超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
──エヌラスがポータルを抜けた先、そこは滅びた世界だけが広がっていた。
分厚い黒い雲。荒れ果てた街並み。枯れ落ちる木々。辛うじて芽吹く雑草の逞しさを踏みながら、エヌラスは周囲を警戒しつつ道を進む。
見覚えがあった。数多の次元世界を渡り歩いてきた感覚から、そこが以前訪れた事のある世界であると肌で理解する。
零次元──そこはかつてエヌラスが“右腕”を奪われた場所。
ゴーストタウンを廃ビルから見下ろし、エヌラスは安全を確認してから飛び降りる。
記憶が確かであれば、天王星うずめと海男がこの世界のどこかにいるはずだ。静寂に包まれる街で騒ぎのひとつ起こせば来るだろうか、等と考えながら野生のモンスターを裏拳で殴り飛ばす。
「……うーん?」
感触を確かめる。それほど本気で殴ったつもりはないのだが、相手はビルの向こう側まで派手に吹っ飛んでいってしまっていた。どうにも自制が効かない様子に自分自身納得がいかない。
周囲を見渡し、ビルにうずめの知り合いがいないことを再三確かめてからエヌラスは一人頷き、傾いた廃ビルから二歩、三歩と後退る。
それから息を整えて──。
「どぉりゃあああぁぁぁっ!!!」
助走をつけて廃ビルの壁を思い切り殴りつけた。
拳を受け止めた壁面はへこみ、ひび割れていく。そして次の瞬間には音を立てて崩れていき、自重に耐えかねてエヌラスめがけて傾いていた。
それに向けて倭刀を手にすると、迫る質量の塊に抜刀する。
超電磁抜刀術・壱式“迅雷”を受けた廃ビルは見事消し飛び、エヌラスのことを土煙で覆い隠した。荒れ放題のアスファルトを駆け抜けていく震動と煙が収まると、やはりエヌラスは我が身のことながら訝しむ。
(……やっぱまだ破壊の権能が強まってるなこれ)
改めて実感すると、肩の力を抜いた。これまで以上に注意を払っておかなければ、この手で大事なものをまた壊してしまうかもしれない。
「ハンティングホラー預けて正解だった」
大事なものほど手に入らない。手元に置いておけない。こんな力のせいで。
こみあげてくる涙を、上を向いて堪える。辛くないはずがなかった。他の誰よりも長い付き合いだった家族との別れだ。
この手で壊してしまうよりも、ずっといい。
エヌラスがあてもなく歩き出そうとして、駆け寄ってくる足音に倭刀を構える。
先ほどの騒ぎに現れる人物といえば──。
「なんだ、今の音!? ──って、エヌラスじゃねぇか!」
「やっぱうずめか。久しぶりだな」
「さっきの音はもしかして……」
「すまん、俺だ。ちょっと試し打ちで。いや、物は試しと言った方が良いか……?」
「どっちにしろ来てやることがなんで破壊活動なんだよ!」
誰もいねーんだからいいだろ、とは思っても言わなかった。
感動の再会も程々にして、あれからお互いにどうしていたかを歩きながら話し合う。
「──そっか。じゃあエヌラスはあの時からずっとそんな調子なのか」
「慣れちまったよ」
「普通は慣れないもんなんじゃ……」
「うずめの方も大変みたいだな」
「あ、あぁ……ダークメガミがいなくなったと思った途端に……アレだ」
うずめの話では、一度は平和を取り戻したかに思われた零次元だったが最近になってまた別な異変が起きている。その場所まで案内されて、エヌラスは目を凝らした。
そもそもこの零次元とはどういう場所なのか。荒廃した世界、何も残されていない、終わってしまった世界そのもの。だがこうしてうずめはいるし、会話ができるモンスター達もいれば海男だっている。落ちているシェアクリスタルもそうだ。
うずめに案内された零次元の崖っぷち。恐らくは水平線。そこにはまた謎の次元が広がっていた。エヌラスはますます怪訝な表情を見せる。
「うずめ、あそこまで行ったことはあるか?」
「いいや。なんつうか、嫌な予感がしてよ……」
「だろうな。俺もそうだ」
まるでドス黒い瘴気の塊だ。負の感情と怨念の渦巻くような次元の裂け目はどんな馬鹿でも近づこうとは思わないだろう。
「それにしても、まさかまた会えるなんて夢にも思わなかったぜ」
「俺もだよ。元気そうで安心した。さて、世間話もこれくらいにしておくか」
「そうだな。どうにもそっちの次元に繋がっちまったみたいだし……ってことは、ねぷっち達のいる世界に行けるってことか!?」
「そうなるな。どっかにまたあの入り口があればいいんだけどよ」
エヌラスが通ってきた場所は一度きりだったのか、消滅している。
「どうもこの次元そのものが不安定になってるみたいだな。超次元の方に通じる道が出来た、ってことは──」
脳裏を掠める次元連結装置の存在に、一気に表情が渋くなったのを見てうずめが小首を傾げた。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
「……いや、なんかものすげぇ昔の出来事を思い出して鬱んなっただけだ。まさかな。そんな馬鹿な話があってたまるかよ」
しかし、可能性として考慮するに越したことはない。エヌラスはうずめにかつて自分の手掛けた装置と馬鹿げた陰謀の話を始めた。
かつて、全てを諦めた男がいた。その男は、世界の総てを救うことなど出来ないと知り、やがて外の世界に救いを求めた。──それが次元連結装置。滅びゆく世界を救済できる信仰を外部から取り入れるために。
小難しい話に難しい顔をしていたうずめだったが、手を挙げた。
「あ~、俺ちょっとそういう難しいの苦手なんだけどさ……じゃあなんでそれがエヌラスになるんだ?」
「? いや、だから全部諦めて……」
「そうじゃなくて、なんつうかさ。こう……おかしくねぇか?」
「俺の師匠が頭おかしいのは最初からだが」
「そんなすげぇ装置思いつく人が、どうして最初からエヌラスと協力しなかったんだってことだよ」
「……そん時は色々あったんだよ」
恋人を賭け金にして、妹すらその命を賭けられた。人の預かり知らないところで全ての糸を引いていたのがほかならぬ自分の師匠であると知って、正気でいられるはずがない。その時の事を思い出すだけで今でも腸が煮えくり返る思いだ。過去を過去と切り捨てて「仕方なかった」と割り切れればどれだけ楽か。
しかし、うまく言葉が出てこないうずめが腕を組んでしきりに唸る。
「あ~……う~、んと……エヌラスの師匠さんがどういう人なのか俺はよく知らないけどさ。なんで自分が生きてる時にそれを作らなかったんだ?」
「……全部諦めてたからじゃねぇの?」
「それなのに、外の世界に信仰を求めてたって矛盾するじゃんか」
「……まぁな」
「じゃあさ、それってつまり──自分が世界を救えない理由があったからなんじゃないか?」
エヌラスが足を止めた。
「そんなすごいこと出来るんだろ? そんなだったらさ、エヌラスが生まれる前に、他の皆と協力して神様ぶっ倒す事ができてハッピーエンドだったんじゃないのかってこと。なのに、全部エヌラスに押しつけておく理由がないんじゃないか?」
「俺は──」
大魔導師のことを、どれだけ知っているだろう。どれだけ理解しているだろう。他の誰よりも長く付き従っていたことだけは確かだ。門外不出の死霊秘術の主、地上最強の魔術師、その名を忘れた偉大なる獣の事をどれだけ語れるだろう。
考えれば考えるほどに胸に浮かぶのは、憎悪と羨望。殺してしまいたいほど憎い、自分にとっての親同然の存在。
何を考えているのか、何を思っているのか、何もわからない。
「……自分じゃ世界を救えない理由がある。そんなの俺は、今まで一度も考えたこともなかったな」
「エヌラス?」
「ありがとな、うずめ。その意見は新鮮で貴重だから助かったよ」
「お、おう……」
大魔導師の言葉を思い出す。それはかつて、自分が超次元で完膚なきまでに叩きのめされた時のこと。
──そこは、俺の地獄だ。
箱庭の世界で可能性の総当たりをしてきた相手が、そう口走るほどに腹に据えかねた思い。
──お前一人の命が、俺達全員を救えると思っているのか。
──俺はもう救われている。
希望ではなく、絶望を求めた。……絶望した男が? なるほど確かに、それは裏を返せば救いになる。
しかしうずめの言葉を仮定とすると、たしかに何かがおかしい気がした。
「…………」
箱庭の世界にある全てでは、救うことが出来ないと気づいた大魔導師が外の世界に救済を求めた。ここまでの仮定は良しとする。だがそれがよりによってなぜ“絶望”なのか。それは繰り返される輪廻の世界を終わらせるために。
負の極限に位置するそれで終わらせてしまえば、そこで輪廻は止まる。だがそれまで囚われていた全ての人達はいなくなってしまう。──それを認めたくなくてエヌラスは道を外れた。
だが大魔導師は「そこは俺の地獄だ」と。
「……大魔導師はそもそもまだ諦めてない?」
自分はもう救われている、という言葉の意味を捉えれば、それは外の世界が存在することを認知していることになる。次元神に到達した時点でそれを理解していたはずだ。ならば、と思うことも察しがつく。
負の極限をかけ合わせれば正の極限へ向かう? そんなのは数式の話だ。術式理論でそれが可能になるはずがない。鏡合わせの人生を歩んだとしても──。
『なので、恐らくですが……貴方を特異点、つまり歴史の分岐点として設定した上で“新次元”を作ろうとしているのではないかと思われます』
西沢ミナの仮説を思い出す。
「新次元の、創造──?」
負の極限同士を衝突させることで至る正の極限。馬鹿げている、あまりにも馬鹿げている。思いついたとしても、それはあまりに机上の空論が過ぎる。
絶望同士の対消滅による希望の創造など。ましてやそれが新次元の開闢に至る“鍵”だとしてもだ。
仮に。
自分が今いる地獄に大魔導師がいたとして。その敵が絶望の邪神だったとして。
両者の消滅による被害が、次元宇宙の法則を破壊するほどの戦闘の規模だとしたら。
「……頭痛くなってきた」
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるかよ、大魔導師マジで終わってんな」
なるほど確かに──“崩壊”の引き金である理由がわかった。
そしてなぜ自分に破壊の権能が付随しているのかも。
「箱庭の世界を終わらせるってそういう意味かよ、テメェそんなん理解できるわけねぇだろうが! なんか無性に腹立ったからなんかこの辺ぶっ壊していいかうずめ!?」
「良くねぇよ!? 俺のアジトもうすぐそこだよ!?」
──地獄に落ちた男に、世界を救う資格などない。
だからこそ──絶望はいずれ、希望の前に犠牲とならなければならない。
その宿命の星の下に生まれた魔人が命を落とし、役目を終えたその時──大魔導師の悲願は成就する。
それがどんな結果を招くのか想像もつかない。大魔導師のことだ、きっと想像を絶するものなのだろう。
全ての悲劇の始まり。総ての地獄を始めた男は、総てを終わらせた上で自らを犠牲にして新世界の創造を成就しようというのだ──そんな覇道、誰が認めるものか。
全部救うと決めた。誰一人この手から余さず取りこぼさず。それは大魔導師でさえ論外ではない。
その覇道を、真っ向から破天荒なハッピーエンドで叩き返してやる。
エヌラスとうずめは海男達が待つアジトのひとつへと戻る足取りを早めた。