超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「──俺に話ってなんだ?」
「うずめ。お前姉妹とかいるか?」
「え? いや、いないけれど……多分」
ユニに呼ばれて屋上まで来たうずめはペットボトル飲料を片手に持っていた。海男も一緒にいる。多分、と付け足したのは記憶喪失の部分がまだあるからだ。“もしも”という可能性もある。
「そうか。……実は、お前に瓜二つの相手に出会ったんだ。零次元で俺がクソ暴れた後に。そいつは邪神の共謀者で、ネプテューヌ達を攫った犯人なのは間違いない」
「──!?」
「どうしてそれを今まで黙っていたんだい、エヌラス」
「出会い頭に言っても仕方ねぇだろ、ただでさえ混乱してたのに。落ち着いてから話そうとは元々考えてたんだよ」
少なからずショックを受けているのか、うずめは動揺していた。
「じゃあ、ねぷっち達は“偽物の俺”に騙されて……」
「その可能性は高いな」
「くそっ!」
「そいつは気になることを言っていた。うずめ、お前は俺と同じだってよ」
「同じ……? どういうことだよ」
「俺は元々、絶望の邪神──ヌルズ・エクス・モルテスって奴の“破壊の権能”を元に造られた魔人だ。そいつが使っている“機神の右腕”を核にして稼働していた怪物、出来損ないが俺ってことになる。うずめの偽物が言うには、俺は“搾り滓”なんだとよ」
「……なんだよそれ。じゃあなんだ、俺もそいつの“搾り滓”だってことかよ! そう言いたいのかよ、エヌラス!」
「うずめ、落ち着いて」
「落ち着いていられるかよ! そんな……そんな話が信じられるか!?」
海男がなんとか窘めるが、それでもうずめは混乱している。エヌラスも同じだが、魔術師というのは本来合理性の塊だ。思考を割り切る生き物であり、そこに情など無い。大魔導師がそうだ。ただ論理的に構築した道理を突き詰めていく。倫理観の欠落はその弊害ともいえる。
だからこそ、エヌラスはうずめに変わって冷静に分析していた。
「お前の気持ちはよく分かるよ、うずめ。俺もそうだったからな。最後の最後に、自分の前に立ちはだかる相手が邪神の自分だったなんて、悪い冗談だとばかり思ったさ。心のどっかで納得もしていたけどな」
「…………、すぅー……はぁ~…………まだちょっと腹に据えかねるところはあるけれど。俺はなんとか飲み込む。それで、そいつは他になんか言ってたのか?」
「そいつは“心次元”で待つって言っていた。なら俺達の目的地は此処で間違いないはずだ」
「じゃあ、ねぷっち達もこの世界のどこかに囚えられているってことでいいんだな」
「そうなる。ただ俺が気になるのは……もうひとりのうずめ、まぁ黒いからくろめって呼ぶけどよ。猛争エネルギーの元凶がそいつだ。同時にネガティブエネルギーの波長も感じられた。通常、守護女神のシェアエネルギーを相殺する力を持つはずだが──ここからは俺の推測になる。多分だが、くろめは“反転”した守護女神なんじゃねぇかな」
「反転した……」
「……守護女神、か。なるほど。そうすると、そのくろめから生み出されたうずめが“希望”という形になるのは納得がいくね」
俺はそういかなかったけどな、とエヌラスは自嘲気味に笑って付け足す。
「だから恐らく、狙いは邪神と一致している。次元世界の消滅ないし、俺の抹殺だ。そのためにネプテューヌ達を利用するっていうのも理解できる」
「でもよ……ねぷっち達を人質にするなら」
「──なるほど、レオルド達を警戒してのことか」
あんな連中ではあるが、部隊の練度としては武装企業の物量をものともしなかった。
強襲兵装による突破力。重火兵装による戦線の維持。狙撃兵装による遊撃。支援兵装によるバックアップ。その四兵装による連携能力はシロトラから聞き及んでいるはずだ。となれば、迂闊に身を晒すことは避けたい。
「それに。ただ人質にするっていうだけならまだいい。今言っただろ? ──くろめからはネガティブエネルギーの波長が感じられたってな。ネプテューヌ達のシェアをそのままそっくり“反転”させられたらどうなると思う?」
「…………あまり考えたくはないね。ねぷっち達が敵に回るってことだろう?」
「俺はその可能性が高いと考えている」
「なんでだよ……」
グローブが音を立てるほど、うずめが力を込めて拳を握っていた。
声を震わせて俯いている。
「なんで。なんでそんなことばっか言うんだよ! これからねぷっち達を助けに行くってのに、気が滅入ることばっか言うんじゃねーよ! どうしちまったんだよ、なぁ! 本当は怒ってるんじゃねぇか!?」
「…………」
「黙ってないでなんか言ってくれよ! 俺の知ってるエヌラスは、もっと前向きで一生懸命だったはずだ。なのに、なんで……!」
「うずめ」
ネクタイを緩め、それからカフスを外してエヌラスはシャツをはだけさせる。右腕を覆うレザーボレロを脱いで右腕の地肌を見せた。──黒い腕。その表面に走る魔術回路が赤いラインを描いている。
“人間”としてのテクスチャが剥がれた魔人の本性が、そこには隠されていた。
うずめも海男も、言葉を失っている。辛うじて継ぎ目として二の腕の半ばほどから素肌に戻っていた。
エヌラスがなんとなしに爪で継ぎ目を掻くと、乾いた塗装を剥がすように肌が剥がれ落ちる。それは地面に落ちるよりも先に消滅した。
「こんな状態で、どう前を向けってんだ?」
「あ……、それ……は──でも……!」
「こればかりはどうにもなんねぇよ。それに、今の俺は魔神メモリーで邪神側に力が偏ってる。だからあんま近づくな」
「それじゃあさっきの戦闘の余波は」
「調整も兼ねた立ち回りだな」
思い返せば、ここまでの道のりで見せたエヌラスの戦い方は一変している。これまで魔力による力押しだったものを避け、洗練させた太刀筋による一撃必殺だった。魔術師らしいかどうかはさておいて。それが自身の身体の負担を減らすためのものであることに思い当たる。
袖を通してから、エヌラスが立ち上がった。
「今の俺は“こんな”だからよ。最悪のケースを想定した上で──うずめ。頼みがある」
「俺、に……?」
「難しいことじゃねぇんだ。こんなバカでもできることだから」
不安そうな顔をするうずめに向けて、笑って見せる。
諦めがつくと、人間笑うことしかできないものだ。
「──絶対に諦めるな。それだけでいい」
あの日。あの人に言われたことと同じことを言う日が来るとは思わなかった。
エヌラスはうずめの頭に手を置いてからすぐに離して階段を降りていく。
「心配すんな。俺は最後まで戦うからよ」
ただ拳を固く握りしめて、屋上に立ち尽くすうずめに海男はどう声をかけるべきか悩んだ。エヌラスが話した意図を汲み取れば、ネプギア達にも秘密にしておくべきだと考える。
怒っているわけではない。悩んでいるわけでもない。だからといって自棄になっているわけでもなかった。
エヌラスはただ、自分が歩んできた道がみんなの道標になればと託している。これまでずっと背負ってきた重荷を少しずつ降ろしながら。
「うずめ、あまり気負うことはない。君は今まで通りでいいんだ」
「……海男」
「彼はきっと、零次元で戦い続けてきたうずめに自分を重ねてるんじゃないかな。だからこの先、ねぷっち達と戦うことになっても諦めずにいてほしくてあんな言い方をしたんだと私は思うよ」
「……海男は、俺がもう一人の俺の“搾り滓”って話を信じるか?」
「そうだったとしても私は君の味方だよ。うずめはうずめだ」
「ありがとう、海男」
「さぁ、みんなのところに戻ろう。ねぷっち達を助けるためにも体力を回復させておかないとね」
海男の言葉に励まされて、うずめはいつもの笑顔を見せる。
落ち込んでる場合ではない。ネプテューヌ達を助けるために此処まで来たのだから。
《──うずめ様。彼らが心次元へ到達したようです》
「ああ、知ってるよ。オレにもその感覚は伝わってるからね」
シロトラの目論見通り、レオルド達は残していたゲートを通って心次元へ辿り着いた。となれば、あとは邪魔者の排除だけ。
「マジェコンヌ」
「はっ」
「大きいねぷっちは用済みだ。君に任せるよ」
《……よろしいのですか?》
「元々はクロワールだけが目的だったんだ。むしろ彼女の方がおまけみたいなものさ」
クロギアとまだ一方的に話をしている大きいネプテューヌにマジェコンヌが近づく。その様子を一瞥してから、シロトラは鎮座しているダークメガミを見上げていた。
その中核を担う胸元のクリスタルの中にはそれぞれ守護女神達が囚われている。だが、眠るように目を閉じたまま起きる気配はなかった。そこへクロワールがやってくる。
「なぁ、これって中の女神達はどうなってるんだ?」
「彼女たちには夢を見てもらっているよ。幸せな夢さ。その間に彼女たちのシェアエネルギーとネガティブエネルギーを入れ換えさせてもらってる。夢心地のまま、彼女たちは喜んで自分の妹たちを手に掛けるだろうね」
「うはぁ……えげつねぇな、おい……で、シロトラ」
《なんだ》
「オメーは結局、どっちの“うずめ”の味方なんだ?」
クロワールの言葉に沈黙を貫く。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべている姿に何も言わず、くろめに向き直ると頭を下げた。
《うずめ様。しばし席を離れます》
「あぁ、いいよ。君には特に何も期待していないから、好きにしな」
《それでは、また後ほど》
踵を返して去っていく後ろ姿にくろめは鼻を鳴らす。
「やれやれ、何を期待しているんだろうね。彼は? 木偶人形の分際で」
「でもよ、アイツの機能って「女神殺し」みたいなもんだろ? よく傍に置いておけるぜ」
「今更オレなんか信仰したところで無意味なのに悲しいね、プログラムされた人格ってのは。知ってるかい、クロワール。アイツは元々プラネテューヌで造られた戦闘ロボットなんだ。弱い人間達が造り上げたただの防衛兵器さ。人の姿を象られたのは、それが最も人々にとって安心感をもたらすことができるから」
最初こそ、ただの量産型ロボットだった。だがやがて人々の間で彼らの人格が育まれていき、それが“個性”として定着するのは間もない出来事だったが──。
「──だが結局はロボット。科学者の手でその人格を書き換えられた。プラネテューヌを守るために、守護女神であるオレを殺すようにね」
「それならなんでアイツはお前に忠誠を誓ってるんだ?」
「さぁね? そもそもなんで生き残っているのかすらオレには理解できないけれど、手駒は多い方がいいだろう、クロワール。せいぜい利用させてもらうさ、その忠誠心を」
くすくすと口元を手で隠しながら笑うくろめの視線はシロトラの背中を追っていた。
もうじき賑やかになる。守護女神達の“調整”も順調に進み、あとは女神候補生達と絶望の魔人の到着を待つばかりだ。
「ぅわわわわ! 何すんのさーマジェコング!」
「ええいちょこまかと逃げ回るな貴様! 命令通りおとなしく私に始末されるがいい! そ・れ・と! 私の名前はマジェコンヌだ!」
「助けてクロギアー!」
「…………」
「うわーん無視されたぁーん! こうなったら明日への逃亡! とぉーう!」
……すでにもう賑やかな気もするが。
大ネプテューヌがくろめ達のアジトから抜け出し、外の足場をカンガルーのように飛び跳ねながらマジェコンヌの魔術を避けていく。逃げ足だけは素早く、業を煮やしたマジェコンヌ自身もその後を追って飛び出していた。
クロギアは瓦礫に腰を降ろしたまま、ただ自分の膝を抱える。傍らに寄り添うラインの戦乙女に頭を預けながら。血の通わない鋼鉄の冷酷さが今はただ、心地よい。