない甲板で夜風を浴びながらエヌラスはドラッグシガーを一服していた。
ニトロプラスちゃんとの話の中でようやく納得のいく形で自分が何者なのか客観視できたことは大きな収穫だが、同時にやるせなさも覚える。
戦い方と生き延びる方法しか教えてもらっていなかったことではない。そんなものはどうだっていい。
ただひとつ気がかりなことは──やはり、自分の妹の存在だった。
原初の記憶にある限り、自分が生まれ落ちた場所は“どこでもない場所”だ。
なにもない、暗闇の中だった。星の光すらない宇宙を漂うばかり。
そんな自分の隣にあった温もりが、妹だった。
真っ赤な髪で、真っ赤な瞳で。赤い色が大好きで。自分のことが大好きで。
好きで好きで仕方がなくて、殺したいほど愛して。殺されたいほどに愛して──そして死んだ。この手で殺したことを覚えている。
死んだ妹は、またあの真っ暗な場所に独りぼっちで置き去りにされた。
望まれて殺して、そうしたのは自分なのに──ああ、嫌だな、とエヌラスは心底そう思った。
かわいそうとか、そんな同情ではない。
そこにいると知っておきながら手を伸ばせない自分が嫌になる。
助けてあげたいと思う。救ってやりたいと今でも思っている。
名前も知らないし、わからないけれど、自慢の妹だ。
たったひとりしかいない、血の繋がった家族だ。
絶望の中から産み落とされた最愛の妹なのだから、助けたいと思うのはなにも不思議なことではない。
紫煙を吐き出し、潮風に流されて消えるのを目で追うと、波風でなびく髪を手で押さえながらニトロプラスちゃんが歩いてくるのが見えた。人の顔を見るなりこれまた呆れたため息を交えて。いや本当に失礼な女だなコイツ、エヌラスはそんなことを思いながらも嫌いにはなれなかった。
「どこに行ったかと思ったら、なに黄昏てんの」
「ゆっくりできんの今くれーなんだからいいだろ別に」
「くんくん……アンタ、それ、なに?」
匂いを嗅いだニトロプラスちゃんが袖で鼻を押さえて顔をしかめる。
「ドラッグシガー。魔術薬学と違法薬品と麻薬ぶち込んだ廃人製造機」
「そんなもん一服するんじゃないっ」
「常用してる」
「尚更タチ悪い! 一瞬でも柑橘系の爽やかな香りに騙されるところだったわ。魂が焦げつくような、鼻どころか脳にこびりつくような臭いがする」
銀鍵守護器官の稼働率を引き上げるのに便利な上に全身の魔術回路の励起活性化にも役立つ。問題は依存性か。手放せなくなってしまった手前、ヘビースモーカーと言われても仕方ない。人前で吸うのだけは気をつけていたが。
エヌラスとてそれは理解している。ただ、なんとなく、一人で吸いたい気分だったのだ。
海にタバコを投げ捨てようとしてニトロプラスちゃんから突き刺さる絶対零度の視線と懐に忍ばせていたレイジングブルマキシカスタムの引き金にかけた指を見て、エヌラスは携帯灰皿に捨てる。
「よし」
なにが、よし、だ。口をへの字にしながらエヌラスは横目で睨む。
「なぁニトロプラス、お前酒飲めるか?」
「お酒? あんま強くはないけど、それが?」
「ちょっと付き合え。軽くでいいからよ」
「人を酔わせて変なことしないって誓えるなら付き合う」
「するわけねぇだろ、人をなんだと思ってんだ……」
たまには飲みたい時もある。
客室に備えつけられていたワインを開けてグラスに注ぐ。最初の一口二口、一杯二杯とペースを保ちながら飲んでいるといつの間にやら一本丸々空になってしまった。
「なに、もう終わり? もう一本くらいいけるでしょ」
「そりゃまぁ……」
肴にチーズなりミックスナッツなり軽くつまみながら、気づけば二本目三本目とワインの在庫が消えていく。
そして気づけば──。
「ひっく。……ねぇアンタ。なんか芸をしなさい」
出来上がっていた。
酔っ払っていた。酔い潰れてはいないが完全に目が据わったニトロプラスちゃんがエヌラスの真向かいに座っている。その傍らに転がるワイン瓶が五本目。鷲掴みにしたミックスナッツをこぼしながら指を突きつける。
「芸をしなさい。なんかあるでしょ」
「なんで一発芸なんぞしなきゃならねぇんだ。もうお前飲むな」
「あによ、できないの?」
何をしろと。酒が回って身体が火照ったのか、黒いジャケットは床に脱ぎ捨てられていた。
まさかニトロプラスちゃんがこうも酒で悪酔いするとは思わなかっただけにエヌラスは気が滅入る。その上バカスカ飲むものだから止める暇もなかった。
「ほ~ら~、ヒック、なんかやんなさいよアンタ~」
身体をすり寄せて来るなりペチペチと頬を軽く叩いてくる。
エヌラスは考えに考え抜いてから、深呼吸。
内勁から発する電磁パルス発勁で光球を発現させて魔術で維持する。
「プラズマボール」
「……三点」
「何点満点中の話だよ」
「五千兆満点中、三点」
「宝くじの方がまだ有情だろそれ!? もういい、没収」
「あ、ちょっと。あたしのお酒よ、返しなさい」
隙を見てグラスを引ったくるとニトロプラスちゃんが頬を膨らませて取り返そうとしてきた。エヌラスはなるべく遠ざけるが、お酒以外目にないのか豊満な身体を押しつけてくるのを躊躇わない。
「こらー、返しなさいってば、あたしのお酒」
「人の顔におっぱい押しつけんじゃねぇ、やわっこくてあったけえ」
「ん~? なによアンタ、これが好きなわけ? ほれほれ」
あれだけ人に触れられるのを嫌がっていたくせに、酒の勢いからか人をからかってくる。状況が状況だったとはいえ、ヤることはヤッている。ならば今更なにを恥ずかしがることがあるのか。エヌラスは胸を押しつけてくるニトロプラスちゃんの乳房に頭を預けてみる。
すると、一瞬だけ驚いた顔をみせて身体を強張らせた。
「っ。…………ふ~ん?」
しかしすぐに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるとエヌラスの頭を撫でる。
「なに、人肌恋しくなっちゃった? アンタみたいに情けない魔人、初めて見た」
「うるせぇな、どうせ俺は弱くて惨めで無様なやつだよ。文句あっか」
「髪の毛がくすぐったいんだから動くな」
優しく抱きしめながら何度も髪の毛を整えるようにしていた。
預けた頭から耳を澄ませると、少しだけ早鐘を打つ胸の鼓動が伝わってくる。
「ほんと、アンタって手が掛かるのね。ベール達が放っておかないわけだ」
「うるせ」
グラスを置いてからエヌラスはニトロプラスちゃんの腰に手を回して抱き寄せた。
波をかき分ける船の音を聞きながら、静かに抱き合ってから、どれほどの時間が経過しただろう。深く息を吸い込んでからニトロプラスちゃんが耳にかかる髪の毛をかき分けて耳元で囁く。
「……“そういうこと”したいなら、付き合ってあげるけど。どうする?」
「どういう風の吹き回しだ」
「あら、心外ね。あたしだって、その……そういう気分になることくらいあるし。それに……」
「?」
「その……なんか中途半端に終わった気がして、モヤモヤしてるからスッキリしたいの。ヤるの? ヤんないの?」
ソファに座っていたエヌラスの膝の上に腰を下ろしてニトロプラスちゃんが顔を赤くしながらそっぽを向いた。自分で言ってて恥ずかしいのだろう。顔が熱いのも、酒が進みすぎたせいにして。
「あんなバカな罠に引っかかったのはあたしのせい。それでアンタに非はないし、脱出を最優先にって条件で試行錯誤して、それをキッチリ守ったんだから多少は、信頼を置いてるのよ。これでも」
「……で、気持ちよかったか?」
「…………、まぁ──その……、ちょっとは……って思い出させないでよ」
それを聞いて悪い気はしない。
一度深呼吸を挟んで息を整えてから、エヌラスは改めて相手の顔を見つめる。
少しだけ目を泳がせてから、ニトロプラスちゃんはまっすぐ視線を返してきた。
「一応、勘違いしないでほしいから言っておくわ」
「俺のことなんか好きじゃないって話か?」
「違うわよ。あ、いや……違わないけど」
(違わねぇのかよ)
「別にアンタの生い立ちに同情してるからこんなことするわけじゃないってことだけは、ハッキリさせておくわね。これは……えっと……そう、報酬。成果に見合った対等な報酬よ」
「素直じゃねぇ奴だなお前」
「いらないならやめるけど」
ジト目で不貞腐れるニトロプラスちゃんが腰を浮かせようとするのを離さず、エヌラスは抱きしめると肩に頭を乗せる。
「なら俺からも言っておくことがある」
「なに?」
「別に誰だっていいわけじゃないからな。ちゃんとそこは覚えといてくれ」
「へぇ。それじゃ、あたしはアンタのお眼鏡に叶う相手だったわけ。喜んで良いこと?」
「さぁどうだろうな──少なくともお前は、俺の命を預けるに足る相手なのは間違いねぇよ」
簡単に身体と命を預ける悪い癖だけは死んでも治りそうにないと思いながら、抱きしめた温もりに体重を寄りかからせていく。
仕方ないことだ。こればっかりは、どうしても。
こんなにも誰かの温もりが愛おしくてたまらないのだから。