超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
砕け散ったゴールドクリスタルはスピカとカルネの二人がケイの命令で回収済みらしく、しかしその直後からモンスター達の波状攻撃に晒されていて困っていたらしい。とてもそうは思えなかったが。
スピカが保管していたゴールドクリスタルを受け取り、エヌラスは懐にしまいこむ。暴走状態にあったモンスター達はすっかり引いたのか静けさを取り戻している。
「すぅ~はぁ~……すぅ~~~~~~~……ふんすふんす……」
「…………」
カルネに全身を使った拘束をされてエヌラスは無表情で突っ立っていた。しがみつかれて大きく深く、何度も深呼吸をされている。ご主人様成分欠乏症のカルネをスピカは一歩引いた位置から見守っていたが、思い出したようにニトロプラスちゃんに向き直ると一礼。
「大変申し訳ございません、お見苦しいところを」
「見苦しさ通り越してトラウマものよ」
改めて互いに軽い自己紹介を済ませると、スピカはじっとニトロプラスちゃんの顔を見つめた。
「なんだかエヌラス様に雰囲気が似ていらっしゃいますね。とても親近感が湧きます」
「湧かなくていいから。あんな目に遭いたくないし」
「ご安心くださいませ。あんな目に遭うのは一人だけですので」
「テメェら助けろ、ちょっとは素振りくらい見せろ」
「ふんふんふんふん、すぅーはーすぅーはー……フぅ~~~~~~……」
ぐりぐりとしきりに頭を押しつけながらカルネはエヌラスの胸板に埋め、肺の空気を全部エヌラスの匂いで満たさんばかりにしていた。
「はぁ~~……ごすずんの匂い最高……ごすずんだけでカルネちゃんは五杯はイケます」
「割と本気でお前が怖くなってきた」
「ご~す~ず~ん~~~……うへへへへへ、えへへへへへ、うぇへへへへ……じゅべろっ」
無言でヘッドバット。舌なめずりどころかよだれまで垂らしそうになっていたが、突然の衝撃に目を丸くして頬を緩ませきっていた。
「死ぬまでヘッドバッドしてくれてもいいんですよ!?」
「俺が死ぬわそんなん!?」
「ふんふん、スンスン……」
「人の匂い嗅ぐのもうやめろお前マジで。離れろ、ご主人様命令」
「……なんだかいつもの香りに死臭が混じってませんか?」
カルネの一言に、スピカの目が細められる。
「いつものこととはいえ参りますね、エヌラス様」
「はぁ……いいだろ。俺たち先を急いでるんだ」
「いいえ」
キッパリと。力強い否定の意思を見せていた。
「メイドである我々奉仕種族にとって、主人の存在というのは己の命よりも遵守すべきものです。もしもエヌラス様がいなくなってしまうと、私達はとても悲しみに暮れますし、途方に暮れてしまうだけの野良メイドに逆戻りです」
「……ケイの秘書やってりゃいいだろ」
「ケイ様は代わりになれません。捧ぐと決めた生涯の相手は、只一人だけです」
「俺が迷惑だって言ってもか?」
「はい。それでも」
スピカは普段から常に一歩身を引いている。だが、そこからは一歩も引くことはない。踏み込んできたが最後、鋼鉄の意思で留まり続ける。それはエヌラスが一番よく知っている。
「ご主人様」
「なんだよ」
「死んじゃ嫌ですよ?」
「うるへ。そう簡単には死なねぇよ」
「大好きです。ご主人様。愛してます。なんなら愛通り越して死んでもいいです。カルネだけの、カルネの唯一無二のご主人様なんです。だから──置いていったりしないでください」
「俺が死んでも追いかけてくんなよ。どうせどっかで野垂れ死んでる。主の留守を守るのがお前らの仕事なんだから」
カルネの拘束をようやくふりほどくが、唇を少し尖らせて服の裾を摘んで縋ってくる。
「ご主人様が帰ってこない場所なんて守りたくないです」
「そのご主人様が愛した場所なんだから守れよ。お前らにしか出来ない仕事なんだ」
ラステイションの黄金の頂から離れてエヌラスとニトロプラスちゃんはハンティングホラーでルウィーに向かっていた。
「ねぇ」
「なんだよ」
「あの二人、本当に置いてきてよかったの?」
「連れて歩くわけにもいかねーだろ、バイクは二人乗りだ」
「ノーヘルで言う事じゃないわよ」
最後は何も言わずに見送ってくれたが、あの二人はきっと泣いていた。
顔には出していなかったが、しかし。ニトロプラスちゃんは胸中になにか引っかかった。
「……アイツらとは“前世”からの付き合いだよ」
「へ?」
「どんなに歴史を繰り返そうが、どういうわけか元の鞘に収まるっつーのかな。俺と主従関係に落ち着くんだ。そのたびに酷い目に遭ってるからよ、どっかでまかり間違って幸せになってくれねーかなってずっと思ってる」
「あの二人がアンタのそばにいるのが一番幸せならそれでいいじゃない」
「俺のそばにいるやつが幸せになれると思うか?」
「するのが男の甲斐性ってもんでしょ」
それを言われてはエヌラスは何も言い返せない。
「他人の幸福には敏感なのに、アンタは自分が幸せになるのが怖いんだ──」
図星でしょ、と。
自分の中にある漠然とした感覚は、言葉にできない。ただ、やはりそれは恐怖という他になかった。
幸せな日々。幸福に満ちた一日。そんな日々が永遠に続けばいいのに。かつては本気で願ったその思いすら、儚く砕け散った。二度と手にすることができないほどに。
だから、また。
あんな風に全てが奪われていくのではないかと、今でも恐れている。
「──ああ、なんだ。俺はそんなちっぽけなことが怖いから、戦いに逃げてただけなのか」
自分の中にある不安と向き合えなくて、目の前にある戦いにばかり命を燃やしていた。それで一体、どれだけ多くの幸福を捨ててきたのか。自分と幸福になりたいと願ってくれたささやかな思いすら踏み捨てて。
「そりゃあ、一回や二回死んだくらいで許してもらえそうにねぇわな。全部終わったら頭下げて世界中回るようだ」
「よかったわね、やること盛り沢山じゃない」
「そういうお前の酔いは大丈夫か?」
「……正直言うけど、ちょっとキツいわ」
吐いたほうが楽になるのに。馬鹿言うなと背中を軽く殴られた。
ルウィーの雪原の悪路もなんのその、ハンティングホラーは雪上を滑るように走る。スノーモービルのように軽快な走りを見せる漆黒の魔獣にニトロプラスちゃんは驚いた顔をしていた。
温泉街が見えてくる。あらかじめ西沢ミナには連絡しておいたとはいえ、何も問題が起きていなければいいのだが──。
「…………」
「…………」
そんなエヌラスの心配事は、ひとりで温泉街を満喫中の戦乙女の緩みきった顔と両手にはち切れんばかりに抱え込んだ紙袋を見て吹き飛んだ。
「おいひぃ~~~♪ はむ、もぐもぐ……」
平和そのもの。ハンター制度が功を奏して街を脅かすモンスターの脅威はむしろ遠ざかっていた。
温泉宿の売店で売られていたゆで卵と肉まんとグラタンコロッケスティックと次から次へと口の中へ頬張っていた戦乙女だが、大きく口を開けて角煮まんを頬張ろうとしてエヌラスとニトロプラスちゃんの姿に気づいて固まる。
「あー……」
「……よぉ。なんか随分と満喫してるみたいだな」
「………………」
エヌラスの顔と湯気立つ角煮まんを何度も見比べて迷っていた。
「…………あむっ」
「なにを食うとんねんきみは!?!?」
「いっふぁいれぶっ!」
迷った末に食べることを優先した戦乙女の頭を軽く叩く。
ニトロプラスちゃんはエヌラスの顔を見て顔を覆った。
「アンタ、女の知り合いしかいないの?」
「九割そうだと思ってくれ」
「ふふっ、最低、死ね♪」
エヌラスがいない間ずっとハンター協会のもとで仕事をしていたらしく、使い道が基本的に食事にしかない。身体の維持のためにも魂の経験値を貯蓄する必要がある。間接的にとはいえ食事という形で常に補給が必要なのは不便である一方、食事そのものを作業としてではなく楽しんでいた。
「お久しぶりですね、もぐもぐ。アレからお加減の方はいかがですがもぐ。はふっ、はふっはむはむ……そちらの方ははじめまして。幽霊の
「食うのか喋るのかどっちかにしろ!?」
「随分とまぁ食いしん坊な幽霊さんがいたものね。どっかの魔術では生前の遺物から英霊を召喚するものがあるらしいけれど……似てるけど、なんか違う雰囲気ね」
「? あ、食べますか? 新作の角煮まん」
術式体系が違えば性質も本質も異なる。一応エヌラスが契約者という形になっているが、壊れかけの魂を補強する形だ。魔神メモリーでその問題を解消した以上、戦乙女を連れて歩く理由がない。
「ニトロプラス。お前こいつと契約する気はねぇか?」
「は? なに急に」
「一応俺がこいつの契約者だが、俺が死ぬとこいつも消える。そうなるとちょっと困るからよ」
「……なんか裏でもあるわけ?」
「ねぇよ……見ろよこいつの緩みきった顔……」
串焼きを頬張る浴衣姿の戦乙女の顔ときたら、頬が落ちそうな勢いで唸っていた。
「んぅ~~~……♪」
「……エヌラス」
「なんだよ」
「アンタもしかして金髪が好きなの?」
「俺の初恋がたまたま金髪巨乳だっただけで他意は無い、一切」
ニトロプラスちゃんからの視線がルウィーの外気に負けない極寒の勢いで突き刺さる。
「お前に預けておいた方がマシそうだってだけのことだよ。色々とな」
「預かるくらいなら別にいいけど」
「そりゃ助かる。ならまずは先にルウィーの用事を片付けるか」
「あ。もぐ……ごくん。黄金の頂に向かうのでしたらシーシャさんがちょうど「禁猟区」近辺でベースキャンプの設営中ですので顔を出してあげると喜ぶと思いますよ」
戦乙女の屈託ない満面の笑みに、エヌラスは薄く笑みを浮かべながら礼を言ってから黄金の頂へ向かって歩き出そうとして、ニトロプラスちゃんがついてこようとしていたので引き止めた。
「俺一人で行ってくるからいい。お前もちょっとくらい温泉街でくつろいでこいよ」
「……いいの?」
「まだ具合悪いんだろ」
「そーね、アンタのせいでね」
「船酔いとかは俺のせいじゃねぇって言ってんだろ……ワルキュリア、こいつに案内頼んだ。俺よりは詳しいだろ?」
「はい、お任せください!」
敬礼で送ろうとして、片手が紙袋で塞がり、もう片手には肉まん。どうするか考えた戦乙女は肉まんを咥えてから背筋を伸ばして敬礼した。そうまでして食べていたいのかと呆れながらエヌラスは後手を振って二人と別れる。