超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
零次元から超次元へと戻ってきたエヌラスと、初めて訪れる場所に緊張した様子のうずめが降り立ったのはダンジョンのど真ん中だった。どことなく予算不足感のあるポリゴンテクスチャの通路を見渡して、肩を落とす。どうやらモンスター達の氾濫は収まったようだ。
幸い、そこまで内部は複雑な構造はしていない。不安に駆られているのが握った手から伝わってくるのを、僅かに力を込めて握り返して歩く。
「な、なぁエヌラス……ちょっと、心の準備が」
「大丈夫だ」
ネプテューヌもネプギアも。きっとブランもベールも驚くだろう。味方は多いほどいい。
ヌルズの計画が最終段階に入った──それを知らせたシロトラの真意は不明だが、うずめを超次元に連れて行けと言っていたことから、恐らくうずめを零次元から助けたいのだろう。その可能性がある場所として、彼女にも知ってもらいたかったはずだ。
エヌラスはうずめの手を引いてダンジョンの外に出ると、日差しに目を細めた。
突きつけられる銃口を睨み返すと、すぐに下ろされる。ダンジョンの監視と警備を請け負っていた武装企業の警備隊長が不機嫌そうにしていた。
《誰かと思えば貴様か! 危うく威嚇射撃で済まないところだったぞ!》
「相変わらずうるせぇな……」
《なんだとぉ!? アレから二日も経っているのに連絡ひとつよこさない奴が何を言うか! 報連相は社会人の基本だ、それすら知らんのか!》
「知るかボケナス。俺が真っ当な会社で働く面に見えんならいっぺん作り直してこい、頭」
喧嘩腰のエヌラスが警備隊長に中指を立てながら横を通っていく。罵詈雑言と恨み節をぶつけ合い、捨て台詞を残して指を突きつけながら通る。
「うずめ、今のは気にすんな。ちょっと前に世界に喧嘩売った会社の生き残りだから」
「そ、そうなのか……」
それにしたってガラの悪さと口の悪さと次から次へと出てくる罵倒のボキャブラリーにうずめは目を丸くしていた。
プラネテューヌまでの道を歩いていると、青空にパープルハート達が見える。地上にはレオルドが率いる強襲班のメンバー。片手を挙げるエヌラスを見て、驚いた表情を見せながら高度を落とすと目の前に降りてくる。それから遅れてレオルド達も速度を緩めてから停止、歩行移動に切り替えていた。
《エヌラスさん!? よかった、無事だったんすね! あれから全然連絡つかなくてみんな心配してたんすよ》
「あー、わりぃわりぃ。こっちは別になんともなかったからよ。ちょっと帰り道で迷子になっただけだ」
先ほどとは打って変わってへらへらと笑いながら手を振るが、その後ろからついてきていたうずめの顔を見てネプテューヌが驚いている。
感動の再会に跳ねるほど喜ぶ二人を尻目に、ブラックハートの視線は険しい。その視線の先にいるのはエヌラス。──ゴールドサァド事件の折、結局のところ喧嘩別れのようになってしまったことを気にしていたが、当の本人は視線を合わせようともせずにレオルドと話し込んでいた。
「……ちょっと、エヌラス」
「用があるなら後にしてくれ。レオルド、話がある。一緒に来てくれ」
呼び止めようとするブラックハートに向けて、エヌラスは右手を軽く振っている。だが、ただの一度も振り返ろうとはしなかった。
《俺に話ってなんすか?》
「……あのダンジョンの奥地、そっから向かった先なんだけどな」
零次元の話を端的に説明すると、そこでシロトラと遭遇したことを打ち明ける。
《──そっすか。教官が、あそこに……》
「それだけならまだいいんだが、俺の予想じゃ敵の本陣もそこから繋がってる」
《それなら、すぐにでも女神様達と乗り込んで──》
「いや」
エヌラスもレオルドと同じ考えだが、逸る気持ちを抑え込んでいた。
顎で指し示した先で嬉しそうにしている守護女神達を見て小首を傾げていた。
《女神様達が、どうかしたっすか?》
「折角でかい仕事が終わったんだ。ちょっとくらい遊ばせてやれ」
《……そうっすね》
「それで、ものはついでに質問なんだが。レオルド、シロトラの機体ブランドはお前たちと同じ会社か?」
《あ、いえ。シロトラ教官の機体ブランドなんすけど……一切不明っす。動力源もなんもかも俺等とは一線を画すっていうか、何もわかってないんすよ》
レオルドが言うには、自分たちの機体を製造した会社とは完全に別口。だがその調査を進めても必ず迷宮入り。プラネテューヌ製であることしか判明していない。
「……なるほどな。となると概ね俺の予想通りってことか」
《どういうことっすか?》
「順を追って説明するぞ」
まず、天王星うずめが守護女神であること。次に、零次元の存在。更に、シロトラのこと。
──そして最後に、シロトラがうずめに対してのみ敬愛の念を示していたことを説明する。
「以上のことから結論として──」
《──零次元でシロトラ教官が製造された?》
「可能性としちゃ、十分ありえる」
神次元のプルルートを付け加えて説明を補足すると、レオルドが唸り始めた。
「零次元はもしかすると、滅んだプラネテューヌって可能性がある。だからそこの調査を進めれば、シロトラの謎を解明する手がかりがあるかもしれない」
《でも、いいんすかね……敵陣の目と鼻の先じゃないっすか》
「そのことなんだが。俺のことなんか眼中にないらしい。ムカつくぜまったく」
口実をでっち上げるにしても材料はごまんとある。
《こういう時、エヌラスさんの性格の悪さって頼りになるっすね》
「つい最近リーンボックスのスクラップ工場見学してきた話を聞きたいか?」
《すいませんでしたごめんなさいこれで勘弁して欲しいっす!!!》
チャリーン(エヌラスは300クレジットを入手した)。
「しょっぱ……」
《じゃあ返してくださいよぉ!?》
「馬鹿言うな。貰ったもんわざわざ返すほどお人好しじゃねぇ」
《俺のポケットマネーが……》
うずめをネプテューヌ達に預け、超次元の観光案内を任せる一方でエヌラスはレオルドを含めた守護女神近衛機兵団のメンバーと共に零次元の調査に乗り出す段取りを決めていた。そのためにはイストワールの許可が必要になる。
レオルドに業務報告を押しつけてからエヌラスは日没までの間、プラネテューヌでぶらぶらと時間を潰そうとしていた。
ネプテューヌ達に捕まると今は面倒事にしかならない。
──超次元で起きている異変は、守護女神達の活躍によって解決している。エヌラスはぼんやりと考え事をしながら歩いていた。
邪神ヌルズ・エクス・モルテスからしても、今の自分は死にぞこないでしかない。まだ辛うじて生にしがみついているだけの存在だ。魔神メモリーによる補填であっても崩れ去った身体維持の均衡は戻せない。
時間が経てば経つほどに自分の身体が魔神側に偏っていくのがわかる。
「……はぁ」
「──おやまー、珍しいにゃー? エヌラスがそぉんな落ち込んだ顔してるなんて」
その声に。いるはずがない声の主に向けてエヌラスは即座に抜刀した。尾を踏まれた猫のような鳴き声をあげて間一髪のところで避けられる。
舌打ちをひとつ。納刀してから相手を睨めつけた。
「なんでテメェがいる、ムルフェスト。てめぇこっちに顔出すつもりないんじゃなかったのかよ」
「やっぴー☆」
白昼堂々、舌を出しながらウインクする金髪の吸血姫に向けてエヌラスは眼光で威嚇する。下手なこと言ったらぶっ殺すぞ、という意味を込めて。
相変わらずのラフスタイル。白シャツにジーンズと姫らしさ皆無。顔もスタイルも抜群なだけに庶民派ファッションであっても隠しきれない美貌は、むしろだからこそ素材の味が出ていた。
「ありゃま、お言葉だねぇエヌラス。人がわざわざ忠告にきてあげたってのに、あーやだやだ。むーちゃんのことみんな邪険にしちゃってくれちゃってまぁー」
「……用件はなんだよ。出不精のお前が超次元にまで足を伸ばしたんだから相当なんだろうな」
「まぁねん。──ヌルズの次元演算が終了の見込み、次元世界滅亡のカウントダウン開始ってところかな」
「知ってる」
「にゃんだよぅ、知ってるのかぁ……」
だからといってこちらから打って出るにも厳しい。本拠地に乗り込んだところで返り討ちにあうのが目に見える。それでも一人二人道連れにする覚悟だけはあるが、その考えを見抜いているのかムルフェストはエヌラスの鼻先に指を突きつけた。
「んじゃあ──超次元に迫っている次元世界の話は?」
「……あ?」
「次元連結装置まがいの大事件接近中☆」
にひーっ、と悪い笑みを浮かべるムルフェストに思考が遅れる。その隙を突くように、話を続けた。
「おかしいと思わなかった? 超次元に突然繋がるお隣さんの扉なんて、そう都合よく現れるわけないじゃん。うちの“大聖杯”で次元演算してたら数値に異常が出てきたから、まぁつまりはそういうこと」
「……お前はそれを他の誰かに知らせたか?」
「あはは、言うだけ無駄無駄。ドラグレイスは頑固者、ユウコは戦力外、大魔導師はガン無視、剣姫は論外。クロックサイコに至っては、そも神格剥奪者だし。ソラがいなくなってから誰がこんな裏方の仕事すると思ってんの? それに“狂言回し”の真似事までさせられてる身になってほしいんだけどみゃー」
「────」
「エヌラス、私は今の世界の在り方の方が楽しいから好き。だからこんなことで台無しにして欲しくないねー」
あくまでも楽観的に。傍観者の立場として振る舞う。自分もその壇上に立っていながら、ムルフェストは積極的に舞台で踊るつもりはない。だから全員から距離を置かれている。
果たしてこいつはどこまでが本気なのか。
「だったら手伝え」
「んー。そうしてあげたいんだけど……私が動くわけにはいかないんだよね」
「どうして」
「ちょいちょいっ♪」
小さく手招きして、ムルフェストに耳を傾ける。
(──私達の行動はセロンの監視下にあるってこと、忘れてない? 大番狂わせさせるなら、それなりに考えて動かないと。それに“左眼”の件もあるんだから、慎重に動かないと邪神に全部先回りされちゃう)
そこで一度顔を離してから、もう一度思い出したように耳打ちする。
(
「そんだけ~」
ムルフェストはエヌラスの頬に軽くキスをしてから頬ずりをして離れた。
「だいじょーぶ、安心しなよエヌラス。君が魔神になったとしても、守護女神のみんなは君のことを変わらず愛してくれるはずだからさ。じゃーにー、むーちゃんおねむなので帰りまーす」
ピラピラとシャツの裾を揺らして引き締まったウェストとおへそを見せつけながらムルフェストは音も影もなく姿を消す。
エヌラスはその場に立ち尽くし、右手で拳を作っていた。
ただ青空に浮かぶ太陽を睨みつける。傾きつつある茜空にありったけの殺意を込めて。
──愛されるだけで満たされるなら命を削ってなどいない。
どこへともなく、エヌラスは歩を進めた。