超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エヌラスとニトロプラスちゃんは黄金の頂を目指してラステイションの森の中を歩いていた。ハァド大戦の折にナイルスが武装企業と衝突した激戦地は薙ぎ払われた木々がそのままになっている。
「あたしがゲイムギョウ界に来るちょっと前に大きな戦争があったって聞いてたんだけど、すごい被害ね」
「ああ。リーンボックスの狂信者が世界中に喧嘩吹っ掛けたやつな」
特に主戦場が大きく広がったラステイションの戦災は酷く、アゴウの機人とソラのフォートクラブを動員させた復興支援がなければ今も首都近郊は廃墟のままだっただろう。
「ところで。あんたまさかこのまま徒歩で各国巡るつもりじゃないわよね?」
「んなわけあるかよ。ハンティングホラー」
地面をつま先で軽く叩くと、靴と地面の隙間から“ズルリ”と滑り出すように一両の大型自動二輪車が姿を現した。漆黒のフルカウルバイクはひとりでに動き出し、エヌラスの隣で並走する。
「変わった呪術兵装持ってるのね」
「無機物魔導生命体だ。より厳密に言うなら“デモニアックバイク”ってところだな」
「それで、名前がハンティングホラーなわけだ。……案外悪くないじゃない」
「俺の自慢の相棒だ」
手で風防を撫でると、喉を鳴らすように低いエンジン音を鳴らした。
「……、そうだな。お前だけだったな。こんな俺に今日までついてきてくれたのは」
《────》
「本当にありがとな、ハンティングホラー」
まるで。
それが最後の別れであるかのようにエヌラスは優しく撫でる。
思えば、この物言わぬ一台のバイクだけが今日までの地獄を共に駆け抜けてきてくれた。時には邪神の手に堕ちた時もあれば、記憶を失った時も見捨てずそばにいてくれた。
死物狂いで取り戻すためだけに三年も費やした──不意に、淹れてもらったコーヒーの香りを思い出す。
彼女は──彼女達は元気にしているだろうか? 駆け抜けて。駆け抜けて、置き去りにして。後悔も、思い出も全部あの場所に置いてきた。
楽しい思い出ばかりを、これまで全部捨て去ってきたことを思えば、何のことはない。
痛いのも苦しいのも、全部これまで耐えてきたではないか。
ハンティングホラーに跨り、ニトロプラスちゃんに手を差し出す。
「ほれ、後ろに乗れよ」
「一応聞くんだけど。ヘルメットは?」
「あ? ねぇよんなもん」
「犯罪!」
「知らん!」
「道交法違反!」
「法律は破るためにある」
「死ね!」
激しく怒られたのでエヌラスは仕方なくハンティングホラーの燃料タンクを軽く叩き、ヘルメットを取り出した。何の変哲もないフルフェイスヘルメットをニトロプラスちゃんに渡してから、顎下のガードに隠されたスイッチを押すとバイザーが下ろされる。
ハンドルを握り、アクセルを吹かすと獣の咆哮じみたエンジン音が今にも走り出したそうに息巻いた。
「ねぇ。さっきなんか思い出してたの?」
「……まぁな。大したことじゃねぇんだ」
こんな生き方でなければ、きっと自分にも許されたのだろう。
あんな風に笑って、手を取り合って。誰かと二人三脚で一緒に生きる生き方が。
「ただちょっと、短い教師人生を思い出しただけだ」
「反面教師にアンタほど向いている人材はないと思う」
「ははっ、ちげぇねぇ」
ハンティングホラーが駆け出す。自重で均された道に深く溝を刻みつけながら。
あれはいつのことだったか。ただ漠然と覚えている。
遠い遠い青い星で出会った少女達の歌を。道を急ぎながら思い出そうとして──、差し出されたクッキーの味が、もうわからないことに寂しさを覚えた。
あらかじめ神宮寺ケイには黄金の頂へ向かう旨を伝えてある。快諾されると同時に、仮釈放扱いのスピカとカルネも現在はラステイション防衛隊極東支部に預けられているという話を聞いた。恐らく長らく顔を合わせていなかったことを気遣ってのことだろう。肝心の教祖はというとビジネスで多忙を極めている。武装勢力も鳴りを潜める他にない状況下であることから大手を振って活動していた。
黄金の頂近辺の警備は厳重なもので。時折出てくるモンスター退治も兼ねて派遣された極東支部の面々は鍛えられた腕を振るっていた。その中にはエヌラスにも見覚えのある顔ぶれがある。
「よー、リント。と、ハル」
「おう、久しぶりだな。しっかしちょっと見ない間にまた男前が上がったんじゃないか?」
「ほっとけ、男子三日会わざれば刮目せよって言うだろ」
気さくな挨拶から肩を叩いて互いの無事を確かめてから、ハルと肩を組んだエヌラスは小声で話を切り出した。
「今のトレンドは?」
「そうだな……今の俺のトレンドは──足、だな」
「よろしい。牢屋送りだ」
「ちょちょちょちょい! 待て、先に話題を振ったのお前さんだろう!?」
肩の力を抜いて話に華を咲かせるのも程々に切り上げ、エヌラスは黄金の頂への入塔許可を顔パスで通される。内部は相変わらずモンスター達が跋扈しているらしいが、スピカとカルネの二人が張り切っているらしく入り口にまで銃声と剣戟が響いてきていた。
エヌラスがニトロプラスちゃんを引き連れて黄金の頂の内部へ入ると、早速モンスターの悲鳴が聞こえる。嫌な予感しかしないが、目的のためには頂上まで向かう必要があるのでポータルを使って最上階を目指した。
「ねぇ、あたしなんか嫌な予感するんだけど」
「奇遇だな俺もだよ。思っても言うんじゃねぇ」
転送された先、ゴールドクリスタルがあるはずの玉座は空となっている。しかし、暴走状態にあるモンスターの群れが二人のメイドに向かっていた。
かたや、青みがかった銀髪のツインテールをなびかせたロングスカートのメイド。
かたや、赤みがかった銀髪のポニーテールを揺らしたミニスカートのメイド。
二丁のクリスヴェクターを近接格闘に重視した「ビーストヘッド」カスタムでスピカが華麗にモンスターの頭を破裂させた。
その亡骸を踏み台に、返り血を厭わず緋色の太刀を振り回し、背負っていた超振動ブレードを抜刀して次々と輪切りにしながら駆け抜けるカルネが踏みとどまるとトゥーシューズから火花が散る。
「邪魔ァ!!!」
陸クジラが回し蹴りの一撃で悶絶して消滅していった。ズドンと砲声のような音を立てて、顔面の半分くらいめり込んでいた気がする。
その様子を遠巻きに見ていたエヌラスは呆れていた。このメイド達、相変わらず元気過ぎて心配する要素が欠片も見当たらない。
「あ」
と思った時には既に遅し。目が合ってしまった。スピカとカルネが硬直する。
エヌラスは殺気を感じ取り、咄嗟に臨戦態勢へ移行した。油断したら間違いなく狩られる。
手近なモンスターをぶっ飛ばし、カルネが屈み込む。床をたわませて驀進してくる。音速の壁をぶち抜いて刀を閃かせながら満面の笑みで。
「ごぉぉぉしゅじんさまぁぁああああああっ!!!!!」
真正面から鉄拳制裁。刀を振り下ろすよりも先に顔面に魔術で身体強化を重ねた拳を合わせて叩き込んだ。ちょっと乙女にあるまじき顔面崩壊をしながらも恍惚とした表情でバネじかけのように吹っ飛んでいくのを横目に、スピカが弾幕を張りながら駆け寄ってくる。すかさず倭刀を手元に喚び出して最小限の弾丸を切り払うと距離を詰めた。
空になった弾倉を排出してスピカの前腕が開く。その内部から弾き出された弾倉を装填しながらエヌラスの反撃の手を躱し続ける。
額に突きつけられる銃口に、しかし合わせた足を引っかけて膝裏を叩くとバランスを崩した。
「あら?」
「ふぅんぬぉぁっ!」
そのまま固く倭刀を握りしめ、柄で思いっきり殴り抜けるとスピカはきりもみ回転しながら床をバウンドしていく。正直ちょっと殺されるかと思った。エヌラスは一度大きく息を吸い込んでから、遠巻きに眺めるモンスターを一瞥してから威嚇する。
あっという間に散り散りになっていくモンスターに鼻息を荒くするとエヌラスは改めてスピカとカルネに向かった。
「なにしやがんだテメェら」
「あらあらおほほ、ちょっとした“ご挨拶”ではありませんかエヌラス様。お元気そうで何よりです」
「元気から瀕死まで直行するところだったわクソボケポンコツメイドが」
いつもだったらピンピンしているはずのカルネが起き上がる気配が無いことに眉を寄せる。恐る恐るぶん殴った顔を覗き込むと、鼻血を出しながら身体を痙攣させていた。だがその表情はこれ以上ないほどの幸福に満ちた顔をしていたのでエヌラスはなんというか、怖かった。本当に大丈夫なのかこのメイドは。
「これは……いわゆる「NRS」ですね」
「なんだそれ」
「“エヌラス・リアリティ・ショック”です。ご主人さま成分過剰摂取による一種のショック症状、ご存知ありませんか?」
「知るわけねぇだろ。改めて思うがメチャクチャ気持ち悪いなこいつ」
「あなたさまのメイドですよ?」
「やめろよ人が全力で目を逸らしていた事実を突きつけるの……」
とりあえずちょっと強めに顔を蹴ると、身体が跳ねた。
「はヒぃ!! あ、ちょっとイッてました。カルネ、ただいま戻りましたご主人さま!」
「いや、帰ってこなくていいよ……」
「デスアクメをご所望とあればこのカルネちゃんご主人さまの【自主規制】でハッスルします!」
「せんでいいよ、やめてくれよ……」
アクセル全壊。サーキット爆走ピットで大惨事。ぶっ壊れた乙女心がデッドヒートのブレーキパッド不在でカルネは急に大人しくなったかと思うとエヌラスの顔を真顔で見つめていた。怖い。狂気がどうとかそういう恐怖ではない。なんというか純粋に怖い。コズミックホラーなら耐性があるからまだしも、グロテスクなのも余裕だ。オカルティックもぶん殴れるから慣れている。だがカルネだけは無理。純粋に怖い。
「…………ご主人様」
「なんですかカルネちゃん」
「イキます!!!!」
「死んでくれ!!!!!!」
ボゴォン!! エヌラスはノーモーションで電磁加速蹴撃を頭部に叩き込んだ。
「やだよ気持ち悪ぃよお前の妹なんなんだよちょっと見ない間になんか一皮むけた気持ち悪さに拍車かかってんだよしっかり面倒見とけよぉ!!! 鳥肌立ったわ!」
「感動の再会に犬が尻尾をちぎれるほど振っているようなものでしょう?」
「犬のほうがまだかわいいわ!!!」
「……嬉ションしましょうか?」
「きぇああああああ!!!」
それはそれは綺麗な回し蹴りだった。左を軸足にして高く振り上げた右足は紫電を纏い、断鎖術式を発動させて回避不可の時空逆転を引き起こしながらスピカの下顎を捉える。浮いた身体が二回三回と空中で回転したかと思えばそのまま床にぶっ倒れた。
「やだよ気持ちワリぃんだよなんかこう、生々しい気持ち悪さがあるんだよ、なんなんだよお前らぁ!? やだよコイツらなんとかしてくれねぇかニトロプラス!」
「ちょっとゴメン、近づかないでくれる……? お願いだから……」
自分の身体を抱きながら、ニトロプラスちゃんが後ずさる。
エヌラスは天を仰ぐ。神は死んだ──。誰も俺を助けない。ちくしょういつもそうだ。
「ゴールドクリスタル回収して次行くぞ……」
「こんなことで泣かないでよ」
「ある意味感動の再会だわクソッタレがボケカスポンコツメイド共め!」
「「ありがとうございます!」」
「死んでくれぇえええええっ!!!」
頭を抱える。なんでコイツらこんなに復帰が早いんだ。